表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貴方の側に置いてください  作者: 茶納福
2/44

出会いと僕


左右の壁にある燭台に火が灯り

床に敷かれている紅い絨毯の色を返すように廊下全体が紅く揺らめいて見える。


「……」


歩き始めて20秒程経ったが曲がり角はなく左右の壁には扉もない

ただ延々と燭台の火が揺れる景色が続いていた。


先程の音は何だったのか思考できる程度には冷静さを取り戻し

周囲の気配を探りながら慎重に更に奥へ進んでいく。


それからすぐに僕は足を止めた


目の前には壁があった。



「行き、止まり?」


左右を見るが壁と燭台のみ、前を見ても壁があるだけ


どう見ても行き止まり

ここまで歩いてみて先程の様な音は聞こえなかったし鳴らなかった。


「ぁは……」


泣きそうな心を抑え込もうとして顔に力を込めると

うっすらと浮かんだ涙と共に半笑いと息が漏れる。


結局何も得るものはなく体力と心を削っただけという事実が僕を俯かせた。


「?」


その時目の端に何か違和感を感じた。


僕は顔を上げてもう一度目の前の壁を見た

触れてみるがただのレンガ模様の壁である

先程感じた違和感の正体が掴めない。


もう一度同じように顔を目の前の壁に向けてから

俯き視線を下に向けてみる

すると

壁の下の方にうっすらと線の様な何かが見えた。


しゃがんで見てみると丁度真正面の位置に

ぼんやりと光る四角い枠が1つあった。


「これは……」


僕は四角い枠に手を添えた

すると四角い枠が凹み目の前の壁が音を立てて動き始める。


「!?」


レンガ模様の中心部分から左右に分かれて

開いた壁の中から地下へ続く階段が現れた。


「何なんだ、これ」


驚きを口にしながらも僕は中を覗き込む

中は薄暗く3m感覚ぐらいで

天井から吊るしてある電球のぼんやりした明かりがあるだけで後は石造りの壁と階段が続いている。


恐怖はある、しかし僕は先へ進むことにした

何もせずに待つ事の方が恐いと思ったからだ。



「……」


暗い階段を足下を確めながらゆっくりと降りていく

傾斜は思った程はなく歩きやすかった

湿気は余りなく少し寒く感じる。


曲がり道もなくただ真っ直ぐ降りていく

後ろを振り返ると入ってきた入り口からの光が小さくなっていく

前に向き直り下をみるがまだ先は長そうだ。


今更不安になっても後の祭りだ

後悔と不安を押し殺し足元を再確認してまたゆっくりと降りていく



感覚的に5階分程だろうか

階段を降りていき少し開けた所に出た、終着のようだ。


天井には階段にかかっていた電球よりも少し大きめの電球が吊るしてあり周囲の状況が分かった。


左右には壁があり後ろは階段

そして目の前に扉のない2m位の石造りの入り口その奥に部屋がある。


「ふゥ……よし」


僕は意を決し部屋へ足を踏み入れた

そして即足を止めた、否止まった。


その部屋の奥に女の人が鎖に巻かれて壁に磔られていたからだ。


考えるより身体が動いた

女の人の姿を見て助けなければと思ったからか

人に出会えたことの安心感からか

助けを求めていた心の弱さからか

ここまでの恐怖から来る、雄の本能からか

諸々全ての感情の発露だった。


そして近づき顔が確認できる距離まで来て僕は呟いた。


「……綺麗」


艶のある黒髪、髪は肩にかかるくらいのボブカット

瞳を閉じた顔は精巧なマネキンの様に人形的な美しさを持っている。


顔以外の首から下を全て覆い隠すように鎖が壁から生え全身を縛っていた。


近くに来て気づいたが

周りを見るとまるで実験室の様な部屋であることが分かり

床には試験管の様な物と紙が散乱していた。

紙には何語か分からない言葉と人型の絵に数字が描かれている。


しかしそれらの興味は一瞬で、先ずは彼女の救出の為にと鎖を引っ張った。


「んん!」


しかし鎖は太く固く全く歯が立たない

僕は鎖を引っ張りながら彼女に声をかけた。


「大丈夫ですか!」

「……」


僕の声に彼女は反応を示さない

まるで本当に人形の様に何も反応を示さない。


「返事をしてください!!」


僕は声を上げながら彼女の顔に触れた。


その時


「ッあッツ!?」


彼女の顔からまるで電気が走った様に

僕の手に衝撃と熱さが送られてきた。


思わず手を離し自身の安否を確認する

手に火傷はなく他の外傷もない、身体も同様だった。


すると今度は何かが弾けるような音が聴こえた

それは彼女の身体からだった。


「!」


よく見ると彼女の全身、否その周りが淡く発光している。


「なん、だ?」


出会ったことのない状況に僕の思考に疑問が溢れる。


瞬間、彼女の身体から光と衝撃が迸った。


「ッく!?」


僕は咄嗟に身を屈め顔を手で覆う

それと同時に彼女を縛っていた鎖が弾け飛んだ。


「ッ」


息を呑み身体を丸め衝撃に耐えようと体勢を変えている刹那


「ァッハ!?!」


僕の身体に鎖の破片が飛んできて身体にめり込んだ。


その衝撃と威力は僕にぶつかっても一切衰える事はなく

僕の身体を浮かせ後方に吹き飛ばす。


僕は地面に身体を擦りながら吹き飛び

その勢いと衝撃を全身に感じながら壁に衝突した


「ッッッハぁ!?」


それと同時に僕の全身の皮膚に亀裂が走った様に身体から血が噴き出る

毛穴、眼球の血管、口とあらゆる通り路から血が溢れる。


「ごぷぅッ」


全身の穴から血が出て行こうと暴走し

口はまるで決壊したダムのように血の放出を行った。


「……ばッ、ぱァ」


口から赤い泡を吹きながら全身が弛緩する

壁にぶつかった時は全身が強ばったのに

今は一欠片の力も入らない。


それもそのはずだった


僕の身体にめり込んだ鎖の破片

鎖自体が太かったので車のタイヤ位の大きさの鉄の集合体。


その塊が僕の上半身と下半身を分断していたのだ。


僕の胃と腸の辺りは潰れており

そこから下は僕から見て左側数mの地面に

あらぬ方向に関節が曲がりくねって転がっていた。

とてもあれが元僕の下半身だとは思えない。


僕は冷静に自身が死ぬ感覚を味わっていた

と言うより身体が死んでいく感覚に心が引っ張られていくのを感じていた。


そんな最中僕はこの現状を引き起こした原因に目をやった。


視界の全てが赤黒く染まり目を凝らしても見えない筈のそれに目を向けた。


「起動、開始、生体パルス認識」


彼女は宙に浮いていた、そして言葉を呟いていた

その周りに瞬く光を纏いながら彼女は裸体のまま宙に佇む

見えない筈の僕の脳裏にその光景が写し出される。


「エーテルナノライザー起動、認識」


その言葉を発した直後

彼女の周りの光は集束し彼女の身体に吸い込まれる様に消え

彼女の身体全体に染み渡る様に光の線が走る。


そして彼女の眼が開いた。


「起動シークエンス完了

実験素体番号CP[サイファー]002イグニカ、行勢開始します」


浮いていた身体が地面へ降りる

それと同時に周囲を確認するように視線を送る。


視線の端に僕の存在を捉えたのかこちらを凝視し

浮き上がるようにこちらへ飛び僕の前に立った。



「生体認識、人間

生体反応微弱、肉体損傷、認識」


僕の状態を確認し機械の様に事務的に言葉を紡ぐ。


「言語認識、開始、同期完了」


また、機械の様に呟く。



「大丈夫ですか?」


事ここに至り

大丈夫ですか等と間の抜けた質問をしてきた。


「生きておられますか?でしたら返事をしてください」


僕の顔に両手で触れ顔をゆっくりと起こしてくれる。


彼女の瞳と僕の瞳が合う

その光景が映像として見える。


彼女の瞳は銀色でとても優しく温かさと力強さを感じさせ

こちらの返事を求めるように僕の瞳をじっと見つめている。


「私の声が聞こえますか?返事をしてください」


再度返事を求めてくる

瞳は変わらずこちらを見つめている。


僕は口を動かそうと力を込め様とするが口は動かない。

血は身体から抜け血管や筋肉は最早用をなさない死を待つだけの身体


しかしそんな状況に際しても

僕は呑み込んでいたこの言葉を

言いたくても意味を為さなかった言葉を何とか口から呟いた。



「っ……す……ッて」


言葉としては及第点以下、一般的な人なら

聞き返すレベルより下の言葉と呼べる何か


「はい、承りました」


だが彼女はしっかりと聞こえましたと言わんばかりに

慈愛溢れる笑顔で頷いた。


僕はその顔と言葉を最後に

安堵したのか力尽きたのか、その両方か


ゆっくりと眼を閉じた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ