不安と僕
「どうせ居るんだろうなって思ってな」
「そりゃいるよぉ、清一の事大好きだもん♥️」
「はいはいそうですか」
「「……」」
〈……何だ、この状況〉
〈恋人でしょうか?〉
何となくだが恋人とは違う気がする
発言だけを切り取って聞くと寧ろストーカーっぽい気が……
ひとまず、志摩君が呼んだ相手が僕らでない事が分かってホッとした。
身を乗り出していた彼女が小窓から降りてくる
猫の様に柔らかくそして靭やかに身体をしゅるっと出し翻りながら地面に着地する。
「そんでぇー、どしたんさ?」
「何が」
「さっきのだよぉー、らしくないじゃん?」
「別になんでもない」
「んー?」
〈こんな志摩君初めて見たな……〉
彼女が志摩君の周りをくるくる回りながら喋り続ける
それに対して、素っ気なくもちゃんと返事をする志摩君
その様はお決まりとでも言うような雰囲気だ
「うりゃっ」
「おッ」
突然後ろから志摩君の首に腕を回し彼女が抱き付く
首に腕を掛け足を浮かせて志摩君に彼女の全体重がかかる
しかし
志摩君は一瞬よろけるも直ぐに持ち直した。
「何すんだ!」
「おー、流石足腰丈夫いねぇん」
その状態で軽口を叩き合う
志摩君の方は文句かもしれないが
「……そんで、どうしたの?」
後ろから志摩君の首を抱き
頬がくっつきそうな距離で志摩君に尋ねる。
「……」
「私はあいつ等とは違うよ? ちゃぁんと話聞くよ?」
「……誰にも言うなよ」
「わかったぁ」
志摩君が観念したのを見ると
彼女は首から腕を離しするりと志摩君の身体を舐めるように降りる。
そして
校舎の裏口の踊り場に移動して手招きで志摩君を呼び二人で座った。
僕らも志摩君の様子が気になり姿を隠したまま付いていく
趣味が悪いことこの上無いが気になるものは気になるのでバレなければ何とやらだ、許して志摩君
「俺のクラスの金森潮って奴、知ってるか?」
志摩君が話始めた、どうやら僕の事らしい
まぁさっきの状況から見てそれ以外考えられないのだけど
「知ってるよぉ、いっつもいじめてた子でしょ?」
「あぁ」
「それでぇ、その子がどうしたの?」
「……一昨日、潮に頭山の洋館に行けって言ったんだ」
「ぁあ、あのボロいやつ? 見た目怖いもんね」
「……」
「?」
「……透[とおる]、俺のじいちゃん覚えてるか?」
「じいちゃんって、正幸[まさゆき]おじちゃんの事? 覚えてるよぉ」
「……」
〈じいちゃん……〉
その言葉が引っ掛かり記憶を掘り起こす
そしてそれが頭山に行ってこいと言われた時の話に登場したのを思い出した。
「あの話、適当なほら話だと思ってたけど……」
「どんな話だったのですか?」
「えっとね」
イグニカにその時の内容を伝える
「確かに嘘臭い話ですね」
「だよね」
ただ、この話が本当なら
あの洋館に志摩君のおじいちゃんが行った事になる
あの洋館に、だ
「じいちゃんがさ半年前に頭山に1人で行った事があったんだ」
「1人で!?」
「勿論最初はやめとけって言ったよ
でも、じいちゃん一度言ったら聞かないから結局行っちまったんだ……」
「正幸おじちゃん頑固だったもんねぇ」
「でも流石に山は無理だろうから諦めて帰ってくると思ってたんだ……そしたら」
「そしたら?」
「その日は帰ってこなかった……」
「……え」
「その後3日ぐらいしてから帰ってきたんだ……」
「ぁ……よかった」
志摩君が透さんに話を続ける、その二人の光景には暗い影はない
しかし、この話をし始めた時から志摩君は辛そうな顔をしていた
そう、まだ志摩君の話には正幸おじさんの話をし始めた理由
つまり
僕の話に繋がる[ナニカ]を話していない。
「じいちゃん皆心配したんだぞって、皆で山道探しても見つからないから警察呼ぶ寸前だったって」
「……」
「そしたらじいちゃん、皆に謝ったんだ……」
志摩君はまるでそれがおかしな事の様に言った
皆に迷惑をかけたのなら謝罪をするのは普通だ
しかし志摩君はとても不気味な物を見た様な面持ちで続けた。
「いつもなら五月蝿いとか年寄り扱いするなとかどんな時でも言い返してくるじいちゃんが皆に謝って回ったんだ
それに腰とか悪かったはずなのに、全然平気みたいで……まるで、まるで」
志摩君は吐き出す様に続きの言葉を放った
「別人みたいになってたんだ」
「……」
〈〈……〉〉
「丁度……今日の潮がそうだ、いつもと違うんだよ
何かよく分かんねぇけど……だから、また俺」
確信があったわけではない
しかし、話の内容からしてこの結果は想像できた。
ただ僕が変われたのはイグニカが側にいたお陰だ
対して正幸おじさんの話は僕とはまた別の要因な気がする
「いつもと変わらないって顔しててもよ、見てきたんだ……わかんだよ
雰囲気って言うのか、何か違うんだ……何かに憑かれたみたいに」
「……」
「そんで……そんで、さ」
「……清一」
「かぁ……ぅ、くッ……」
志摩君が嗚咽を混じえながら話を続けようとする
しかし、明らかにその顔は青ざめ無理をしてるのがありありと分かる。
「清一」
その志摩君の肩を抱き
優しくそして悲しそうに顔を近づけ語りかける
「ぅう……」
「清一……1つだけ答えて、それでこの話は終わりにしよ
これ以上、清一のそんな顔見てられないよ]
「……」
少しの沈黙の後、こくっと頷く志摩君
それを見た透さんは、言葉を続けた。
「ん、これだけ聞いて終わり…清一、ぉw」
「……?」
「ぉッほ」
「??」
「ッふぁ……」
「透?」
「フハクシュビッ!!?」
「……」
「……」
〈〈……〉〉
透さんのくしゃみは
彼女の意思を伝える様に重かった空気を吹き飛ばし
「……ッぶふ」
「……ぇへ」
空気を弛緩させた
「ッ、ッ……透、ほれ」
「ぁいがとぉ、清一」
笑ってしまった顔を戻そうとひくつかせながら
透さんにポケットから取り出したティッシュを手渡す志摩君とそれを受けとる透さん
チーンッと鼻をかみティッシュをくしゃりと潰して丸める
それを先程とは違い穏やかな顔で見つめる志摩君
「……清一、鼻かんでる所そんな風にじっと見られるの恥ずかしいんだけどぉ]
「ッぁ、わりぃ……」
膝を抱え恥ずかしそうに上目遣いで志摩君を見つめる
その仕草に関係のない僕もドキッとしつつ目を逸らす。
「えへへぇ、いいよぉ」
「ありがとよ……」
「やっぱり、清一はこっちの方がいいよぉ」
「何が?」
「笑ったり慌てたりしてコロコロ表情変えてくれる清一が良い」
「……わりぃな」
「だからぁ、いいよ」etc
二人は言葉を交わしながら笑顔を取り戻していく
他愛のない話が、彼と彼女の心を融かし潤す。
〈イグニカ〉
〈はい〉
〈帰ろ〉
〈良いんですか? 潮〉
良くは……ない、結局話の本題である
その正幸おじさんと僕との関連性が今だ不明瞭だ
しかし
「ふふぅ♪ えいッえいッ」
「やめろ、く、くすぐんな、はッ」etc
〈もし仮に続きが始まるとしても、このまま始まるまで待ってたら糖尿病になりそう〉
〈……糖分過多は健康に悪いですからね〉
僕らもまた張り詰めていた空気は何処へやら
顔を見合わせ軽口を叩きあう。
そして携帯で時間の確認、時刻は16時丁度
〈イグニカ行こう、バイトの件も話をしに行きたいし〉
〈潮と一緒に労働……ですね〉
……何だろ、言ってることは普通なのに
いやらしさを孕むイントネーションだ
そんな事を考えながら
そそくさと二人の横を過ぎつつ学校裏から出ていく。
明日からの生活に少し影を落とすことになったが
もしもの時はイグニカに頼ろう
本当は出来る限り頼らないことがベストだけども
横を見るとにやにやしながら「バイト~バイト~」と
何処ぞの小人達の様に唄っているイグニカが目に入る。
ふと右手に収まるイグニカの手を握る、彼女が? を浮かべながらこちらを見た
その表情には、暗い影など1つもない。
「……」
「潮?」
「……いや、イグニカがバイト先で暴れないか心配で」
「失礼な!?」
「じゃあ龍さんと仲良く出来る? 」
「……出来ます」
そんな会話をしながら、僕らは学校を出る
寮に一度寄るか迷ったが、今日はそのまま向かうことにした。
「……行ったかな」
周囲をぐるッと警戒する猫の様に首を回し呟く
誰もいない虚空を見つめ眞島透は言葉を吐いた
「何がだ?」
「なぁんでもないよぉ♪ 向こうから声が聴こえた気がするだけぇ」
「それって、警備の人じゃねぇか?」
「あらぁ」
「帰るか?」
「うぃ~」
何でもない会話をしながら帰る準備をする
清一はお尻をパッパッと払って鞄を持った。
「私は中に荷物あるから取ってくるね」
「分かった、校門で待ってるぞ?」
「待っててくれるんだぁ❤️」
「……帰る」
「うそうそぉ! すぐ行くからぁ」
そう言いながら、私はするすると窓に入って荷物を取りに行く
「ストライプかよ」
「清一の名前に合わせてみました」
「余計なお世話だ」
「覗いたのそっちの癖に~」
「……」
くだらないやり取りをし終わり鞄を取りに教室の方へ歩を進め
人に見つかることなく無事に1-4教室に着く
「……さっきのは、多分」
そう呟きながら教室の机の上にある鞄を取る
「清一は、私が守るんだ……」
鞄の取手を握りながら教室の窓から校門を見る
清一が待っている
そして、こちらを向いた
正確には校舎の方を見たのだ
でも眼が合った気がした。
「♪」
それだけで気分が高揚する
単純だと思う
まるで、ご主人様に尻尾を振る犬のようだ
むずがゆくなる感覚に堪えきれず校庭に出る
校舎を出ると風が吹いた
見上げた空には雲が疎らに広がり
夕焼けの陽を乱反射しながら空間を彩っていた。
「ふふぅ♪」
その煌めきに負けない笑顔で
私は彼に歩み寄る