動揺と僕
「〜♪」
「……」
イグニカの鼻唄と柔らかい感触が顔全体を包む
「う~しぉ~」
「……」
すりすりと自分の頬を僕の頬に擦り付けながら
イグニカはにへらと笑って僕の名前を呼んだ。
その弛んだ顔と空気に当てられ僕も顔が弛みかけるが
今は敢えて無反応を装って黙っている
何となく恥ずかしくなっているだけで特に理由はない。
「むふふぅ~」
〈……仕方ないか〉
あの試合の後
怪我をした彼は保健室に無事運ばれた
怪我自体は思いの他軽く4限目には途中から参加していた。
3限目が終わった後
更衣室での着替え中に男子達から突然身体を触られた
振り向いた瞬間凄い真剣な顔で男子達が群がっていたのだ
一瞬貞操を奪われると恐怖した……あの状況を体験した者にしか分からない感覚だと思う。
ちなみに理由は
どうやってこの身体付きであの玉を投げれたのか? だった。
今回イグニカの行った
筋組成の組み替え?だったはずは見た目には変化がない
よって現実的な説明が出来ないので
明らかに苦しいが偶然、運良く、奇跡と言うことで皆には納得してもらった。
その後お昼の時間に志摩君達がまた絡んできた
だが
そこに瀬野嶋さんが来て彼らを連れていった。
恐らく締められたのだろう
早くも宣言通りにしてくれるとは本当に律儀な人だとイグニカと2人で感心した。
そして今は授業が終わり下校時間
女生徒の失踪事件の事もあり学内に残る者は少なく
殆どの学生は下校していった。
僕は部活にも学生会にも所属していないので帰り支度を済ませ同じく下校する。
てつは学生会に所属しているので少し残るそうだ、学生会長から所属生徒に呼び出しがあったらしい
絵茉さんは相変わらず寝ていたので起こしたら凄い睨まれた、恐らく少ししたら帰るだろう。
そして
学校にいる間ずっと我慢していたからか
イグニカが帰り道に1度透明化を解除したいと言いだした
僕は制止したが余程ストレスが溜まっていたのかイグニカは断固として譲らなかった
このままでは道のど真ん中で突然人が現れると言う
リアルマジックショーをするはめになるので僕らは慌てて本校舎の裏側に移動した。
校舎裏は頭山に面している林と山側に入れないようにフェンスがある
校舎の影になっているので基本的に薄暗く、まず学生が来ることはない……はずだ。
そこに着いた途端
イグニカが透明化を解除し僕は抱き締められた
まだ周りを確認してもいないのにだ
余程我慢していたのか鼻息も荒く
いつもより5割増しぐらいのハグを僕は受けていた。
「んぅ~♪ ふぅ~♪」
「ッ」
頬とか……胸……とか指やら、要は全身が僕の身体を這うように包む
柔らかかったり良い匂いがしたり……気持ちよかったり
無反応を装っていたがさすがに限界だった。
「あ、あのイグニカ」
頬を擦り付けられ口の形が定まらない中
原因であるイグニカに言葉をかける
「なんですか~?」
ほわんとしたイントネーションを纏いながら返事が返ってくる。
「そ、そろそろ良いんじゃないかな?」
そんな彼女に
この状況の解放を願い出てみた
「んん~、後10時間~」
〈いや長過ぎ!!?〉
まだご満足頂けてはいないようだった
「ほ、ほら事件の事もあるし」
「私が居れば大丈夫ですぅ」
更にギュゥッと力を込めて抱き締められる
しかしそれによって生じるはずの圧迫感は全て
柔らかい感触に変換され、僕の肌を刺激する。
「はイ! お終い!!」
「んぁ……」
腕をめいいっぱい伸ばし彼女の胸を押しイグニカを無理矢理引き剥がす
「「……」」
途轍もなく柔らかい感触が掌中に存在するが
気にしないでおこう、気にしたら……絶対に敗けなのだ。
「イグニ「しッ」カ?」
イグニカが僕の口に手をかざす
反射でイグニカの顔を確認すると
目を瞑っていた
「イグニカ……?」
そして目を開きこちらを向いて
「潮、手を握ってください」
「え、うん」
そう言われ僕は右手を出しイグニカがその手を取る
「離さないでくださいね」
「んゥ!」
電気の走る音と感覚と同時に
僕とイグニカの周りに透明の膜の様な物ができる
まるでSF作品に出てくるバリアの様だ。
「イグニカ、これは?」
「認識阻害の為の空間壁です、分かりやすく言いますと
他の人には私達が見えないし触れても気にしません」
「すっご!?」
でも透明になれば解決なのではないだろうか?
と脳内に議題が湧いて出てきた
「透明化は嫌です、飽きました」
「そこ重要!?」
「重要です!!」
不満顔全開で抗議してきた
まぁ確かにこれなら話も出来るし何かあってもバレないし安全だからこちらの方が良いか。
「そうでしょう♪」
嬉しそうに笑うイグニカ
どうやら機嫌は良くなったようだ。
するとそこに
「いてぇー、まだ頭ガンガンする」
「大丈夫か? 石河」
「あんのクソ潮の野郎」
あいつ等が来た
一人は僕が怪我をさせてしまった奴だった、石河と呼ばれている
後はいつものメンバーだ
そう言えば、僕こいつ等の名前も知らないな
……わざわざ知りたいと思える間柄ではないから別に良いが
「そもそもさ、あいつ何で瀬野嶋さんと知り合いなんだ? 」
「どうせ、あの人のいつものやつだろ?」
「ッそ! めんどくせぇ」
どうやら瀬野嶋さんに締められた事を愚痴りに来たようだ
「結構しっかりやられたみたいだね」
「してなかったら私がします」
瀬野嶋さん本当にありがとう
貴方の勇敢な行動が不良達の命を救いました。
「ッてか何でバレたんだ?」
「前もバレたっすよね?」
「チクってる奴がいるんじゃねぇの?」
「マジないわ~」
不良達は愚痴りながら
ヤンキー座りで煙草に火をつけ口をつけ
「「フゥ~」」」
全員同時に煙を吐く
もくもくと紫煙が辺りを包む
「志摩君さっきからどったの?」
不良の一人がここに来た時から
一言も口を開かない志摩君に話しかける。
「……」
確かにいつもなら真っ先に喋っている
そんなイメージの彼がずっと黙っている
顔は俯き、他の奴等と違い座らずに立っていた。
仲間の問い掛けに対し沈黙していたがしばらくして口を開いた。
「……もぅ、やめよう」
「え?」「何を?」「?」
志摩君の言葉に全員が疑問を浮かべる
「潮に絡むのだよ」
「はぁ?」」」
不良達が「は?」となる
そしてそれは僕も同様だった。
何故と言う気持ちより怒りが湧いてきた
勝手にそっちから始めておいて今更やめようと言うのかと
何を言ってるんだこの馬鹿はと頭の中で口汚い言葉が羅列されていく。
「ちょいちょいどしたん志摩君?」
「何? 今日の事でビビったん?」
驚きの発言をする志摩君に
不良達が近づきながら言葉をぶつける
「ビビったんじゃねぇよ」
「いや、ビビってんじゃんそれ?」
「瀬野嶋さんこえぇのは分かるけどそれないわー」etc
志摩君の言葉に耳をかさず
皆が思い思いの嫌みを志摩君に放つ
「……」
「……はー、マジ萎えるわ」「志摩君カッコ悪」「まじビビッティじゃん」「なっさけな、まじインポ君」
不良達は嫌みどころか遂には悪口を言い始める始末
そのまま1人の不良が志摩君を押した、と言うよりどついた
その衝撃と勢いに彼は抵抗せず後ろに倒れる
その光景に皆一様に言葉を失い驚いた
それは僕も同じだった。
〈いくらなんでもおかしい、らしくない……本当にビビってるみたいだ〉
「ダッサ!?」」「マッジか!?」「プッ」
「……」
1拍置いて不良達が志摩君の姿に落胆を交えた悪口を言う
だと言うのに志摩君は尻餅を着き俯いた姿勢から立ち上がろうとしない。
「……本当にどうしたんだ?」
「分かりかねます」
僕とイグニカには、今の志摩君の態度の変化がまるで理解できないでいた
「……」
「……帰ろうぜ」「えチョッ待ってぇ~」「ちょ待てよぉ」「……」
黙り続ける志摩君に嫌気が差したか若しくはつまらないと感じたのか
不良の1人が振り返り帰り支度を始める、それに他の奴等も遅れて続く
そして煙草の火を踏み消し鞄を持った。
「……」
相変わらず志摩君は黙ったままだ
不良達が志摩君の横を通りすぎる
その時、不良の1人が立ち止まり志摩君に寄る
「志摩さん」
「……」
「マジに、どうしたんすか?」
他の奴等とは違い
こいつは志摩君の事を本当に心配しているようだ
「何でもねぇよ……」
「いや、んなわけねぇでしょ」
「良いから行けよ、お前までハブられんぞ間智田[まちだ]」
「ッでも!」
「おい! 何してんだよ?」「早くこいよぉ」
「あ……」
不良……間智田君が、他の連中に呼ばれる
「行けよ」
「ッ……」
軽く顔を逸らし連中の方へ走り合流する
もう一度こちらを振り向き俯いた後連中と帰っていった。
「……」
しばらくして志摩君が立ち上がる
手でスボンと上着に着いた土を払う
そして上を向いてそれからまた俯いた
「……帰ろうか、イグニカ」
「はい」
僕らは何とも言えない気分のまま
しかしどうにもいたたまれなくて、この場から立ち去ることを選択した。
「おい」
「「!」」
「居るんだろ?」
突然志摩君が僕らに話しかけてきた
〈な、何で!?〉
バッとイグニカの方を向き同じく動いていたイグニカと目を見合わす
その顔は驚きに満ちていた。
〈イグニカの力で僕ら見えないんだよね!?〉
〈その通りです!!〉
〈じゃぁ何で!?〉
〈分かりません!?〉
本来聞こえないはずだがつい心の中で会話する
それほどにこの状況は驚愕だった
いったい何が起きているのか
すると
「気付いてたんだぁ?」
声が聞こえた
猫の鳴き真似をするような間延びする喋り声
それは僕らの上から聴こえてきた
そこに
校舎の1階の壁、上の方にある小窓から
身体を乗り出していこちらを見下ろしている女子が居た。