学校と僕
凹字型の学舎が目の前に見える
大きな本校舎の左右に研究棟と呼ばれる建物と学生会本部の建物がある
研究棟は昔の先輩達が自腹で建てた建物らしく
学校にも許可を得て建築し未だに使われている
その中がどうなっているのか知っている人は僕の知る限りいない。
建物の建築から施設管理まで行えるって
一体どれだけお金が有り余っていたのか
最初に話を聞いた時は少し分けてくれと恨み言を吐きそうになった。
しかし、聞いた話によると
施設の一部を何かの部活が使っているとか
実は不良の溜まり場になっているとか噂が飛び交っている。
真実は調べればすぐに分かりそうだがわざわざ調べる気にはならない。
もう1つの建物の学生会本部は
その名の通り夜代高校学生会の役員が政事をする場所だ
詳しくは知らないが
学校についての大事な話をしているのだろう。
そして校舎の後ろにひょっこり見えるのが体育館
全校生徒が入れるだけあって中々大きい。
ちらりと携帯で時間を確認する
時間は8時35分、いつもならもう少し登校する学生が居るはずなのに
今日は人が少ないどころか見ていない、明らかにおかしい。
イグニカと話をしていたり考え事をしていて
ずっと確認していたわけではないが、それでもすれ違えば流石に気付く筈だ。
「今日って……休み?」
携帯をもう一度見る
今日は5月10日木曜日で平日だ
「おかしいなぁ」
「生体反応はあります、学生達は教室にいますね」
イグニカの身体からパチりと静電気が走った様な音が聴こえ
それと同時にイグニカが生徒達の居場所を教えてくれる。
「ありがと、でも何でだろ?」
「何ででしょう?」
疑問はあるが悩んでいても解決はしない
教室に皆がいるなら行けばハッキリするだろう。
花と蔓が絡み合った様な模様の柱が両脇にある校門をくぐり
運動部にとっては嬉しいだろうが
僕にとっては無駄に広い校庭を過ぎて校舎の正面玄関へ辿り着く。
僕のクラス1-2は校舎2階の左端にある
靴の裏をマットで擦り土を払って
靴箱から上履きを取り出し履き替える
正面の大階段から2階に上がりこれまた長い廊下を歩く。
すると他の教室から声が聞こえてきた
「よかった、他のクラスは普通にいるみたいだ」
「そうですね」
登校時に見なかったのは偶然だったようだ…天文学的な偶然確率だが
そして1-2の教室前に着く
一応気になり耳を澄ますが声が聴こえてこない
「中には居るはずですが」
イグニカが再度見てくれたようで皆はいるそうだ
〈何で静かなんだろう?〉
いつもならこの時間帯は騒いでいる事が多いのに
そう思いつつ扉の取手を掴み右にスライドさせて開く。
「「「!」」」
扉を開けると生徒達が居た
それを確認したと同時に向こうもこちらを確認し
瞬間全員が驚いた顔をしてこちらジッと凝視してきた。
皆の顔は程度に差はあれど共通して全員驚いた表情をしていた
その中の1人が他の者より早く立ち直り
こちらに視線を固定したまま一直線に近づいてきた。
「金森ぃぃい!!!」
そして僕の名字を叫びながら両肩をガシッと掴んできた
「ォツ!? おはよう、てつ」
「おはよう、じゃねぇよ!!! 昨日は無断で学校休んだ上に連絡もねぇし
学校には警察来て何か物騒な話するしお前の携帯番号も知らねぇから連絡できねぇし
その上昨日は学生寮のお前の部屋の前で変な二人組との喧嘩に巻き込まれたって聞くし
心配する要素しかなくて気が気じゃなかったぜぇ……ぜぇッは」
両肩を揺らしながら捲し立てるように喋り終え
そのまま僕にしなだれかかり息を切らして涙を流しながら心配してくれる彼
彼は皆から[てつ]と呼ばれており席が僕の目の前で入学当初から
皆との輪に中々入れない僕に話しかけてくれた親切な奴だ。
そして、てつを皮切りに皆も動きだし僕に話しかけてくれる
休んだタイミングがタイミングだっただけに皆僕の事を心配していたようだ。
「あっれぇ? 何だ何だ生きてんじゃん潮くん」
「マジで?」
「お?」
そんな僕の事を確認するやあいつ等が寄ってくる
それを見た途端
先程まで僕の安否を気遣ってくれていた皆が離れていく
「おい、お前ら!!」
だが逆にてつは僕とあいつ等の間に立って声を上げる
「っせ! どけよ秀次[しゅうじ]」
「退かねぇよ!」
てつが連中の一人と対する
元々正義感が強いのか、てつは僕がいじめられている時に必ず割って入ってくれていた
しかし
「はいはい、秀ちゃん邪魔しちゃダメよー」「押さえて押さえて♪」
すぐに後ろに居たあいつ等の仲間がてつを二人係りで押さえにかかる
このやり口でてつの努力は毎度無力化されてしまう。
周りの生徒は残りの奴等に睨まれているからか動かない
下手に動けば自分達も標的にされる可能性があるからだ。
そして
「おはよう潮、元気そうじゃん♪」
「おはよう、志摩[しま]君」
僕はリーダー格の志摩君の言葉に驚く程冷静に挨拶を返した
「ッ……ぉッそうだ、動画撮ってきたよな? 潮」
いつもと違う対応に驚いた事を悟らせないためか
話題をいじめの成果の話に変え優位に立とうとする。
しかしそれにも僕は冷静さを保っている
今ここまで冷静でいられるのは僕の左手にイグニカの温かく力強いぬくもりを感じるからだろう。
「いや撮るの忘れちゃって、恐くってさ」
「あ?」
僕の返事に明らかに顔色が変わる
自分の目論見が悉く外れイライラが増しているのが
眉のひそめ具合と口調の変化から窺える。
「撮ってこいって言ったよなぁ? 約束破んの?」
「なになに?」
「嘘つきはよくなくないなぁ?」
後ろの2人も僕の返事に不満を持ったのか
煽る口調で近付いてきて3人で僕を囲む
〈流石に、これはまずいかな……〉
いくらなんでも調子に乗りすぎたかもしれない
それに
「……」
イグニカもそろそろ我慢がし切れなくなってきているのか
握っている僕の手に力が籠っていくのが分かる。
〈……どうしよう〉
「あんたらさ、いい加減にしたら? カッコ悪い」
膠着していた僕と連中の間にヌッと突然
誰かが割って入ってきた
「うっさいからさ、後にしてくんない?」
「ぁ」「ォ」「ぅ」
連中を一睨みで黙らせる圧力
蛇に睨まれたカエルのように固まる3人
空気まで凍り付いた様な静寂が訪れる。
すると
「おはよう、全員居るか?」
扉を開けて担任の先生が教室に入ってきた
「ん? どうしたお前ら、席に着け」
その言葉に皆冷静さを取り戻したのか
ゆっくりと動き出し自分達の席に移動する
連中はこちらを一瞥し舌打ちをしてから席に移動する。
「……」
「あッありがと、絵茉[えま]さん」
僕を助けてくれた絵茉さんにお礼を言うと
彼女はこちらを向いた
「くァッ」
そしてあくびを一回すると
「今日たぶん私当てられるから、そしたら起こして」
「あ……はい」
「ん」
僕の返事を聞くと彼女も自分の席へ向かう
そのふてぶてしくも感じる姿を少し眺める。
「金森! 何してる早く席に着け!!
後お前は話があるからHRが終わったら前へ来い!」
「はい!」
先生の大きな声を聴き、僕も自分の席へ向かった。
HRが終わり先生から昨日の無断欠席の説教を受け
集会の時に配られたプリントを受け取り
反省文の提出を申し渡され席に戻ると1限目の授業が始まった。
授業が始まってすぐにイグニカが話し掛けてきた
〈潮、大丈夫ですか?〉
〈うわ!? ビックリした〉
〈驚かせてすみません、普通に話し掛けると怪しまれる可能性があると思ったので〉
〈そう言うことね、ありがとイグニカ……って
イグニカの声が、頭に響いてくる〉
〈凄いでしょう♪ テレパシーってやつですね〉
〈こんな事も出来たんだね〉
〈試してみたら出来ました〉
〈試して出来るのが凄いな〉
直接話さなくても会話ができる
それはイグニカとより深く繋がった証な様な気がして
少し気恥ずかしくもあったがそれ以上に嬉しかった。
〈しかしさっきは正直、あいつ等を殴ってしまいそうでした〉
〈抑えてくれて本当にありがとうございます〉
イグニカが殴ったら最悪の事態も有りうるし
人間がひとりでに吹っ飛んだりしたら事件になってしまう。
〈でも〉
〈?〉
〈さっきの潮、少しかっこ良かったですよ〉
〈……イグニカが居なかったら無理だったよ〉
〈それでも立ち向かったのは潮の頑張りです〉
〈……ありがと〉
心の中だからかダイレクトに感情が伝わる
それだけに褒められると嬉しいのがバレるから恥ずかしい。
〈それと驚きました〉
〈?〉
〈潮は人付き合いが苦手と言っていましたが
ちゃんと居るじゃないですか、友達〉
〈友達……で良いのかな? 正直付き合い殆どないし〉
〈それを言ってしまったら、私たちはたった1日の付き合いですけど家族ですよ?〉
〈……〉
〈関係の深さに時間は関係ないですよ〉
〈……そうだね〉
イグニカの言葉に心で頷く
「ッぉ……せり……ッと」
耳鳴りの様にイグニカの声とは別の声が実際の耳に聴こえてくる
イグニカとの会話を一旦中断し聴こえてくる外の声に耳を立てて集中する。
「おい! 芹澤!! 8pの問いに答えろ」
声の主は一限目の化学の講師森谷[もりたに]だった
いつも大きな声で怒鳴るが今は5割増し位でうるさい
しかしその原因に心当たりのある僕は左を見る
左の席には机に突っ伏して寝ている芹澤絵茉の姿があった。
「絵茉さん! 絵茉さん!! 起きて!!」
彼女の肩に触れ力強く揺さぶる
しかし彼女の眠りは深く起きる気配はない
「起きてぇ!!」
そして絵茉さんが寝ている事に気付いたのか
森谷が赤い顔をしながら教壇を降りてこちらへ歩いてきた。
それと同時に絵茉さんがもぞもぞと動き始め反応を示す
「ん……ぅ」
「絵茉さん!」
眠そうに瞼を擦った後薄目を開けてこちらを向く
「……なんぺ?」
「え! ぁと、8p!」
「んゥ」
僕にページ数を聞きのっそりとテキストを捲る
時を同じくして森谷が目の前に着いた。
「芹澤! お前俺の授業で寝るとは良い度胸だ
次いでだ、9pの問題もやってもらおうか」
授業中に寝ていたペナルティとして問題を追加し
それを答えるよう要求する
当然寝ていた人間が答えられる訳もなく
絵茉さんに対して申し訳ない気持ちで一杯になる。
「拡散現象と分子間力」
「!!」
「あと塩化ナトリウムの分子計算の方は62.3です」
机に顔を突っ伏したまま絵茉さんはスラスラと答える
「ぁ……」
「合ってます?」
「ッ……わかってるならいい、よし次いくぞ10pを開け」
憮然とする森谷に対して
机に顔を伏せながら平然としている絵茉さん
答えられるとは思っていなかったであろう森谷は
絵茉さんの異様さに気圧されたのか
捨て台詞の様な言葉を吐き教壇へ戻っていった。
違和感のある光景に眼を奪われつつも
ちゃんと答えてくれた絵茉さんにほっと胸を撫で下ろす
すると絵茉さんが突然僕の左手を叩いてきた
そして絵茉さんがこちらをじとりと見ながら口を開いた。
「おそい……」
「ごめん」
「おかげで……2問答えた」
「……ごめんなさい」
「んゥ」
「……」
「……」
「その」
「……」
「絵茉さん」
「……」
「絵茉さん?」
「すゥ……」
自分から話し掛けておいて途中で寝ていた
〈相変わらすマイペースな人だな〉
実は入学して一週間経った時から
こうして授業で当てられる日だけ起こす関係が続いている。
「お疲れさまです、潮」
彼女のマイペースさに呆れ椅子に持たれると
後ろから少し前にもたれる形でイグニカが抱きしめてきて
耳元に口を近づけて僕に囁いた。
〈い、イグニカ!〉
「潮は偉いですね」
僕の頭を撫でながらイグニカは言葉を続ける
〈イグニカ、何か怒ってない?〉
「そんなこと無いですよ」
いや、何か思っている何か強引な気がする
そんな僕の思考を読んだのか
手を止め頭から僕の頬へ手をスライドさせる
「……少し、寂しいです」
耳元にイグニカの元気のない声が響く
「潮が他の誰かと話している間
潮が頑張っている間近くで見てることしか出来ない」
〈……〉
「それに透明でいなければならない……これも、辛いです」
〈イグニカ……〉
本来であればイグニカと一緒にいることに不都合などないのだ
ただ僕が突然女性と歩いていたりした場合
噂になる可能性が極めて高い……しかしそんなものは言い訳で
つまる所僕が恥ずかしい思いをしたくないだけ
その我が儘にイグニカを付き合わせているだけなのだ
「……あ」
〈?〉
「そうです、バイトです」
〈??〉
「潮、バイトですよ」
〈???〉
イグニカの考えていることが読み取れず
頭の上をクエスチョンマークが乱舞する
「そうですバイトなら、私が居ても不思議ではないし透明でなくても大丈夫です
それに潮とも一緒に居れるし万々歳です、そうですそうしましょう
潮、なのでバイトの時間増やしましょう」
〈いやそれ本末転倒じゃん!!?〉
その後授業中ずっとイグニカと話し合いを続けた結果
イグニカをバイト先の本屋に連れていく事に……半ば強引に決まった。
それ事態はとても喜ばしい事なのだが、龍さんとまた揉めないか心配である……。
イグニカとの話し合いが終わったタイミングでチャイムが鳴る
1限目が終わり15分の休憩時間に入る
2限目は国語、先生がお歳を召した方なので
しゃべり方もゆっくりである事から睡魔を誘う
例に漏れず僕もよく寝落ちするが
今日はイグニカと一緒だし大丈夫だろう。
とそんなことを考えていると
勢いよく教室の扉が開け放たれた
「「「!?」」」
そのまま教室の扉を限界まで開いた結果
扉の枠に当たり大きな音が教室全体に響き渡る
教室の生徒達は皆唖然としてその原因に目を向ける。
「「せ、瀬野さん」」「瀬野嶋[せのじま]さん!」
その中であいつ等と志摩君だけが慌てて立ち上がる
「……金森潮って奴、居るか?」
瀬野嶋と呼ばれた男子生徒
志摩君達の呼び方からして先輩なのだろう
その人はジッと教室全体を舐める様に見回し
僕を見付けると目を細めて
「お前か」
そう言いながらこちらへ歩いてきた
そんなに身長が大きいわけではないのに
威圧感…と言うか何かただ者じゃない感がする
少し紅い髪の毛も相まって鬼の印象を覚えた。
「ちょっと面貸してくれねぇか」
僕の目の前まで来て
瀬野嶋さんと呼ばれる人は不良お決まりの常套句を口にした。