登校と僕
朝食を済ませた後
キッチンに二人で食器を持って行く
そうしたらイグニカがパパッと皿を洗い2人で手を洗う。
「潮、時間は大丈夫ですか?」
手を洗い終わり蛇口を閉めながらイグニカは聞いてきた
「うん、大丈夫今から出れば十分間に合うよ」
「ならよかったです……」
「?」
何か歯切れが悪い、そう感じた
「イグニカ? どうしたの」
[いえ、その]
[イグニカ]
僕はイグニカの手を取り背を正し真っ直ぐ彼女を見る
「一人で悩むのはなしだよ」
「……はい」
そう言うとイグニカもこちらへ向き直り思っていることを言葉にした。
「私も一緒に学校へ行きたいのです」
「……え?」
〈それは、つまり……〉
「イグニカも、入学するってこと??」
「あ、いえそうではなくですね」
「うん」
「昨日の事もありますし、潮のことが心配で」
「……」
〈確かに、そうだよな〉
当然と言えば当然の話だ
イグニカからしたら昨日の状況を見た後に
安心して僕を送り出すことに賛成できる筈などない。
「それと……」
「ん?」
「彼らやそれ以外にも……人を、人を知りたいんです」
〈そして、潮の事も〉
イグニカがここまで思って言ってくれた言葉を無下にすることなど出来るはずもない
何より僕自身イグニカが居てくれると心強いし
イグニカの学びたいと思う気持ちの源泉を知った今はそれを応援したい。
「わかった、一緒に行こうイグニカ」
「ありがとう、潮」
話はイグニカと一緒に行く事で纏まった
ただし、学校に無関係の人間が入るのだから透明になった状態で、ではあるが
そうこうする内に時間は8時5分を回り出るには丁度良い時間になった。
玄関横の靴箱から取り出した靴を履き
爪先でコツッコツッと床を打ちながら靴を履き慣らす
隣ではブーツの紐を結ぶイグニカが居り結び終えたのかこちらを向く。
「……」
「潮?」
今更な話になるのだが
こうして並んで立つと目線や肩の位置など明らかに身長差が出る
僕の身長は周囲の人に比べると少し低く
逆にイグニカの身長は僕の周囲の女性より少しだけ高い
僕はこの差が今更ながら気にかかりイグニカに視線を向ける。
「潮、大丈夫です」
「イグニカ?」
「食生活を正せば身長は伸びます、私に任せてください」
「……うん」
確かに一人暮らしをし始めてから以前に比べ体重も減った
日々の食事の大半をドリンク剤で済ませていたから不健康極まりない
イグニカのご飯を食べた後だと余計にそう思う。
「それじゃ、行こうか」
「待って、潮」
「え?」
イグニカが僕に静止を呼び掛ける
ドアノブに手をかけた僕は止まり振り向くと嬉しそうな顔のイグニカと視線が交わる。
ドアノブに触れている僕の手にイグニカも手を添える
「初めては、一緒に」
「……わかった」
イグニカの言葉に頷いた僕は
2人でドアノブに力を込めて回しそれと同時に口を開いた。
「「いってきます」」
扉が開き隙間から強く優しい光が広がっていく
輝く太陽のもとへ僕らは歩き出した。
「おはよう、潮くん」
「あっ功寺[くじ]さん、おはようございます」
学生寮の階段を下り一階に着き玄関から出ると
花壇に水をやっていた功寺さんが朝の挨拶をしてくれた。
朝早くから起きて玄関や学生寮周囲の掃除をして花壇にも水をあげているからか
40歳位の筈なのにそれ以上に見える不思議なオーラを放っている。
「そう言えば昨日郁里[ゆり]から聞いたけど
知らない女性と龍君の喧嘩を止めに入ったんだって? あんまり無茶をしたらいけないよ」
「昨日は大変ご迷惑をお掛けしました」
「いやいや、潮くんが悪い訳じゃないだろう
ただまぁ最近は少し物騒だからね」
「物騒? 何かあったんですか?」
「ん? 潮くん知らないのかい? 昨日学校で集会があったと他の生徒さんから聞いたけど」
「あ」
昨日は休んでしまっていてその話は僕の耳には入っていない
「いやちょっと疲れが溜まってたのか昨日は休んじゃったんですよ」
「そうか、それはいけないね
いつも遅くまでバイト頑張ってるからね、たまには休息も必要さ
なら学校の時間もあるからかいつまんで話そう」
「ありがとうございます」
「夜間に起こる若者の集団失踪か」
通学路を歩きながら先程功寺さんに教えてもらった話を思い出して呟く。
内容はここ2年程の間に
深夜帯20代後半から30前半に掛けての男性女性関わらず
数名が忽然と姿を消し数日後に帰ってくると言う不可解な事件が起きているらしい。
被害者達には特に外傷はなく体調面での変化や薬物等を使った形跡もない
しかし
奇妙な共通点として事件前後の記憶がないと言うものだ。
しかし今までに帰ってこなかった人はおらずその後の生活にも支障が無かった事から
段々と住民達も余り騒がなくなっていったそうだ
それはそれで良くない気もがするのだが
しかし
つい5日前ウチの学校の女生徒が下校した後家に帰っていないのだと言う。
流石にこれは事件性が高いとの事で昨日警察の方が連絡集会を開いたそうだ
「あ!」
「どうしたのイグニカ?」
考えながら歩いている僕の左から
何かを思い出したようなイグニカの声が聴こえた
イグニカは今透明になっており姿は見えないが声は聴こえるので少々驚いた。
「昨日潮が寝た後に深夜に買い物に行ったんです
その時警察車両がよく通っていたので納得できました」
「買い物? ……あ、朝御飯の?」
「はい、近くに24時間のスーパーがあったので」
「だからか」
家に料理ができる材料等ないのに
どうやって見事な朝食を生み出したのか疑問だったのだ、これで合点がいった。
「なら今日は尚更イグニカと一緒でよかった、よっぽど大丈夫だ」
「必ず絶対にお護りします」
生き生きとした声と共に空気が揺らめく様なオーラを感じ
〈む、無理のない範囲で……穏便にお願いします〉
心の中で手を合わせお願いした。
そんな事を話ながら歩いていると道の両側にあった木々が途切れ右側に山が見える
山肌が見えないほど木が繁っている山と
逆に木などが殆んど無く斜面が急な山の2つ
頭山と天山である。
夜代高校は頭山と力山の丁度山間にあり通学路の坂を登っていくと
途中で右側だけ木々が途切れるため頭山と天山が見えるのだ。
2つの山を眺めていると自然と頭山に視線が移っていく
〈あそこでイグニカと出会ったんだな……〉
「潮?」
「なに?」
「聞く機会が無くて聞けなかったのですが……何故あの日あそこに居たのですか?」
「いじめだよ、それだけ」
「……あいつ等ですか」
「まぁ……ね、でも今思うと感謝だよお陰でイグニカに会えたし」
横にいるイグニカに笑顔でそう伝える。
「……私もです、潮」
いじめと言う言葉を聴きイグニカが出していた怒気が収まり
少しぎこちないが笑顔で返事を返してくれた
何とか落ち着いてくれて良かったと胸を撫で下ろす
ただその代わりなのか左腕にピタッと身体をくっ付けてきた。
そして見えていた景色がまた木々に隠れ
続いて校舎の屋根が徐々に見えてきた。
「ここが、潮の学校ですか」
「うん、そうだよ」
屋根が見え壁が見え段々と校舎の全容が見え
校門前まで着いた時に学校全体が見えた所でイグニカの質問に答える
1日休んだだけだがまるで初めて来たような新鮮な違和感を
正しく初めて来たイグニカと共に味わっていた。