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貴方の側に置いてください  作者: 茶納福
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家族と僕


「マスター……ごめんなさい」


私は気絶しているマスター、金森潮を見ながら言った。


周囲の人間達はこれまでの行動と記憶との辻褄を合わせるために

人形のように動き始めていた。


その中には彼を傷つけた不良も混じっている

しかし私にはもう彼らを憎む気持ちはなかった

その気持ちに従った行動で彼を苦しめたからだ。


地面に倒れていた不良も動き出し仲間に合流する

そろそろ意識を取り戻すだろう、他の人間達も同様だ。


「干渉開始」


私の言葉の後に自分と彼を透明にしそのまま彼を抱えて跳ぶ

まずは彼の治療が先だ

重傷ではないが出血もある早く治すに越した事はない。


彼の身体に負担を掛けないように跳びつつ彼の部屋へ向かう

学生寮の他の住人に見付からないように注意しながら部屋へ戻ってきた。



「すぅ……」


傷の手当てを終え彼をベッドに寝かせる

顔色も段々と良くなり今は寝息を立てている。


その顔を見て安心する気持ちと申し訳ない気持ちが

心の中で綯い交ぜになっていた。


私の無知な行動が彼を傷つけ

私の独断で彼の為と思いつつあの人達と彼の記憶を書き換えた。


その行動は結果的には彼を救ったのかもしれない

しかしそれは人間としての営みの中ではただの異物でしかない。



彼は人間なのだ


私とは違う



私の都合と一時の感情で

彼の為に全てを都合良く作り替えたとして

それは楽かもしれないし素晴らしいかもしれない。


しかし

その生き方は最早人間のそれではない



彼が苦悩していた時

楽になりたい気持ちを見つけた

しかし

それと同じくらいにこの現状を

受け止めようとしている感情も確かに存在した


その思いを私は汲み取れなかった

ただ己を苦しめるだけの自虐行為だと感じた

だから……



「……ちがう」


ポツリと私は言葉を発した

今まで考えた事すべて、合ってはいる

確かに私はそう思考した

記憶に不備はない間違ったことは考えていない。


だが……


「……ッ」


この行為に及んだ私の心意は


「マスターが、私を」


本当は


「化け物と、」


彼に、拒絶されたからだ



「ァ……」


溢れる


「ッう」


初めて


「ぅぇッ、ぇ……」


本当に初めて


「ぅえぇッ、うぇえぇッく、ッぅ……」


哀しみからの涙を私は流した


「ッえっく、ぅうッぅう、」




私には記憶がない

本当に、彼に会う前の記憶がないのだ。


「ッ……んく、」


自分の手を見る

その手は白く、綺麗な手だ


どう見ても[人間]だ



だが、私はこの手で何をした


一人の少年の頭蓋を叩き割ろうとしたではないか

少年の身体を人形を扱うように


「ッ」


ならば私はどうすればよかったのか

あの時私は何をするべきだったのか


幾度思考を繰り返そうとも答えは得ず

どれだけ悩もうが答えは決まっていた。


私は何もするべきではなかった


私の望む結果

私の望んだ行動は


どれも異質な

現実にそぐわない結果のみを渇望している


現実を生きる彼にとって

それがどれだけの重責になるのかも気付かずに



「……」


彼を、金森潮を見る


彼は私の記憶改竄で先程の記憶はなくなっている

起きれば今までと同じように

私に豊かな表情を向けてくれるだろう。


しかし


その時私は今までと同じように出来るだろうか


いや、いっそ今私の全ての記憶を消して

私も消えるのが彼の為になるのではないか


〈そうすれば……そうすれば私は〉


「また……独りに」

「んぅ……」

「!?」



彼が身動ぐ

瞼が少し動き目を覚ます前なのだと分かる

このまま待っていれば時期に彼は起きるだろう。


「あ、アッ!、」


〈どうしよう、どうしよう!?〉


私は右往左往しながら

予期していなかった事態に動けずにいた。


「!」


そんな中私は1つの解答に至った


〈こ、ここなら……〉


そしてそれを実行した。



「……」


布団がもぞもぞと動く音が聴こえる

彼が起きたようだ

記憶は改竄され、私と遊び終え疲れて帰ってきたと認識しているはずだ。


そして


「……イグニカさん……?」

「!」


彼が私の名を呼ぶ

それだけの事が……嬉しい


嬉しいが、今隠れている身としては

この心の揺らめきは見つかる可能性を高めてしまうものだ。


しかし


心が動けば身体も動く

私はまた右往左往し始めてしまう

何とか物音を立てないように勤めるものの

感情までは隠せない。


先程までの哀しい気持ちが安らいでいく

例えそれが私の創ったまやかしでも


そして彼がベッドから降り床を踏む


その1つ1つの音に私は敏感に反応し

その度に今すぐ彼の元へ行きたい気持ちが強くなる。


そして彼が

私のいるクローゼットの前に来た。


「!?」


〈なぜ!!?〉


いくら心は揺らいでも最低限物音は立てなかったはず


「「……」」


彼はクローゼットの前で黙っている

私もじっと息を潜める。


そして扉に手をかける

蝶番が音を立て彼がクローゼットの扉を開けた。



「……」


目の前で彼が少し首を振り中を確認しもう一度前を向く


その視線は私の目を射抜いている

まるで私の心を見透かしている様だった。


「……」


私は透明になっていた

これ以外に瞬時に手が浮かばなかったのだ

しかし彼の視線は

そんな私の策を無いが如く真っ直ぐに私を見ていた。



「イグニカさん」

「!」


そして私の名を呼んだ


「いるよね」

「……」


〈なぜ、なんで?〉


記憶は改竄しているはずなのに


〈ミスをした? 私が?〉


そんな思考がぐるぐる巡る


悩む私に彼が右手を伸ばしてくる

その手は真っ直ぐ私の頬に向かっている。


「ッ」


私は顔を後ろに引いた

彼の手に触れてはいけないそう思った


そう思った矢先


「ごめんね、イグニカさん……」


私は彼の手を取った


「……なぜ」


透明化を解除し顕になった手で

彼の手を強く握り私は言葉を紡ぎ出す。


「貴方が謝るんですか」

「……」

「謝るのは、私の……」


彼の左手が私の頭に乗る

そして


「ッふ、くゥ……」


私はまた涙を流した

先程とは違う、温かい涙を



「あの、イグニカさん」

「ッふ、ふぁい?」


私は今だ収まらない涙と格闘しながら答える


「……ごめん、僕イグニカさんに頼りすぎてた」

「ッ!」


一気に心に風が吹き涙が乾き心が凍った


〈……いや、〉


「だから「いやです」っえ?」


私は顔を上げ彼を見る


「いやです、その先はいやです」

「イグニカさん」

「いやです!」

「イグニカさん!」

「いやです!!」


私は駄々をこねる子どもの様に顔を振り

彼の言葉の完成を邪魔する


それ以上の抗議ができない正しく精一杯の抵抗である。


彼が私の肩を掴む

その手の温もりが今は恐い

力強く私を押さえる手が私の往く末を決める断頭台に見える。


「イグニカさん聞いて!」

「いや!! いやです!」

「イグニカ!!!」

「ッあ……」


彼が力強く威厳を持って私の名を呼んだその行為に

私は驚きの後に沈黙で答える。


そして肩から彼の手が離れる


「ッ」


また心に風が吹く


「イグニカ」


彼の優しい声が胸を締め付ける


「まずひとつ言うよ」

「……はぃ」


冷静な声で私に言い聞かせる

その言葉に潤んだ声で返事をする。


「僕はイグニカに側に居て欲しい」


嬉しさで驚きながらも胸が湧かないのは

その先を知っていたからだろう


「でも今までとは違う」

「ッ……」


唇を噛み最早先は分からず

頭の中はぐるぐると恐怖で硬直しながら死んでいく


「僕も頑張る」


そして思考が止まった


「ぇ……?」

「まだ1日だけどイグニカ凄い頑張ってた、僕なんかよりずっと」

「……そんなこと、」

「でもそれに甘えてイグニカに全部押し付けた」

「だから僕の記憶も改竄したんでしょ」

「……はぃ」


彼には全て筒抜けだった、私の浅ましさも…


「その事でイグニカを苦しめる事になるのに僕はそれに甘えた

それでイグニカを泣かせて」

「それは、」

「でも、だからこそ今ならもう一歩進める気がするんだ」

「もう、一歩?」

「うん、こうやって腹の内を話せる間柄【家族】にさ」


心臓が鳴る

私にはその言葉の意味は分からない、しかし


「……家族?」

「そう、僕そういう家族に憧れてたんだ

実際の家族はぎすぎすしてるからそんな事出来なかったし」

「……」

「だからイグニカに出会ってからは甘えっぱなしになっちゃって、今思うと恥ずかしいな」


家族、その言葉が私の心を掴んで離さない


「だから、さ……マスターと従者じゃなくてもう一歩踏み込んだ関係になれないかな」

「……」

「イグニカは、化け物なんかじゃない」


私の肩を掴みながら彼が言葉をかけてくれる

顔を上げ彼を見るとその顔には不安と謝罪の色が浮かんでいる。


「こうやって悩んで泣いて僕のために苦しんでこんなに考えてくれる

だから僕もイグニカの事考えたい、もぅあんな事考えないイグニカを独りぼっちにさせない」


彼の言葉は支離滅裂で感情が先走り過ぎている

普通に聴けば言いたいことが何かが伝わらない。


そして言い終えた彼が両手を広げ私を抱き締める

彼の鼓動と私の鼓動が交じり合う

続いて私も彼の身体を抱き締める


言葉で理解は出来なくとも

その行動は私の心を満たし彼の心も満たした。



〈側に居て欲しい〉


彼の心に私も心で答える


〈私もです〉


心で通じ顔を向き合い


「一緒に居て欲しい」

「はい」


身体で通じた



少しの後にどちらともなく離れる


「えっと……」

「なに?」

「その、家族とはどのようにするものなのでしょう?」

「そうだな、まずは」

「まずは?」

「苦しい時や辛い時やイライラしたりした時にそれを共有できるようになりたい、かな」

「共有ですか?」

「独りで悩むと良いことないのは今回で分かったしね」

「……確かにそうですね」

「だから……そこら辺をぶっちゃけられる仲になろうって事かな?」

「ぶっちゃける、ですか」


彼の言葉はやはり要領を得ない

それとも私が物知らずなだけなのか

頭の中でクエスチョンマークが乱舞する。


「あ!」

「ど、どうしました?」


突然彼が何かを思い出したように私の方を改めて向く


「イグニカ、1つだけ約束してくれるかな? 今後極力あの力を使わないって」

「……はい」

「あ、でも僕が本当に危なかったら助けてね」

「はい」


私の返事を聴いた後彼がぐーっと伸びをする

重い荷を下ろした時のような安心した笑顔

それを見て私も少し顔が綻ぶ。


〈家族……家族ですか〉


新たな彼との関係に思考を巡らせる

たったそれだけの事が楽しくて心がさわさわとくすぐったい


とその時何か別の事が頭を掠めた


「どうしたの?」


彼が私の変化を敏感に察知し訊いてくる

私はそれを置いて時間を確認する、時計の針は18時を過ぎていた。


「潮、確かバイトの時間は」

「あ」


潮がしまったと言った顔で私を見る

その顔には汗をかいていた


そして私も彼の事をつい名前で呼んだことに焦りを覚え汗を流した


しかし

2人同時に深呼吸をして平静を取り戻し


「どうしよぅ……」「どうしましょう……」


た風をしてそのまま沈みこんだ。


「ま、まぁ過ぎてしまったことを悔やんでも仕方ありませんよね」

「うん……」


〈……でも、無断遅刻〉


偶然にも私の言葉と彼の意思が合致し会話が成立した


「まずは連絡をしましょう」

「うん、そうだね」


気を取り直し彼がズボンのポケットから携帯を取り出した

その時玄関からインターホンの音が聴こえた。


「?」

「お客様ですかね?」

「誰だろ?」


そう言いつつ玄関へ二人で向かう

そしてスコープから外の様子を覗いてみると


「あ!」

「どうしました?」

「龍さんだ!」

「龍さん?」

「うん、バイトの先輩なんだ……でもどうしたんだろ?」


そう言いつつ潮はガチャッとドアを開ける。


「おう! 金森」

「龍さんどうしたんですか?」

「どうしたんですか? じゃねぇよ

お前がバイト来ねえって店長から連絡もらってよ

お前が休むとは只事じゃねぇ倒れたんじゃねぇかと思って様子見に来たんだよ」

「あ、すみません」

「まぁ生きてるなら良いさ

そんでッ……ほれ、そろそろ切れ始めるかと思ってな」


ガサりと龍さんと呼ばれる彼が重そうなビニール袋を差し出す

袋の中身は冷蔵庫に入っていたエナジードリンクだった。


「あ、ありがとうございます!

そろそろ少なくなってきてたんで助かります……あ、これ新商品ですね」

「おうよ、効きそうだったから買ってきたんだ

効能20%アップだとよ、これないと始まらねぇよな」

「そうですね」


袋の中身を出しながら2人はそんな会話を楽しそうにしていた

私はその様子を後ろから眺めながら自分に沸き上がる力を感じとる。


「……たが」


震えながら言葉を呟く私の髪がやにわに揺らめき

全身から空気が歪むような気が昇る

そしてその気を持ちながら獣の様に飛び出していた。


「アナタがあの惨状【冷蔵庫】の元凶かぁーー!!」


抑えられない怒りと共に叫びながら

諸悪の根元である龍さんと呼ばれる彼に飛び掛かる。


「うぉぉお!!? 何だこの女ぁア!!!?」

「元凶はぁ! ここで絶つ!!!」


驚きながらも私の動きに反応した彼と会話になってない会話をした後

私は龍さんを押し倒しそのままマウントポジションへ移行する


「アッふぁア!? か、金森ぃ!! 助けろぉ!!!」

「わぁー!!? イグニカストップ!! ストォーップ!!!」

「止めないで潮!! これは貴方のためですぅ!!」

「だぁめだめだめ! やめてぇ!!」


目の前に倒れる男に手を上げようとする私を彼が止め

それを振り切りまた止められを繰り返す

その様は端から見ればコントのように見えたことだろう。


そして私たちが玄関先で騒いでいる所を

見回りをしていた警備員の方に見つかるまでこの攻防は続いたのだ。


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