洋館と僕
先月高校に上がった
今まで住んでいた地元を離れ高校入学と共に引っ越した。
理由は色々ある
家族の不仲、地元の奴等のいじめとか
とにかくそれらから逃げたくて
校則で禁止だったバイトをし資金を貯め
偏差値も足りなかったので嫌いな勉強も必死でした
その甲斐あって何とか受験に受かり家族からの反対も振りきり
僕は家を出た。
今は入学した夜代高校[やしろこうこう]の学生寮に住んでいる。
部屋へは玄関から入り廊下をまっすぐ
部屋までの間に右側にトイレ、左側に洗面所と浴室がある
部屋は8畳ぐらいでクローゼット付きでベランダもあり
一人暮らしの環境としては最高だと思う
新生活の始まりは薔薇色の筈だった。
だが問題は直ぐにやって来た
一人暮らしの為にはお金がいる
家族の反対を押し切り一人暮らしを始めたので
金銭問題を頼ることは出来ず
生きるためには当然毎日毎日バイトの日々
その結果友人を作ることは出来ず
入学して2週間程で僕は孤独になった
そんな僕をクラスの一部の人間がターゲットにして絡んできた
それが原因で余計に周囲の人間は離れていく
そんなデフレスパイラルな状況になってしまい
そいつ等は僕のバイト先まで来て絡んでくる始末だ
お陰で気が休まる時がなく
常に貧血と目の下のクマを抱える事になった
そして今
「はぁ、はぁ……」
木々に囲まれた山道を息を切らしながら歩いていく
すると徐々に周りの木の本数が減っていき
木々の間から目的のものが見えてきた。
「はぁッはぁ……ここ、か」
前方50m位先に見える洋館
そこが今回僕が受けたいじめの目的地だった。
ここ夜代市は、3つの山に囲まれた街である
3つある山は
左から力山[ちからやま]
頭山[かしらやま]
天山[あまつやま]と言う名前で
名前の由来は分からない
興味があった訳でもないので名前くらいしか調べなかった。
現在僕は真ん中の山、頭山の洋館に来ている。
そもそもの原因はこうだった。
「おい潮? 顔色悪いぞ? おぉそうだ、あの3つ山があるだろ?
真ん中の頭山に洋館があるんだけどその中をぐるッと一周したら俺のじいちゃんの腰痛が治ったとかハゲが治ったとかってよ
何か不思議なパワースポット? らしいんだよ、なぁ行ってみろよ元気になるぜ?
あ、そだついでに中がどうなってるか動画撮ってきてくれよ、やってくれるよな? な?」
こう宣ったのは
僕に絡んでくるクラスの奴等のリーダー格
確かに毎日のバイトから来る疲れのせいで顔色が悪いのは認めざるを得ない。
しかしそんなあからさまな嘘に引っ掛かるほど僕は阿呆ではない
明らかに僕に対するいじめであることは分かっている
だが相手は皆僕より体格が大きく人数は4人
そんな多勢に無勢の状況で言い返せる訳もなく
辛うじて笑顔を作りながら渋々承諾した。
「ぅあ……」
口から声と共にやるせなさが洩れる
少しずつ目的の洋館に近付きながらその様相を把握していく。
携帯で時間を確認すると丁度午後5時を回った辺り
夕焼けが洋館を照らし怪しい雰囲気を助長する
話から察するにここはホラースポットか何かなのだろう。
僕はホラー系統は余り得意ではない
ホラー番組も布団で顔を覆わねば見れないし恐い話も好きではない
だから今頭に浮かんでいる気持ちは、逃げ出したいの一言だ。
そう思いつつも明日学校に行った時に逃げた事がバレても
結局恐い事になるから先に来るか後に来るかだ
そんな思考の間に僕は洋館の目の前まで辿り着いた。
「……」
目の前にするとそのボロボロ具合も相まって余計に恐怖感が増長していく
壁や窓はそこかしこに穴が開いていてお化け屋敷の様相を呈している。
でも中に入った証拠を撮って来ないことには今回のいじめは終わらない。
余計に絡んでくることは目に見えている。
「ふぅッ」
僕は息を吐き呼吸を整えようとする
2回深呼吸をしてから意を決し玄関らしき扉に手を掛けた。
元々は綺麗な装飾が施されていたであろう扉が嫌な音をたてながら開いていく。
大きい扉だったが思いの外軽く簡単に開いた
開いた扉から夕日の光が注がれる
ぼんやりと見える室内は大きな広間と
左右に右回りと左回りの2階へ続く階段が見えた。
玄関と壁にいくつも空いている穴から
外の光が入っても尚薄暗く部屋の全容は未だ見えてこない。
そこで1つ違和感に気付いた
外観はあんなにボロボロなのに中はそうでもなく埃っぽくもない
呼吸をしても咳き込む事はなく、逆に綺麗な空気を吸ってる様に清々しい気持ちになる。
そんな事を感じている間に段々と目が慣れて部屋の内観が少しずつ見えてきた。
床にはまるで新品の様な紅い絨毯が敷かれ
壁にはしっかりは見えないが高そうな装飾品や燭台が飾られ
そして一際目を引いたのが階段を上がった2階の正面の壁にある
月とドレスの女性が描かれた大きな絵である。
窓や穴から差し込む光に照らされ、どういった原因か不明だが
ぼんやりと全体が発光して部屋の内部と絵の全容が確認できた
「……」
いつの間にか自分が広間の中央にいる事に気が付いた
驚きを感じる間もなく何故か視線がもう一度あの大きな絵に向けられた。
とても綺麗な絵だ
そこは疑う余地がない、しかし先程と違う所があった。
描かれていたのは月とドレスの女性だと思っていた
しかし月だと思っていたものは幾百と細かく描かれた人の手だった。
その事実を認識した時、空気が変わったのを感じた。
「ッ!?」
次に刺すような何百もの視線を全身に感じ
一瞬で冷や汗が身体から溢れ意識までが硬直する。
「かッ、はァ」
身体が締め上げられる様な苦しさから
口から酸素が一気に漏れ痛みだけが全身を支配する
動かない身体を置いて意識は助けを求め視線を玄関へ向ける。
玄関から差し込む光が見える。
まるで女神が手を差しのべている様に思えるほど
僕の思考は堕ちかけていた。
そんな僕に追い討ちをかける様に希望への扉は呆気なく閉じ
窓から差し込む光すら消え、暗闇が訪れた
それと共に僕を刺していた視線の数が増大したのを
止まりかけた意識を更に絞り上げるようにくる圧力を
僕は全身で感じた。
この間の時間がどれ程だったか分からない
1秒だったのか2秒だったのか10秒かそれ以上か短かったのか長かったのか
そんな事に意識を向ける余裕など少しも無かった。
そして突然部屋に明かりが灯った。
燭台に火が付いたのだ
その瞬間全身にかかっていた圧力と無数の視線が消え
僕は地面に脱力し倒れ伏した。
先程までの事が嘘の様に周囲の事が認識できた
しかし身体は言うことを聞かず、まるで生まれたての小鹿の様だった。
「ぅ……」
体感的に10分程経ち、起き上がれるくらいには体調が戻った
全身が軋む痛みに呻きながらもひとまず動くことは出来そうだ。
部屋を見渡すと燭台には火が灯っており
玄関扉を入ってすぐの左右に廊下がある事が
明かりが付いたお陰で見えるようになっていた。
「ッ」
瞬間玄関扉に走り直ぐに手を掛け開けようと引くが
固く閉じた扉は引いても押しても開かない。
「……」
僕は扉を叩いた、今までほとんど作った事などない握り拳を作って
「誰かぁ……」
返ってくる乾いた音を掻き消すように強く叩く
「誰、かぁ……」
ささくれ立った木の表面が赤くぬめっていく
小指側の皮を捲れた木の先端が裂いて、その度に痛みの信号を律儀に送ってくる。
「ぅ」
恐怖と痛みに立つ気力も奪われていった僕は
無力を笑う扉の前で俯き腰を落とした。
もう一度扉を叩く、しかし扉は開かない
徐々に凍っていく思考が今の状況を再確認した。
ここは山、人が来る可能性は限りなく低い
携帯を取り出す、通信は圏外
今回のいじめを命じた奴等が確認の為来てくれる可能性もこれまたありえない
先程起きた事も何かなど見当もつかない。
ここで誰にも見つからずに死を待つだけなのか
そんな事を考え始めてしまう程に僕は追い詰められた。
ふと何かが床を踏むような音が聞こえた。
「!」
僕は反射的に顔を上げた
玄関から見て右側の廊下の方から
木の床を踏むような木製の窓を開ける時の様な音が
僕の声以外無音だったからかしっかりと聞こえた。
喉を鳴らす音が嫌に明瞭に聴こえた
今の物音の正体が誰か人がいると言うことかもしくは別の何かか
人である可能性が低い事、そんな事は分かっている。
しかしこの八方塞がりの状況に舞い込んできた可能性
最早妄想に近い可能性にかけることでしか今の僕は動くことができなかった。
この行動がより悪い結果を引き出すとしても後悔するとしても
僕は藁にもすがる思いで音が聴こえた方へ
ゆっくりと歩を進めた。