9局 フィーリア
昨日の夜は、フィーリアの思わぬ才能に驚かされた。
だが、それが良い刺激になったのか、セシルは麻雀に対して更にのめり込んでいる様子。セシルもスジは悪くない。
利一はフィーリアに麻雀のルールや打ち方を伝授しているようだ。それにしても呑み込みが早すぎる……
将来的には、理想的なデジタル打ちで、この世界のトップ雀士となるだろう。まず間違いなく大器を予感させる。
利一はフィーリアへの指南が、一段落したところでセシルへ話す。
「じゃあ今日はフィーリアの服とか買って、軽く雀荘に寄ってから出発するか」
「わかったわ」
利一は部屋の荷物を片付ける。
フィーリアの服はぶかぶかで、スカートが踝まで垂れ、袖は指先まで完全に隠してしまっている。
グラムの街を散策しながら手頃な服屋を探す。
セシルが指さす店は、明らかに高そうな店だった。
(コイツの金銭感覚は一度戒めさせなければな……)
「そんなドレスみたいなの着せてどうすんだよ。あっちの店にしとけ」
利一はセシルを引き摺る。
「いーやーだぁ。フィーリアにはアレを着せたい」
セシルの扱いが更に雑になっている気がした。
だが、それを見てフィーリアは笑みを浮かべている。
「もお。お兄ちゃんお姉ちゃん、私はあっちのでいいよ」
実にできた子どもである。
利一はセシルの首根っこから手を離した。
そして店内に入り、フィーリアの服を吟味する。
至って普通の膝丈のスカートに、ブラウスのような服を見繕った。
フィーリアはびょんぴょん跳び跳ねて喜んでおり、さぞご満悦だ。
セシルは些か残念そうではあるが。
利一たち一行はノーレート、則ちお金を賭けない雀荘へ向かう。
フィーリアに牌を触らせることと、セシルのミジンコのような成長振りを確認することが目的であった。
「いらっしゃい」
「あのーこの二人に打たせたいのですが、手頃な相手はいませんかね? 一人は初心者です」
利一は、フィーリアが初心者であることも補足した。
(まあ初心者と言うのは間違いないが、少々反則かもしれないな……)
「よし! セシル、フィーリア。今日は俺は後ろで見ているから後で反省会な?」
利一はセシルを睨んだ。
「オメエは後でみっちり絞ってやるからな!」
「見てなさい。私の成長を」
店主が相手を二人連れてきたようだ。
二人は中年のオヤジだ。
(あぁ。昔こんな奴とばっか打ってたなぁ)
利一は懐かしい記憶を思い出した。
「お嬢ちゃんたち、宜しくなあ、ガハハハ」
四人は卓に着き、対局が始まった。
利一はまずフィーリアの後ろについた。フィーリアの配牌。好形のシャンテンからテンパイも早そうだ。
だが、牌の扱いは不慣れな子供そのもの。腕を目一杯伸ばしてツモる姿は微笑ましい。
そして手なりで進み七巡目。
(――打2p。初心者には厳しいかな……)
そう思った瞬間に、ノータイムで2pを叩き切った。
利一は驚きを隠せなかった。
面子が二つ完成した索子に8sのくっ付き。
この多面張は超初心者なら迷ってしまうだろう。気付かずに8sを叩いてしまう人も居るのではないだろうか。
だが、フィーリアは迷いを感じさせない。これが初めて牌に触れた少女なのであろうか。
九巡目。
フィーリアは一切迷うことなく、7p切りで牌を横に曲げた。
そして、慣れない手際で点棒を静かに供託した。
「りいちです」
3s-5s-6s-8s-9s待ちの五面張。
また、三色同順に固執しないところも憎らしい。
利一はセシルの手牌を確認する。
――残りの塔子は両面と受けが良いが二向聴。捨て牌や手牌的に攻めるのは厳しいか。セシル、我慢だぞ。
セシルはフィーリアのリーチを受けて、ノータイムで打7p。
利一は頷いた。
今までならば攻め一辺倒に、6sに手が伸びていただろう。
だが麻雀は非情なり。
二巡後。
「ツモ。えーと、2000-4000デス」
(素晴らしい……圧倒的じゃないか……)
だが、麻雀は運の要素が大きいもの。
いくら最善の手を打とうが、負けるのが麻雀である。特に半荘一回となれば尚更のこと。
東二局では、オヤジの親倍満ツモ。一本積んで満貫ツモが炸裂し勝負あり。
一着 オヤジA
二着 セシル
三着 フィーリア
四着 オヤジB
南一局のセシルの和了にて、オヤジBが無惨にもトビ。終局となった。
だが利一は結果よりも内容を見たかった。
利一はセシルが奮闘して、追い上げたことは素直に誉めたいと感じていた。
だが、問題であるのはフィーリアであった。
問題というのは不適切だろうか……
(嬉しい誤算だ。まさかここまでとは)
利一がそう思うのも無理はなかった。
何故ならば、フィーリアの打ち筋は、利一のロジックに見事なほど合致していたのだ。後ろで見ていた利一が切ろうと思う牌をフィーリアは切る。守ろうと思ったら守る。
副露判断については、大して教えてはいなかったが、それを教えて実践できれば……利一の期待は膨らんでいる。
利一にとっては自分と同等、いや、それ以上足り得る打ち手を見つけた感動は、さぞや計り知れないだろう。
「お兄ちゃん、負けちゃった」
利一とセシルはいつものように、頭を撫でてやる。
「フィーリアも強かったわよ? 初めてとは思えなかったわ」
セシルの発言は当たり前だろう。
フィーリアの打ち筋を見てはいないのだから……
「フィーリア。よく頑張ったな。また一杯教えてやるよ」
(――このことはセシルには内緒の方がいいだろうな。ショック死するかもしれん)
頭を撫でられているフィーリアは、それはもう満面の笑みを浮かべていたのであった。