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7局 イカサマ

 

 中堅都市のグラム。


 セシルの説明では、そこは南方のアストラルと王都セールや、その他都市との中継地となる都市である。

 目立った産業は、宿場といったところだろうか。


 また、雀荘も急速に増え、立ち寄った者達が昼夜問わずに麻雀に興じている。


 グラムの領主はミラーダ・グラム。


 宿場付近に雀荘と飲み屋を積極的に作ることで、街に活気を溢れさせた手腕は見事なもの。


 また、一早くそのビジネスモデルを確立させたやり手の領主であるそうだ。


 馬車は都市グラムの入り口に到着した。


 地味な木製の門が、絵にかいたような関所の出で立ちで、街道を塞いでいた。


 すぐさまセシルが守衛に声をかける。


「セシル・アストラルよ。通していただけるかしら?」


 セシルは身に付けていたペンダントを守衛にちらつかせた。


「ア、アストラル家のご令嬢。お、お通りください。足止め失礼いたしました」


 守衛は馬車の回りから、サっと捌けていった。


 (貴族の力は恐るべしだな)


 利一は今までのセシルへの対応は、不味かったのではと考えさせられた。王都セール、北方都市ベラストに次ぐ都市アストラルのご令嬢。


 高貴であるはずの女性に、「オメエ」呼ばわりする利一の神経には脱帽である。



 外はもう暗くなりつつある。


「さて、どこかの宿に泊まるか」


 セシルは頷いた。


 利一は、宿屋が多過ぎてどこにすれば良いのか決め兼ねている様子だ。


 そのときセシルが口を開いた。


「あそこがいいわ!」


 セシルの指先の延長上、そこにはきらびやかな装飾に、高級感が漂う、さながら高級ホテルといった建物が見える。


 他の宿屋は、呼び込みといった人が居るようだが、そのホテルには、そんなものが不要と言わんばかりに、一切いないようだ。



「あ、あのセシルさん? 俺そんな金ねえけど……」


 利一は不安感から口を挟んだ。


「バカねえ。そんなの私がパパから一杯もらってきたわよ?」


 セシルは何も考えていない様子だ。


「あのさぁ。俺たち当分はアストラルへ帰らないんだぜ? せめて節約しようや」


 利一は呆れている。


「でもでも私あんな汚い宿屋なんかに泊まったことないわよ? ねえ利一?」


「アホらし。じゃあ一人でどうぞ。俺はあっちの宿屋いくわ」


 利一の発言に、セシルは涙目で利一にすがり付いた。


「世話係も誰もいないの! 一人なんて無理よ、見捨てないで利一ぃ」


 (この箱入り娘のじゃじゃ馬め)


「えぇい鬱陶しい。見捨てられたくないなら、さっさとあっちの宿屋へ行くぞ」


 セシルは拗ねた様子で、利一の後に着いていく、


 一泊1000セルの宿は、セシルにとって厳しいものだろう。だが、今後の旅を考えれば、姫様気分は捨てて貰わねばなるまい。


 店主も二人の身なりを見て驚きを隠せない様子だ。




「って、なんで利一と同じ部屋なのよー!」


「あ? 金もったいねえだろ。それにオメエみたいなお子ちゃまには興味ねえんだ。それに一緒に旅をするんだ。こんぐらいの覚悟はあるだろ?」


 (決まったぁ! 興味がないフリをしたが、興味無いはずねえだろ)


 利一は麻雀道を極めようとする者。女に無縁で麻雀に生き、麻雀で死ぬ運命だったのだが……


 そんな童貞が、若い美少女の身体に興味が無いはずはない。


 セシルは恥ずかしそうに口を開いた。


「あ、当たり前じゃない。そ、そ、そ、それくらいの覚悟がなくて麻雀が強くなるとは思ってないわ」


 (ハイ論破! チョロ姫だわこいつ)


 だが、実際のところ利一はオイタをしようなどとは考えていない。確実に領主に殺されるだろう。


 利一はただ、誰かと旅をしてみて心底楽しかったのであろう。


 八年間の孤独を考えてみれば、それは仕方がないことかもしれない。


 利一とセシルは荷物を起き、外を眺めた。


「よし、雀荘いくか?」


 セシルは待ってましたと言わんばかりだ。



 宿を出て辺りを散策する。


「このあたりも随分変わったわねぇ」


 セシルは小さく呟き、そして独り言のように続ける。


「このへんは昔は寂れていて、労働者の掃き溜めみたいな所だったわ」


 利一は転生してすぐの頃に一度訪れたことがあり、セシルと同じ感覚を抱いた。


 二人は手頃な雀荘を探して歩いていた。


「お二人さんや。上物の奴隷がいましてね。興味はございませんか?」


 なにやら小汚ない風体の男が話し掛けてきた。


「あ!?」


 利一は男を睨みつける。


 男は両手を左右に振り、再度利一へ話し掛ける。


「いえいえ、旦那。齢十二の少女なんさあ。可哀想ざんしょ? 麻雀で勝てばいんすよ?」


 利一は男を睨み続けている。


「案内しろ」


 利一は一言、静かに呟く。

 利一の心中は穏やかではない。転生前には考えられない話だ。


「ちょっと利一。本気なの?」


 セシルは不安げに口を開いた。


「ああ」


 利一の雰囲気にそれ以上口を挟めないようだ。


 利一はなによりも自分の広めた麻雀が、下劣なことに利用されていることを許せなかったのである。


 裏路地の建物の中へ案内されると、ほの暗い中に雀卓が一つ。

 自動卓ではなく、手積みと思われる雀卓の上には牌と点棒が無数に散らばっていた。


 屋内には既に男が三人居る。


 また、奥には鉄格子の中に少女が一人。局部が隠れた貧相な布切れを身に付け、足枷をつけられて手は格子に括られている。


 髪は黒髪のボブ、といったところか。身長は140cm程度と思われ、明らかに十代の前半といったところか。

 

悲しきかな、少女は誰とも目を合わせることなく俯いている。


 利一はそれを見て、内心では怒りに震えていた。


 この世界において、奴隷文化は普通かもしれないが利一には受け入れることはできない。


 (おれは"平成"の世に生きた日本人だ…… 必ず助けてやる)



 そして、先ほどの小汚い男が話し始めた。


「今日の参加者が揃いました。至ってシンプル。掛け金10万セル。トップを取れば10万セルは戻ってきて奥の少女をお譲りいたします!」


 ルールはシンプル。参加者全員が10万セルを供託し、勝者は10万セルの返還と少女を手にする。敗者は10万セルを失って去るのみ。


 麻雀のルールは東南戦、ダブロンなしの赤牌が1-2-1。アリアリルールを採用とのことだ。


「セシル。わりいが10万セルを貸してくれ! 必ず返す。負けたら働いて返す。頼む……」


 セシルは利一の表情を見てか、貸すことを躊躇わなかった。


「利一。必ず勝って。あの子を助けてあげて」


 セシルは10万セルを利一に手渡した。


 (――重いな…… 今までの人生で一番重い借りだぜ)


 利一と他の参加者は取り決めに関する契約書を交わし、場決めをして早速卓についた。


 東一局 西家


 利一の牌姿は悪く、他の家の手の進みを鑑みて防御に回る。


 しかし、六巡目のこと。

 利一がツモ牌を引き入れた際に、対面と上家に不自然な挙動を利一は見逃さなかった。


 二者が一瞬の間、少牌していた。

 おそらく牌を交換しているのだろう。自分の牌姿に必死なこの世界の人間は騙せても、利一はそんなチンケなイカサマを見破れない間抜けではない。


 だが、ここで口を挟んでも水掛け論。時間の無駄に他ならない。


 突如対面が伸びをしながらオーバーアクションに口を開いた。


「はー、くそ良い手こいよな」


 そして、上家が打白。


「ロン! 白ホンイツ。5800」


 (馬鹿かコイツら。見え見えの三味線にコンビ打ち。おそらく下家もグルで対面を全力支援ってところか……)


 もはや露骨過ぎて気付かない方が間抜けだろう。


 しかし、麻雀に対して真摯な利一は我慢の限界であった。

 不正といった類いのことはまずしない。それが利一の信条。


 だが、このような相手には容赦はしない。利一に平打ちに徹する理由を無くさせてしまったことは、相手に同情を禁じ得ない。


 卓上の牌は洗牌され、並べられていく。


 東一局 1本場


 利一の手、2シャンテン。


 利一の初巡、急所の一つの辺3sを引き入れる。

 次巡、またもや急所の辺7mを引き入れてテンパイ。


 利一は千点棒を放り投げ、リーチ宣言をした。

 三人の男は驚いた表情だ。


 次巡のこと。


「ツモ。リー即ツモドラドラ。満貫だ」


「お兄さん馬鹿ヅキですなあ、そんな西単騎を一発ツモやなんて」


 利一は発言しない。


 東二局 南家


 利一の手は愚形4シャンテン。テンパイは遠い。セシルもため息をついた。


 全員が理牌している最中。

 利一の手が変化する。なんとテンパイしているではないか。


 ふと目を離したセシルも困惑した様子だ。


「リーチ……」


 利一のダブルリーチに三者は驚いた表情だ。

 手積みであるため、三人はある程度牌の場所を記憶していただろう。だかそれは利一も同じこと。


 こと利一に至ってはイカサマの引き出しが違う。幼少期から両親に教わったことは、イカサマも例外ではなかった。


 すり替えやぶっこ抜きで、手牌を凄まじい速度で進める利一。喧嘩を売る相手を間違えているとしか言い様がない。


「ツモ。ダブリー一発ツモ。裏が二つで跳満」


「この対局に南場はない」


 利一の言葉を聞いて、対面の男が声を荒げる。


「な、何をごちゃごちゃと!」



 東三局 東家


 利一の賽の目は五。


 その出目は偶然である訳はない。

 牌を四牌ずつ山から取る。


 白白白中……


 それを見てセシルが唾を飲む。何か恐ろしいものを目の当たりにした表情だ。


 中中發發……


 八牌を自山から引き入れた。

 極めつけは王牌からぶっこ抜きで、不要牌を処理。残りの發を引き込む。


挿絵(By みてみん)


 初巡1p-4p待ちの役満テンパイ。

 実戦でのイカサマは初めてのことだが、その淀みの無い手際は相手が感付く隙を一切与えないものであった。



 二巡後、上家が打1p。



「ロン。大三元。終わりだよ三下野郎」



 親の役満48000点の直撃である。その瞬間に男達三人を含め、先ほどの小汚い男も立ち上がる。


「ありえねえ! 不正に決まってらぁ!」


 男達は騒ぎ始めた。


「テメエ俺たち相手にいい度胸だな」


 利一も立ち上がり、相手を睨む。正に手を出そうとした刹那、セシルが割り込む。


「あなたたち。麻雀の勝敗を覆すことは何人たりともできません。どうしてもと言うならば、私の家を以て係争の調停をいたしますが?」


 セシルはペンダントをちらつかせる。


 (コイツ……どの口が言うんだ)


 利一は、自分との対局でのセシルの行いを思い出した。


 そして、そのペンダントを見た男達は、しまったと、言わんばかりに怯む。


 ここは中世。こんなチンケなチンピラは、アストラル家にとってみれば虫同然。


「ここで提案なのだけれども、一万セルは置いていきます。それで少女の代金として手を打っていただけないかしら? それとも欲をかいて身を滅ぼしますか? 賢い選択をすることね」


 (この気品、重圧。貴族モードか? 普段の振る舞いじゃないぞ)


 男たちは顔を見合せる。

 セシルはニコっと可愛げに笑った。



利一はつい呟く。


「悪魔め……」


 だが、男たちは渋々ながらセシルの提案に乗るようだ。


 少女は鉄格子から外され、利一に引き渡される。


 利一は、まるで子犬のように震える少女の頭を撫でた。


「怖かっただろう。おじさんは君の味方だよ?」


 少女は利一にしがみついた。そして一言呟いた。


「あり、がとう……」



 利一とセシルは少女を連れて建物から出ようと歩き出す。


 すると、男たちは利一に声をかけた。


「テメエ。名前は?」


「……緑利一」


 対面の男は、怒りからか震えている。


「その名前、忘れねえぞ……」


 利一は振り返りざまに、一言で答えた。



「勝手にしろ」






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