6局 旅立ち
利一はセシルの予想外の意見に驚いた。
セシルは利一の打ち筋について語り始める。
「この人の打ち方は、私が見たどんな人とも違う。見ているモノが違うの」
セシルは咳払いをした。
「わ、私に教えるなんて光栄だと思いなさい!」
利一に泣かされておいて上から目線は崩さない。
「ですが私は旅を続けようとする流れ者。ここに留まる気はありません」
領主は目を丸くした。
それと、同時に臣下の一人が利一の胸ぐらを掴む。
「貴様ァ! セシル様の有り難い提案になんたる言い草か」
「やんのかこらァ! 殺すぞボケナス!」
利一も臣下の男の胸ぐらを掴み返した。
まさに一触即発。賽が投げられれば、闘いは始まるといった様相……
相手への害意を一切に隠そうとせず、両者オープンリーチを宣言した。
「やめんかアルル」
領主が臣下の男を諌める。
「なれば、セシルが一緒に旅に出ればよい。ただしその者には、所属をアストラルに置いて欲しい。城内に部屋も用意しようぞ」
領主の発言にアルルは利一から手を離した。
所属を置くということは、今後の対局においてアストラルの陣営として麻雀を打つということである。
「しかし、領主様。この男は危険です! 得体が知れませぬ。そのような者にセシル様を預けるなど……」
領主はセシルへ目を向けた。
「私は構わないわ。私の目標は世界一の雀士! 手段は厭わない」
利一は置いてけぼりに話が進む。
(クソッタレ、誰がこんなションベン臭いクソ女を……)
利一は心中で呟くにかろうじて留める。
アルルへのイライラが治まってはいない。
「嫌です!(わかりました!)」
(逆ゥ!)
「今、なんと言ったかのう?」
領主は先ほどの"至上の微笑み"を利一に向けた。
「あ、いえ、承知しました」
領主は満足気に首を縦に振った。
「では各街からは、必ず報告として書状を飛ばすこと。よいなセシル」
セシルは頷く。
そして利一へ話し掛ける。
「そういえば名前を聞いてなかったわね。私はセシル・アストラルよ。あんたは?」
利一はぶっきらぼうに答える。
「性は緑。名は利一」
領主とセシルは驚いた顔だ。
「なんと、リーチであるか。まさに麻雀の申し子!」
利一は領主の言葉にすぐさま返す。
「りいち。リーチじゃないです」
――あんのクソ親め。素直にとしかずにしておけよ。
「そうかそうかリーチよ。娘を宜しく頼むぞ」
領主は全く話を聞いていない。
「利一。宜しく頼むわね」
セシルは利一へ手を差し出した。
握手は異世界も元居た世界も、万国共通なのだろうか。
「ああ」
利一は内心嫌がりながら手を握った。
(くそう。領主に気に入られるのは良いが、こんなヘタクソの先生などやりたくもねえ)
早速旅の準備を進めることとなる。
利一の格好が、みすぼらしいとの理由から、貴族を連想させるような服をきせられる。
セシルにおいては世話役と思われる人間が、あわただしく準備を進めている。
領主は早速馬車を手配したようで、次の街へ向かう算段は整った。
「ではリーチよ。セシルを一人前に育て上げ戻って参れ。よいな?」
「はあ」
「よいな?」
「はい!」
領主のゴリ押しに利一は有無を言う隙はない。
利一とセシルは馬車に乗り込む。
次の街は、中堅都市のグラムを目指す。
馬車は街を出るが、街は凱旋パレードと言った具合に沸き立っていた。
「セシル様~」
「ご武運を~」
「どうかアストラルに栄光を!」
「くたばれじゃじゃ馬」ボソッ
「誰よ今じゃじゃ馬って言った奴は」
セシルは馬車から身を乗り出した。
(憂鬱だ……)
馬車は街を出て街道を気持ちよく走る。
利一は生前に見ることがなかった景色を眺めた。
麻雀に生きていた利一は、旅行なども行ったことがなく、この八年間は麻雀の普及に全力を挙げていた。
感傷に浸っていると水を差す人間が一人。
「利一。あんた麻雀は誰に教わったの?」
利一は答える。
「独学だ」
麻雀歴二十年とは言えまい。
「それにしてもなんだ、お前の打ち筋。雀荘で見ていたがヘタクソにも程がある」
利一は領主がいなくなった途端に強気に出る。
「な、私はこれでもパパの次に成績が良かったのよ!」
利一はやれやれといった顔で首を横に振る。
「ムキー! ならさっさと私を強くしなさいよね!」
「なら、まずは俺が作った"何を切る?"問題集200題を解け。全ての打牌に合理的説明を付けろ。結果論的に和了ったものが正着手だと唱えるなら面倒は見ない」
利一は自分が頂点に君臨した後を考えて、麻雀の書籍なども多数作っていた。そう、それを売り出して一儲けと考えていたのだった。
そのうちの一つが『何を切る?』である。
場況を見て、牌効率を学べるよう、麻雀における考え方を網羅した一種の問題集である。
(ここでコイツに解かせて成長度合いを実験してみるのも悪くない)
「それとこれも読め。これも俺が作った本だ。この二冊をまずは徹底的に読め! わからないことはすぐ聞け。いいな?」
利一はもう一冊を手渡した。
それは『科学で麻雀しよう』である。
利一は八年のうちに、膨大な牌譜を作成していた。一人で四人打ちをしてデータを作ったのである。
その統計データを基に、各種データを纏め上げたものだ。
全員が利一のロジックでのデータにつき、些か時代を先取り過ぎてはいそうなものだ。
内容としては、副露判断やリーチの有効性など、利一の"理"が詰まったもの。世界の雀士は喉から手が出るほどに欲しい一冊であることだろう。
セシルはその手書きの本を開いて一言話した。
「どうせあんた……これ……わかった。まずは読んであげるわ」
車内ではセシルが早速、本を読み始める。
一頁目からセシルの知らない概念だったのだろう。目線が本を舐め回している。
(凄まじい集中力。さすが領主の娘と、言ったところか)
そして、一時間ほど経っただろうか。セシルが呟いた。
「なにこれ……あなた本当に何者? それにこの期待値判断における押し引き。こんな打ち方する人は見たことがないわ」
セシルは更に続ける。
「現代の面前で高い手を作って和了る。その考え方を根底から覆している」
利一はそれに答えた。
「たりめーだろ。基本ルールしか覚えていないような雀荘のオヤジ相手に打っても井の中の蛙だよ」
「井の中の蛙……面白い比喩表現ね。いいわ。あなたの言うことは何でも聞くわ。その代わりにあなたの全てを私に教えなさい」
セシルの顔つきは、初めて会った頃とは明らかに違う。利一に対して貧乏町人と見下す眼ではなかった。
利一は少し調子が狂ったように答える。
小生意気なガキだと思い、麻雀を教えるなどまっぴら御免だと思っていたが、直向きなセシルを見て利一の考えは変わっていた。
(まあ…… 誰かに教えるのも、悪くねえか)
「まあ、なんだ。オメエは俺の一番弟子ってことで。その、改めて宜しくな」
「うん! 宜しくね、利一!」
セシルは満面の笑みで応えた。