5局 領主との対局
「ふ、ふん。勝負はこれからよ」
東4局 1本場
「チー」
「ポン」
利一は副露を重ねる。
現代麻雀においては、上級者の副露率は40%から50%と言われており、鳴きを有効活用したスピード麻雀が主流となっている。
そのため、この異世界における、面前至上主義では勝てないのだ。
「ツモ。タンヤオドラドラ。2100オール」
下家はすでに6000点を割り込む。
少女は唇を噛んでいる。
対局開始前の余裕は、見るからに失っていた。
ギャラリーも自然と利一の味方となっていた。店の常連も銀髪の少女に苦汁を舐めていたのだろう。
東4局 二本場
少女は打牌に力が入っていた。
九巡目のこと。
「リーチよ!」
少女からリーチ棒が投げられる。
ほぼ同時に打7m。
「じょうちゃん態度悪いねえ」
「う、うるさい!」
利一の挑発に余裕さや、気品は剥がれ落ちた。
次巡、利一も追い付いた。
打7mで8m単騎待ちテンパイ。
7mは場に二枚見えており、利一が手牌には二枚抱えている。
絶妙のタイミングでのテンパイだった。さらには対面の少女のリーチ宣言牌の7mを切ったことで、オリ気配を演出している。
これは悪魔の導きか……
上家打8m。
「残念南場まで行かず。ロン、七対子ドラドラ。9600は10200」
同時に少女は立ち上がった。
何やら言いたげであるが、抑えたようで口をつぐんだ。
一回目の半荘。
上家のトビで利一は+52、少女は-15となった。
その差は67。常識的に考えれば大勢は決している。
「おじょうちゃんや。まだやるかい?」
少女はプルプル震えている。
(ついにキレたか?)
利一がそう思った刹那。
「うわぁぁぁあぁん」
大粒の涙を流し、鳴き始めた。
沸いたと思ったギャラリー達は、あっという間に去っていった。
「あ、あ、あんたなんてパパに言いつけてやるんだからぁ!」
(へ?)
利一が呆気にとられ、間抜けな顔を見せた瞬間である。店の入り口から屈強な男達が続々と入ってきた。
男達は利一を胴上げするかのように抱えて、店外へ出て何処かへ連れていく。見事なラグビーである。
そして、利一の直感は語っている。
「あ、これダメなやつだ」
領主の娘に喧嘩を売り、罵倒して泣かせるなどオープンリーチに振り込むようなもの。自身の行いを猛省した。
城に到着し、大広間で縛られる。
暫くすると、一目で貴族と確信できる男がやってきた。
「なにか言いたいことは?」
男の問いに利一は答えた。
「お宅のおじょ、いや娘さんは中々に筋が良いですねえ」
男の眉がピクッと動いた。神経を逆撫でする名人なのであろうか。
遅れて先ほどの少女が入ってきた。
「私に楯突こうなんて百年早いのよ貧乏人。パパこらしめてやって」
その言葉に利一は死を予感した。
マトモな裁判制度など有るわけがない……
「セシルよ。一通の書簡が届いておるのじゃが」
この少女の名前だろうか。
「なによパパ」
男は紙を広げて読み上げる。
『領主様。大変失礼ですがセシル様が雀荘で男に大敗した上に、約束を反故にして有耶無耶にしておりました。麻雀においての決めごとは遵守されるべきもの。その男に寛大な処置を望む。PS.証人多数』
セシルと呼ばれた少女は固まる。
「して、セシルよ。弁明はあるかの?」
男は至上の微笑みで少女を見つめた。
そして、少女を抱えお尻を三回叩いた。
「やめてぇパパ、ねえやめてったら」
男は少女をおろして、利一に語りかけた。
「そなたよ。我が娘が失礼をした。普段からあまりのおてんばぶりに困っていたのだ」
男が目配せをすると、縄が解かれた。
「それにしても我が娘を破るとは大したもの。ワシと打ってみぬか? 勝てと言うわけでない。娘に打ち筋を見せてやってくれんかのう」
「え、ええ。構いませんが」
利一は早速城内を移動する。
壁には甲冑、床には赤い絨毯。まるでお城のテンプレートといったところだろうか。
また、通り掛かる使用人や兵士。全ての者が平伏している。
しばらく歩くと、ある一室に着いた。
『闘牌場』
入室すると、対局中の者は手牌を伏せ頭を下げる。
壮観なり。利一の求めていた光景が広がった。
「領主様。その薄汚い男は誰ですか?」
「あぁ?!」
利一はつい、発言者を睨む。
おそらくは臣下の一人だろう。だが、その男は利一へ向かってきた。
「おい! お前みてえな奴はさっさと出てい……」
領主が男の発言を遮る。
「よさんか。この者は街でセシルを叩きのめしたのだ。対局してみたい。血が騒いでしまっての」
男は不服そうだが、すぐさま口を開いた。
「なら私も対局に参加いたします」
領主は頷き、利一とその男を卓につくよう促した。
残りの一人も臣下だろうか。数合わせに一人が加わり、対局が開始された。
東一局 南家
利一の配牌は明らかに悪く、悪形の四向聴だった。
後ろからはセシルの笑い声が聞こえるようだ。
だが、その声も一瞬で聞こえなくなる。
打6m。次巡、打6p。
ホンイツや国士無双を匂わせる打牌である。
しかし、利一の手はバラバラ。
十巡目、領主のテンパイが近いとみるや、上家の8sをチー。打6s。
次巡、手出しで打1s。
他家の索子を絞りにかかる。
利一は、ホンイツのテンパイ気配を出し、他家を降ろす、もしくは遅滞に徹した。
「テンパイ」
領主は嵌2s待ちでテンパイ宣言をした。
その手は、明らかに利一に振り回された結果、捨て牌から察して、本来和了ることが出来た道筋を放棄していた。
利一は牌を伏せた。
「なんと、テンパイしてなかったのであるか」
「ええ、まあ後少しだったんですけどね」
利一はてんでバラバラの牌を、自動卓へ押し込む。利一がふと振り返ると、セシルの目付きは変わっていた。利一の打牌から、何かを感じたのだろうか。
東2局 東家
利一の配牌は、良いものではなかった。
だが、三巡目。
辺3mをチー、打中。
思わず何をやっているのか理解ができない行動だろう。
だが、二巡後。
手持ちの白を重ねる。対面からの白をポンし二副露、打東。
この世界では、明らかに見ることがないスピード麻雀である。この後付けバック、不発に終わればただの恥ずかしい打ち筋だが、麻雀は結果が全て。
雀荘にいる者たちは、役を覚えたかどうかも怪しい素人である。このような打ち筋は、まずお目にかかることはないことだろう。
「ロン。2900」
上家の臣下の男からの直撃である。
男は苛立ちを隠せない表情であった。
東2局 一本場
利一は配牌時に例の違和感を覚えた。
(――まただ……右手が熱い……)
そして開いた手牌は三色同順も見える好形のシャンテン。
利一は嫌が応にも自覚した。
それが、神がくれた能力……
いつでも使える訳ではないが、それは不意にやってくる。
六巡目。急所である辺3sを引き入れる。
利一はノータイムでリーチを打った。
三巡後、利一の声が響く。
「ツモ! リーヅモ平和三色。裏が一つ、6000オールは6100オール」
その後は、そのリードをしっかり守りきり、危なげなくトップで終局した。
利一の麻雀は押し引きを最重要視している。場況判断と配効率の正確さ。手牌読みは行わない。
相手の手牌を確実に読むことは不可能である。アニメの見すぎだろう。
では何が大事なのか……
それは、期待値を考慮することに尽きる。そのため方針を定めた利一は、決してブレることはない。
オカルトになるが、利一は迷いの末の打牌は、往々にして良からぬ結果を招くことを、経験則として体が覚えている。
領主は『参った』と、言いたげな表情を見せる。臣下の男は、歯軋りが部屋中に聞こえそうなくらいに、苛立ちを募らせている。
終局後のそんな中で、利一の打牌の一部始終を目撃していたセシルが声を上げた。
「パパ! 私、この人に麻雀を教わりたい!」