5局 対局前夜
領内選抜戦まで後一日となった、前日の夜のこと。
毎日麻雀の対局に励み、利一達は準備万端といったとこだろうか。
夕食後は各々が自由な時間を過ごし、明日の対局に備えている。
そんなひとときの緩んだ時間に利一は、庭園の一角で椅子に座り物思いに耽っている。
(明日勝たないと全てがオジャン…… か。)
こんなとき、喫煙者ならサマになるというか、絵になる風景だが、一見ぼうっとしているようにしか見えない。
「利一、こんなところで何をしてるの?」
何者かが利一の背後から忍び寄り、利一の両目を塞いだ。
「亜紀か。ちょっと考え事をな」
一瞬で正体を見破られた亜紀は、目隠しを解いて利一の横へ座った。
「明日のことかしら?」
利一はその質問に対し、頷くにとどまった。
「神様を見返したいんだったかしら。貴方はよくやったと思うわよ? 異世界に麻雀を広めるなんて……」
亜紀は城壁から覗く、かろうじて沈まぬ夕焼けを見ながら囁いた。
「本当にきつかったんだぜ? 八年もかかっちまったがな」
利一は同じ光景を見つめながら、苦笑した。
「そう言えばまだ言ってなかったわ。二つの世界では時間の流れが違うのね。私は今19歳で貴方とは2歳違いの筈なのに」
亜紀は夕焼けから目線を外し、利一に目をやる。
「そっか。日本にいたら若手どうし対局の機会とかも、あったかもな。随分とおっさんになっちまったわ」
数秒の沈黙が二人の場を包む。
「私にとっての貴方は光。八年経っても貴方は私が憧れた緑利一プロ…… 変わらないわ」
亜紀は立ち上がり、利一の頭を軽く撫でる。
「私は貴方を裏切らないし、例え神が相手だろうが、成り上がれなかろうが、貴方の味方であり続けるわ。だから……」
亜紀は、紡いだ言の葉の余韻が消えぬうちに立ち上がり、三歩ほど夕焼けに向かってゆっくり歩き静止した。
太陽はほぼ沈み、混じり合う赤と黒がコントラストが、亜紀の言葉のシリアスさを助長している。
もしカメラがあれば、最高の一枚が撮れることは間違いない。
「だから、明日は頑張りましょ」
亜紀は話すと同時に振り向き、いつもの茶化すような笑顔ではない視線を利一に向けた。
「期待してるぜ。女流プロの五十嵐亜紀さん」
二人の目線が交錯し、多くは語るまでもないといった様子である。
「戻るか」
利一のその言葉に、亜紀は頷き庭園を後にする。
夕日は沈み、城内には松明の火が灯り始め、二人の雰囲気から、まるで空気を読むようなタイミングだ。
利一は城内に戻り、自室へ戻った。
特にやることはなさそうで、いつも通りの日課である自らの著作書籍を手書きで執筆していく。
PCのようなモノなど存在しないので、全てがアナログ作業であり、過去の偉人が書いた大作本には、敬意を払おうという気になってしまうだろう。
執筆中の書物のタイトルは『リーチの有効性』著者:緑利一
ギャグだろうか。
そして、執筆作業を始めて三十分ほど経った頃、利一の部屋のドアを叩く音がした。
「どうぞ!」
利一は執筆作業を継続しながらも、ノックに対して返答した。
ドアを開け、姿を現したのはセシルであった。
「なに、また本書いてるの?」
「ああ、お前みたいな下手クソに読んでもらう為にな」
隙あらばセシル煽り。お約束となったこのやり取りも見慣れたものだ。
「今日亜紀と何を話してたの? バルコニーから二人が見えたから……」
利一はペンを置き、セシルを見つめた。
「まあ、ちょっと昔の話をな」
利一は取り立てては表情を変えず、セシルへ回答した。
「この選抜戦が終わったら私にも聞かせてよね!」
「あぁ? 前に言った通り、頂点取ったら色々話してやる。あとなんだ俺に気でもあるのか?」
利一はニヤニヤしながらセシルを煽る。
「べ、べつにアンタのことなんて興味ないだから! ただ領主の娘として、利一のことを知っておいた方が良いと思っただけ! 勘違いしないでよね」
分かりやすい女である。
そして、利一はそれを聞いて吹き出した。
「いや、やっぱお前見てると安心するわ。その調子なら明日は大丈夫だな」
セシルは腕を組み、にこやかな微笑は上手い具合に、普段の気品や姫らしい振る舞いを緩和している。
まがりなりにもセシルは姫であり、日頃の振る舞いは相応の品位を要求されるわけである。
しかしながら、利一達といる間は、麻雀好きの可憐な美少女としていられること、それはセシルにとって居心地の良いものなのだろう。
「なんにせよ、私はアストラル代表の地位を譲るつもりも無ければ、利一と一番になりたい!」
セシルの真っ直ぐな眼差しが、利一に向けられた。
「……ああ、そうだな。それにお前に会えたことは俺にとって本当の幸運だったのかもな」
利一は心中で過去を回想した。
この楽しい居場所を得られたこと。頂点への具体的な道筋を描けること。豊かな生活を送れること……
全てはセシルが利一を見込んだことがきっかけであり、また互いの信頼関係も非常に厚い。
セシルを大将に抜擢したことも、信頼の裏返しであり利一の期待でもある。
期待とは一見して無責任ではあるが、相互信頼があってこそ成り立つものだ。
「何よ気持ち悪いわね。利一が私を誉めるなんて」
セシルは笑いながら利一に問いかけた。
「ありがとな。明日、勝とうぜ」
その言葉にセシルは、即座に頷いた。
「じゃあ私は部屋に戻るわ。フィーリアも待ってるし」
「おう。フィーリアにも頑張ろうなって伝えといてくれ」
「じゃあまた明日ね利一」
セシルは手を振りながら部屋を出ていき、利一の部屋は、先ほどまでの静寂に戻った。
(リーゼは大丈夫だろうか…… アイツ最近空回りしてるからな)
そんな静寂の中で、利一はふとリーゼの心配をしていた。自信が無いなりに実力をつけ、確実に強くはなっているものの、他の面子の才覚に比しては、明らかに見劣りすることは否めない。
リーゼは皆の足を引っ張りたくないと、日頃から口にはしているがそれもまた心配であった。
領内代表選抜戦は、明日の13時に対局が開始となる。
それぞれの想いが交錯するその対局の結果は如何に……




