15局 成り上がるために
利一達一行は、アストラルに帰還してから4日間、場内で旅の疲れを癒している。
夕食後のバルコニーには、リーゼとフィーリアが風呂へ行ったため、利一とセシルが何を語る訳でなく、ただそこにいた。
城下の灯りもそこそこに、星空が綺麗である。そこにいるのは美少女セシルと利一。手に持つドリンクはお洒落なジュースとビール。
実にミスマッチである。
そんな中、セシルが沈黙を破る。
「ねえ、アンタってさ、麻雀で負けたことあるの?」
利一は即座に答える。
「ああ? あるに決まってんだろ。普段から言ってること、麻雀は運ゲーだって」
利一の持論として麻雀は、運が7割である。デジタル打ちの利一は、自分が今後不敗神話を築けるとは考えてすらいない。
ただし、利一の培った理と利一が生まれもった博徒としての豪運に加えて、神より授かった運気上昇があれば、それなりに勝ち続けることは可能かもしれない。
「そう、アンタでも負けることあるのね」
利一はセシルへ頷いた後に、ビールを少しばかり口に含んだ。
――そう、俺はデジタル打ち。いくら能力を貰っていようが負ける時は負けるんだ……
珍しくセシルは優しく、利一への言葉にも棘が感じられなかった。
「アンタのことってさ……」
「ん? なんだ」
言葉に詰まるセシルに利一が聞き返した。
10秒ほどして、セシルが口を開く。表情は辺りが暗く、利一からは見えないが……
「アンタの過去とか何やらって聞いてもいいのかなって。利一は聞いてもはぐらかすじゃない?」
「いつか教えてやるよ。麻雀で一番になったらな」
少し微笑んだように、セシルの口からは笑い声が吐息のように漏れた。
「じゃあその時を待ってるわね、利一。冷えるから先に戻るわよ」
――フ、一番ね……
―夕食前―
「領主様ァ! 領主様ァ!」
臣下の一人が闘牌場へ息も絶え絶えに入ってきた。
利一と領主とセシルとフィーリアで対局を行っていたのだが、問答無用といった様子である。
「何事じゃ、騒々しい。対局中だぞ!」
全員が手牌を伏せた後、領主が立ち上がった。
「王都よりの知らせでございます!」
領主は臣下の者より、なにやら分厚い書面をガサッと奪い取った。対局に水を差されご機嫌斜めなよう。
しかし、書面を読んだ領主は、全ての臣下を大広間に集めるよう指示を出した。
麻雀狂の領主が、対局を放棄してまでの火急の伝聞とはこれ如何に。
「利一殿。そなた達も皆大広間に集まるように」
城内はただならぬ様相を呈している。
隣国からの武力侵攻があったのか? セール王が御隠れになられたのか? 領主が臣下に招集をかけるなど、ただ事ではないようだ。
ものの15分もしないうちに、臣下と利一達が大広間に集合している。
セシルは領主の傍らに、利一とリーゼは列の後方で直立不動、微動だに出来ず佇んでいるが、フィーリアは二人に挟まれながら、ニコニコキョロキョロしている。
不思議な緊張感が場を支配し、だれもが口を開かない。
「貴方達が静かになるまで1分掛かりました」なんて、定番はご無用だろう。
領主が集結を確認すると、一段高い台に登壇し、声高に書面を読み上げる。
『かねてよりの懸案として、麻雀外交の強化を図るために王国宮廷雀士団の設置をここに宣言する』
領主がページを捲り更に続ける。
『選抜方法については、三月後に王都にて各領より5人の打ち手を派遣し闘うこと。頂点に立った領地の打ち手を王国宮廷雀士団に無条件で組み込むこととする。また、それ以外にも判断に応じて個別に選抜するものとする』
領主の言葉に、広間はざわめき立った。
利一が異世界に転生して実に八年であるが、麻雀が正式に、それも国王のお墨付きで最大の競技となった瞬間であった。
その感動は計り知れないだろう。
何せ八年である。
全てを犠牲にして、生きてきた八年が無駄ではなかったのだ。
利一はこの場で震えていた。
他者のどよめきとはまた違った歓喜の震えである。
――やっと……やっとなのか……
「おにいちゃん大丈夫? お風邪?」
フィーリアは様子が違う利一を心配している様子だ。
「ああ、フィーリア。大丈夫だ。にいちゃんと麻雀で一番になろう、リーゼも!」
利一は二人の手を握った。
フィーリアと恥ずかしがりのリーゼも、紅潮することなく真っ直ぐな眼差しで応答した。
「はいっ!」
「フィーリア頑張るのです!」
そして、利一は壇上に向けて手を伸ばし、親指を立てグーサインをセシルに飛ばした。
セシルはそれに気付き、同様のポーズでそれに応じる。
かくして夕食前に突然の発表があり、選抜大会までの間、各領主は名誉のため、打ち手の育成に励むことになったのであった。
これにて一章完結です。
これからは宮廷雀士団選抜編となります。地道に更新していきます。