12局 特訓開始
利一は迷っていた。
そう、今から一週間でリーゼを特訓し、利一とリーゼで対局を行うか利一とセシルか利一とフィーリアで出るか……
非常に悩ましい選択を迫られていたのである。
だが、当事者であるリーゼが出ないのも、筋道が通ってはいないかもしれない。
利一は負けてもノーリスク。だが、リーゼはたった一人の兄弟を失ってしまう。
なれば、本人が納得いくよう、自分の手で運命を切り開くべきであろう。
セシルは速達便で、アストラルへ書状を飛ばした。
急な話ではあるが、仕方がない。
(あの領主もさっそく他家とコトを構えるとは思ってもなかっただろうな)
利一たちは、早速リーゼの家へ向かった。
雀荘が点在する商業エリアを抜け、暫く歩くと様子は一変した。
農耕に励む男たち、ボール遊びをする子どもたち。庶民のリアルがそこにはあった。
リーゼの家はそこから歩いて五分程度の場所だ。
家の佇まいは、レンガ造りに煙突が立っている。周囲には畑がありフォルスト家のものと推測できよう。
リーゼは利一たちを家に招き入れた。
「ただいま」
家にぞろぞろと入る人たちを見て、リーゼの家族たちは怪訝そうである。
「リーゼ、誰だい? この人たちは」
開口一番、父親と思わしき男がそう話した。
「お父さん。この人たちは私たちを助けてくれる人たちです」
父親は理解できないというか、困惑といった表情だ。
それはそうだろう。目付きの悪い男に、貴族のような少女と、明らかな子ども。
胡散臭いにも程があるだろう。
「俺は緑利一だ。今回は娘様の件で助太刀させてもらうことになった」
「私はセシル・アストラル」
「フィーリアなのです」
三人の自己紹介にご両親、リーゼの姉と思われる女性は驚いた様子だ。
「アストラル……あのアストラル家の方たちだと言うのですか?」
父親の疑問に、セシルはすぐさま相づちを打った。
「なぜ私どものような貧乏な農民に、貴族様が手助けを?」
そこに利一が割り込んだ。
「俺たちは麻雀で世界一を目指す者たち。そして、元々ここの領主とは戦う気だった」
セシルも口を挟む。
「そう。だから気にしないでください。そしてお姉さんは必ず助けてみせます。すでにアストラル家には、本件に介入することを報告してあります」
「なんという天運でしょうか。私が打っていれば必敗だったことでしょう」
リーゼは利一たちが如何に麻雀を知り、長けているのかを家族に説いた。
「ならば当日はセシル様と利一様が代打ちしてくださるのですな?」
セシルが肯定しようとしたのだろうか。それを利一が遮った。
「当日は俺とリーゼ。二人で出る。俺たちは負けてもノーリスク。ならば後悔を残さないよう、リーゼ。お前が打て」
利一は更に続ける。
「俺はノーリスクだからと緩いことはしない。全力で勝ちにいく。だからお前も必死になるんだ。それだけ大事なものなんだろ?」
リーゼは一瞬俯いたように見えたが、瞳は強い視線を利一に向けていた。
「私、やります! お姉ちゃんを必ず助けます!」
その瞬間。
姉はリーゼに抱きついた。
「ありがとう……リーゼ」
「では何卒宜しくお願いします。対局までは家に泊まっていってください。最大限おもてなしいたしますので」
両親は利一たちへ深々と頭を下げた。
さて、今回の麻雀のルールだが、幾つかの注意点がある。
二対二のコンビ麻雀だということ。また、代表者の点数ではなく、合計点で競うのがポイントだ。
ツモ和了については特に気をつけなければならない。
相方が親番の際に、ツモ和了をしてしまうと何が起こるだろうか。例えば8000点を和了した場合、子は2000点を支払うが、親の支払いは4000点となる。
相手の子二人からの収入が計4000点。
しかし、味方の親からの支払いが4000点となるため、±0となるのである。
したがって、状況にはよるがツモ和了で得をするのは、親番の人間か、相手に親が居る場合のみということになるのだ。
また、コンビ打ちならではだが、ブロックサインなどを用いて、欲しい牌や待ち牌など自由自在に通しができる。
場合によっては相手の高い役を、味方にわざと振り込み蹴ってしまうこともできよう。
「リーゼ。お前にはあと一週間で最低限は打てるようになってもらうぞ」
「はい! 私、がんばります」
そうして、利一とリーゼの特訓は始まることとなった。セシルとフィーリアという絶好の特訓相手もいる。
(なんとかなるだろうか?)
相手のレベルもわからないことに、利一は不安感を覚えた。
だが、利一は不安感を出さず、リーゼを勝たせようと指導に励むのであった。