二度目の待ち合わせ
結局、あの旧千円札のことを確かめられないまま、神楽さんとの約束の日を迎えた。
あのぬいぐるみ以来、店で物がなくなることはなく、確かめようがなかった・・・というのが本当のところだけど。
でも、いくら頭をひねったところで、わたしの仮説を立証できそうにはなかった。
例えまた同じことが起こったとしても、”あり得ない””信じられない” で終わってしまいそうな気がしたからだ。
今でも思う。
あれは、現実に起こったことだったのだろうか?――――――と。
だけどそんなとき、あの旧千円札が、わたしにリアルを突き付けてくるのだった。
あの千円札を拾ったときに感じたぬくもりを、はっきりと覚えているから。
誰かの手を離れて間もないような、体温を孕んでいるような感触が、わたしを混乱させているのだ。
そんな風に、ここ一週間ほどは、わたしの心の片隅には、あの仮説が居座り続けていたのだった。
けれど今日は、神楽さんとの待ち合わせ。
電車で大阪に向かう途中も、何度かはあの旧札を思い出したけれど、それよりも、この後に再会する神楽さんの方がはるかに心を大きく占めていた。
パーティーは梅田のカフェで11時から始まり、だいたい2時間の予定だと聞いたので、大阪駅で1時半に待ち合わせの約束をした。
神楽さんは大学卒業以来大阪には来ていないみたいだし、わたしも、新しくなった駅ビルで待ち合わせをしたことがあまりなかったので、ネットで初心者にも分かりやすい待ち合わせスポットを検索して、中央改札南口の水時計前にした。
改札から離れていることもあり、そこまで混雑していないというのが決め手だった。
待ち合わせ時刻の少し前に改札を出たわたしは、まっすぐに南口に向かう。
駅ビル内にあるホテルやデパートの入口を通り過ぎ、外に出ると、ちょっとだけ冷えた空気に包まれた。
そこから左に進むと、待ち合わせ場所である水時計が見えてくる。
今までそこで待ち合わせたことはなかったけれど、特徴的なデザインは海外でも有名らしく、わたしも何度か見にきたことがあった。
1分もしないうちに辿り着くと、わたしはそこにいる人の中に神楽さんがいないか、ざっと確認した。
待ち合わせっぽい人もいれば、水時計を写真におさめる観光客もいて、思ってた以上の混雑だ。
けれど神楽さんの姿はまだなくて、ホッとするわたしと、残念に感じているわたしがいた。
・・・・神楽さんと会うのを楽しみにしているのは間違いなくて、なのに、そこにある感情を把握するのは難しかった。
だって、まだ一度しか会ったことない人なのに・・・・
わたしは水時計を見つめながら、神楽さんのことを考えていた。
電話ではじめて会話したときから、感じのいい人だな、とは思っていた。
実際に会った神楽さんは、電話の印象を裏切らず、優しそうで、誠実そうで、実年齢より若く感じる、オシャレな男の人だった。
言葉選びも穏やかだと思ったし、運転も上手だった。
ちょっとだけ強引かな?と感じたこともあったけど、それが特にマイナスになる感じでもなかった。
つまり、わたしは神楽さんにとても好感を抱いていた、それは事実で。
・・・・だから、今日を楽しみにしていたのも、全然おかしなことではない。
自分に、そう言い聞かせた。
言い聞かせなければならない時点で、もう手遅れなのだろうということには、気付かないフリをしながら。
約束の時間になる頃、神楽さんから10分ほど遅れそうだとメールがあった。
わたしは ”気にしないでください” と返信したけれど、実際は5分もしないうちに神楽さんは来てくれた。
「ごめんね、お待たせしました」
「いえ、そんなに待ってないから大丈夫ですよ」
はじめて見るスーツ姿にドキリとしながらも、平気なふりでお決まりのセリフを言い合ったあと、これからどこに行くのかを相談する。
神楽さんは駅前のデパートが改装増築されているのも知らなかったみたいで、あちこちに興味があるようだった。
「神楽さんの行きたいところ、どこでもお付き合いしますよ?」
「うーん・・・じゃあさ、西梅田に行ってみたいカフェがあるんだけど、そこに行ってから、デパートでお土産探してもいいかな?梅田のデパ地下がすごいって、さっきのパーティーで噂を聞いたんだ」
「デパ地下ですか?あんまり東京と変わらない気もしますけど・・・でも、大阪限定のお店もありますから、いいかもしれませんね」
梅田にはいくつかのデパートがあって、最近はそれぞれに行列必至のデパ地下グルメがあるのだと、母が楽しげに話していたのを思い出した。
・・・何かよさそうなものがあったら母に買って帰ろうかな。
わたしはそんなことを思っていた。
「じゃあ、まず西梅田でいいかな?見晴らしがよくて、ドラマのロケでも使われたカフェらしいんだけど」
芦原さん、知ってる?
わたしの母にも負けないほど楽しそうに訊いてきた神楽さんは、足を出しかけて、ふと、「あ、」と、立ち止まった。
「もしかして、芦原さんは、お昼まだだった?」
正面からまっすぐ目を合わせられて、わたしは思わず心臓を跳ねあがらせてしまった。
「いえ・・・、朝を遅めにとりましたから、大丈夫、です」
そう答えたわたしは、「まず西梅田ですよね」と、神楽さんの顔を見ずに歩き出した。
・・・なんだか、神楽さんに見つめられたままでは、平常心が保てそうになかったから。
だって、パーティー帰りの神楽さんは、スリーピースのスーツにチーフとタイをシルバーグレーで揃えていて、おしゃれな印象はそのままで、更にグレードアップしてるように感じたし・・・・
わたしは神楽さんを案内しながら、逸る鼓動をしきりに堪えなければならなかった。
神楽さんが言っていたカフェはわたしも知っていたので、迷わずに辿り着くことができた。
案内役が果たせたことにホッとして、店に入る。
お昼時を過ぎていたおかげで、さほど待たずに席に案内された。
天井が高くて、床から天井まである窓がぐるりと囲む、開放感のある空間だ。
わたし達は窓側のソファー席に通された。
「うわ、すごい眺めだね。これはロケに使われるのも納得だ」
神楽さんは席に着きながら感嘆する。
窓の向こうには大阪駅前が一望できて、とても見晴らしがいいのだ。
「そうですね。そこまで高くないですけど、見渡せますからね」
すぐにオーダーをとりに来たので、わたしはホットミルクティーを、神楽さんはアイスコーヒーを頼んだ。
オーダーで一旦会話は途切れてしまったけれど、わたしの背後をきょろきょろ見ながら、神楽さんはまた話題を戻した。
「でも本当にすごいな。今日は天気もいいし、気持ちよくなる眺めだよね。あれ?あそこに郵便局なかったっけ?」
訊かれたので、わたしは体をよじって窓越しの景色を確認する。
神楽さんが示した場所には、確かに以前は郵便局があったのだ。
けれどそれはずいぶん前のことのように思う。
「・・・確か、移転したはずです。わたしがまだこっちにいる時だったかな・・・?」
「へえ、そうなんだ。結構大きな郵便局だった記憶があるけど」
「そうですね」
「まあ、古かったから仕方ないか。それにしても、やっぱり、ずいぶん変わったんだなぁ・・・・」
しみじみと言う神楽さん。
わたしは、また出てきた ”変わった” というキーワードに、咄嗟に、あの旧千円札を思い出してしまった。
あの落とし主不明の千円札は、三つ折りにしたまま財布にしまってある。
あの日、店のレジは一円も狂いがなかったし、わたしが預かる他なかったのだ。
ほんのわずかだけど、わたしは、自分の心がよそへ飛んでしまうのを止められなかった。
すると、そんな些細な変化も見逃さなかった神楽さんが、「どうかした?」と尋ねてきたのだった。
「いえ、なんでもないです・・・・」
わたしは誤魔化しながら、水の入ったグラスに口をつける。
「そう?なんだか急に顔色が変わった気がしたんだけど」
神楽さんはわたしを窺うように顔を近付けてきた。
わたしは反射的に身を引いて、
「・・・・神楽先生は、心配性なんですね」
苦笑で返した。
神楽さんは、ふわりと表情を和らげると、
「そこは、”巧先生” の方がいいかな。子供達にはそう呼ばれてるんだ」
自慢げに言う。
「巧先生?下の名前で呼ばれてるんですか?」
「うん、そう。一年生の子は神楽って呼びにくいみたいでさ。一年の担任になったときに ”巧先生” って呼ばれだしたら、そのまま児童みんなに定着したんだ」
「そうなんですね。でも、確かに ”神楽先生” より ”巧先生” の方が親しみが増すかも」
巧先生の方が、やわらかい響きがするし。
わたしの同意に、神楽さんは「ありがとう」と笑った。
けれど、
「それで、芦原さんは何を考えていたのかな?巧先生に話してごらん?」
冗談混じりにだけれど、話題をもとに戻したのだった。
顔はにこやかなのに、重なった視線は優しい鋭さがあって、ほんの少しだけ、怯んでしまう。
わたしは、東京で感じた神楽さんの強引さを思い出した。
けれど、あの旧千円に関するわたしの仮説は、あまりに突飛で、非現実すぎて、とても誰かに話す気にはなれない。
「・・・本当に、特別なことは何も考えてなかったんですよ。ただ、今日はいいお天気でよかったなあ・・って」
わたしが目を逸らしながら答えたとき、ちょうど飲み物が運ばれてきて、いいタイミングで流れが止まった。
神楽さんの強引も、今度は引っ込めてくれるんじゃないかと思い、さりげなく様子を見ると、ストローをくわえながら何かを思案しているようだった。
わたしもミルクティーを飲み、その温かさに息をつく。
そうやって、少しの間は、心地いい沈黙に包まれた。
やがてその沈黙を破ったのは、神楽さんだった。
「・・・・俺の家族って、俺以外みんな医者なんだよね」
「え・・・?」
唐突過ぎる話に、わたしは気の抜けた声をあげてしまった。
「祖父も医者で、親族は医者じゃない方が少ないくらいなんだ」
「へえ・・・・そうなんですか」
それ以外に、答えようがなかった。
神楽さんはテーブルの上に両腕を乗せて、わたしの後ろに視線を流す。
そして、ゆっくりと、また話し出した。
「実家は、地元ではそこそこ有名な病院をやってて、俺は長男だったから、後をついで医者の道に進むのはごく自然なことだったんだ」
・・・・神楽さんは、いったい何を言いたいのだろう。
ご実家が病院経営をなさっているということは、あの高級外国車も納得だし、どことなく雰囲気や話し方に品があるのも頷ける。
だけど、なぜ今素性を打ち明けるのかは分からない。
まさか、自分の生い立ち自慢をしたいわけでもないだろうし・・・・
お医者様の家系でも、実際は神楽さんは小学校教諭になっているわけだし・・・・
わたしが反応に困っていると、ふと、神楽さんがこちらを見た。
そして、今までとは違う、潔い口調で言った。
「でも俺は、教師になりたかったんだ」
言い切ったあと、アイスコーヒーのストローに指を添えた神楽さん。
けれど、口にくわえるでもなく、ただ、触れただけだった。
きっぱりと告げたのと相反して、まるで、何かしていないと落ち着かないような、そんな感じに思えた。
「小学校のときの担任が、すごくいい人で、その人に憧れて、俺も小学校教諭になりたいと思った」
僅かの間、目と目が合う。
わたしは、
「・・・それじゃあ、神楽さんは、夢を叶えて ”巧先生” になったんですね」
そう言って、神楽さんより先にその視線から逃げた。
神楽さんがどういう意図でこの話題を口にしたのかは知らないけれど、実家をつぐべき将来を曲げてまで自分のなりたいものになった・・・という、まっすぐ過ぎる彼の選択や辿ってきた道が、胸に、痛みを与えてくるようだったから。
けれど神楽さんは、フウッと短い息を吐くと、
「まあ、結果的にはね。・・・だけど、俺が高校卒業して入学したのは医学部だったんだ」
苦笑いを浮かべながら、言ったのだった。
「――――医学部?」
「そう。医学部」
「え、でも・・・・」
今は教師をしているのに?
口にはしなかった疑問に、神楽さんはコクリと首肯した。
「途中で自主退学して、それで教育学科のある京都の大学を受け直したんだ。二十一のときだよ」
「ああ・・・・そうだったんですね」
どうしても夢を諦めきれなかったということだろうか。
医学部なんて誰でも入れるわけもないし、きっと、そのための努力だってしてきたただろうに、
それを棒に振ってまで、教師の道を選んだ・・・・
やっぱり、その選択は潔い。
自分の実力不足を理由に簡単に夢を投げ出してしまったわたしとは大違いだ。
俯いたわたしに、神楽さんは柔らかく続けた。
「教師になりたかったくせに、流れに従うように医学部に進んだ俺は、ずっと迷ってたんだ。そんなとき、あの言葉が俺の背中を後押ししてくれたんだよ」
「あの言葉って?」
「『――――――大丈夫。どんな道を選んでも、そこに未来があるんだから。未来への入口は、今日なんだから――――――――――』」
それは、前に東京で会ったとき、神楽さんが車の中で話してくれた言葉だった。
「あの言葉がなかったら、たぶん、俺はそのまま医者になってたんだと思う」
「・・・・いい人に、巡り会えたんですね」
わたしは、本心でそう返していた。
まわりまわって、わたしもその言葉に癒された部分もあるから。
・・・たぶん、わたしが毎日のようにスケッチ帳を開くようになったのは、その言葉の影響もあるだろうから。
すると神楽さんがどこか誇らしげに、そして嬉しそうに笑った。
「そうだね。俺もそう思うよ」
そう言いながらストローをくるりと動かし、神楽さんはとても美味しそうにコーヒーを飲んだ。
神楽さんがなぜこんな話をしたのか、わたしは掴めないままだったけれど、アイスコーヒーを味わう彼の顔が幸せそうだから、そんなことはどうでもいいような気もしていた。
けれど神楽さんは「だからさ・・・」と、話を続ける。
「前にも言ったけど、人生、どこでもリスタートできるんだよ。実際に経験した俺が言うんだから間違いない。諦めかけてたことだって、また追いかけることもできるし、道の途中で方向転換だってできるんだよ」
「・・・・そうですね」
そこまで言われて、やっと、神楽さんの伝えたいことが見えてきた気がした。
もしかしたら、さっきわたしがぼんやりしたのを、勘違いしたのかもしれない。
わたしは拾った旧千円札を思い出していたのだけど、神楽さんは、わたしが前の職場でのことでまだ気落ちしていると思ったのかもしれない。
そう感じたわたしは、その誤解を解こうと思ったけれど、すぐに口ごもってしまった。
・・・・じゃあ、他に何を考えていたと言えばいいのだろう・・・?
例え適当に誤魔化そうとしても、神楽さんはまた鋭い突っ込みをしてきそうだし・・・・
やっぱり、毎日何十人もの子供を相手してるだけあって、神楽さんは洞察力に長けているのだろう。
そう思うと、”巧先生” は良い先生に違いない。
・・・・神楽さんの方向変換は、正しかったのね。
とりとめなくそんな思いを巡らせていると、神楽さんが明るく言った。
「だからさ、もし芦原さんがまた目指していたものを追いかけるなら、俺は応援するよ?」
「え・・・」
「絵の仕事がしたかったんでしょ?」
「・・・・そうです、けど・・・・」
子供の頃は、個展ができるような、プロの絵描きになりたかった。
でも、そうなれるのはごくごく一部の人間だけだと悟ってからは、漠然と、絵を描く仕事、クリエイティブな仕事に就きたい、そう思っていた。
けれど、入賞歴など目立った実績がないわたしに、クリエイティブな仕事はできそうにもないだろうな・・・・そう諦めたのは、大学に入って二度目の夏を越えた辺りだった。
「だったら、芦原さんが奈良に戻ったのは、いいきっかけでもあって、リスタートにもなるんじゃないのかな?」
神楽さんは、夢を叶えた人だけが持つような溌剌さを、惜しみなく向けてくる。
それはもう、清々しいほど、躊躇わずに。
自分にさっさと見切りをつけて別の道に進んだあげく、信じてた人に裏切られてその道すら引き返してしまったわたしには、眩しすぎる。
「でも・・・・」
「俺、芸術は詳しくはないけど、芦原さんが望んでくれるなら、力になりたいと思ってる。もし、他にやりたいことを見つけたならそっちの応援もしたいし、とにかく、芦原さんのやりたいことをやってほしいなって思ってる」
――――――――未来への入口は、今日なんだから。
神楽さんは、社交辞令でも愛想笑いでもなく、ただただ澱みのない眼差しでそう告げた。
「でも、わたしは・・・・」
神楽さんの瞳に耐えきれず、狼狽えるように言葉を探したけれど、それは容易く阻止されてしまう。
「なにもしないで諦めるにしては、芦原さんはまだ若いよ。いや、歳を理由に諦めなくちゃいけない事なんてないんだけど、それでも芦原さんはまだ二十代なんだから、いくらでも人生や夢の立て直しができるはずだよ?」
「・・・ダメですよ。わたしは一度就職して、でもそこもすぐに辞めちゃって・・・」
「それのなにが悪いの?俺は、主婦だって、定年した人だって、新しい夢とか人生を目指してる人は素敵だと思うよ?それに、芦原さんには辞めるだけの理由があったじゃないか。辞めるときも迷惑にならないように時期をずらしたわけだし、誰に文句を言われる筋合いないだろう?」
「でも、もともと特に就きたい仕事でもなかったし、コネで入社したようなものなのに・・」
「そんなの俺だって同じだよ。医者になりたいわけじゃないのに医学部に入って、あの言葉がなかったら、きっとそのまま医者になってた」
「でも神楽さんには教師っていう確かな目標があったじゃないですか。わたしにはそれがありません。ただ、絵を描きたい、今はそれしかなくて・・・・」
「いいじゃん、それで」
「・・・・はい?」
押し問答のように続いていた会話のテンポが、ぷつりと切れた。
キョトンとした気持ちで見上げると、神楽さんはにっこり微笑んでいた。
「絵が描きたい、それで充分じゃないのかな」
答えながら、アイスコーヒーを飲み干した神楽さん。
空になったグラスは見通しがよくなって、神楽さんのジャケットの色を映している。
「そりゃ、生きるのに必死で、夢だなんて悠長なこと言ってられない人もいるだろうけど、幸い、芦原さんはご実家があるんだし、しばらくはご実家のお店を手伝いながら、絵を描くことに向き合ってみたらいいんじゃないかな。大学と違って、周りには比べる人もいないんだし、思いっきり描けるだろ?描きたいだけ描いたら、気持ちに踏ん切りがつくかもしれない。もしかしたら、他にやりたいことが出てくるかもしれない。まあ、俺はどうなっても、芦原さんの力になるつもりだけど」
神楽さんの優しい強引さが、また顔をのぞかせた。
わたしは神楽さんの耳あたりのいい声で紡がれた力説を聞きながら膝の上で手を握っていた。
「力になるって・・・・」
「例えば・・・うちは私立だから、中学高校も併設してるだろ?そこで美術教諭の募集が出るかもしれない。それ以外にも、外部から専門家を呼んで授業してもらったりすることもあるし。これは正規じゃなくて契約になるけど、そうやって、”描く” ことに関する仕事をしながら模索していくのもありだろう?もし他の道を目指すにしても、俺は東京にいるから、芦原さんのためになるような情報を手に入れやすいかもしれない。ここだけの話、うちの実家のおかげで知り合いだけは多いんだ。それから、卒業生の保護者の中で懇意にしてくださってる方もいるし・・・結構いい情報網を持ってると思うよ?」
軽い感じにそう言った神楽さんに、わたしは素直に嬉しいと思う反面、不思議な違和感も覚えた。
・・・・どうしてそこまでしてくれるの?
ついこの前知り合ったばかりで、ちゃんと顔を合わせるのは今日で二度目だというのに、
どうして・・・・
「あの、」
「あ、冷めちゃうね」
「え・・・?」
なぜそんなに親切にしてくれるのか尋ねようとした矢先、まるでその質問をかわすように、神楽さんがわたしを指差したのだ。
「ミルクティー。せっかく温かいのに、俺の話が長くて冷めちゃったんじゃないかな」
「あ・・・・」
「ごめんね。おしゃべりは後にするから、これ以上冷める前に飲んで」
神楽さんはそう言って、穏やかに話題を終了させたのだった。




