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未来へ・・・?





「あら?なんでこんなところに人形なんて落ちてるの?」




その声がしたのは、店の方だった。

わたしはキッチンに向かうはずの足を止め、店を覗いて母に声をかけた。


「どうかした?」


すると母は平台のそばにしゃがんでいて、わたしに振り向いた。


その手の中には、鹿のマスコットのぬいぐるみが……


わたしは目を見張ると、


「それがね、これが台の下に、」


「落ちてたの?!」


母のセリフを遮り、駆け寄りながら尋ねた。


「そうなのよ。いつも置いてるのはあっちの棚なのに、なんでこの下に落ちてたのかしら」


首をひねる母からぬいぐるみ受け取り、それが、私が落としたものだと確認する。

部分的に陽に当たって変色しているのは、間違いなくわたしが今日取り替えたぬいぐるみだ。


……でもどうして?わたしがあんなに探しても見つからなかったのに。


こんなに大きなもの、見落とすはずはないのに。



「……ねえ、本当に平台の下に落ちてたの?」


つい、語気が強まってしまう。

母の勘違い、ということはないだろうか。


すると母は、


「あんたに嘘ついてどうするのよ」


ちょっと立腹したように言い返してきた。


けれどすぐ、


「まあ、でも、うちの店はよく物がなくなっては、しばらく経って意外なときにひょっこり出てくることがよくあるからねえ……」


それが、さも当たり前の出来事のようにぼやいたのだ。


「え…?」


わたしはぬいぐるみの細かな箇所を確かめていた手を止め、母に顔を向けた。


「なにそれ。はじめて聞いたんだけど」


「あらそうやった?」


関西弁まじりの母に、かすかな苛立ちを覚えてしまう。


「そうやった?じゃなくて、わたし聞いたことないんだけど?」


「そんな怖い顔しなくていいでしょうに。あんたはずっと東京やったから知らなくても仕方ないわよ。こっちにいたときも毎日店番してたわけじゃないでしょ?ほら、あんたもこの前あったじゃない。修学旅行の子が財布をなくして、しばらくして見つかったんでしょう?」


「あ……」


そんなこともあったけど…そう思ったとき、ふと、母から聞いた小学生がお札を落とした話を思い出した。


「ねえ、前に話してた、修学旅行中の男の子が最後のお札を落としてちょっと騒ぎになったのって、いつの話?」


わたしの質問に、母は、なぜ今そんなこと訊くの?と不思議そうな顔をする。


「そうねえ……修学旅行中の小学生がお金をなくすのは時々あるけど、騒ぎになったのって、泣き出しちゃって担任の先生が通りかかった話のことよね?あれは……もうずいぶん前よ?」


「ずいぶん前ってどれくらい?まさか、前のお札のとき?」


わたしは食いぎみに重ねて尋ねた。


「前のお札って何よ?」


「ほら、昔とお札のデザインが変わったじゃない」


「ああ、そうねぇ……あれは確か10年くらいは前だから、お札も変わる前だと思うわ」


10年くらい前……



じゃあ、まさか、




………あの千円札は、10年以上前の落とし物なの?






いや、まさか。10年間も誰にも見つからずあそこにあったとは考えられない。


でもそれじゃあ、どうして……




ものすごいスピードで、ありとあらゆる可能性を並べていく中で、ひとつの仮定がポンッと、考えの真ん中に浮かんできた。




けれどそれを手繰り寄せたとき、足の裏から、冷えた何かが体を登ってくるようだった。



母は、なくした物がしばらく経って意外なときに見つかる、そう言った。



”しばらく経って” ―――――――



それが、どれだけの時間を指しているのかは分からない。



けれど、なくしたその時には見つけられなくて、時間が経ってから見つかるということは……



………いや、そんなバカな。



わたしは自分の仮説をアタマから否定するように、母にもう一度尋ねた。



「ねえ、この前わたしが見つけたお母さんの手帳だけど、お母さんがなくしたのはいつだったの?」


「え?あれねぇ、あれは……ひと月くらい前だったかしらね」


「ひと月……。その間、ちゃんと探してたのよね?」


「もちろん毎日探してたわよ。まあ、最後の方は半分くらい諦めてたからあんまり探してなかったかもしれないけど。でも気が向いたときは台の下を覗いたりしてたんよ?なのにずっと見つからなかったのよねえ…なんでかしら」


でも、それとこれが何の関係あるのよと、表情で訴えてくる母。



わたしは母の説明を聞いて、たった今否定したばかりの仮説が、また可能性を増したような気がした。




店の平台の下に落とした物が、忽然と姿を消し、

しばらく経ってから見つかる―――――――




その事実から導き出される可能性のうちのひとつでしかないけれど、考えられる仮説として、今わたしの頭の中を大きく占めているのは………





あそこに落とした物は、未来へ飛ばされる………?





そんな、まさか。


まさか、よね………?



否定したくて、否定しようとしても、簡単には打ち消せなかった。



だって、私自身も体験してしまってるのだから。



目の前で落とした物がこつ然と、跡形もなく消え去って、しばらく経って見つかる……



最初は、探し方が甘かったとか、見落としていたのかも…とか、そんな、常識の範囲で理由を当てていたけれど、

でも、それでは明らかに不自然だ。


あんなに大きくて目立つものを、見つけられないはずないから。



それだけじゃない。


男の子の財布も、母の手帳も、全部、落としてから見つかるまでに時差があった。



そして、あの旧千円札……


よくよく思い返すと、あれを拾ったとき、まだ、ぬくもりがあったように感じた。


―――――まるで、つい今さっきまで誰かに握られていたかのように。


つまり、誰かが落としてからそう時間は経っていないと感じたのだ。


だけど、あのとき、あそこには誰もいなかった。



だとすると、考えられないけど、でも、可能性があるのは………




「美里?どうしたの?」



わたしが考え込んでいると、母が気にしたように訊いてきた。



「え?あ…いや、うん、別に…」


わたしは何て答えたらいいか分からず、言葉を濁すだけだった。


だって、このぬいぐるみは未来へ飛んできたんです、なんて、言えるわけもない。


母はこの店で、なくした物が時間が経って見つかる、という現象に遭遇してるわけだから、ちゃんと説明したら信じてくれるかもしれない。


でもわたしだってまだ自分の仮説を信じられてはいないのだ。


あの旧千円札が、その仮説の信憑性を高めてはくれているけれど、そんなすぐには、認められるはずもない。


こんな非現実的なこと……



「どうしたの、顔色悪くない?あんた、風邪のひきはじめなんじゃないの?」


奈良の冬は久し振りだから体がついていかないのね。


心配そうに言うくせに、どこか楽しそうな母。


わたしは、


「そんなんじゃないけど……でも、そうなのかもね」


曖昧に返し、わたしの頭にある仮説のことには触れなかった。



一旦、整理してみる時間が必要だもの……



わたし自身がはっきりできないでいる話を、誰かに上手く説明できるわけない。



わたしは、モヤモヤしたまま、母にぬいぐるみを返した。


「…わたし、もう寝るわね」



そして、本来の目的であったキッチンには向かわず、自室に戻ったのだった。







部屋に戻るなり、テーブルの上にスケッチ帳を開いた。

そしてその辺にあった鉛筆で、


財布⇒数日後

手帳⇒約1か月後

ぬいぐるみ⇒数時間後


旧千円札⇒10年以上後?


と書いた。


冷静を心がけたけれど、文字は、明らかに動揺をあらわしていた。


わたしは書いたものを見据えて、頭を悩ませた。


千円札に限っては、落としたタイミングの確定はできてないけれど、今日でないことだけは確かだ。


”10年以上後?” の上に二重線を引いて、”1日~10年以上後” と訂正した。


数日前、たまたま、旧千円札を財布に入れていた人が落とした……という可能性だってゼロではないだろう。


だけど、心のどこかでは、ピンときていたのだった。


……あれは、10年以上前に、修学旅行中の小学生の男の子が落としたものなのだろう、と。



なぜかは分からない。

けれど…直感、とでも言えばいいのだろうか。

なんとなく、けれど確信に近いものを持っていた。

証拠なんてないけれど、拾ったときのあのぬくもりが、そう思わせる理由のひとつだったのは明らかだ。



……でも、その正否を確かめる術はない。


だって千円札に名前が書かれているわけでもないし、今さら落とし主を探すことなんてできないから。



わたしはポケットに入れっぱなしにしていた千円札をスケッチ帳の上で開いた。


これを落としたのは、母が話してた小学生なのだろうか……?


修学旅行中、最後のお札を落としたと言って泣き出した男の子。


……だとしたら、これは、今、10年以上の時間を飛び越えて、わたしの手元にあるのだろうか?



わたしは、今、常識では起こり得ないことを目の当たりにしているの?



自分の仮説に確信を持ったり、疑ったり、頭と心が忙しない。


わたしはどうにかして落ち着こうと、鉛筆を握った。

そしてスケッチ帳を捲り、とりとめなくイラストを描き始めた。


シュッ、シュッ、と鉛筆が走る音が、静かにわたしを宥めてくれるようだった。


描いている時間は、心が静謐でいられる。


描くのは大好きだから。

……描き上がったものを見て、自分の力がまだまだだなと思ってしまうことはあるけれど………


絵を仕事にするためには、ただ上手いだけではダメなのだ。

それを見た人に ”何か” を感じてもらえなければ、

何らかの影響を与えなければ、ただの ”絵が上手い人” でしかないのだから。



わたしの絵にそんな力があるとは思えない。



わたしは手を動かしながらも、穏やかに、気落ちしていきそうになるのを止められなかった。



けれどしばらくして、そこに姿を現したものに気付いたとき、わたしは、慌ててスケッチ帳を閉じてしまったのだった。



「これって……」




わたしが無意識のうちに描いていたものは、



神楽さんが乗っていた車だったから。













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