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手紙








「今日はありがとう。また連絡するから、どこか行きたいところを考えてて」


大阪駅で、そのまま新大阪に向かう神楽さんと別れ、神楽さんが言うところの ”二度目のデート” は終了となった。


環状線に乗るわたしとはホームが違うので、中央改札を入ったところで、簡単に次の約束を交わす。


「わかりました。神楽さんも考えててくださいね」


今回が大阪だったので次は東京にしよう、そこまでは駅まで歩く間に話していたのだ。


「うん。じゃあ、また。奈良まで送れないけど、気を付けてね」


「神楽さんこそ、お気を付けて」


お互いに名残惜しさを醸し出しつつ、わたしたちは、手を振りあったのだった。


けれど、奥のエスカレーターに乗ったわたしが見えなくなるまで、神楽さんはずっと見送ってくれていて、それが、またわたしの気持ちを落ち着かなくさせるのだ。



週末のこの時間、楽しんだ後に帰宅する人が多いのだろうけど、

その中の誰よりも、わたしの胸が高鳴っているのかもしれない。




・・・・好きに、なってしまったんだな・・・・




改めて気持ちを噛み締めていると、神楽さんからメールが届いた。



今日は楽しかった、ありがとう。

気をつけて帰ってね。

三度目のデートを楽しみにしてます。



そんな内容で、敬語混じりの文面に、知らず、笑みがこぼれていた。






帰りの電車の中、考えるのは神楽さんのことばかりだった。


店で神楽さんの教え子が財布を落としたのが先月で、それを拾ったわたしが神楽さんと電話ではじめて言葉を交わしたのが、その数日後。


それから東京ではじめて会って、偶然前の職場の先輩と出会ったことがきっかけで、わたしのことを話して、

今度は大阪で再会して、神楽さんが自分のことを話してくれて。



知り合ってからは短い時間だけど、毎日顔を合わせていても世間話しかしなかった同僚よりは、濃い関係になっていると思う。


誰にも話せなかった仕事を辞めた理由も神楽さんには打ち明けられたくらいだから、もしかしたら、そのときから既に神楽さんは特別な人になっていたのかもしれない。


それに、わたしがまた描きはじめたのだって、神楽さんに会ってからだもの。

もし神楽さんに会ってなければ、スケッチ帳を購入することもなかっただろうから。

先輩に裏切られて、傷心のまま実家に逃げ帰ってきたわたしが、また ”描きたい” と思えるはずもなかった。



・・・・全部、神楽さんのおかげ、なんだよね。



わたしが描き続けられるのも、先輩のことを引き摺らずにいられるのも、神楽さんがいてくれたからだ。



これで好きにならない方がおかしい。



一度自覚してしまえば、開き直るのは簡単だった。



駅から実家まで帰る途中、

わたしは頭の中で、三度目のデートの候補地をいくつも並べていた。



ありありと、浮かれていたのだった。




家に着くと、父はまだ帰っておらず、母が店で何かしていた。


「ただいま。なにしてるの?」


もう店は閉まっているのに、母は店の灯りを煌々とつけていたのだ。

昼間と違って静けさが囲う中、母の身じろぐ音だけが聞こえていた。


「ああ、美里。おかえり。それがね、今ちょっとボールペン落としたんよ」


答えながら、しゃがみこんだ母。


「・・・・どこに?」


母の手の伸びる先があの平台だと気付くや否や、わたしは鋭く訊いていた。


「この下なんやけど・・・・ないわねぇ」


気付いたときには、おかしいわね・・・と呟く母の腕を、


「ちょっとどいて!」


思いきり引き上げてた。


「え?なに?どうしたの・・・」


驚いた母が勢いのまま後ろに倒れそうになったけれど、わたしは構わず平台の下に潜り込んだ。


ここにボールペンを落とした、でも・・・・・・


・・・・そこには、なにもなかった。



「・・・ボールペンって、どんなの?」


「どこにでも売ってる普通の黒のボールペンだけど、どうしたの、そんなに慌てて」


「落としたのって、いつ?今落としたばかりなの?」


母の問いかけには答えもせず、詰めるように再度訊く。


「そうよ?あんたが帰ってくるのとほとんど同時くらいに落としたのよ」


わたしの切羽詰まった様子に、母の声はたじろいでいるようにも聞こえた。

そう感じたのに、わたしは母にさらに追及を向けた。


「本当にここに落としたのよね?間違いない?」


「なによ、あんたに嘘ついて何の得があるの?今、さっき、あんたがここに来る直前に、この下に落としたの。間違いなく」


母が今度は気分を害したように答えたので、わたしは最後にもう一度辺りを見回してから、ゆっくりと頭をあげたのだった。


「・・・・ここには、なにも落ちてないみたいだけど」


屈んだままのわたしが見上げると、母は「でも落としたのよ?」と返してくる。


まるで、嘘がばれそうになって必死にその嘘を吐き通そうとする子供みたいな言い方だったけれど、母がそんな嘘を言うはずはなく、

わたしは、また、アレが起こったのだと思った。


あのぬいぐるみ以来、試しにわざと平台の下に物を落としたりしたにも関わらず、例の現象は起こらなかった。


だけど今、たった今アレが起こったのだとしたら・・・・


「―――――――――っ!」


わたしは閃きが走り、急いで立ち上がると店を出て派手な足音とともに二階に向かった。


「ちょっと!美里?」


呼び止める母を無視して飛び込んだのは、自分の部屋だった。




もうほとんど発作的にスケッチ帳を開いたわたしは、そこに、ささっとペンで適当に思い付いた言葉を書いた。

最後に今日の日付と、名前を付け加えると、スケッチ帳から切り離し、四つに折った。


これを、あの平台の下に置くつもりだった。


今までは平台の下で何か拾っても、それを落とした日時が曖昧だったり、落とした物と拾った物が同一だという確証がなかったりしたから、今度は、落とした日がハッキリ分かって、間違いなく落とした物だと証明できる ”何か” を、実験的に置いてみようと思っていたのだ。


しかし今日までにそれを何度か試みたものの、思うように消えてはくれず、

わたしは、”その時” を待っていた。

もし、また例の現象が起こったときは、すぐにでも日付を記した何かをあそこに置いて、わたしの仮説を確かめるつもりでいたのだった。


今が、まさしくそのチャンスというわけだ。


急いで店に戻ろうとしたわたしは、テーブルの上にあった整理ボックスを倒してしまい、中の物を盛大にが広げてしまう。

それに構ってる暇はないのだけれど、その中に未使用の封筒があったのを見つけ、ちょうどいいとばかりに、それに四つ折りにしたスケッチ帳を入れた。


この手紙を、あの平台の下に置こう。


そう決めたわたしがタンタンタンッと階段をあらん限りのスピードで降りていくと、もう母はリビングの方に移動したらしく、店の灯りは消えていた。



廊下から届く明るさのおかげで、ぼんやりとした暗さの中、わたしは店に足を踏み入れる。

さっきまでは勢いよかったのに、いざその場面に遭遇したとなると、進む足は恐る恐るだった。


そして平台まで来ると、その場に両膝をついた。

白い、どこにでもある洋封筒なのに、それを持つ右手は小刻みに震えている。



・・・・これを置いたら、いったいどうなるのだろう。



さっきここに落ちたはずのボールペンは、跡形もなく消えてしまったという。


ということは、この手紙も・・・・・



ゴクリと、唾をのむ音が体じゅうを駆け抜けるようだった。

それほどに、緊張していた。


わたしは意を決し、震える指の先から、そっと、手紙を離した。


ちょうど、旧千円札が落ちていた辺りだ。


そして手を戻し、そこで ”何か” が起こるのを見守った。

固唾をのむという言葉がぴったりくる、そんな静寂がはびこる。


そのとき、前触れもなく、カタッ、と音が鳴った。


店の雨戸が風で揺れたのだろうか、

わたしはビクリとして、辺りを見回した。


特に変わったことがないと確認して、詰めていた息をほどいた。


そして平台の下に視線を戻したのだが――――――――――――






――――――――そこには、変わらずにわたしの置いた手紙が残されていた。



「なんだ・・・・・」


慌てちゃったじゃない。


期待外れの展開に、小さな不満を吐く。

映画とか小説なら、ちょっと目を離した隙になくなってたりするのに・・・・


・・・そう上手くはいかないか。


わたしは気持ちを仕切り直して、手紙を見つめることにした。



地面に膝をついたままじっとしていると、そこから冷えが伝わってくるようだ。

どれくらい、こうしていればいいのだろう。


わたしはただ流れるだけの時間に苛立ちを感じはじめていた。


まだそんなに遅い時刻ではないのに、ここ数分のうちに、気温がぐっと下がったような気がする。

この手紙に何らかの変化が訪れるまで待つつもりでいたけれど、さすがに一晩このままこうしてるのは難しい。

わたしは両腕をさすりながら、店の暖房を点けようと腰をあげた。


すると、リビングの方から母がわたしを呼んだのだった。


「美里ー?お父さんが帰ってくる前にはやくお風呂入っちゃいなさい」


わたしの状況を知らない母は、普段通りのんきだった。


正直、お風呂どころでないのが本音だけど、無職の出戻り娘という立場では、家の中のことは母に従うしかない。


わたしは「はーい」と返事してから、もう一度平台の下を確かめた。


まだ、そこに手紙はあった。


・・・・うん、間違いなく、まだこの時点では変化はない。


自分に記憶させるように頭で繰り返してから、わたしは一旦店を離れることにしたのだった。





けれど、わたしがお風呂から出ても、手紙はそのままだった。


入浴のインターバルで、さっきまでの勢いが減りつつあったわたしは、しばらく見張っていたものの、どうしても肌寒さを無視することができなかった。


できるだけ粘ってはみたけど、店の暖房を点けるよりも、暖かい自分の部屋にあがることを選んだのだった。


アレが起こる場合は、何かを落としてすぐだった。

ということは、手紙を置いて一時間以上経っている今は、もう、何も起こらないのかもしれない・・・・



そう頭で結論付けて、でも完全には諦めきれなくて、

結局、手紙は残したまま、わたしは部屋に戻ったのだった。



エアコンをつけっぱなしにしていた部屋は暖かで、店で冷えてしまった湯上がりの体はすぐにぬくもりを取り戻せた。



もう神楽さんも東京に着いているだろうか。


メール、してみようか。


・・・いや、もしかしたら日帰りで疲れてるかもしれないし、別れ際にメールしたから、何度も送るのはしつこいかな。



ベッドの上で寝転びながら、うだうだとそんなことを思い巡らせてしまう。


もう完璧に、恋に落ちているのだと実感していた。



あんなことはあったけど、前の職場の先輩も例の件があるまでは憧れていたし、今に近い気持ちの時もあったかもしれない。


けれど、先輩と神楽さんでは、明らかに違うと感じた。


なにが違うのか、ハッキリしたものは言えないけど、とにかく ”違う” と感じるのだから仕方ない。



・・・・それが、恋なんだろうし。



わたしは、ベッドの上で、神楽さんからのメールが来ないかな・・・そう待ちわびながら、いつの間にか眠りにおちていたのだった。











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