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自覚した想い






結局、冷める前にとミルクティーに口をつけたわたしは、神楽さんに尋ねるきっかけを逃してしまったのだった。


わたし達が入ったときは空いていた店内も、カフェタイム目当ての客が増えてきて、順番待ちの列を見つけた神楽さんが「そろそろ行こうか」と言い出したのだ。


店を出たわたし達は、神楽さんの追加リクエストにより、近くの商業施設に寄り道することになった。


そこは、複数の高級メゾンが入っているビルで、秋が深まっているこの時季、至るところにクリスマスツリーや装飾が施されていて、神楽さんが見に行ってみたいと言ったからだ。




「俺がこっちにいた頃は学生だったから、あんまりこの辺りは来る機会がなかったんだよね」


わたし達が今いる西梅田界隈は、ハイクラスのショップやオフィスタワーが多く、行き交う人の年齢層も若干高めな印象がある。

若い人向けのお店がないわけではないけれど、やっぱり、学生がウロウロしていると浮くかもしれない。


「確かに、大学生にはちょっと足を向けにくいエリアかもしれませんね」


ご実家の事情を知ると、神楽さんを一般的な大学生と比べていいのか分からないけれど。


そう思いながら返事したわたしは、顔に出ていたのだろうか。

まるでわたしの内心を読み取ったように、神楽さんが付け加えるように言う。


「デートでこの辺りの店を使っている同級生はいたけど、俺はこっちで学生してる間、学費以外はバイトして生計を立てていたから、こんなおしゃれな場所に来る余裕もなかったんだよ」


説明っぽくも聞こえたけれど、わたしは神楽さんが ”デート” と言ったことに、心のアンテナが引っ掛かった。


優しくて、女の子が好みそうな雰囲気の神楽さんだから、きっとモテたことだろう。

そうでなくても、大学生にとってデートなんて、なにも珍しい話ではないのに、わたしは、ズキリ、と胸の痛みを感じた。



・・・・やばいなぁ。

これは、やばいかも・・・・



わたしは、なんともない表情を意識して作りながら、心中では動揺を抑えられなかった。


痛みの理由が、明確だったから。


その理由を無視するのも、そろそろ、限界が来ているのかもしれない・・・・

そう感じたから。



・・・・まだ、たったの二度しか会ってないのに。

神楽さんのこと、ほとんど知らないのに・・・・・



自分の中に芽生えつつある感情に、戸惑わずにいられなかった。


すると、わたしの少し前で豪華なクリスマスツリーを見上げていた神楽さんが、


「だから、俺も一度ここでデートしてみたかったんだ」


あたたかな笑顔で、振り向いたのだった。



「え・・・」


なんとか保っていた表情が、思わず硬直してしまった。


けれど神楽さんの方は態度を崩さず、


「デート、だよね?」


そう尋ねてくる。

どこか楽しげな顔だ。


その途端、ドクン、とわたしの心臓がうるさく響いた。


「・・・・デート、ですか・・・?」


訊き返したわたしに、神楽さんは「あ・・・」と、焦ったように手を首の後ろに当てた。


「・・・もしかして、”デート” なんて言って、気を悪くした?」


ちょっと調子乗っちゃったかな。


そう言いながら若干傾けた困り顔が、まるでモデルのポーズみたいに見える。



・・・・神楽さんって、こんなにかっこよかった?



わたしの心臓は、もう言うことを聞かないほどに暴れ出しそうだった。

優しそうでやわらかい雰囲気が、居心地のいいものからドキドキするものに一瞬で変わってしまう。


わたしはなんだか急に恥ずかしくなってしまい、


「いえ、大丈夫です・・・」


答えつつ、視線は神楽さんの足元に落ちてしまった。

意識しだすと、もう平生を装うことは難しかったのだ。


突然顔を伏せたわたしに、神楽さんは「本当?よかった」と嬉しそうに答えてから、


「・・・どうかした?」


心配そうに訊いてきた。


わたしは慌てて顔を戻し、


「いいえ・・・・」


恐々と、神楽さんと目を合わせてみる。


すると神楽さんは、


「そう?・・・なんか馴れ馴れしいこと言って、引かれちゃったかと思ったよ」


ホッとしたように言って、頬を緩めた。



「・・・引くなんて、そんなの、ないですよ」


「でも、俺、無意識に距離を縮めがちなのは自覚あるからな。まだ知り合って間もないのに・・・・困らせたよね」


「いえ、困るというよりも・・・・」


何て続けようか迷ったわたしは、言葉を濁して答えた。


だけど神楽さんは「困るというよりも・・・?」と、屈んで顔を近付けてくる。


その物理的に縮まった距離に、わたしは、まるで脊髄反射のように瞬時に顎を引いてしまった。

するとそれを見た神楽さんも、パッと身体を起こしたのだ。


「あー・・・ごめんね、やっぱり俺、ちょっと近いよね。毎日小さな子と接してるから、どうも目の高さを合わせるのが癖付いてるみたいで・・・」


不躾だったよね。


申し訳なさそうに言う神楽さん。

その声色があまりにも悲しそうで、わたしは咄嗟に否定していた。


「そうじゃないんです。あの、不躾とか、困ったとか、そういうんじゃなくて、本当に。ただ・・・・」


「ただ・・・?」


再び尋ね返してくる神楽さんに、わたしは「ええと・・・」と一呼吸置いてから、言葉を選んだ。


「・・・・困ったわけではないんです。けど、ただ、ちょっと不思議で・・・・。どうしてそこまで親切にしてくださるのかな、とは思いました」


さっきのカフェでは話が逸れてしまい、その後きっかけを逃したことを尋ねてみたのだった。

すると、今度は神楽さんこそが困った風に眉を寄せた。


「親切?俺が?・・・親切か。俺はそんなつもりはなかったんだけど・・・もし芦原さんの目にそう映ったのなら、親切、なのかな?」


自分の中で何かを確認しているように、ひとつずつの単語を噛み締めるように、神楽さんはゆっくり答えた。


「確かに・・・知り合ってまだ日が浅いことを考えたら、俺の態度はちょっと踏み込み過ぎなのかもしれないけど・・・・きっと、芦原さんに、昔の俺を重ねてしまったんだと思う。教師になりたいのに色々考えすぎて選べずにいた自分と、今の芦原さんを・・・似てると感じたんだろうね」


「え・・・・」


・・・・わたしと、神楽さんが?



わたしは、神楽さんをじっと見返した。

神楽さんの肩越しに見えるツリーのきらびやかな光が、明るすぎて、ちょっと眩しくも感じる。


「だから、どうしても力になりたかったんだ。俺があのとき、あの言葉に救われたように、俺も、芦原さんの背中を押してあげたかった」


そう告げた神楽さんからは、困ったような表情はもう消えていた。

それよりも、どこか晴れやかに、冬の曖昧な空にそっと注ぐ日差しのような笑顔を向けてくれたのだった。


それは、ツリーの明かりよりも柔らかで。




――――――大丈夫。どんな道を選んでも、そこに未来があるんだから。

       未来への入口は、今日なんだから―――――――――――――




あの言葉が、より一層、わたしの胸に深く埋まっていく気がした。




「ごめんね、こんな一方的な理由で、なんか親切の押し付けで、お節介みたいになっちゃったかな?」


「いえそんな、押し付けだなんて・・・」


「でもさ、こうやって出会ったのは・・・そうだな、運命だったとでも思って、諦めて俺のお節介を受け取ってもらえないかな?」


「運命、・・・ですか?」


「あ、いや、運命なんて言ったらクサイか。また引かせちゃうよね。なんて言えばいいのかな、そんな大それたものじゃないかもしれないけど・・・」


尋ね返したわたしに、神楽さんは少々照れたように口元を手のひらで覆い、けれどすぐに離すと、きっぱりと、言い切った。


「芦原さんと俺は、出会うべくして出会った。そう思うんだ」



出会うべくして出会った―――――――――――――――



神楽さんがそう言った、その瞬間、

なにかが、わたしの中で変わった。



感情のどこかの部分が音を立てて共鳴して、


心が震える、そんな現象を、一身に受けていた。



”出会うべくして出会った”



神楽さんが放った言葉が、わたしの戸惑っていた感情にも正当な居場所を与えてくれたように思えたから。


知り合って間もないとか、

会うのは二度目とか、


そんなの、どうでもいいんだと思わせてくれた。



わたしは、神楽さんを――――――――――





「芦原さん?」


神楽さんに心配げに名前を呼ばれて、ハッとする。


「あ・・・はい?」


「いや、”運命” なんて大袈裟なこと言って、また困らせたかな・・・大丈夫?」


心細そうにわたしを窺う神楽さんだったけど、わたしは、思わずフ・・・と、吐息で笑ってしまった。


だって、神楽さんの顔があまりにも心配そうだったから。

そしてその心配は、杞憂だったから。


そんなわたしを、神楽さんの不思議そうな目が追ってくる。

わたしはそれを、もう惑わずに受け止めることができた。


「全然。わたしも、そう思いますから」


「え?」


微笑んで首を振ったわたしに、神楽さんは驚いた声をあげた。


「・・・出会うべくして出会った、わたしもそんな気がしてます。わたしと神楽さんには、確かに縁があったんだと思います」


”運命” なんて言葉は恥ずかしくて、”縁” に置き換えてしまったけれど、そう思えば、わたしの気持ちも素直に受け入れられるから。



神楽さんはわたしの反応を見て、破顔した。


「だったら、二度目のデートは成功だ」


そして、


「よかったら、今度三度目のデートしてくれませんか?」


優しい強引はどこへ行ったのか、ちょっと照れ臭そうに、わたしをデートに誘ってくれたのだった。











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