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故宮の恋

「故宮の恋」


 修学旅行は冬の北京だった。

 二日目は、毛沢東の肖像が飾られた天安門広場から、故宮博物院を抜け、景山公園を登るコースで、同級生たちは、執拗な物売りや故宮の広さにうんざりし、寄り道することなく、まっすぐ北に歩いた。ぼくは、もともと中国の歴史が好きで、今回の修学旅行は誰よりも楽しみにしていた。テンションが上がっていたのだろう、気がついたらはぐれてしまっていた。紫禁城の地理は当然頭に入っており、最悪、時間までにホテルに戻れば大丈夫だろうと、目の前のお宝に心を奪われるまま、足の赴くまま、回ることにした。

 ふと視線を感じた。

 北京の空の突き刺すような冷気と観光客の人いきれの混じった空気のなか、ちらりと学校の制服の後ろ姿をとらえた。それは普段見慣れているはずなのに、皇帝の宮殿のなかで、奇妙に浮き上がってみえた。T美だった。教室では目立たない黒髪の彼女は、いつも静かに本を読んでいた。ぼくは知っている。T美もまた、『三国志』や『水滸伝』などを読み、この修学旅行を楽しみにしていたことを。彼女の後ろ姿には、学校では見られない、輝きがあった。気がついたら、彼女の姿を眼で追っていた。そして、T美もまた、この広大な故宮の中で、ぼくの存在を意識していることが感じられた。それぞれ、好きなように見学しているのに、徐々に距離が縮まっていた。故宮博物院の北門の出口では、人波に押され、気が付くと身体が触れ合っていた。ぼくとT美は、無言のまま、景山公園の階段を登った。

 故宮は、長閑に夕日に照らされ、激動の歴史をまるで感じさせない姿で、鎮座している。寒さのためか、二人の手は、自然に繋がれていた。


「こんなもの渡されたの。わたし、怖いわ」

含みをもった困惑顔をして智美は、同人文芸誌を渡してきた。その表情に微かな媚びがあることに、はじめての彼女に浮かれたぼくは、気がつかなかった。大学から駅へと続く下り坂をゆるゆると歩いていると、間の悪いことに、下からその作者である彼が自転車を押しながら登ってきた。彼は、まず彼女を見つめ、そして隣にいるぼくに、ぼくが丸めて持っている冊子に気がついた。すべてを悟ってうなだれた。智美は幅広の歩道で、半歩ぼくの傍に寄り、そっと袖をつまんだ。胃液が逆流するような優越感と罪悪感を抑え、平静を装った。

 三人は、無言ですれ違った。

 冬というには暖かい、汗ばむほどの日差しの、午後のことだった。

オットセイ主人曰く:1000字制限の中で、作中作が作りたかった。フィクションだけど、オットセイ主人が似たような体験をしていて、個人的に好きな作品。

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