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大往生

矢崎太一郎は、百四歳で大往生をとげた。

 彼が自身の寿命を全うできたのは、不幸の沼地に幸運の飛び石がちょうどいい塩梅に並んでおり、踏み外すことなく、最後まで飛び続けることができたためで、それは類まれな才能だった。だからこそ、彼は人類最後の一人となれたのだ。

 太一郎の人生には、常に孤独が付きまとっていた。幼くして両親を亡くし、老いた祖母に引き取られた。学生時代に知り合った妻とは子どもには恵まれなかったが仲睦まじく、その妻を病で亡くしたときは、ひどく落ち込んだ。見かねた上司からの勧めにより、衛星軌道上にある宇宙ステーション「未来」の長期滞在員となった。

 滞在3年、その日はやってきた。常時15名で運営していた「未来」だが、交代のタイミングが重なり、太一郎が一人残っていた。補給物資とともに追加の人員がやってくる予定だった。補給船は定刻にやってきたのだが、人は乗っていなかった。ちょうどその三日前、地上との連絡が、突然、途絶えていた。

 このときの太一郎の焦りと絶望はいかほどだったか、それを推し量るすべはない。宇宙空間でなければ、自らの足で外に出て状況を確認できた。ただ、ここは孤独を圧縮した船の中だった。太一郎を救ったのは、一つの記録媒体だった。同僚が気をきかせて補給船のなかに入れてくれていた、あるラジオ局の開局百周年記念の品で、過去の番組をすべて詰め込んだものだった。不安に溺れ、自死に揺らぎかけた太一郎に、ラジオの声は、あたたかく響いた。宇宙船に生命の温もりが広がった。ひとしきり涙を流した太一郎は、冷静になり、一人で生きるに十分な備品があることを確認した。

 矢崎太一郎は生きるためのルールを定めた。彼の生まれた日からラジオを聴くこと。それは人生を聴きなおすことだった。記録媒体にはCMが入っていないため、正確には一日分は24時間でない。しかし、地球を46分で一周する船に乗っている人間が気にすることではなかった。気に入ったパーソナリティのときは夜更かしもした。大きな震災や事件があった日は、記憶が鮮やかに蘇った。

 妻の命日、太一郎は地球を眺めて一日を過ごした。久しぶりに涙を流し、それが彼の最後の涙だった。地球は変わらず青かった。

 矢崎太一郎の亡くなった日が、録音されたラジオの最後の一日だったことは、あまりにもできすぎだろうか。最期まで孤独であった太一郎の死に顔は、それでも穏やかであった。

オットセイ主人曰く:もともと宇宙ステーションでひきこもるおじさんが人類最後の一人だったという、レトリック重視の話だったのだけど、ネットも繋がらない状態で、孤独に押しつぶされない人間が想像できなかった。だから、すがりつけるものを考えていたら思いついたのがラジオだった。

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