紙芝居を読んでいたら魔法使いやら死神やらが来た話
かんかんと高く澄んだ音が鳴り響く。
「さぁさぁ、楽しい紙芝居の始まりだよ」
俺の声に応える声はない。しんと静まり返った公園内に、女の馬鹿にしたような笑い声が嫌に大きく響いた。
女の目は細く、顔だけ見ると寝ているのか起きているのか良く分からない。女は腹を抱えて大笑いしている。
「客いないじゃん!」
「お前が客になんじゃないのか?」
「え、私?」
女が首をかしげる。俺は頷くと紙芝居を読み始めた。女は最初きょとんとしたような顔をしていたが、しばらくすると俺の読む紙芝居を黙って見ていた。
今日の紙芝居は豆腐小僧と少年の話だった。紙芝居を読んでいると、この狭い公園全体が俺の世界になったような、そんな感じがした。
途中で派手な竹刀袋を下げた青年が、もの珍しそうにこちらにやって来て足を止めた。俺は客が増えた事でさらに気合が入り、紙芝居に魂を込めるように読み上げた。
俺は紙芝居を読むのが好きだ。きっかけは中学生時の職業体験だ。保育園児に絵本の読み聞かせをした時、子供たちの期待の籠ったきらきらとした目に見つめられながら、口で物語を紡いでいくのがとても楽しかった。
紙芝居屋ははっきり言って全く稼ぎにはならないが、俺にとっては欠かせない生きがいだった。高校時代の同級生で今はエロ同人作家をやっている友人に、オリジナルの紙芝居を描いてもらい、毎週この公園で紙芝居を読んでいる。
俺は話が佳境に近づくと「また来週」と読むのを辞めた。
黙って紙芝居見ていた女が「えー」と不満そうな声を上げた。青年も少し残念そうな顔をした。
「続きが気になったらまた来週ここにこい」
「ケチな人!」
「紙芝居屋ってこういうもんだぞ」
俺は自転車の後ろに積んだ木製の箱から駄菓子を出して、青年の手に置いた。
「これやるよ。特別サービス」
「わあ! ありがとう。嬉しい!」
青年の顔がぱっと明るくなる。青年は駄菓子をポケットに詰めて「また来週事務所の仲間も連れてここに来る」と言って走ってどこかに行った。若い奴は元気でいいな、と苦笑した。 青年はまだ高校生か大学生位に見えたので、働いているということが少し意外だった。
「私には?」
女が図々しく駄菓子を要求してくる。「あと、あの子にも」と女が指を指した方向には、誰もいなかった。
「お前幽霊とか見えるタイプか?」
「ふーん。皆には見えないんだ。あそこに死神がいるよ。途中で来たの」
「死神⁉」
女は何でもなさそうに言った。俺は女の言うことが信じきれなかった。公園内をぐるりと見回したが、やはり誰もいない。少々気味が悪かった。背中に氷でも当てられているようだ。
「早くお菓子頂戴よ」
女が手のひらを突き出してきた。俺は半信半疑で、一応二人分の駄菓子を女の手の上に置いた。女は先程指差した方向へ歩いて行った。女が何もない所に駄菓子出すと、駄菓子がふっと消えた。俺は驚いて目をしばたいた。
「紙芝居楽しかったって。お菓子もありがとうって言ってた」
「お前は一体何者なんだ……」
「私? 私はただの魔法使いだけど……」
女は菓子の袋を破きながら言った。
「魔法使い⁉」
「そう。魔法使い。ちなみに使える魔法は一つだけ」
女は菓子を咀嚼しながら言った。「世界を終わらせる魔法ね」
女の言うことのどこからどこまでが本当か、俺には全く見当もつかなかった。
「……その魔法絶対に使うんじゃないぞ」
俺がそう言うと女は面倒くさそうな顔をして何度も頷いた。
「分かってるって」
女は菓子のゴミをズボンのポケットに突っ込んだ。
「あ、死神帰ったよ。また来週くるかもって。良かったね」
「本当にいるのか……?」
「最近ニュースで殺人鬼の話が話題になってたじゃん? バットの男」
そう言われて俺は一昨日か、昨日かに新聞で見た「女子高校生が夜中に釘バットで殴られるという事件が何件も起きている」という記事を思い出した。中には死んでしまった者も、行方不明になった者もいるそうだ。ひどい話だな、と思いながら記事に目を通していた。
「その殺人鬼やっつけたのあの子だから」
「……へぇ」
俺には女の言う「あの子」がどんな姿か分からないが、本当にその殺人鬼が退治されていたら凄いなと思った。
「じゃ、私もまた来週来るから」
女はそう言ってひらひらと手を振ると、公園から出ていった。
俺は紙芝居を片付けながら、今日は不思議な客が沢山来たもんだ、と少し笑った。