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ムカつくクズは、殺します。  作者: 阿佐貫康英
8/8

第8話 うなされてムカつきました

泣かしてしまうとは・・・ね。

まさかこんな僕のために泣いてくれる人がいるなんて、思ってもみなかったよ。


元の世界には、そんな人はいなかった。

会社や高校に仲良くしている人はいたけど、その人たちが僕の死に泣いてくれたかって言うと、正直なところ微妙だしね。

僕は人付き合いがあまり得意じゃなかったからさ。


それなのに、出会ってまだ間もない2人が、僕のために泣いてくれた。

従属魔法ってそこまで人の心を縛る物なんだろうか?

10分の1でもいいから、あの涙が本当の感情からのものなら嬉しいんだけど。

・・・うん、10分の1は欲張りすぎだね。



あの後、僕たちは事切れた警備兵の死体をさっさと燃やして(マントを含む装備品は便利そうだったので、貰っておいたけど)、朝食準備の続きを始めていた。

まだ泣いているライザの為にも、美味しいアップルパイを作ってあげたかったしね。


ルーシャの方は流石大人と言えばいいのか、すぐに泣き止んだんだけど、何故かさっきから僕の隣を離れようとしない。

僕に身体を押し付けるようにして密着し、時折僕の方へ顔を向けながら、僕の横に座っている。

アップルパイの調理の仕方を覚えようとしているって感じでもないし、目を離すとまた僕が死ぬんじゃないかと心配しているのかな?


一方で、ライザも僕を挟んでルーシャの反対側に座っている。

僕のローブの裾(ローブや服の血汚れはルーシャの洗浄魔法で綺麗にしてもらった)を掴んだまま放さない。

先ほどから泣きながらスンスンと鼻を鳴らしているけど、段々とその鼻の音がアップルパイの焼ける匂いを嗅いでいる感じになっているのは僕の気のせいかな?

まあ、元気になってくれたんなら、それは喜ばしいことなんだけどさ。


そんな二人に挟まれている僕。

男なら喜ぶべきシチュエーションなんだろうけど、ちょっと動きづらいな。

でも、あんな事があった後だしね、二人の自由にさせておこう。


ライザはまだ泣いてるし、ルーシャはさっきから僕を見つめながら何かを言いたそうにしているけど、話しかけては来ない。

そんな状況にちょっと居心地が悪かったので、雰囲気を変えようと僕はあの秘密について話してみることにした。

それは先程の戦いで使用した能力、僕が死から復活した能力についてだ。



「命のストック・・・ですか?」


僕が暫く説明した後、ルーシャが不思議そうに問い返してくる。

そりゃ、こんな話を一度聞いただけで、へえそうなんですかと納得はしないよね。

あれも結構無茶苦茶な能力だと思うし。

いくら魔法がある世界だからって、あんな能力が常識的なわけもない。


「はい。僕のもう一つの異能です。殺した相手の数だけ、自分の命を増やすことが出来ます。ですので、命のストックがある限り、僕は死んでも復活できるんです。・・・と言っても、一回死んでしまうこと自体に変わりはないので、なるべく死にたくはないんですけどね」


僕はあの警備兵に喉を刺されて死んだときのことを思い出す。


あれは本当に苦しかった。

単に肉体の痛みだけじゃないんだ。

僕を襲ったのは、死んだ瞬間感じる、心を侵食する死という絶望。

復活出来ると知っていても、その瞬間、僕は全てを押し潰す絶望に捕らわれていた。


その分、復活できたときに大きな喜びがあるんでしょ?とか思われるかもしれないけど、はっきり言ってそんなものは全くない。

復活しても、ただ軽くホッとするだけだね。

ああ生き返ったんだって。

そして、またあの死の苦しみを味わわなければいけない事実に、絶望するんだ。


タナトスさんが、貴方に耐えられるかしらって笑っていた理由が分かったよ。

生き返りはするけど、ホント、この能力ってなんか割に合わない感じなんだ。


僕はあの死の苦しみを再び思い出して、一瞬顔を顰めてしまった。

その表情を見たのか、こちらを心配そうに見つめて来るルーシャとライザ。

僕はそんな二人に頭を下げる。


「今まで二人に秘密にしていて、すみませんでした。自分でもかなりおかしな能力だと思っているので、どう説明していいものか分からなかったんです」


だってさ、使ったことのない能力を他人に語るって、なかなか難しいものなんだよ。

使ったことはないけどこんな能力持ってますよーって、説明しても、なんか説得力ないしね。


「そんな!シュウ様、私たちに謝ったりしないでください。・・・私たちこそ申し訳ありませんでした。シュウ様を守ると誓っておきながらこの不始末。シュウ様にお仕えする身として、シュウ様へ危害が及ぶのを見過ごしてしまった罪は重いです。如何様にも罰をお与えください」


いや、罰って。

自分の油断を他人のせいにする気は無いよ。

それに、僕の死を悲しんでくれて、正直嬉しかったしね。

逆にお礼を言いたいくらいさ。

お礼を言うのは恥ずかしいし、言ったら逆にルーシャが恐縮しそうだから、言わないけどさ。


「僕はいつも二人に助けられてます。今回の事は完全に僕の不注意ですから、二人に全く落ち度はありませんよ。気にしないでください」


「し、しかしっ!」


尚も続けようとしたルーシャだったが、ライザが横から被せるように声を掛けて来る。


「シュウ様、もう焼けた?」


ライザは目を真っ赤にしているが、泣き止んだようだ。

フライパンの上のアップルパイを覗き込みながら、僕に聞いてくる。

戦ってお腹がすいたのか、もう待ちきれないといった表情を浮かべている。


そうだね、もう良さそうだ。

焼けたアップルパイをライザとルーシャに切り分ける。


「はい、ライザにはこのリンゴがたくさん入ったところを。ルーシャもほら、これを食べて今回の事は終わりにしましょう、ね?」


僕がそう言うと、僕が気にしなくて良いと言っていることに反抗するのも不味いと思ったのか、ルーシャは申し訳なさそうな表情のまま頷いた。

そのままアップルパイを受け取り、食べる前にその香りを楽しんでいる。

ライザの方は、早速アップルパイにかぶりついており、既に半分がそのお腹に収まっていた。


「シュウ様、美味しいね」


ライザが食べながら笑顔を見せる。

美味しいご飯があれば、もう全てが満足。そんな感じの笑顔。

その笑顔を見て、僕もつられて笑ってしまった。

うん、美味しいものと笑顔がある生活っていいよね。


そして僕たちは、思わぬ事件で遅くなってしまった朝食を存分に楽しんだ。




そして朝食後、すぐに街道を出発した僕たち。

なるべく急いだんだけど、出発した時間が遅かったせいで、アニシスに着いた時は辺りは薄暗くなっていた。


まだ少しだけ光を感じさせる空を背景に聳えるのは、フレンディル王国の辺境都市、アニシス。

そこはソリシアの街と同じで、壁に囲まれた街だった。

この世界では、魔物の問題もあるし、街を壁で囲むのが一般的なのだろう。

その壁はソリシアのものより広範囲に広がっており、外から見ても街の規模がかなり大きいことが推測できる。


また、明確にソリシアと違うのは、アニシスの壁の外側には広大な畑が広がり、ちょっとした集落のようなものが点在している点か。

多分農家の人はそっちで暮らしているのだろう。

冒険者がたくさんいる様な街だし、きっと街の周りも安全なんだろうね。


左右を畑に挟まれた道の上、アニシスの正門へと馬を進める僕たち。

僕たち3人はそれぞれ馬に単騎で騎乗しつつ、僕とルーシャは自分の馬の後ろに1頭ずつ別の馬を引き連れている。

つまり、僕たちは今、馬を5頭連れている。

そう、あの警備兵の馬も連れて来たんだ。


最初はどうすればいいか迷った。

僕には馬の見分けなんかつかないけど、見る人が見ればあの警備兵の馬って分かっちゃうだろうし。

そしたら、僕たちがあの警備兵が行方不明になっている事情を知っていると疑われるかもしれない(実際知っている、と言うか、僕が殺したんだけどさ)。

だから、置いて行こうかとも思ったんだけど、街道で放したら魔物や野犬に殺される可能性があるってライザが反対するから、結局連れて来たんだ。


まあ、最悪バレても、街道で拾いましたって言い張ればいいしね。

あの警備兵に繋がる様な証拠品は、全て僕の収納魔法インベントリに入っているし、僕以外は誰も取りだせない。

うむ、完全犯罪だよ、ワトソン君。

・・・随分と穴の多い完全犯罪なんだけどさ。


そして僕たちは、アニシスの街の正門まで辿り着いた。

遅くなったから心配してたんだけど、街に入る手続きはスムーズに進んだよ。

警備兵の愛想も良く、ソリシアの街とは大違いだった。

何と言ってもその警備兵は女性、しかも獣人だった。


熊の獣人らしく、女性なのに僕より頭一つ分以上大きかったけど、綺麗な人だったよ。

街に入る手続きをルーシャに任せながら、僕がその女性をぼーっと観察していたら、何故かルーシャの機嫌が悪くなったんだけどさ。

何でだろうね?面倒くさがらずに僕が手続きするべきだったかな?


正門には他に10人くらいの警備兵がいたんだけど、半数以上が亜人で、女性が3人もいた。

僕たちの手続きをしてくれた女性警備兵は、正門の警備隊長とのことだったし、だいぶ進歩的な街みたいだね、アニシスというのは。

で、手続きを完了させた僕たちは、アニシスの正門をくぐったんだ。


アニシスの街並みはソリシアよりもだいぶ近代的な感じ。

レンガではなく、コンクリートみたいなもので出来た建物もあり、4階建てや5階建ての建物もいくつもあった。

街全体としても潤っているみたいだね。

一攫千金目指して人が集まるというのも分かる気がするよ。


朝のあの騒動の影響で、門での手続きが終わったころには既に夜遅くなっちゃっていたから、街に入った僕たちは警備隊長のお姉さんにお勧めされた宿屋に泊まることにした。

正門からほど近く、ちょっとだけお値段は高めとのことだったけど、その分綺麗で掃除の行き届いている宿。

カウンターで明るい女将さんに歓迎された僕たちは、早速チェックイン手続きをした。


気になるお値段は、1泊2食付き、3人で締めて銀貨9枚。

僕の感覚からすると、銀貨1枚は千円って感じだから、一人1泊3千円ってところかな。

食事付きでこの値段は、十分安いと感じるけどね。


ちなみにこのフレンディル王国の貨幣は、下から紹介するとこんな感じ。

銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨。

下の10枚が上の1枚に相当する。

でも、大銅貨、大銀貨は余り流通していないらしく、銅貨100枚とか銀貨100枚で使うのが普通らしい。

日本で言うところの、2千円札みたいなものなのかな?

あと、金貨以上は基本的に商取引で使い、あまり庶民の生活では使わないそうだ。


思い出してみると、ソリシアでは街に入るだけで、銀貨125枚、つまり僕の感覚だと12万5千円払ったんだね。

今更ながら、ムカッと来ちゃったよ。

タナトスさんから結構路銀を貰っているとはいえ、あんな街にお金を落とすことになるなんてね。


うん、話が逸れたね。

そして宿屋のチェックインが完了した後、僕たちは部屋で夕食をとったんだ。

宿屋の1階には食堂があったんだけど、僕たちは女将さんにお願いして部屋で食べさせて貰った。

夕食時を過ぎた宿屋の食堂は酒場代わりになるらしく、酔っぱらった人が大勢騒いでいたからね。


当然、酔っ払いのほとんどは男。

僕はいいけど、ルーシャやライザはその美貌もあって、絶対に絡まれるだろうしさ。

まあ、二人なら絡んできた相手を簡単に伸しちゃいそうな気もするけど。

で、ルーシャとライザの部屋で一緒に夕食を食べた僕は、食後暫くルーシャたちと話した後、隣の自分の部屋へと戻った。


最初ルーシャたちは同じ部屋で寝ることを主張したんだけど(僕の警護をするためらしい)、野宿の時に並んで寝るのはともかく、宿で同じ部屋に泊まるのは緊張しちゃうしね。

二人は不満そうだったけど、僕の我が侭を通して2部屋に分けさせて貰ったよ。

そして僕は、この世界に来て初めてになる、ベッドの上での睡眠をとることが出来たんだ。





そして気付くと、僕は白い世界に立っていた。


「はろはろー、シュウ君ー、お元気ですかー。食って寝て遊んでるー?」


軽快な女性の声。

声のする方を見ると、白いドレスに身を包んだ美女が立っていた。

その美女は一見とても清楚な雰囲気なのに、顔には妖艶な笑みを浮かべている。


「・・・僕、また死にましたか?」


その美女は女神のタナトスさんだ。

と言うことは、ここは元の世界で僕が死んだ後に最初に来た場所だね。

今回、死んだ記憶は全くないんだけどさ。

寝てる間に、宿屋が爆破でもされたのだろうか?

でも、命のストックはまだ残ってるはずなんだけど。


「違うわよー、シュウ君が全然私に念話を送ってくれないから、寝てる間に意識体だけここに来て貰っちゃいましたー」


そう言いながらタナトスさんが近付いて来て、徐に僕を抱きしめた。

いろいろなところが僕の身体に押し付けられ、タナトスさんの吐息が僕の耳にかかる。

僕を揶揄うためにやってるのは分かってるけど、やっぱりドキドキしてしまう。


「もうー、お姉さんを寂しがらせるなんて、シュウ君もだいぶ恋愛上級者ねー」


抱き着きながらも、まさぐる様に僕の身体を触ってくるタナトスさん。

意識体って触れるんだな。いや、タナトスさんが神様だからか?

それに、恋愛上級者って・・・、僕は恋愛経験なんて皆無なのに?

この人は言うこともやることも、滅茶苦茶だよね。


「2週間以上も連絡をくれないなんて、考えてもいなかったわ。・・・あの連れの女の子たちのせい?特にあのエルフの子は、いろいろ知識も豊富みたいだし、私の説明はもう不要ってわけなの?・・・シュウ君を教育するのは私の仕事なのに、あの女狐め!」


タナトスさんは僕から一旦離れて、今度は悔し気な表情浮かべて空を見上げながら、握り拳を作っている。

まあ、確かにルーシャがいれば、わざわざタナトスさんに念話を送る必要がないんだよね。

ルーシャは何でも知っているしさ。

僕を揶揄っても来ないし。


タナトスさんは暫く空を見つめた後、視線を僕に戻し、今度は嫌らしい笑顔を浮かべる。


「それにしても、異世界について早々、美少女を二人も奴隷にするなんて・・・。シュウ君もやり手よねー、末恐ろしいわ」


うん、それ絶対言われると思ったよ。

異世界で美少女の奴隷が二人。

どう聞いても、健全な響きじゃないしね。


「でも、まだ手は出してないのね?二人は好みじゃないの?・・・はっ、そうか!シュウ君の好きな人は、年上の白いドレスを着た清楚な美女だもんねー。いやー、私って罪な女」


両手で自分の頬を挟みながら、その場で恥ずかし気に身を捩り始めるタナトスさん。

何か一人で盛り上がっているが、放っておこう。

この人は相手をすると、調子に乗るタイプだし。


「で、何のご用ですか?・・・最初のターゲットのご連絡ですか?」


僕がそう聞くと、タナトスさんはピタッと動きを止めて、不満そうに唇を突き出す。


「もうっ、相変わらずマイペースね。・・・今回はただの経過観察よ。ターゲットはまだ先の話、取り敢えず自由にしていて貰っていいわ。シュウ君の行動って見てて面白いしね」


「・・・僕の行動は、やっぱり逐一観察されているんですね」


そうだろうとは思っていたけどさ。

タナトスさんにとって、絶好の暇つぶしだろうし。


「だって、私はこの世界におけるシュウ君の保護者みたいなものだからねー。悪い虫がつかない様に、いつも見守っているわよ?」


保護者、ねぇ。

確かに恩恵ギフトやらお金やらを貰っちゃってるから否定も出来ないけど、この人は母親って言うより、自由奔放な姉って感じだよな。

まあ、僕に姉がいたことは無いんだけどさ。


そんなことを考えながら僕がタナトスさんを見つめていると、その顔に突如あの怖気の走る笑顔が浮かぶ。

写真を撮って嫌いな相手に送れば、そいつを呪い殺せそうな恐ろしい笑顔だ。

・・・2度目だけど、やっぱり怖いよ、この笑顔。


「うふふふ、で、どうだった?初めてはっきりと体験する死は?」


実に楽し気だ。

恐ろしい笑顔を浮かべながらも、ワクワクといった擬音が付きそうな雰囲気を出している。

死んだ瞬間の感想なんか聞いて、面白いんだろうか?

タナトスさんの考えることって、良く分からないな。


「・・・そうですね。もっと、破壊と再生みたいなカタルシスを感じるものと思ってましたが、只々苦しいだけですね」


「あははは、なるほどねー」


僕の素直な感想に、タナトスさんが腹を抱えて笑う。

どうやら期待通りの答えだった様だ。


「生と死を必要以上に美化するのは人族の悪い癖だけど、シュウ君も例外じゃないのね。所詮、その二つは生命活動のオンオフの違いでしかないのに。・・・人族は生き様とか死に様に意味やら優劣やらを見出したがるけど、神から言わせて貰えば、貴方たちの生と死も、植物の生と死も、大した違いなんてないわよ?」


「死を司る神様にそう言われてしまうと、何と言い返していいものやら・・・」


全てを超越した存在からすれば、そうなんだろうね。

人間だから偉い。

動物だからその命に価値がある。

そんな考えがただの勘違いなのは、良く分かってるけどさ。


「あら、私が死を司ってるって良く知ってるわね?・・・ああ、私の情報がシュウ君の世界にも流れているのね。・・・どう?そっちの言い伝えでは、どんな美人と言う話になってるの、私は?」


「美人というか、男ですね、確か」


タナトスはギリシャ神話の男性神だよな。

母親のニュクスは女性神なのにね。


「お、男!?・・・こ、この私が!?・・・よし、シュウ君はここで待ってて、ちょっと貴方の世界滅ぼしてくるから」


早速向こうに転移でもする気なのか、魔法陣を出現させるタナトスさん。

顔には怒りを湛えた笑みを浮かべ、その周りには紫電が走りバチバチといった音を立てている。

もう、神様なのに短気すぎでしょ。


「落ち着いてくださいよ、タナトスさん。ただの異世界の伝承じゃないですか。それにどうせ、神様って男にも女にもなれるんでしょう?」


神話じゃ、そういった話は良く聞く。

これだけ力を持った存在が、性別に縛られるとも思えないし。


僕の言葉を聞いて、タナトスさんは瞬時に魔法陣を消し、悪戯っぽい笑顔を浮かべた。


「あら、分かっちゃう?・・・ええ、性別を変えることも可能よ。私は女の姿が好きだから、いつもこうだけど」


本当にそうなのかな?

僕が女だったら、美男子の姿で出てきて、やっぱり僕を揶揄ったんじゃないの?

人を揶揄うことに命を懸けてそうだしね、この神様。


僕が軽く疑念の籠った目で見つめると、タナトスさんはむくれる。

ホント、表情豊かな人だね、いや、神様だね。


「何よー、その目。・・・まあ、いいわ。でも、良かったじゃない、一回死んでみて。自分のために泣いてくれる人がいるのって、いいものでしょ?」


泣いてくれる人って、ルーシャとライザのことか。

・・・うん、確かに嬉しかったよ。

それが魔法によるものと分かっていてもね。


「ええ、まあ。例え従属魔法の効果としても、気分は悪くなかったですよ」


「へ?・・・シュウ君、何言ってるの?」


タナトスさんが今度は不思議そうな顔を浮かべ、僕を見つめて来る。

僕、何か変なこと言ったか?


「・・・ふふふ、なるほど、従属魔法の効果について誤解してるのね。しかも、シュウ君が一回死んだから従属魔法の効果はもう・・・、まあ、いいか。シュウ君がそれを知って、あの二人にゾッコンになっちゃっても何か悔しいしね。暫く勘違いさせたままでいた方が面白そうだし、うんうん」


タナトスさんが小声で何か呟いていて、良く聞こえない。

あの僕をイライラさせる底意地の悪そうな笑みを浮かべながら、僕を見つめて来る。

何か言いたいことがあれば、はっきり言えばいいのに。


タナトスさんは何かに納得した様に、一人で頷きながら僕に声を掛けて来た。


「さて、そろそろシュウ君の起きなきゃいけない時間ね。じゃあ、今度からはちゃんと念話で定期連絡してきなさいよ?」


「定期連絡って・・・」


何を連絡するのさ?

僕がそう呟いた途端、僕の目の前の光景が切り替わる。



そこは小さな部屋の中。

壁は木の質感が剝き出しで、ログハウスのようなイメージだ。

寝た姿勢のまま顔を横に向けると、そこには小さな木製のテーブル。

テーブルの上には、僕のローブが折りたたんで置いてある。


ここは昨日泊まった宿屋の部屋だ。

開け放たれたままにしてある窓からは、朝の冷気が漂って来る。

差し込む光はまだ弱々しい、早朝だろう。


それにしても、何か身体が重いな。

夢の中でタナトスさんと会っていたから、疲れが取れてないんだろうか。

あの人と話していると、何故か精神的に疲れるんだよな。

僕はそう言った精神面では、強い方と自負していたんだけどね。


ふと重さを感じている自分の身体を見下ろすと、そこには人の頭。

青みがかった髪の毛の間から三角形の耳が飛び出して、ピクピクと小刻みに動いている。

ライザの頭だ。

僕の胸の上に頭を乗せて、スースーと気持ちよさそうな寝息をたてている。


首を少し横に曲げて覗き込むと、その寝顔が見えた。

幸せそうな寝顔。その顔は本当に綺麗だ。

形の良い目と鼻。何故か食べる時だけは大きくなる小振りな口。

まだまだ少女っぽさを残しているけれど、大人になったら女性からもキャーキャー言われる様な顔になりそうだね。


僕が呼吸する度に、胸の上のライザの頭が上下に揺れる。

そして、僕の鼻に漂って来る、ライザから香る甘い匂い。

ライザは甘いものが好物で、僕もしょっちゅうおやつを作ってあげている。

そのせいで、体臭も甘くなったのだろうか?


でも、何でライザが僕と一緒に寝ているんだろうね?

僕は静かにライザを観察しつつつも、ちょっと混乱してしまった。

幾ら思い返してみても、寝るときは一人だったはずだし。

ここは僕の部屋だから、僕が寝る部屋を間違えたとは考えづらい。


ライザが夜中トイレにでも行って、戻る部屋を間違えたのかな?

でも、僕の部屋の扉には鍵がかかってるし、どうやって入ったのだろうか?

いろいろと疑問が浮かぶ。


まあ、それは本人から聞けばいいか。

そろそろ起きる時間だし、気持ちよさそうに寝てるところ可哀想だけど、ライザを起こそう。

そう思った僕の耳に、隣の部屋から少女の声が聞こえて来た。


「ライザ!どこにいるの!?・・・あの子、まさか!」


ルーシャの声だ。

どうやら、ライザを探しているらしい。

その声と共に響く、隣の部屋の扉が乱暴に開く音。

そのまま、ダダダダと隣の部屋から足音が近づいてくる。


ルーシャ、まだ朝早いから他の宿泊客の迷惑になりますよ。

僕がそう思っていると、扉からトントンと控えめなノックが聞こえて来た。

僕の部屋なので、流石に遠慮しているのだろう。


「シュウ様、起きていらっしゃいますか?」


ルーシャが扉の外から声を掛けてくる。

僕が、さてどう答えたものかと悩んでいると、ルーシャの声が聞こえたのか気持ち良さそうに寝ていたライザが目を覚まし、僕を見つめて来た。

そして暫く僕を見つめた後、可愛い笑顔を浮かべる。


「おはよう、シュウ様」


ライザからの朝のご挨拶。

その声が聞こえたのか(流石耳の良いエルフだね)、次の瞬間、ルーシャが扉を叩き破る勢いで僕の部屋に入って来た。

鍵は・・・、うん、魔法使いだしね、ルーシャは。

そして、僕と一緒のベッドに寝ている(と言うか、僕に抱き着いて寝ている)ライザを見て、顔を真っ赤にする。


「ライザ!何でシュウ様と一緒に!」


奴隷として失礼な行動だと思って、怒ってるのかな?

可愛い女の子に添い寝してもらうのは男の夢だけど、確かに許可なしにベッドに入ってくるのは、褒められた行動じゃないよね。

何か理由があったんだろうか?


「シュウ様、うなされてた。だから添い寝した」


うん、実に簡潔な説明だ。

分かり易くていいけど。


そっか、うなされてたか。

タナトスさんが夢に出て来たんだ、そりゃ、うなされるよな。


(それ、どういう意味よ?)


・・・・・・。


突如、頭に響いて来たのはタナトスさんの声だった。

これが念話という奴なんだろう。

意識体をこっちに戻してくれたのに、念話が何故か繋がっている様だ。


(・・・何で念話が繋がってるんですか?)


(何でって・・・愛する二人はいつでも心が繋がってるのよ?)


(仰っていることの意味が良く分かりませんが・・・。それに僕の心を勝手に読むのやめて貰えますか?)


繋がっているのは100歩譲って良いとして、僕は念話を使おうとした覚えはない。

と言うことは、タナトスさんが勝手に僕の心を読んだんだろう。


そんな僕の推測に、タナトスさんは悪びれすに答えて来る。


(ふふふ、安心しなさい、表層意識しか読まないようにしてるから。・・・だから、心の奥でお姉さんにあんなことやこんなことする想像してても、大丈夫よ?)


念話だからタナトスさんの姿は見えないが、あのいつも揶揄ってくるときに見せる嫌らしい笑顔を浮かべているだろうことは、容易に想像できる。

ただでさえ状況が混乱しているのに、相手をしてられないな。


(そんな事しませんけどね・・・)


僕がタナトスさんに呆れながら返答していると、ライザが声を掛けて来た。


「シュウ様?大丈夫?」


ぐっと顔を近づけて、僕の顔を覗き込んで来ている。

僕に覆いかぶさるような格好で、ライザの顔がすぐ目の前にあった。

その寝間着の緩い襟元からは、豊かな双丘が半分以上見えている。

うん、流石にちょっと刺激が強いね。


目の端に、顔を真っ赤にして震え始めているルーシャを確認しながら、僕はそっとライザの身体を離し、気になっていたことを聞いてみる。


「ライザは何故、僕がうなされてると気付いたんですか?」


隣の部屋に聞こえてしまうほど、声を上げてうなされていたんだろうか?

僕の泊まった部屋は角部屋だから、隣はルーシャとライザの部屋しかないけど、他の宿泊客にも迷惑をかけてたら、申し訳ない感じだ。


「ボク、シュウ様が変な年増女に言い寄られている夢を見たんだ。だから気になってこっちの部屋に来たら、シュウ様がうなされてた」


なるほど、うなされてた声が隣に聞こえたわけではないのか。

どうやって僕の部屋に入ったのかっていう疑問はまだ残ったままだけど、ライザは手先が器用だし、どうにかしたのかもね。


ライザの返答に僕が納得していると、タナトスさんの怒りの籠った念話が頭に響く。


(と、年増ですって・・・・・・。よろしい、ならば戦争だ、小娘!)


戦争って・・・。

僕の世界を滅ぼそうとしたり、ライザと戦おうとしたり。

ホント大人げないな、この神様。


(いちいち人族の発言に目くじら立てないでくださいよ。神様でしょ、タナトスさんは)


それにライザが言った年増女がタナトスさんとは限らない。

偶然、そんな夢を見ただけの可能性の方が高いだろう。


(神が寛大だと思うなー!神にだって我慢できないことはあるぞー!)


タナトスさんが悔し気な念話を送ってくる。


・・・タナトスさんは我慢できないことの方が多そうですけどね。


いつの間にかルーシャによってベッドから引っ張り出されているライザを見ながら、僕はそう思ったけど、これ以上面倒なことになるのも御免だったので心の奥で考えるにとどめておいた。


次話は2月3日金曜日更新予定です。

よろしくお願いいたします。


「ゴーレムヒーロー 正義?何それ、美味しいの?」という作品も書いております。

http://ncode.syosetu.com/n1966ds/

よろしければ、そちらもご覧ください。

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