第7話 主人を殺されてムカつきました
ルーシャ視点です。
※ご注意
残酷なシーンがあります。
「シュウ様ぁぁぁぁ!!!」
私は叫びながらも、目の前の光景が信じられなかった。
そこに立つのは昨日国境で会った警備兵。
私たちの主人であるシュウ様を睨み付けていた無礼な男だ。
最初は本人の言う通り、シュウ様に謝罪するために来たのだと思っていた。
実際に警備兵は、昨日の自分の態度について反省の言葉を述べている。
それを快く受け入れたシュウ様ににこやかに話しかけ、握手を求めた。
シュウ様は照れくさそうにそれに応じながらも、こちらを振り返る。
シュウ様のそういった表情は珍しい。
私もライザも、そんな可愛らしいシュウ様を笑顔で見つめていた。
しかし、次の瞬間。
男は左手に隠し持っていたナイフで、シュウ様の喉を刺し貫いた。
シュウ様は暫く呆然としていたが、状況を理解したのか、警備兵の男に声を掛けようとする。
しかしそれは声にならず、男は勝ち誇りながら更にナイフを押し込んだ。
その切っ先はシュウ様の後頭部から飛び出し、シュウ様はゆっくりと地面に倒れ込んでいく。
シュ、シュウ様・・・。
私はシュウ様の名前を叫んだあと、その想像もしなかった光景を前に声を失ってしまう。
しかし、ライザは違った。
「あ、あ、あああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
立ち尽くす私の横で、ライザが叫ぶ。
それは喉の奥から迸る絶叫。
そのまま放たれた矢のように走り出したライザは、剣を抜いて警備兵の男に切り付ける。
狼人のスピードを活かした、鋭い一撃。
しかしその一撃は、カキンッ!と音を立て、男がいつの間にか抜いていた剣に受け止められた。
「・・・おいおい、何をするんだ。私は君たちをこの男から解放してあげたんだぞ?こいつは死んだ、もう従属魔法の効果も切れてるだろ?」
呆れた様に言う男。
しかし、ライザはそんな男の言葉を聞く耳を持たない。
二度、三度と連続で男に切り付ける。
だがその警備兵はかなりの手練れだった。国境警備に回されるだけのことはある。
狼人のライザの剣を事もなげに受け流している。
「洗脳されているのか?・・・あの下種め、酷いことしやがる。安心しろ、今助けてやるからな」
従属魔法だ、洗脳だと、先ほどからズレたことを言う男。
その言葉がライザと私の怒りを倍加させているということには、気付いていない様だ。
「よくもぉぉっ!シュウ様をぉぉぉっ!」
シュウ様を下種と呼んだ男に、怒りに任せて剣を叩き付けるライザ。
その一撃は、今までのものよりさらに鋭い。
ギィィィンッ!と鈍い金属音が、早朝の街道にこだました。
男はライザの剣を受け止めつつも、先ほどまでの余裕は失った様子で、苦々し気に呟く。
「くっ、流石は狼人だな。子供だというのに、末恐ろしい腕だ。・・・おい、エルフの君、ルーシャと言ったな。この子を止めてくれないか?ルーシャ、君は正気なんだろう?」
私は名乗っていないが、昨日私が記入した書類を読んだのだろう。
気安く私の名前を呼ぶ男。
私が男に攻撃を仕掛けないから、私を味方と思っているのだろう。
とんでもない思い違いだ。
私はこんな男に名前を呼びかけられても、嫌悪感しか感じない。
「私をルーシャと呼んでいいのは、シュウ様だけだ。貴様が私の名を口にするな、汚らわしい」
私のその言葉を聞いて、男が顔を歪める。
そんなやり取りをしながらも、男はライザの攻撃を何とか凌いでいた。
想像以上に手練れらしい。
「君も正気じゃないのか・・・。ちっ、二人とも洗脳済みとはね。こいつは厄介だな」
いえ、私は正気です。正気ですとも。
シュウ様を殺した貴様を消し炭にしてやろうと、体内で魔力を練っているくらい正気です。
警備兵の男はライザの攻撃を躱しながらも、思案顔を浮かべる。
そして何かを決意したかのように、その剣を構え直した。
「流石に二人を無傷で助けるのは無理だ。仕方ない・・・すまんな、君は死んでくれ」
ライザの大振りの一撃を避けた男が、剣を素早く一閃する。
その先にはライザの首。
剣先がライザの首に吸い込まれていく。
しかし・・・。
「させないっ!吹き荒れろっ!ファイアーストーム!」
その言葉と同時に完成した私の魔法。
無数の炎の塊が、嵐のように男目掛けて殺到する。
「げ、炎の上級魔法かよっ!」
私の魔法を見た男は、バックステップしつつマントを翻し、自分の身体をガードする。
しかし、私の魔法はそんな布きれで防御できるような柔な威力じゃない。
「燃え尽きなさいっ!」
直撃した私のファイアーストームが、男の全身を炎で包み込む。
街道の真ん中に出現した巨大な炎の柱。
中にいる男は、骨も残さず燃え尽きるだろう。
「ライザ、大丈夫ですか!?」
私は男から離れた場所に倒れ込むライザに駆け寄る。
男の剣先が首を掠めたらしく、そこから血が大量に流れていた。
致命傷ではないが、この出血量はすぐに治療しないと不味い。
私はしゃがんで回復魔法を唱えようとする、が・・・。
「駄目、ルーシャ。あいつまだ生きてる」
ライザは回復魔法を使おうとしていた私の腕を取り、それを制止する。
その視線は男の立っていた場所を捉えたままだ。
「そんな、ファイアーストームが直撃して生きているわけが・・・」
私が炎の柱に目をやると、徐々に炎の勢いが弱まっているところだった。
そして炎が消えた後、そこに立っているのは、全身をマントで覆った男。
マントの留め金が赤く光っているのが見える。
「危なかったよ・・・、上級魔法使いだったとはね。これは是が非でも君を手に入れたくなったよ。私のような腕のいい剣士には、君のようなパートナーが必要だからね。洗脳を解くのは苦労しそうだけど、最悪、最初は従属魔法を使って縛ればいいしさ」
あの留め金についているのはアンチマジックオーブなの!?
高度なレジスト魔法が発動できる、魔法使いにとっては天敵の魔道具だ。
マント全体にレジストの効果を掛ける性能があるなんて、かなり高価なものに違いない。
「ははは、このオーブに気付いたのかい?・・・私の実家は大きな商会でね。私は放蕩を繰り返してたら、親父から警備兵送りにさせられたんだけど、こういったものを買うお金は十分にあるのさ。・・・さあ、安心しなよ、ちゃんと君をあの下種の呪縛から解放してあげるからさ」
「またシュウ様を下種と呼んだなっ!」
私は手を強く握りしめる。
勝手な自分の正義を押し付けて来て、シュウ様を罵倒するなど、絶対に許さない。
その報いは、必ず受けさせてやる。
そもそもこの男は大きな勘違いをしている。
私たちを呪縛から解放する?
どこにそんな呪縛があるというのか。
シュウ様は私たちを洗脳などしていない。
私たちは純粋にシュウ様を慕っているのだ。
あのいつも寂しげで、私たちに優しいシュウ様を。
何故奴隷の私たちが、シュウ様が死んだ後もシュウ様を慕うのか。
当然、従属魔法の効果などではない。
ある意味その逆だ。
シュウ様の従属魔法が、元から私たちを一切縛っていなかったからだ。
従属魔法とは、主人となった者の意思で、奴隷を束縛する魔法。
主人が白と言えば白、黒と言えば黒と思わなければ反抗と見なされる魔法。
だからそれ故に、主人によってその効果は異なる。
あの奴隷商の男が主人の時は酷かった。
あの男は私たちが逃げ出すのを酷く恐れ、雁字搦めの束縛を私たちに課した。
あの狭いコンテナの中で勝手に立ち上がることすら反抗と見なされ、絶えず私たちの身体を耐えがたい痛みが襲っていたのだ。
その痛みの中、私もライザも奴隷となった自分に絶望していた。
違法奴隷商に捕まったら、一生逃げられない。
この後の長い人生を、男たちの慰みものとなって過ごす事になるのだろう。
ライザはまだ成人したばかりだし、私もだいぶ寿命が残っている。
このまま衰弱死でもした方がマシと私たちが考えるまで、そう時間はかからなかった
しかし、シュウ様はその絶望から私たちを救い出してくれた。
お互い望まない形で主人と奴隷という関係になってしまった私たち。
あの日、主人がシュウ様に代わると聞いても、私たちは最初それに反応を返さなかった。
主人が代わったからと言って、私たちが奴隷であることに違いはない。
しかし、シュウ様の奴隷になって私たちは衝撃を受けた。
常に私たちを苦しめていた従属魔法による束縛が、一切無くなっていたからだ。
そしてシュウ様はあの奴隷商の男を殺し、私たちに片付けの手伝いをお願いしてきた。
奴隷の私たちに、命令ではなくお願いをしたのだ、ちょっと申し訳なさそうな表情を浮かべながら。
その時、私は理解した。
この方には私たちの考えや行動を縛る気など、全くないのだ。
奴隷の主人となったのに、私たちに何も求めるつもりはない。
実際その後、シュウ様自身も私たちに何も強要しないと宣言された。
私たちはその瞬間、奴隷であるのに、奴隷ではなくなったのだ。
そして、シュウ様と一緒に旅をして気付いた。
そもそも、この方は他人に一切期待というものをしていない。
他人が自分のために何かしてくれるとは考えていない。
きっと、朝起きて私たちがどこかに消えていたとしても、シュウ様は私たちを罰しない。
単に、ああそうか、と思うだけなのだろう。
それはある意味、寂しいこと。
・・・この方は寂しい人なのだ。
私たちは、従属魔法が機能していないことを通して、シュウ様の寂しさを知ることになった。
そしてすぐ、この寂しげでありながらも優しく笑う少年に心奪われたのだ。
私たちを絶望の淵から救い出し、奴隷である私たちを常に気遣ってくださるシュウ様。
それならせめて、救って頂いた恩返しに私たちがこの方の寂しさを埋めて、そして支えよう。
この方の望みを叶えるために、出来る限りのことをしよう。
それは庇護欲か、母性愛か。
何と呼べばいいのか分からない。
しかし、私もライザも思いは同じだ。
私と身体が触れると、顔を赤くするこの純真な少年を守ろう。
ライザが我が侭を言っても、笑いながらそれを叶えてくれるこの優しい少年を守ろう。
私たちがお礼を言うと、いつも困ったような表情をつくるこの素直じゃない少年を守ろう。
そう誓ったのに・・・。
守ると誓ったのに!
この男は絶対に許さない。
刺し違えてでも、必ず殺してやる!
男がゆっくりと私たちに近付いてくる。
もう抵抗は出来ないと考えているのだろう。
倒れたライザと座っている私を、笑顔で見下ろしてくる。
この距離では、魔法使いの私は分が悪い。
あの男の腕なら、私が魔法を発動させる前に、切り付けてくるだろう。
下級魔法なら瞬時に発動できるが、あの魔道具がある限り下級魔法では男を傷つけられない。
男はギラギラとした欲望にまみれた目で私を見つめてくる。
この種の目は何度も見たことがある。
街中でも向けられたことがあるし、違法奴隷商に捕まっていた時は常にこの目に晒されていた。
女性の身体を自由にしたい、そんな欲望が在り在りと表れている目。
シュウ様を下種と蔑んでおいて、こいつはこの目をする。
シュウ様は一度たりともこんな目をしたことは無かった!
「さっきから嫌な臭いがぷんぷんする。あなた、ルーシャと寝たいんだ」
ライザもそれに気付いたのだろう。
身体を起こして男を睨み付けながら、吐き捨てるように言った。
私には分からないが、ライザに言わせるとそういった欲望を持っている人には特有の匂いがあるらしい。
「はははは、獣人は本当に鼻がいい!・・・そうだね、私はその子を自分のものにしたい。エルフでも君ほどの美しさを持った子は見たことが無いからね。安心しなよ、あの下種に与えられた恥辱は私が忘れさせてあげるから」
さっきまでは欲望を必死に隠していた様だが、もうその必要も無いと考えたのだろう。
男がライザの言葉を素直に認める。
シュウ様にもまだ触れさせてないこの身体を、誰が貴様なんかに。
私は男を睨み付けるが、男は気にした様子もなく、ライザに向き直って続ける。
「本当は獣人の君も救ってあげたいんだけどね、こういうことは欲張ると失敗するから。・・・君の方は諦めて殺すことにするよ」
男が剣を構える。
血を失って満足に動けないライザではこの男の相手は出来ない。
とは言え、魔法使いの私もこの距離では無力だ。
どうすればいい?
例え刺し違えても、せめてシュウ様の仇を取りたい!
「安心しなよ、私の腕なら痛みなんて感じないから」
剣を構えながら笑顔で言う男。
自分では優し気な笑顔のつもりなのだろうが、シュウ様のものとは全然違う。
ただただ醜い、欲望に歪んだ笑顔だ。
私は悔しさに身を震わせながらも、男を睨み付ける。
こうなってしまっては、取れる手段は一つだ。
ライザも巻き込んでしまうが、彼女もきっと許してくれるだろう。
私が首にかけたペンダントを握りしめながら、ライザの顔を窺う。
すると、彼女は呆けた様に一点を見つめていた。
自分を殺そうと剣を構えた男を見つめているのではない。
ライザの視線は男の後ろに向いている。
私がつられてそちらを見ようとしたその時、私の耳に落ち着いた声が聞こえて来た。
ここ最近毎日聞いている、どこか気だるげでありながらも優しいその声。
「何ですか貴方、奴隷反対とか高尚なこと言っておいて、結局はルーシャとセックスしたいだけだったんですか。・・・アホらしい」
男がその声を聞いて、驚愕の表情で振り返る。
そこに立つのは自らがさっき殺したはずの男、シュウ様だ。
「シュウ様っ!!!」
私とライザの声が重なる。
ライザは喜びと驚きが綯い交ぜになったような表情で、シュウ様を見つめている。
きっと私も、同じような表情を浮かべているのだろう。
「な、な、何故お前が生きている!あの傷で助かるわけが!」
「ええ、そうですね、あれは確実に致命傷でした。助かったんじゃなくて、一度死んで復活したんですよ。・・・いやー、苦しかった。あの人が言っていたことの意味が実感できましたよ。ホント、死ぬって死ぬほど苦しいですね」
シュウ様が首をさすりながら、男に答える。
眉根を寄せて、その苦しさを思い出している様だ。
でも、復活したとはどういうことだろうか?
それに、あの人とは?
「今回は油断しちゃいましたね。貴方の言っていることが一見まともだったんで、すっかり信じちゃいましたよ。いやいや、僕もまだまだ青いですね、反省です」
「ぐっ、どうやって回復したかは知らんが、その首を刎ねてしまえば回復魔法は使えまい!」
男はシュウ様の復活したという話は信じず、回復魔法で傷を癒したと思っている様だ。
剣を構え直すとシュウ様に向かって駆け出し、剣を横薙ぎに一閃しようとする。
「シュウ様、危ない!」
ライザでも避けきれなかった剣だ、シュウ様では!
私は効果がないと分かっていながらも、男の背中に向かって攻撃魔法を発動させようと試みる。
しかし、シュウ様は眼前に迫る男を表情を変えずに見つめつつ、静かに呟いた。
「お前は動けない」
男が剣を横に振りかぶった姿勢のまま、ピタリとその動きを止める。
そしてそのまま回転するように、地面に崩れ落ちた。
シュウ様が地面に仰向けになった男を見下ろして、まじまじと観察する。
「へえ、これ可能でしたか。死のイメージに直結するかどうか微妙だったんですが、意外に上手くいきましたね」
シュウ様は顎を触りながら、自分でも驚いている様な表情を見せた。
そのまましゃがみ込んで、男に顔を近づける。
「・・・聞こえますか?貴方はもう動けません。全身の筋肉がほぼ死んでますからね。心臓の筋肉も徐々に動きを止めます。心臓が止まるまで、あと5分と言ったところでしょうか?・・・その5分間、死の恐怖に怯えて過ごしてくださいね」
顔の筋肉を動かせないのか、シュウ様の言葉を聞いても男はその表情を変えない。
しかし、その目だけはシュウ様を食い入るように見つめている。
その目に宿る感情は、恐怖だ。
この男は残り5分の命を、恐怖に押し潰されたまま過ごすのだろう。
シュウ様を一度殺した男。お似合いの最期だ。
シュウ様はそんな男をつまらなそうに一瞥した後、興味を失ったのか、こちらに歩いてくる。
「すみませんでした、二人とも。ちょっと復活まで時間が掛かってしまって・・・って、ライザ、大丈夫ですか!?」
シュウ様がライザの血を見て血相を変える。
そうだ、急いで回復魔法を掛けないといけなかった!
私は回復魔法を発動し、ライザに癒しを施す。
すぐに血が止まり、ライザの顔色も良くなった。
と、ライザが急に立ち上がる。
そして、ライザは飛びつくようにシュウ様に抱き着いた。
「ラ、ライザ!」
私はつい大声を出してしまった。
まだ傷を塞いだだけだから、急に動いたりしたら駄目よ。
それに、一人だけシュウ様に抱き着くなんて・・・もっと駄目よ!
ライザはシュウ様の胸に顔を埋めつつ、すすり泣いていた。
シュウ様が死んだと思っていたのだ。
私だって、本当は泣きたい。
いや、シュウ様を見ながら私も泣いていた。涙が頬を落ちて来る。
シュウ様はそんな私たちを見ながら困った様な表情を浮かべつつも、泣いているライザを優しく抱き止める。
「心配を掛けてすみません、ライザ。・・・ルーシャもすみませんでした。もう油断はしません、許してください」
シュウ様はライザを抱きしめたまましゃがんで、私も抱きしめてくれる。
私とライザはシュウ様に身を預けながら、ハラハラと涙を流し続けた。
次話予約登録済みです。
・29日日曜日23時 第8話
よろしくお願いいたします。
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よろしければ、そちらもご覧ください。