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ムカつくクズは、殺します。  作者: 阿佐貫康英
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第4話 従属魔法にムカつきました

「奴隷から解放できない?・・・どういうことですか!?」


エルフの少女、名前はルーシャさんと言うらしい、が説明してくれた内容に、僕は驚いてつい大きな声を出してしまった。


「あ、も、申し訳ございません・・・」


ルーシャさんが僕に怒られたと思ったのか、その長い耳をシュンと垂らしながら謝ってくる。

しまった、この人はただ僕に説明してくれているだけなのに、耳元で大きな声を出したりしたら驚くよね。


「いえ、こちらこそすみません、急に大きな声を出してしまって」


僕は今、ルーシャさんが操る馬の後ろに乗っている。

なんか格好悪いけど、僕に乗馬は出来ないからね。

前世でそんな事やったことなんか、当然ないし。


綺麗な女性の後ろに乗れるなんて羨ましいと思われるかもしれないけど、身体に抱き着いたり出来ない分、馬の揺れに振り落とされそうでちょっと怖い。

さっきから内腿で身体を必死に支えているから、明日は筋肉痛が確定だね。



奴隷商たちの死体と見知らぬ被害者の死体の片づけが終わった後、街道を出発した僕たち。

それからもう数時間が経過している。

ちなみに、死体はちゃんと燃やしてきた。

埋葬するのは面倒だし、疫病が蔓延しても困るからね。


ちょうど燃えやすそうな木製のコンテナがあったし、死体はその中に入れて、コンテナごと処分してきたよ。

火はルーシャさんが魔法で出してくれて、骨も残さぬ熱量で全て灰になった。

魔法は当然初めて見たけど、恐ろしい威力だよね。


もちろん、燃やす前に財布も含め金目のものは全て貰っている。

被害者のおじさんの財布もしっかり頂きました。捨てていくのも勿体ないしね。

全部、収納魔法インベントリに放り込んである。

万一遺族が見つかったら、その金額分は返そうかな。


そして残ったのは、コンテナ馬車を引いていた馬が4頭。

僕たちは2頭の馬に分かれて乗り、残りの2頭はルーシャさんと僕が乗る馬の後ろにロープで結んで引き連れている。


獣人の少女、こちらの名前はライザさんという、は一人で別の馬に乗っている。

この子は元々冒険者志望の戦士とのことで、盗賊の死体から良さそうな剣を選び、それを持って今は周囲の警戒に当たってくれている。

必要のある時以外は話さない無口なタイプらしく、積極的に会話をしてはくれないが、真面目そうないい子だ。


身長が僕とあまり変わらないライザさんは、剣を腰に差して騎乗していると様になる。

そんなライザさんの凛々しい後ろ姿を眺めつつ、僕はルーシャさんに再度同じ質問をする。


「それで、何故貴方たち二人を奴隷から解放出来ないんですか?」


僕はルーシャさんからこの世界の情報を得ようと、馬に乗ってから会話を試みていた。

ルーシャさんは突然主人になった僕に嫌な顔一つせず、丁寧に答えてくれたよ。

でも、二人の今後について話が及んだ際に、街に着いたら解放するつもりであることをルーシャさんに伝えたら、彼女は申し訳なさそうに、それは無理ですと言ってきたんだ。


「シュウ様へ主人権限の移譲をする際に、あの男が従属魔法の期間を無制限に設定してしまったんです」


ルーシャさんは僕をシュウ様と呼ぶ。

それは、僕が自己紹介時にシュウと名乗ったからだ。

秀一郎だと、万一同じ異世界から来ている日本人がいたら、転生者だとすぐバレちゃうしね。

まあ、バレたところで問題はないかもしれないけど、念の為さ。


「そう言えば、あの男そんな事言ってましたね。特に気にしてなかったんですが、不味かったんですか?」


「いえ、シュウ様は奴隷を見るのが初めてとのことなので、しょうがないと思います。そもそも、期間無制限というのは違法の証なんです。正規の奴隷商で扱われている奴隷は必ず期間を制限されますから」


じゃあ、期間無制限の奴隷を持っている僕は、明らかに違法な商品を買った犯罪者じゃないか。


「・・・あいつ、何も知らない僕を嵌めようとしたんですね。最悪、僕が違法奴隷商として捕まりかねないじゃないですか」


何が違法で何が合法か分からない世界じゃ、タダでものを手に入れるにしても慎重にやらないとないけないな。

いい勉強になったよ。


「いえ、口外しなければ大丈夫だと思います。主人と奴隷以外に期間を知っているものはいませんから。・・・それで、普通の奴隷は期限が来れば自動的に解放されるんですが、私たちの様な無制限の奴隷の場合、契約解除の条件は2つしかありません」


「2つ?」


出来ないと言っていたけど、解除できる手段があるのか?

でも、ルーシャさんの答えは、僕の期待したようなものではなかった。


「はい、奴隷自身が死ぬか・・・」


「主人である僕が死ぬか、ですか」


「・・・そうです」


どちらかの死だけが、契約解除条件。

ちょっと本格的に反省が必要だな。

こんなことになってしまったのは、簡単に解放できるものと思って奴隷契約をした僕のミスだ。


「すみません、ルーシャさん。さっさとあの男を殺しておけば良かった。そしたらお二人は奴隷から解放されたのに・・・」


「い、いえ、シュウ様は何も悪くありません。あの男が違法な契約を行ったのがいけないんです」


ルーシャさんが顔を横にぶんぶん振って僕の言葉を否定する。

長い髪の毛が後ろに座る僕の顔をペシペシと叩き、それと共に女性特有のいい香りが漂ってくる。

そう言えば、ルーシャさんはコンテナから出た後に、洗浄の魔法とか言うもので自分とライザさんの身体を綺麗にしていたっけ。

ついでに、少し返り血を浴びていた僕も綺麗にしてもらったけど。


「主人権限を別の誰かに移譲することは、出来ないんですか?」


「シュウ様が従属魔法を習得なされば、可能かもしれません。・・・ですが、従属魔法はああいった違法な奴隷商を除けば、国によって厳しくその使用が制限されている魔法技術です。基本的に使える人間は国の管理下に置かれますから、習得するのは困難かと」


確かにこんな人の行動を縛る魔法は、危険極まりない

使える奴がそこかしこに居たら大変だ。

国が主導して管理するのも分かるけど・・・。


「でも、違法に使える奴がいるってことは、どこかで違法に教えている奴がいるってことですよね。そういった奴から教えて貰えば、習得可能では?」


「はい、可能性はあります、ですが・・・」


ルーシャさんが少し言いにくそうな表情で言葉を詰まらせる。

顔を半分こちらに向けているが、その目を僕と合わそうとしない。


「ん?どうしました?言ってみてください」


「はい。・・・シュウ様は女性にその、性的な、そういった行為を強要する気は無いと仰ってましたよね」


最初の自己紹介の時に二人を安心させようと、二人にそういった行為はしないと宣言してある。

奴隷に強制してその身体を自由にするなんて、そんな落ちぶれた真似したくない。

二人が僕を好きになるなら話は別だが、そんなことが起き得ないことは僕自身が一番良く知っているし。


「ええ、しませんよ。約束します」


「それでしたら、私はシュウ様の奴隷のままでいたいと思います。・・・奴隷の主人になる方で、そういった方は珍しいので」


なるほど。

僕が誰かに権限を移譲しても、その主人が変態野郎である可能性が高いということか。

現状、奴隷からの解放は望めないんだ。

それなら、せめて自分を襲わない主人の下にいたいと思うのは当然の考え方だな。


「ボクも、シュウ様の奴隷でいい・・・」


いつの間にか近寄っていたライザさんが言ってくる。

ボーイッシュな見た目通り、ライザさんはボクっ娘だった。

そんなボクっ娘でも、変態主人の奴隷にはなりたくないんだろうね。


「うーん・・・分かりました。では、当面の間よろしくお願いします。ちなみに、お二人はエルフと獣人ですが、寿命は僕たち人間ヒューマンより長いんですか?」


ルーシャさんの説明ではこの世界の主要な種族は人間ヒューマンとのことだったが、その寿命は精々60~70年ほどらしい。


「はい、私たちエルフは約2000年、ライザの様な獣人ライカンは約300年といったところでしょうか」


流石はエルフ。2000年とは気の遠くなる長さだ。

それに、この世界では獣人も長寿種族の様だ。

獣人は身体機能が高いとのことだったから、それに合わせて寿命も長くなっているんだろう。


「それを聞いて、少し安心しました。では、ちょっとだけお二人の人生のお時間を頂きます。でも、心配しないでください。多分、僕はあと5年も生きません。ちょっと荒事に関わっているので。・・・僕が死んだら二人は解放されるんですよね?」


「は、はい。ですが、荒事とは?」


ルーシャさんが不安そうな顔で聞いてくる。

そりゃ、主人が荒事に関わっていると聞いて安心できる人はいないよね。

いつ奴隷である自分にその火の粉が降りかかってくるか、分からないんだから。


「それが僕も良く分からないんですよ。ただ、将来的に巻き込まれるのは確定みたいです」


「シュウ様のあのお力も、その為に鍛えられたものなんですか?」


ルーシャさんは僕の能力をただの魔法ではないと看破していた。

彼女たちエルフは魔法のスキルが非常に高いとのことだ。

それ故に、あの能力が魔法ではなく、いわゆる異能であることが分かったらしい。


「ええ、そう言うことです」


実際は鍛えてなんていないんだけどね。

努力家を詐称してるみたいで、ちょっと後ろめたいけど。

でも、神様に貰いましたって言ったら、どんな反応が返って来るか分からないし。


元の世界だったら、確実に病院を紹介されるだろうし、この世界ではどうだろう?

神様から遣わされた人と崇められるのか、神様の力を騙る不届き者と責められるのか。

まだこの世界について良く分かってない内は、僕とタナトスさんとの関りは秘密にしていた方がいいだろうね。


「そう言えば、ルーシャさんはそもそも何で奴隷に?」


僕の能力から話を逸らしたかったので、ルーシャさんの事情を尋ねてみた。


「・・・私はクォータム出身なんですが、そこの商業組合で働いていた時にある政争に巻き込まれまして。それで、誘拐されて暗殺されるところだったんですが、相手が欲を出したのか、殺されずにそのままあの違法奴隷商に売られたんです」


クォータムってのが地名なのか国名なのかサッパリだけど、取り敢えず酷い話だ。

殺されずに奴隷になったことを、不幸中の幸いと言っていいのかどうなのかは、微妙なところだね。


「ライザさんは?」


「ライザでいいよ。・・・ボクは成人したから冒険者になろうと村を出たんだ。その時に、村から街へ護衛して欲しいってある商隊に依頼されて。ついでだと思って、依頼を受けたけど、その商隊は違法奴隷商の仲間だった。食べ物に薬を入れて眠らされて、あいつらに捕まったんだ」


ぶっきら棒な話し方だけど、所々に悔し気な感情が籠っている。

騙し討ちみたいな真似をされたのが悔しいんだろう。

ライザさん、もといライザの中では、戦うなら正々堂々かかってこい、って感じなのかな?


「あの、シュウ様、私もどうかルーシャとだけお呼びください。家族からはルーと呼ばれてましたので、ルーでももちろん構いません」


ルーシャさんが妙に熱のこもった目で言ってくる。

でも、ほぼ初対面の女性を愛称で呼ぶのは、僕としてはちょっと抵抗があるからなぁ。


「じゃあ、今後はルーシャと呼びますが、良いですか?」


「はいっ!」


ルーシャの声が弾んでいる。

随分慕ってくれている様だけど、これも従属魔法の効果なんだろうな。

反抗的態度も取れないし、命令に逆らうことも出来ない。

こんな状況で可愛い女の子に慕われても、僕としては虚しい気分にしかならないんだけどね。


従属魔法。

こんな溌剌とした少女の心も操れてしまう、恐ろしい魔法。

タナトスさんは意思を束縛することが出来ないって言ってたのに、魔法で出来てるじゃないか、と従属魔法を知った時に最初は思ったんだけど、ルーシャがしてくれた奴隷の基礎知識の説明を聞いてちょっとだけ思い直した。

どうもこの従属魔法は、自殺だけは可能に出来ているらしい。

だからルーシャの話では、主人も奴隷に対してあまり無茶な虐待はしないそうだ。


それを聞いて、なんか納得してしまった。

タナトスさんが意思は束縛出来ないって言っていた理由。

あの人にとっちゃ死を選択することすらも、自由意思の表れ一つなんだろうしね。

僕も、殺しのターゲットを聞かされて怖気づいたら、自殺するしかないのかな?


「シュウ様、そろそろ日が沈む。野営の準備をしよう」


そんなことを考えていた僕に、ライザが声を掛けて来た。

ルーシャの話では、ここから最寄りの街までは馬でもまだ4日はかかるらしい。

急ぐ旅でもないし、無理せず夜はゆっくり休むことにしよう。


「そうですね。ルーシャ、馬を街道わきに寄せてください」


馬を操るルーシャに声を掛けながら、僕はあることを思い出した。


「そう言えば、食料ってどうしてたんですか?」


僕の収納魔法インベントリには食料は入っていない。

僕は小さいころに強制的に鍛えられたから、数日は食べなくても大丈夫だけど、二人には厳しいだろうし。


「最低限のものは、このストレージバッグに入っています。あの男たちと私たち奴隷の分の食料ですから、十分に街までは待つ量が入っています。ご安心ください」


ルーシャが肩から掛けたショルダーバッグを軽く持ち上げる。


ストレージバッグとは、魔法で内部を拡張した鞄だ。

見た目以上にものが入り、しかもその内部は時間経過や重さの影響が小さくなっているという超便利グッズ。

この世界でもかなり高価なものらしいんだけど、流石に大所帯のあの違法奴隷商は持っていた。

盗んだものかもしれないけどさ。


そして今、それの管理はルーシャにお願いしている。

僕には不要だからね、収納魔法インベントリが使えるから。


奴隷商たちの死体を片付けた後、僕が収納魔法インベントリを使えることも話したんだけど、ルーシャに物凄く驚かれたっけ。

収納魔法インベントリは空間系の魔法で、魔法が得意なエルフからしても秘奥中の秘奥らしい。

ルーシャはかなり真剣な顔で、それは絶対に秘密にしていた方が良いですと忠告してくれた。


収納魔法インベントリは空間転移のような魔法と同じで軍事利用が容易なため、使えることがバレるとかなり面倒なことになるようだ。

タナトスさん、サービスで魔法くれるならもっと普通の奴くれればよかったのに。

まあ、確かに便利で重宝してるんだけどさ。


街道わきの岩場でキャンプの準備を始める僕たち。

ルーシャもライザも手慣れたもので、せっせと竈を組み立てている。

流石、こんな世界に住んでいる人たちだ。

野営は日常茶飯事なんだろう。


ルーシャがストレージバッグから鍋を取り出し、一緒に取り出した食材を煮込み始めた。

ちなみに、水はルーシャの魔法で出している。

水はちょっと魔法が得意な人なら、簡単に出せるらしい。


今更だけど、本当に二人を助けておいて良かったよ。

下手したら、街まで水なしで行かなきゃいけないところだった。

タナトスさんも、僕を送り出すときに少しは場所を考えてくれればいいのに。

僕は収納魔法インベントリ以外、一切使えないんだからさ。


一方、ライザは馬に餌と水を与えている。

動物の世話は好きなのか、馬を撫でながら少し笑顔を浮かべていた。

獣人ということで、馬と通じ合える感覚でも持ってるのかな?

そう言えば、ライザは獣人の中でも、狼人族出身とのことだった。

・・・狼って、馬を含む家畜全般の天敵な気がするけどね。


そんな二人を眺めて僕が今何をしているかというと・・・何もしてない。

最初は僕が料理をしようと思たんだけど、ルーシャに止められた。

それは、奴隷の仕事です。シュウ様は座って休んでいてくださいって。

気遣いは嬉しいんだけど、僕、料理はほぼ趣味みたいなものなんだよね。

僕にとって唯一、誇れる技術だし。


でも、ルーシャの気遣いを無駄にするわけにもいかないし、僕は手持無沙汰のまませっせと働く二人を眺めている。

僕の目の前では、僕のために甲斐甲斐しく働いている美少女が二人。

元の世界じゃありえなかったシチュエーションだね。

もちろん、二人が奴隷だからって言うのは忘れてない。

だから、浮かれたりはしないけどさ。


「シュウ様、出来ました。召し上がってください」


ルーシャがスープの入ったお椀を僕に差し出してくる。

たっぷりの肉と、少々の野菜が入ったスープだ。

気をきかせて、肉をたくさんよそってくれたのかもね。


「ありがとう。いただきます」


僕がいただきますと言うと、ルーシャが少し不思議そうな表情をした。

この世界にはいただきますを言う習慣はないのかな。

そんなことを考えつつ、一緒に渡されたスプーンでスープを食べ始める。

・・・うん、こう言っては何だけど、不思議な味だ。

舌が肥えてない僕からしても、美味しくはない。


そんな感想を心の中だけで述べていた僕だったんだけど、ライザは容赦なかった。


「ルーシャ、相変わらず料理が下手。あの奴隷商たちもいつも文句言ってた」


「なっ、ラ、ライザだって上手じゃないでしょ!」


「ボクはまだ15歳、ルーシャは80歳。人生経験が違う」


ライザが表情を変えずに言い返す。

不味くてもちゃんと食べる主義なのか、スープを黙々と口に運んでいる。


そう言えばまだ年齢を聞いてなかったけど、ルーシャって80歳だったのか。

ライザが15歳(この世界では基本的に15歳が成人年齢らしい)なのは話から予想してたけど、思わぬところで女性の年齢を知ってしまった。


「エ、エルフは100歳で人間ヒューマン獣人ライカンで言うところの20歳になるの!だから私はまだ16歳みたいなものです!」


ライザの言葉に必死に反論するルーシャ。

顔を赤くしている。

この世界でも、やっぱり女性は年齢の話題に敏感なようだ。


でもライザが言いたいのは、自分より65年も長く生きてるんだから料理くらい上手く作ってよ、ってことなんだろうね。

気持ちは分かるけど、せっかく作ってくれたルーシャが可哀想だし、一応フォローしておくか。


「いえ、十分美味しいですよ」


小さいころの経験があるせいか、僕は正直何でも食べれる。

あの母親に食べさせられたゴミみたいな残飯に比べれば、全然マシだ。

あのゴミとルーシャが頑張って作ってくれた料理を比べるなんて、おこがましい話だけどさ。


「シュ、シュウ様・・・」


ルーシャが頬を赤らめながら僕を見つめて来た。

僕のフォローに心打たれたのだろうか。

いや、料理を褒めたくらいで感動されても困るんだけどね。

それに申し訳ないけど、本当は美味しくないし。


この味で大丈夫と勘違いされても困るし、ちょっと見本を見せておくかな。


「でもですね、あと少しの塩と胡椒、それにこの香草なんかを入れると味が整うと思うんですよ」


僕がスープ鍋に近付き、ストレージバッグから取り出した調味料を入れながらかき回す。

少しだけ煮込んで味をなじませてから、お玉で味見。

うん、かなりいい感じになった。


ライザが早速横からそれをよそって食べ始める。

流石15歳。育ち盛りだね。


「あ、ライザ!シュウ様が先でしょ!」


ルーシャがライザを叱るが、それを無視して一口食べたライザが驚いた表情をこちらに向けて来た。


「・・・美味しくなってる。元が同じ料理とは思えない。シュウ様はそういう魔法も持ってるの?」


「いえ、魔法じゃありませんよ。ただ料理は得意なんです。小さい頃から自炊してましたから」


そう答える僕の横では、味が気になったらしいルーシャが自分のお椀によそってスプーンを口に運ぶ。

そして一口食べた途端、その顔を呆けさせた。


「ぜ、全然違う・・・」


かなりショックを受けている様だ。

秘密を探る様に、まじまじと手に持つお椀を覗き込んでいる。

一方で、ライザは僕の味付けが気に入ったのか、先程とは打って変わってガツガツと擬音が付きそうな勢いで食べていた。


「次回は一緒に作りましょう。コツを教えますから、すぐルーシャにも出来る様になりますよ」


「は、はいっ!よろしくお願いします!」


僕の言葉に、ルーシャが笑顔で答えてくる。

動きを止めていたスプーンを再び始動させ、僕たちは食事を再開した。

焚火に照らされたキャンプに、カチャカチャとスプーンがお椀に触れる音だけが静かに響く。


うん、料理自体の味もそうだけど、食事は皆で一緒に食べると美味しいよね。

家ではいつも一人っきりだったけど、寮に住んでいた時は基本的に皆で食べていたっけ。

人と一緒に食べると何倍も美味しくなるって、あの時初めて知ったよ。


でも、贅沢を言えば、もっと野菜が欲しいな

僕は肉も嫌いじゃないけど、野菜が好物なんだよね。

なんでだろうか?

小さいころに庭の野草を食べてたからとは思いたくないけど。


今、僕が持つお椀には肉ばかり。

僕に多めに肉をよそってくれたのかと思っていたけど、スープ鍋の中も殆ど肉だった。

あの違法奴隷商たちの好みがそうだったのかね?


「・・・野菜を手に入れたいですね」


スープを飲みほした後、パンを千切って食べながら僕は呟く。

このままじゃ、ビタミンC不足になりそうだ。


「野菜ですか?確かにそうですね。このバッグの中は干し肉と小麦粉、パン、あとお酒なんかは十分入っているんですが、野菜と果物は少なくて」


あの奴隷商たちも、もうちょっと栄養バランスを考えろよな。

壊血病とかになるぞ、船旅でもないのに。

まあ、刹那的に生きてそうなあいつらに、そんなこと考える様な頭はなかったんだろうけど。


「今度立ち寄る街で手に入れますか」


「はい、そうですね・・・」


僕の言葉に顔を曇らせるルーシャ。

何か気に障ることを言ってしまっただろうか?


「どうしました、ルーシャ?」


「あ、い、いえ、すみません。・・・その、出来れば次の街には長居したくはないんです」


僕と話しているので口調は丁寧だが、その表情には心底嫌といった感じが滲み出ている。

ルーシャがこんな表情をするなんて、次の街に何かあるのだろうか?


「その街に何か問題でも?」


「はい。・・・次の街、トッドムート王国の街の一つでソリシアと言うのですが、そこは亜人差別で有名なんです。私たち亜人は殺されても誰も助けてくれない、そんな街と聞いています」


「それはまた随分と酷い街ですね・・・」


この世界に亜人差別があることは既にルーシャから聞いていた。

あの奴隷商のリーダーも、亜人だから奴隷としての価値が低いみたいな言い方をしてたし。

でも、生存権すら存在しないとは、差別どころの話じゃないよね。


「はい、それには一応事情がありまして・・・」



ルーシャの説明によると、こういうことらしい。


100年ほど前までソリシアの街というのは、一つの小国家だった。

当時のソリシア王は強欲で悪名高い人間だったらしく、国境線の曖昧な地域に住んでいる人を攫って奴隷として売ることを国の事業の一つにしていたらしい。

国家事業が人攫いって、無茶苦茶だよね。


そしてある時、ソリシア王は国境を越えてすぐのところに集落を持つ虎人の集団に目を付けた。

虎人は獣人の中でも特に頑強で、熊人と並んで最強の名を欲しいままにしている種族とのことだ。

当然、捕まえる際の危険度は高いが、奴隷とすれば兵隊として高く売れる。


そこで、ソリシア王は集落の周辺で虎人の子供を誘拐し、それを人質にして、虎人に武装放棄の要求を突き付けたらしい。

武器を捨てれば、ソリシア王国としても安心できるから、今後手出しはしないと。

分かりやすい嘘だけど、子供を人質に取られていた虎人は渋々と武器をソリシア国に差し出したらしい。


その後に起きたことを想像するのは容易だよね?

武器を受け取ったソリシアはそのまま集落に軍隊を差し向け、村を蹂躙し、若い男と女子供を奴隷として捕まえた。

奴隷として価値のない老人や反抗的なものは、全員殺されたらしい。


「約束を反故にされて、虎人は怒ったでしょう?」


「ええ、当然です」


その集落の虎人は、ほぼ全員が殺されるか攫われるかしたらしいが、それを知って黙っていなかったのが、他の集落の虎人だ。

同胞を救うため、とソリシアに攻め入ったらしい。

その虎人たちもかなり殺されたらしいけど、獣人の中でも戦闘力が特に優れていると言われている虎人だ。

多くの犠牲を出しつつも、最終的にソリシア軍を壊滅させるに至った。

だけど、虎人はソリシア国土の蹂躙はしなかった。

奴隷となった虎人と、ついでに他の奴隷も助け出すと、そのままソリシアを去ったとのことだ。


「へえ、潔いですね。怒りに任せて、ソリシア人を虐殺しないとは」


「はい。でも、そのことで国力を落としたソリシアは、結局隣国のトッドムート王国に侵略され、その領土となってしまいました。そんなことがあったので、ソリシアの住民は長年、亜人を嫌っています」


「でも、100年以上前のことですよね?」


「恨みは永劫に続くということなんでしょう。実際、人間の方はともかく、その虎人たちの中にはまだ生きている人もいるでしょうから」


「なるほど、それで何の関りもない他の亜人にも八つ当たりですか。・・・馬鹿なんですね、ソリシアの住民は」


100年前、しかもきっかけは自分たちなのに、完全な逆恨みだ。

その恨みで、何の関係もない亜人(中には関係ある虎人も含まれているかもだけど)に怒りをぶつけるとは、呆れて物も言えないね。


「ですので、ソリシアで食料を仕入れたら、すぐに街を出ましょう。そこからなら隣国のフレンディル王国まで10日もかかりません。野菜さえ手に入れば、肉やパンはまだ持ちます」


「フレンディル王国?」


また新たな国名だ。

ここがトッドムートって言う名の国なのも、ついさっき知ったばかりだし。

今度、地図でも買おうかな。


「はい。シュウ様は旅の目的地がないとの話でしたよね。それでしたら、まずフレンディル王国に行くことをお勧めします。フレンディル王国は80年ほど前に出来た国で、亜人差別が比較的少ない国です。先程の虎人の集落があった場所も今はフレンディルの領土で、ソリシアを含むトッドムート王国と国境を接していますが、犬猿の仲です」


「犬猿の仲ですか・・・国境を無事超えられますかね?」


仲が悪いのなら、国境線の警備は堅そうだけど。

パスポートもビザも無い世界だし、国境を超えるにはどんな手続きが必要なんだろうね。

不法越境とかで捕まるのも嫌だし。


「少しだけ伝手があります。私にお任せください」


伝手がある?

エルフとしての?それとも、出身国関連だろうか?

ルーシャが適当なことを言うとも思えないので、取り敢えず信用しよう。


「難しい話は終わった?食事も終わったし、もう寝ようよ」


僕たちの会話を静かに聞いていたライザが、少し目をとろんとさせて言ってくる。

お腹がいっぱいになって、眠たくなったようだ。

外見は凛々しいのに、まだまだ子供だね。


「そうですね、もう就寝としますか。寝ずの番は、ルーシャ、僕、ライザの順にしましょう。・・・あ、二人とも寝る前には歯磨きを忘れずに」


虫歯になっちゃうからね。

僕がそう言うと、二人は笑顔を作って素直に頷いた。



本日23時に次話の第5話が掲載されます。

よろしくお願いいたします。



「ゴーレムヒーロー 正義?何それ、美味しいの?」という作品も書いております。

http://ncode.syosetu.com/n1966ds/

よろしければ、そちらもご覧ください。

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