第2話 神様にムカつきました
元自宅をガソリンで吹き飛ばした後、僕は真っ白な世界で目を覚ました。
そう、目を覚ましたんだ。
いや、流石にあのガソリンの量で助かるってあり得ないだろと僕も思うんだけど、目を覚ましてしまったんだからしょうがない。
そして、横になった僕の目の前には、僕の顔を覗き込む医者・・・ではなく、不思議な格好をした女性が立っていた。
淡く光る純白のドレス、と言ってもウェディングドレスの様なものではなく少しだけ煽情的なスリットが入ったロングのドレス、を着た綺麗な女性だ。
細いがメリハリの利いた身体に、鮮やかな金色の髪と白い肌がマッチしていて、高貴な妖精って感じの印象の女性。
うん、本当に綺麗な女性だ。ハリウッドスターとか目じゃないね。
その女性は僕を暫く見つめた後、笑顔でこう言ってきた。
「随分、無茶苦茶したわねー」
清楚な見た目からは想像出来ないほど、砕けた口調。
下品とは言えないが、上品とも言えない微妙な話し方。
その顔に浮かべた笑みも、どこかこちらを馬鹿にしている様で、何ともムカつく笑顔だ。
余りのギャップに呆気にとられたよ。
「一日で8人殺害ってやりすぎでしょ。しかもそのうち一人は実の母親じゃない。あはははは、ねえ、鬼?貴方、鬼なの?」
女性は揶揄うように僕に話しかけてくる。
喋ってる内容の割に僕を責める意図は全くないらしく、実に楽し気だ。
でも、8人殺害ってどういうことだろう?
僕が殺したのは、雄二君と珍々5人組と母親で7人・・・、あ、そうか、2階で寝てた母親の旦那も死んだのか。
まあ、あの爆発じゃ逃げ切れずに死ぬよね。
馬鹿な女に引っかかったと思って諦めてくれ、名も知れぬ男の人よ。
「しかも、殺し方も容赦ないわよねー。目を抉って耳を削ぐってどこのスプラッター映画よ。貴方の世界のニュースじゃ、連日凄いことになってるわよ。貴方の生い立ちの解明も始まってて、コメンテーターや心理学者がこぞって尤もらしい事件の分析を語ってるわ」
目と耳は殺した後だから、殺し方とは関係ないはずだけど。
それにあれは単に最後の男を怖がらせたかっただけで、特に深い意味はないんだけどね。
そんなのを僕の人生と絡めて分析してる暇があったら、虐待されている子供の問題でも解決しろよ、自称識者ども、って思っちゃうんだけど。
でも、この女性の言葉に気になるのがあったな。
僕は女性から一方的に揶揄われ続けてるのもしゃくだったので、ゆっくりと立ち上がりながら話しかけてみることにした。
「先ほど、貴方の世界って仰いましたか?」
「あら、そこに気付いちゃうー?子供みたいだけど、馬鹿じゃないのねー。・・・では問題です。この状況は、一体何でしょー?」
馬鹿じゃないのねと言いつつも、女性は完全に馬鹿にした笑顔で問いかけてくる。
女性の背丈は、僕より15センチ以上は高い。170センチ近くはあるだろう。
わざと見下ろす様な目線で、僕をニヤニヤと見つめてくる。
ちょっと・・・いや、だいぶムカつくな、この人。
僕はこういった嘲りには耐性がある方だと思っていたけど、この人のは何故か心を抉ってくるんだよね。
でも、こんな挑発にいちいち付き合ってられないし、僕はさっさと会話を先に進めることにした。
「僕は死んだということですね。そして、ここは僕にとって異世界であると」
その僕の言葉を聞いて、女性は何かつまらなそうな表情を浮かべる。
この女性が望んでた答えじゃなかったんだろうけど、僕の知ったことじゃない。
「つまり、異世界転生ですか?」
これが夢じゃないなら、結論はこれしかないだろう。
会社の寮では良くネット小説を読んでたし、転生ものは僕の好きなジャンルだ。
フィクションでは知っていても、まさかリアルでそれが我が身に起こるとは思っていなかったけど。
「何よー、そのリアクション、つまらないわねー。もう少し、焦ったり、キョドったりしなさいよー」
女性が口を尖らせながら文句を言ってくる。
何とも理不尽な文句だ。僕が焦っていないことが気に食わないなんてね。
「死んだ身の僕に焦れと言われましても。・・・で、正解ですか?」
「ふんっ・・・はいはい、そうよ。そうでーす。異世界転生でーす」
女性が先程までとは打って変わって不機嫌そうな表情を作り、投げやりに言ってくる。
せっかく清楚な美人っぽいのに、だいぶ残念な人だ。
「そうですか。で、僕を転生させてどうしようって言うんですか?僕は特別な能力も知識も持ってませんよ?」
こういうのは異世界で役立ちそうな人が転生するものじゃないだろうか。
僕は学校の成績はそれなりにいいけど、体力がないから異世界転生なんてしてもすぐ死ぬと思うぞ?
いや、赤ん坊からのやり直しなら、体力面は鍛えれば問題ないのか?
「何も裸一貫で放り出そうって訳じゃないわ。能力はちゃんとあげるわよ」
僕を揶揄うことを一旦諦めたのか、女性が少しだけ真面目な表情になって言ってくる。
嘲るような笑みを浮かべている時はムカつくけど、真面目な表情をするとその美貌が強調されて、ちょっとドキドキしちゃうな。
「能力をくれるって、神の恩恵ってことですか?」
「そう言うことよ。・・・なんか、話が早すぎてつまらないわ、貴方。あんだけの事件を起こしたんだから、神の電波がー!とか、大宇宙の意思がー!とか言う感じの、もっと頭のおかしなきっちきちな奴を想像してたのにー」
女性は腕をぶんぶん振りながら、可愛らしく拗ねている。
仕草は可愛らしくはあるけど、言っている内容は全然可愛くない。
自分でも結構な事件を起こした自覚はあるが、それだけで僕という人間を評価されても困るんだよな。
「貴方の僕に対する想像は自由ですが、違ったからと言って責められても困りますよ」
「・・・そのいちいち冷静な態度も何か腹立たしいわ。死んだ人間って、もっと混乱するものでしょー!」
女性は地団駄を踏みだす。
リアクションが可愛いを通り越して、幼い子供になっている。
ホント、残念美人さんの様だ。
「さあ?僕は死ぬのは初めてなので、良く分かりませんね」
「ぐぅぅぅ、貴方、友達少なかったでしょ?」
悔し気に女性が僕を睨む。
僕が意図的に発した冷たい答えが、お気に召さなかったらしい。
「はい、そうですね。少ないと言うかいなかったです。唯一の同年代の友人は、僕がこの手で殺しましたし」
「・・・サイコね、貴方サイコだわ。冷静に狂ってるタイプ。一番、性質が悪いタイプじゃない。ひゃー、こわー」
女性が今度は引き始めた。
僕から遠ざかりながら、腕で自分の身体を抱きしめていかにも怖がってますといった風な仕草をする。
ただし、その目は完全に笑っているけど。
明るく揶揄ってきたり、拗ねたり、怒ったり、引いたり、なんか感情豊かな人だな。
でも、この女性。
異世界転生の時にいて、神の恩恵を与えられるってことは・・・。
「ところで、貴方は神様なんですか?」
「とんでもねえ、あたしゃ神様だよ」
女性が何故かドヤ顔で返してくるけど、何かのテンプレ返答なのだろうか?
良く分からないからスルーしよう。
「はあ、そうですか。やっぱり神様なんですか」
「リ、リアクションしろー!私が一人馬鹿なこと言ってるみたいじゃないのよー!」
みたいじゃなくて、正に一人馬鹿なことを言ってるだけなんだけど、指摘しない方が良いよな。
下手に突っ込んでも、うるさそうだし。
「で、神様が僕に何をさせたいんですか?」
「ぐぅぅ、マイペースなやつね。・・・仕方ない、真面目に答えるけど、貴方の力を借りたいのよ」
借りたい?僕の力を?
どう考えてもミスキャストな気がするけど。
「何故わざわざ、僕みたいな普通の人間の力を?」
「あらぁ、あなたぁ自分でぇ自分のことをぉ普通だとぉ思ってるわけぇ?」
女性が、絶対に綺麗な女性はしてはいけないタイプの、強烈に顔を歪めた笑顔を見せる。
その表情で僕に対して、何言ってるんだこの馬鹿野郎、って伝えたいんだろうな。
「・・・なるほど、人殺しの僕の力を借りたいということですか?」
先程からこの女性は僕の事件のことを口にしているし、それを知ってわざわざ僕を選んだ様だ。
と言うことは、理由は全く分からないけど、殺人犯の僕が必要だったということだろう。
でも、殺人犯が必要って・・・、確実に碌なことじゃないよな。
「ええ、そういうことよ。・・・私からのお願いはね、この世界にいる、ある存在たちを消して欲しいの。消すってのは、もちろん殺すってことよ」
「ある存在たち?」
妙に不明瞭な言い方だ。
殺して欲しいというなら、正体をぼかす必要も無いと思うけど、何か理由があるんだろうか?
「ええ、貴方の世界的に言えば、魔王とか邪神とか、そう言った連中と思ってくれればいいわ。つまり有り体に言えば、貴方の使命は魔王軍との戦争ってことかしらね。・・・おお、勇者よ、死んでしまうとは情けない!」
女性が一流のオペラ歌手の様な美声で歌うように付け加えてくるが、内容は酷く下らない。
と言うか、古い。
「そういう世界を救う系のお話なら、僕じゃ無くたって、正義のためにって喜んで戦う人がいっぱいいそうですけどね」
勇者なら、僕みたいな殺人犯よりも、もっと熱い正義に燃えるような人のほうがいいんじゃないだろうか。
僕は勇者なんて柄じゃないし、この女性が言うように僕がサイコだとするなら、サイコ野郎に力を与えても世界に混乱しか起こさないと思うけどね。
そんな僕の言葉に、女性は頭を横に振りながら答えてくる。
「・・・それじゃ駄目なのよ。貴方は分かっていそうだけど、戦いって決して綺麗なものじゃないでしょ?戦う過程で汚い行いをすることも、時には必要となるわ」
まあ、それは僕も納得できる。
戦争が善と悪の戦いだと思ってるのは小さな子供か、よっぽどの馬鹿だし、実際戦いになれば勝つためにいくらでも汚いことをする必要が出てくるだろう。
「だからね、正義のためとか言って戦いに出る様な奴を採用しても、結局汚いことが出来ずに潰れて終わるの。戦い続けることが出来るのは、元から狂っている奴だけ。私が必要としてるのはね、そう言った善とか悪とかを超越して完全に狂っている存在なの」
この女性の言いたいことは分からなくもない。
本当に正義や善を信じて戦争している奴がいるなら、そいつは戦争中に自分が行った汚い行為で壊れるはずだし、壊れないならもともと狂っていたということだろう。
「だから異世界で活きが良くて狂っている死人を探してたんだけどさ、遂にヒットしたのが貴方だったのよねー、ゲッツゲッツ」
またこちらを小馬鹿にしてくるような笑顔を見せて、女性が僕を両手で指差してくる。
その仕草が、いちいち僕をイラつかせる。
人を指差してはいけませんって習わなかったのか、この人?
「仰りたいことは理解できます。・・・僕があなたの探している狂った奴だってことに納得は出来ませんが」
僕がその完全に狂っている奴であるという決めつけには明確に異論を挟みたいところではあるけど、大量殺人犯なのは事実なので、完全に否定もできない。
「でも、なんでこの世界内で探さないんですか?この世界にだって人はたくさんいるんでしょう?」
異世界から死んだ人を召喚するなんて、だいぶ効率が悪いことの様な気がする。
でも、女性は僕のその言葉に、ハッっと溜め息交じりの笑みを浮かべた。
「そりゃ、この世界に居ればそれで済ますわよ。居ないから、わざわざ異世界から貴方を呼び寄せたんじゃない」
まあ、それは確かにそうだろうけどさ。
その理由を知りたいんだよなと僕が思っていると、それを表情から読み取ったのか、女性が言葉を続けた。
「理由はいろいろあるんだけど、一番の理由は固定観念ね。この世界は神に直接支配されてから随分時間が経っているから、人は皆、問題が起きても最終的に神が何とかしてくれると信じている。つまり、この世界に住む人々ってのは基本的に他力本願なのよ。自分の力で世界を救おうって気概が無いの」
僕としても明確な絶対者がいるんなら、それに依存してしまう気持ちは分かる。
でも、神様がそんなに敬われているんなら、人間は神様の命令に絶対服従じゃないのか?
「人々が神様を敬っているなら、それこそ神様が人々に世界を救えと命令すればいいんじゃないですか?」
僕がそう問いかけると、女性がそれ言われると思ったわと言った感じの表情で、自嘲が籠った笑みを浮かべる。
「貴方の様な異世界の住人には理解しづらいかもしれないけど、この世界は神が直接管理している世界。それ故に、神への信仰心と世界の維持が密接に結び付いてる世界なの。だから、神がそんな自分の無能をさらけ出す様な命令をして、万一この世界の人々の神に対する信仰が薄くなってしまったら、世界そのものが崩壊しかねないのよ。・・・神の一柱として情けない話だけどね」
仕組みは良く分からないが、この世界の神様は人々の信仰心を糧に生きている存在なのかもしれない。
そして、人々から集めた信仰心を消費して、世界を維持しているのだろう。
「だからね、貴方が最適なのよ。神への信仰心を基本的に持っていない民族。貴方の世界の中でも、特に貴方の出身国は良いわね。住民のほとんどが無宗教。何らかの高次存在やスピリチュアルなものは信じていても、それに依存することは全く無い。最高だわ!」
女性がいきなり興奮した様に飛び跳ねる。
本当に喜怒哀楽の激しい人、いや、神様だな。
それに、無宗教が最高って、神様の言葉とは思えないよ。
「神様から無宗教を褒められる日が来るとは思いませんでしたよ。・・・でも、理由は分かりました。それで、具体的には僕はどこにいる誰と戦わされるんですか?」
「それはまだ話せないわ。相手は複数いるし、それを全部教えちゃうと、貴方にも固定観念を植え付ける危険性があるから。先ずは世界を自らの脚で歩いて、自分自身の体験を通してこの世界の情勢を知って欲しいのよ。そうしたら、改めて貴方にターゲットを知らせるわ」
名前を伝えるだけで、僕に何らかの固定観念が生まれるって・・・、そいつらどんだけ影響力のある存在なんだ。
早速、嫌な予感しかしない。
それに、ターゲットを知った僕が絶対に殺しの命令に従うと、この女性は信じているのだろうか?
ターゲットの中に生まれたばかりの赤ん坊とかがいたら、流石に僕も躊躇すると思うぞ?
「そのターゲットを知った時に、僕が拒否したらどうするんですか?」
「それは貴方の自由意思よ。神である私でも貴方の意思を束縛することは出来ないわ。その時にどうするかは貴方自身が決めなさい。この世界の行く末がどうなるかを、ね」
今まで見せなかったとても真剣な表情で女性が言う。
冗談ではないのだろう。
でも、異世界から来た17歳の僕に世界の命運を握る決断をさせるとか、どう考えてもおかしい。
「僕みたいな若造に判断させるには、随分重い話な気がしますが?」
僕の問いかけに、女性が笑う。
先ほどまでの馬鹿にしたような笑いではなく、どこか安心したような笑いだ。
「そう思えるなら貴方は大丈夫よ。結局のところ、誰に委ねたって重い判断なんだから。逆に、軽い気持ちでお任せあれ!とか言っちゃうお調子者には、こういう重い判断は任せられないわ。そう言う奴って100パー馬鹿だから」
女性が肩を竦めながら言う。
そういった異世界人を扱った経験でもあるのだろうか。
何故か実感がこもっている。
「分かりました。・・・では、取り敢えず僕に頂ける能力についてお聞きしても?」
僕みたいなヒョロチビが戦うんだ。
それ相応な能力を貰わないと、子供相手でも負けかねないしね。
「能力の内容は貴方の自由よ。出来る限り要望に応えるわ。でも、私も全知全能じゃないから、叶えられない能力もあるわよ」
自由とは随分奮発してるな。
それだけ状況が悪いということの裏っ返しでもあるんだろうけど。
でも、自分で全知全能じゃないと認める神様ってのも、どこかシュールだな。
「僕の世界では、神様って全知全能とされてましたけど。この世界では違うんですね」
「・・・貴方、分かってて言ってるでしょ?全知全能なら、そもそも異世界から人を呼んで助けを請うたりしないわよ」
女性が頬を膨らませながら、拗ねた様に言う。
確かに分かってて言ったけど、中々に可愛い拗ね方をする神様だ。
きっと、強い力を持ってるからこそ、自分の力だけではどうしようもない現状にもどかしさを感じているのだろう。
そんな女性は拗ねながらも続ける。
「それにね、神の私から言わせて貰うけど、この世界に限らずどんな世界でも全知全能の神なんて在り得ないわよ?だって、そんなのがいたら、世界自体が必要ないじゃない。・・・そいつは一人で全知全能なんでしょ?貴方の世界の考えにもあったわよね、個にして全、全にして個、だっけ?それなら、全知全能が一人いたら、他の存在は一切不要よ」
僕はその女性の言葉になるほどなと思ってしまった。
確かに、不完全だからこそ補完すべき他者が必要なのであって。全知全能の神が1柱いたら、世界やら人間やらなんて余計なものを作る必要がない。
何故なら、全知全能の神が1柱いる時点で、全ては完璧なんだから。
「すみません、納得です。異世界と言え、神様に生意気な口をきいてしまいました」
「ふん、まあ、分かればいいのよ。で、どうする?どんなスキルが欲しい?・・・言っておくけど、この世界は剣と魔法の世界よ。剣術が良いかしら?それとも魔法?個性を大事にするタイプなら異能とか?さあさあ、何にするのよ?強力なアイテムが欲しい?ねっとりずっぽりハーレムで酒池肉林?」
他のは良いとして、ハーレムって能力か?
突っ込みたかったけど、また話が停滞しそうだったから、取り敢えず無視することにしよう。
女性はニヤニヤして、明らかに僕の突っ込み待ちだし。
「そうですね。・・・では、どんな相手でも思い浮かべた手段で殺せる能力を頂きたいと思います。可能ですか?」
「あら、結構無茶な能力を要求してきたわね。そりゃ、明確に想像できる範囲内での殺し方なら可能だけど、・・・どんな相手でもってことは、当然私たち神も含めてってことよね?」
「・・・はい、そう言うことになりますね」
女性にはちゃんと意図が伝わっていたらしい。
それを知った上で、この神様は僕にその能力を授けるのだろうか。
神である自らを殺せる能力を、人間の僕に。
でも、そんな僕の懸念を吹き飛ばす様なあっけらかんとした言い方で、女性は答えを返してきた。
「オッケーオッケー。分かったわ、その能力を授けましょう。世界の維持に支障が出ちゃうから、無差別に神を殺すのは止めておいて欲しいけどねー。でもまあ、邪魔なら神でも何でも、殺しなさいな」
女性が実に楽し気な笑顔を浮かべる。
僕も別に理由なく殺すつもりはないけど、確かに邪魔なら神様でも殺すしかない。
しかし、この女性、同族である神様が僕に殺されたとしても何も感じないんだろうか?
まあ、僕の心配してあげる様なことじゃないけどさ。
「分かりました。無差別には殺さない様に心掛けます」
「心掛けます、か。・・・ふふふ、神相手に神を殺す気満々ですって宣言する人間に初めて会ったわ。ホント、サイコね、貴方」
女性が僕の目を見つめながら、茶目っ気たっぷりに笑う。
その殺される神様に自分が含まれる可能性も、ちゃんと自覚しているだろうに。
それでも僕にそんな能力を与えても良いと、本気で考えているのかな?
いや・・・きっとこの女性は、例え自分が殺されたとしても、それはそれで面白いと思ってるんだ。
死の欲動でも持ってるのか、この人?
僕をサイコって呼んだけど、この人だって十分そうじゃないか。
「サイコですか・・・今回は誉め言葉として受け取っておきます」
「いやいや、褒めてないわよ。・・・まあ、良いわ。じゃあ、私からのサービスで、貴方の肉体を強化する恩恵も追加で与えましょう。貴方、虚弱そうだし、簡単に死なれても困るしね」
確かに僕は虚弱だ。
剣と魔法の世界で、ガチガチやっていけるほどの体力はない。
だけど、これから恐らくは多くの存在を殺すことになる僕が、一人死なずに済む能力を得るというのも、何か違う気がする。
「いえ、それは不要です。僕は無敵モードで相手を虐殺する趣味は無いんですよ。殺すなら、殺される覚悟が必要だと思いますから」
一人だけ無敵状態で無双するつもりはない。
そんなつまらない殺戮作業をする羽目になるなら、他の人に代わって欲しいとさえ思う。
僕の表情からそんな考えを読んだのか、女性は呆れた様な笑顔を見せた。
「相手の命も自分の命も等しく無価値、か。・・・ホント、壊れてるのね、貴方。・・・でもね、安心しなさい。私が与えようとしている能力は貴方が考えているような都合のいいものじゃないわ。これは殺した相手の命を取り込む能力よ」
「命を取り込む?」
「ええ、貴方の世界風に言えば、殺した相手の数の分だけ自機がワンナップすると言ったほうが分かり易いかしらね?」
相変わらず、どこか時代を感じる表現だが、内容は理解できる。
100人殺せば、100回死んでも大丈夫な身体になるということだろう。
「でも、結局それって、殺した数だけ無敵になるってことになりませんか?」
「ならないわよ。復活するとは言え、一回死ぬのよ?・・・貴方、元の世界では一瞬で死ねたみたいだけど、刺されたり殴られたりして死ぬのってかなり苦しいわよ?それこそ死にそうなくらいにね」
確かに僕は爆発で死んだから、死んだ瞬間の痛みの記憶はない。
そのせいで、自らが死ぬという苦しみを軽く考えている可能性は否定できないね。
そんなことを考えていた僕だったんだけど、次の瞬間、背中に強烈な怖気を感じて固まった。
目の前に立つ女性の笑顔を見てしまったんだ。
「うふふふ・・・死んでも何度も復活しなくちゃいけない地獄の苦しみ、貴方には耐えられるかしら?」
人の死を眺めるのって心底楽しい、と言わんばかりのサディスティックな笑顔。
きっとこれが、この女性の本性だ。
神様と名乗ってるけど、ホントはこの人の方が邪神や魔王とかじゃないのか?
僕が固まっていると、それに満足したのか女性が言葉を続ける。
「あらあら、怖がらせちゃったわね。大丈夫、私はちゃんとした神よ。その証拠に、そうね、君にいろいろサービスしてあげちゃう。言語スキル、お金、衣服、装備、各種マジックアイテム、収納魔法あたりを付けてあげるわ。それと外見ももう少し大人っぽくしましょう。今のままじゃ小っちゃくて、この世界じゃ子供扱いされかねないし」
女性が僕に近付いて来て、僕の額に手を乗せる。
温かく柔らかい女性の手と鼻腔をくすぐる甘い匂い。
胸の鼓動が早くなっていくのが分かる。
考えてみれば、僕は同年代の女性と肌が触れ合った経験などほぼない。
将来は魔法使いや賢者になれることが確定していた身だ。
チェリーな僕にとってその美しい女性の接近は、刺激が強過ぎた。
「あらあら、こっちの方は随分と初心なのね?貴方には他のサービスの方が良かったかしら?そっちも今から付けてあげようか?・・・ふふふ、カジュアルなご休憩タイプが良い?それとも一晩しっぽりタイプにする?」
僕の動揺に気付いたらしい女性が揶揄う様に言ってくる。
身体を密着させて来て、女性の妙に出っ張っているいろいろな個所が僕に当たっている。
駄目だ、こういった面では僕の防御力はゼロに近い。
「うふふ、君の弱点発見ね。・・・っと、身体の変化も完了したみたい、あら、結構男前じゃない。ちょっと女性的だし、母親似なのかしら?」
その女性の言葉を聞いて、今までドギマギしていた僕の感情がスッと一気に冷え込む。
僕の外見が母親に似ているだって?
そんなの死んでも御免だ。
「あらら?私、地雷踏んじゃったのかしら?・・・ふふふ、冗談よ。私の見立てじゃ、あの母親には似てないわよ、ほら」
悪戯っぽい笑みを浮かべていた女性が、どこから出したのか大きな姿見を僕の前に置く。
そこに映るのは、今までのヒョロチビだった僕ではなく、背が高くなり身体つきも逞しくなった別人だった。
外見年齢は元の身体と同じで17~18歳くらいと言ったところか。
顔は少し精悍な感じになっているけど、元の面影はちゃんとある。
決して母親には似ていない、僕は父親似なんだろう。
身長は目の前に立つ女性を少し超えていた。
おそらく170センチ以上はあるだろう。
元は150センチちょっとだったのに、急成長だ。
伸びた身長に合わせて、着ている服も、この異世界のものなのか少しエスニックな雰囲気なものに変わっている。
「これが、僕・・・ですか」
「ほらほら、自分に見とれてないでよ、ナルシスティックイケメンさん。収納魔法も使えるようにしといたから、そっちにお金と装備類、あと予備の服なんかも入ってるわ。収納魔法の中の広さは無限で時間の経過も無いから、何でも入るし冷蔵庫代わりにもなるわよ、食べ物は用意してないけど。言語の方も大丈夫よね?ワタシノコトバ、ワカリマスカー?」
わざとらしい変な発音で話しかけてくる女性。
さっきまではずっと日本語での会話だったけど、今はもう日本語を話してはいない。
僕も、女性も、この世界の共通言語を使っている。
収納魔法とやらも理解できた。
頭の片隅にずっとポップアップウィンドウが開いてるような、不思議な感覚。
そこには、金貨や、剣、指輪なんかが表示されていた。
使い方も勝手に頭に入っている。
「じゃあ、これから旅に出て貰うわけだけど、完全に一人っきりにはしないから安心して。私のほうから念話チャンネルを繋いでおくわ。私に聞きたいことがあったら、心の中でいつでも念じなさい。暇だったら答えてあげるから」
暇だったら答えるって、行けたら行く、くらい信用ならないよ、それ。
でもこの女性は、本性はともかくとして面倒見は良さそうだ。
揶揄ってるだけで、ちゃんと便宜を図ってくれるつもりなんだろう。
「ありがとうございます。・・・そう言えば、まだお名前を伺ってませんでしたね。僕の名前はご存じでしょうけど」
「ふふふ、私はタナトスよ。不束者ですが、これから末永くよろしくね、シュウ君」
僕をシュウ君と呼びながら、女性が蠱惑的な笑みを浮かべる。
タナトス。
死を司る神。
やっぱりこの人が邪神で、ラスボスが最初に会った神様だった・・・って言うパターンなんじゃないの?
女性の笑顔を見つめながらそう思ったけど、僕は声には出さなかった。
3話分予約投稿済みです。
・21日土曜日 22時 第3話
・22日日曜日 21時 第4話
・22日日曜日 23時 第5話
よろしくお願いいたします。
20170121
感想でご指摘がありました点を修正しました。
主人公がネット小説を読んでいたことを明記しております。
「ゴーレムヒーロー 正義?何それ、美味しいの?」という作品も書いております。
http://ncode.syosetu.com/n1966ds/
よろしければ、そちらもご覧ください。