第1話 人生にムカつきました
こちらの作品は、拙作「ゴーレムヒーロー 正義?何それ、美味しいの?」の初期プロットを作品化したものとなります。
今後、「ゴーレムヒーロー」と合わせて、並行して執筆していく予定です。
初期プロットとは言っても、内容はほぼ完全に別作品と言える状態で、所々似た設定を発見できる程度かもしれません。
また、「ゴーレムヒーロー」との最大の違いは、こちらの主人公は生い立ちが原因で完全に壊れています。
その為、基本的に人を殺しまくります。
そう言った作品が苦手な方はご注意ください。
※ご注意
残酷なシーンがあります。
僕の名前は土岐島秀一郎という。
定時制の高校に通う17歳だ。
僕のことを紹介するには何から語ればいいかな。
そうだね、ベーシックに生い立ちから話そうか。
僕は東京の一等地に豪華な家を持つ両親の下に生まれた。
父親はある会社の経営者。
ビジネスマンとしてかなり成功してて、別荘なんかもいくつか持っていたらしい。
らしい・・・って言うのは、僕は父親のことを良く覚えていないからなんだ。
父親と母親は僕が3歳になる前に離婚した。
父親は別に女性を作って、手切れ金としてこの家と結構なお金をうちの母親に残したらしい。
こう言うと、なんて酷い父親だ!って皆憤慨すると思う。
でもね、僕はそうは思わない。
しょうがなかったんだろうな、って僕は思うんだ。
何故か。
それは母親のことを、僕は良く知っているから。
僕の母親は世間一般的に言えばかなり美人の類。
派手な感じではないけど、その分清楚な感じがするって言われそうな感じの美人さ。
でもね、良いのは外身だけ。
その中身は一言で言えば、クズだよ。
母親をクズと言うなんて、酷い息子だって思うかい?
じゃあ、僕の小さい頃話をしよう。
普通、子供の頃って楽しい思い出がいっぱいあるよね。
美味しいものを食べたとか、遊園地に行ったとか、お母さんに優しく抱っこしてもらったとか。
きっと普通の人はさ、アルバムなんか見ながら懐かしくその情景を思い出すんだろ?
でもさ、僕の小さなころの思い出はね、たった一つなんだよ。
それは、飢餓。
猛烈な飢えの記憶。
別にうちは貧乏じゃなかったよ。
父親は家と結構な額のお金を母親に残していたんだから。
じゃあ、何で僕が飢えていたか。
答えは簡単さ。
母親が僕に食事を与えなかったからだ。
いわゆる育児放棄ってやつだね。
暴力をふるう訳じゃない、言葉で傷つけてくるわけじゃない。
ただ僕は、母親から自分の子供として認識されて無かった。
母親は僕に一切興味がなかったんだ。
でも、流石に死なれるのは不味いと思っていたんだろうね。
あまり家には帰って来ない母親だったけど、帰ってくると偶に残飯みたいな食事を与えられたよ。
いや、そんなゴミでも僕にとっては美味しかったね。
強烈に空腹だったから。
僕の小さい頃の記憶は飢えとの戦いしかない。
知ってるかい?
栄養失調になると、逆にお腹が出てくるって。
社会の教科書とかに載っている写真とかで見たことはあるだろ?
僕もそうだった。
手足が細いのに腹がポコッと出てさ。
母親が僕のそれを見て、手を叩いて大笑いしてたのをよく覚えてるよ。
だって、母親が僕に見せた笑顔の記憶はそれくらいだからね。
小さい頃は良く庭に生えてる食べれそうな草とかも食べてた。
笑えるだろ?
豪邸に小さな子供が一人で住んでいて、その広い庭で食べれそうな草を物色しているんだ。
家の中には一切食べ物は無かったからね。冷蔵庫の中もいつも空っぽ。
でもガスと水はあるから、草を煮るのさ。
生だと危ないし、不味いからね。
いや、茹でたって結局不味いんだけどさ。
今考えてみれば、母親はお金とか通帳とかを家の中のどっかに隠してたのかもしれないね。
でも、まだ小学生にもなっていない僕じゃ、そんなのは見つけられなかった。
見つけようと考える知恵すらも無かった。
だから、いつもお腹を空かせながら、何日後に帰ってくるかも分からない母親を只々待ち続けていたっけ。
でもね、その頃は、別に母親を憎んでなんかいなかった。
逆に、お腹を空かせた僕にご飯をくれる優しい人、とすら思っていたんじゃないかな。
小さな子供だったんだ、しょうがないだろ?
僕にとって、自分の家の中だけが世界の全て。
その時の僕に、外の世界に助けを求めるなんて発想はなかったんだ。
でも、そんな僕にも外の世界へ出る転機が訪れる。
それは僕が6歳になったとき。
そう、小学校入学だよ。
母親は一応社会的な体裁だけは気にしてたんだろうね。
入れてないと児童相談所から相談員がやってくると危惧したのか、僕を小学校に入れたんだ。
僕にとって初めて知る外の世界。
初めて会う母親以外の人間。
うちは少し住宅街から離れた丘の上にあったから、近所の人なんかもいなかったし。
テレビでは見ていたけど、物心ついて以降、直に接する他人はほぼ初めてだったよ。
当然そんな僕が、まともにコミュニケーションなんか取れるわけもない。
先生からは言葉が離せないんじゃないかと心配もされたね。
確かに何の教育も受けてなかったから、字はほぼ書けなかったけど、喋れはしたよ。
きっと家を出て行った父親は、ある程度まともな人だったんだろう。
赤ん坊の僕にちゃんと話しかけてくれていたんだろうね。
だから言葉だけは何とか話せたんだ。
字が書けないと言えば、困ったのが筆記用具。
あの母親だ、当然そんなものを用意はしてくれていない。
でもその代り、うちが貧乏なんだなと勘違いした担任の先生が用意してくれた。
初めて貰った新品の文房具。
新品のものを自分のものにするなんて初めての経験だったから、すごく感動したね。
だって、いつも着てる服はどこで手に入れたんだってくらいボロボロのお古。
母親としては僕にお金なんて一切使いたくなかったんだろうね。
下着すら新品だったことが無いよ。
サイズも滅茶苦茶で、同級生からは気持ち悪がられて避けられてたっけ。
一応、ちゃんと自分で洗濯してるし、毎日お風呂に入っていたから清潔だったんだけどね。
子供は見た目で判断するから、まあしょうがないけど。
そんな僕にとって、小学校に入って一番の衝撃だったもの。
それは給食だ。
こんなに美味しいご飯が世の中にあるなんて。
給食はいつも一番の楽しみだった。
同級生が嫌いだって残す魚とか野菜とかを、いつも隠れてタッパーに入れて持って帰ってたっけ。
あれが不味いと感じるなんて、あいつらどんな味覚してたんだろうね?
学校は楽しかったよ。
友達は全然出来なかったけどね。
コミュニケーションもまともに取れない、ボロボロの服を着ている男の子。
しかも栄養失調気味で背も低くてガリガリ。
確かに好かれる要素は全くないよね。
自分でもそれは何となく分かってたから、同級生とはちゃんと距離を置いてた。
その甲斐あってか、いじめは受けなかったよ。
多分、陰で“何とか菌”みたいな悪口は言われてたと思うけどさ。
でも一方で成績は良かったんだ。
だって家に帰っても教科書を読む以外することが無かったからね。
家に本なんかほぼないし、テレビはあるけど見てるとなんか寂しくなるんだよね。
その頃には外の世界ってものが分かりつつあったし、自分の境遇が何かおかしいってことにも気付き始めてたから。
相変わらず母親はひと月に一回くらいしか帰って来ないし、その頃にはテーブルの上にお金が置いてあるようになってた。
死なない様にこれで何か買って勝手に食え、ってことだったんだろうね。
そんな状況だったから、テレビで家族の一家団欒とか見ちゃうとさ、もう・・・ね。
学校で友達がいなくても耐えられるけど、家に家族がいないのって、結構つらかったよ。
子供にとって一番暖かいはずの場所だからね。
僕と家族との唯一のつながりは、テーブルの上のお金。
でも、置いてあるお金はいつも微々たるものだったから、自然と自炊が凄く上手くなっていったよ。
料理番組とか見て覚えたんだ。
絶対に買えないような食材の時は、すぐにテレビを消したけど。
だって滅茶苦茶美味しそうなんだもん。
そんな僕の小学校6年間。
母親に会うのは年に数えるほど。
会っても一瞥されるだけで、声もかけて貰えなかったけど。
今思えば、きっとその頃既に母親は他の家庭を持っていたんじゃないかな。
それで僕のことは言い出せずに、あの豪邸を犬小屋代わりにして僕を飼育していたんだろうね。
母親にとっては、豪邸に勝手に住んでいる邪魔なガキくらいの位置づけだったんじゃないかな。
小学校卒業の頃には、母親に愛を求めようなんて考えは一切持ってなかったから、別にいいんだけどさ。
僕にとって一番の心配事は、いつ母親がお金を置いて行かないようになるかっていうこと。
その恐怖の方がずっと大きかったよ。
だって、餓死するだろ。
お金がないとご飯を食べれないんだよ、当たり前だけど。
僕の家の中はモデルハウス並みにガラッとしてて、小学生が売ってお金に出来そうなものなんて全く無かったしさ。
で、次の転機だ。
それは中学校入学。
さて困った。
わかるだろ?制服だよ。
うちの母親は、爽快なくらい僕に対しては何も買い与えない。
置いていくお金の中で、なんとか食費を切り詰めて最低限の日用品を工面していたけど、制服は高すぎて手が出なかった。
僕の行く中学校の制服は普通の学ラン。
だから、近所を練り歩いて一軒一軒にお願いしたんだ。
小さくなった、着なくなった学ラン余ってませんかって。
そんな僕を奇妙な目で見る人がほとんどだったけど、中には物を無駄にせず大切にするいい子ねと、ママ友に連絡して制服を探してくれる人もいたよ。
だから、制服はこんなに着ないよってくらい集まった。
くれた人には申し訳なかったけど、最終的に状態のいい制服は街の古着屋に売ってお金に換えたんだ。
中学校に行くにはいろいろ物入りだからね。
そんな感じで始まった僕の中学校生活。
でも、それは余り小学校と代わり映えしなかったよ。
筆記用具は流石に自分で揃えたし、教科書は暇つぶしに何度も読み返してて成績は良かったし、相変わらず友達は全くいないし。
僕は明確ないじめを受けないまでも、無視し、敬遠される存在だったからね。
まあ、生まれてからずっと母親に無視されている僕が、今更同級生に無視されたところで気にはならなかったけど。
でも、一つだけ中学校生活で非常に残念だったことがある。
それはお昼・・・給食が無かったんだ。
うちの中学校は弁当制。
皆、親に作ってもらったお弁当を持ち寄ってワイワイ食べてた。
僕ももちろん弁当は持って行ったよ、自分で作った奴をね。
自分で言うのもなんだけど、小さいころから自炊してた僕は料理が上手い。
だから当然その弁当も美味しいんだけど、なんだろう、同級生のお弁当を見ながら食べる自分の弁当は凄く味気なかった。
奮発して買った豚肉で作った生姜焼きも、美味しく感じることが出来なかったよ。
家で食べると美味しいのに、不思議だよね。
そしてそんな中学校生活も半ば。
もうその頃には自分の母親がおかしいことも、子供がほぼ一人暮らしになっている自分の家の異常性にも完全に気付いていた。
だから、僕がもっぱら考えてたのは、中学卒業後どうしようかってこと。
あの母親に高校なんて行かせてもらえるわけがない。
だから就職先を探さないといけないし、恐らくは家も追い出されるだろうから住むところも必要だった。
僕は小さい頃の栄養失調が祟ってか、背が低くてヒョロかったから、力仕事なんて無理だし。
とは言え、中学卒業してすぐに頭脳労働系の職業に付けるわけもない。
そこで選んだのが、新聞配達だった。
中学生でも雇って貰えて、ちゃんと稼げる仕事。
寮のある会社もあるはずだから、中学卒業したらそこで生活できる。
取り敢えずは路頭に迷うこともない。
早速、少し離れた場所にある新聞販売店にバイトとして雇って貰いつつ、卒業後のこともお願いした。
中学校の先生に進路相談でそのことを話したら、凄く驚かれたっけ。
自慢じゃないけど、常に成績は学年で10位以内だったから。
高校進学を薦められたし、奨学金だなんだって紹介されたけど、僕は早く独り立ちしたかったんだ。
そうしないと、いつまでもあの母親に飼われている自分を惨めに感じてしまうから。
そして、中学を卒業した日。
卒業証書の入った筒をクルクルと回しながら家に帰ったら、テーブルにメッセージが置いてあった。
お金以外が置いてあるなんて初めてだ。
久しぶりに見る母親の手書きの文字。
そこには僕が中学を卒業したことへのお祝いのメッセージが書かれている・・・わけもなく、ただこう書かれていたんだ。
―義務教育は終わった。家から出て行け。
ってね。
清々しいくらいぶれない母親だろ?
僕も予想していたからショックじゃなかった。
自分のものなんてあまり持ってないし、既にバッグに詰め終わっていたから、それを持って早速家を出て行ったよ。
僕が生まれてから15年間暮らした家。
部屋の隅で空腹に苦しみ、庭では草を摘んで食べ、台所でせっせと自分のお弁当を作った僕の家。
さようなら。
きっともう思い出すこともない。
そして僕の寮生活が始まった。
なんだろ、楽しかったよ。
寮生活は滅茶苦茶楽しかった。
周りはいろいろな事情から住み込みで働いている人たち。
一癖も二癖もあるけど、皆僕のことを仲間として受け入れてくれた。
彼らは初めて出来た僕の家族だったんだ。
中には僕の境遇なんて鼻で笑い飛ばせそうな生い立ちの人もいて、なんか申し訳ない気分にすらなったよ。
それまで僕は自分が一番不幸だと思っていたから。
いやいや、甘ちゃんだったね、僕は。
そんな仲間たちと、それから一年間頑張って働いた。
社会人として初めての給料を受け取ったときは、感動して涙が出たね。
決して高い給料じゃないのは分かっているけど、僕にとっては初めて持つ大金だったし、今まで自由に使えるお金なんてなかった僕としては、何を買おうかと使い道を考えるだけで楽しかった。
そして、そんなお金の使い道に悩んでいる僕に、ある人が忠告をしてくれたんだ。
その人は寮仲間の長老格の人。
僕が良く寮の食堂で話す人で、中卒でいろいろな職歴があるおじさん。
少し頼りなさげな割に、責任感がとても強くて皆からも尊敬されてた。
その人が僕にアドバイスしてくれたんだ、定時制高校に通えって。
お前は折角頭がいいんだから、せめて高校は出とけと。
僕はそのアドバイスに従って、定時制高校の門を叩いた。
人生に変革をもたらしてくれるはずの高校の門をくぐる僕。
でも今思うと、これは僕の人生の新たな門出なんかじゃなく、逆に終局への入り口だったんだけどさ。
そして、僕は世間からは一年遅れの高校一年生になった。
仕事と学生の二重生活は疲れたけど、高校生活は新鮮だった。
もちろん定時制だからってのがあったんだろうけど、高校は小学校や中学校とは全く違う世界だったよ。
そこにはホントに雑多な人がいて、老若男女問わない生徒が揃っていた。
明らかにヤンキーチックな人もいたし、何でここにいるのって聞きたいくらい真面目で品の良さそうな人もいた。
職業や経歴もいろいろで、話題も様々。
授業中も休み時間も笑い声が絶えない良い学校だった。
そんなクラスメイトの中で仲良くなった人がいた。
雄二君という僕と同い年の男の子。
ちょっとヤンキー入ってるんだけど、ヤンキーに憧れているだけで根は良い子ってタイプの子だった。
良く話すのはテレビ番組とかアイドルとかの話。
正直、僕はアイドルには興味がなかったから、うんうんと頷くことしか出来なかったけど、彼は気にせず良く僕に話しかけて来た。
年齢が同じクラスメイトが僕だけだったというのもあるんだろうけど、僕にとっても初めて出来た同年代の友人。
帰り道が途中まで同じだったから、良く一緒に馬鹿話しながら帰ったよ。
雄二君の外見は金髪でヤンキーファッション。
背は僕と同じで低かった。
いつもジャラジャラとごついアクセサリーで身を固めていたけど、中身は至って普通の子だったよ。
両親は不在がちらしく、彼はジジイとかババアって吐き捨てる様に呼んで、嫌っている風だった。
でもそんな両親を毛嫌いする彼を見るたびに、その高価そうなアクセサリーは親から貰ったお小遣いで買ったんだろ?って僕は思ったけど、それぞれに家庭の事情があるだろうからね。
本人は言わなかったけど、たぶん彼は中学でいじめを受けてたんじゃないかな。
その反動でヤンキーに憧れちゃった感じで、僕と話していても所々育ちの良さを感じさせる子だった。
でもね、憧れているだけなら良かったんだ。
雄二君はその内妙な連中と付き合うようになってしまった。
地元で有名な珍走団のメンバーらしく、それに入りたかった雄二君からアプローチしたらしい。
そして、雄二君は禁止されているバイク登校をするようになったり(確か彼は無免だったはずなんだけどね)、授業を途中で抜けてさぼるようになったりして、その内学校に来ることすら無くなった。
クラスメイトもそんな彼を心配していたよ。
明らかに元ヤンですって感じの年嵩の男性も、あいつは良くない連中と付き合っているって力説してたし、雄二君や僕に良くお菓子をくれるおばちゃんも心配そうにしていた。
クラスメイトは皆、坂道を転げ落ちていく雄二君を心配していたんだ。
僕も街中でそんな雄二君を一度見かけたことがある。
それは僕が夕刊の新聞配達を終えた帰り。
どう見てもまともじゃありませんって感じの集団の中に雄二君がいた。
でも、彼はその一員って感じじゃなく、仲間から小突かれたり、笑われたりしていて、完全にパシリとして扱われている感じだった。
自分の友人がパシリ扱いされているのを見て正直気分が悪かったけど、僕としては彼に何も言ってあげられる事は無い。
お互い17歳なんだし、自分のことは自分で責任を持たないといけない年齢だ。
僕たちはもう子供じゃない。
そんなパシリ扱いされているのが彼の幸せとは思えなかったけど、僕はそれを無視することにしたんだ。
でもね、それから暫くたったある日、雄二君が久しぶりに学校に来た。
無断欠席が続いて、当然進級の為の単位なんか足りてない状況なんだけど、また頑張る気になったんだなと、クラスメイト皆で温かく迎え入れたんだ。
雄二君は授業なんかそっちのけで、久しぶりに会う僕に頻りに話しかけて来てくれたよ。
彼の目はどこか虚ろで、笑顔も引きつっていたけど、幼少期の経験のせいであまり他人の心の動きが分からない僕は、久し振りで緊張しているのかなくらいにしか思っていなかったんだ。
そしてそんな彼に放課後、食事に誘われたんだ。
僕としては節約のため外食はなるべくしたくなかったんだけど、初めて出来た友人の久しぶりの登校のお祝いとして、一緒に行くことにしたんだ。
場所は寂びれた喫茶店。
随分と渋いところ知ってるんだなと思いながら雄二君に続いて喫茶店に入ったんだけど、そこで待っていたのはロマンスグレーの喫茶店のマスター・・・なんかじゃなくて、厳ついヤンキー5人組だったんだ。
訝しむ僕に、雄二君が申し訳なさそうな顔を向けてくる。
僕は状況が良く分からなくて、入り口にただ立っていたんだけど、5人の中の一人が僕に近付いて話しかけて来たんだ。
そいつは5人の中のリーダーらしく、自分たちはある珍走団(名前はなんかダサかったから忘れた)のメンバーだと名乗った。
そいつの話はいかにも頭がスカスカな馬鹿がしそうな説明で、全く要領を得ない内容だったんだけど、要約するとどうも雄二君が違法な薬を買って代金を払っていないから、友人のお前が払えって事らしかった。
もうね、いろいろ突っ込みどころが多すぎて何を言えばいいのか。
連帯保証人でもない友人の借金を肩代わりしなきゃいけない決まりなんてないし、そもそも違法ドラッグ販売してるとか馬鹿なのかなと思っちゃったね。
まあ、そのまま相手にも伝えたんだけどさ、返って来た返答は拳だったよ。
まさにボコボコって言う表現がぴったりくる感じで、至る所を殴られた。
2~3時間は殴られ続けたんだと思う。
何度も何度も胃液を吐いて、その内胃液が出なくなると血を吐いてた。
そして、立てなくなった僕から財布と身分証を奪って、明日あと50万円持ってこい、持って来ないとぶっ殺すって言って、奴らは僕を喫茶店から放り出したんだ。
雄二君はもういなかった。
僕が殴られ始めた頃にはいなかったと思う。
こんな目に遭わせた僕に合わせる顔が無かったのか、単に怖くなって逃げ出したのか。
正直、どうでもいいけどね。
彼が僕にとって友人じゃなくなったのは確かだから。
その後、痛む全身を引きずりながら寮に帰った。
寮の人たちに知られると心配されるし、隠れる様に部屋に戻って、明日の準備をしたよ。
え?50万円の準備かって?
何を馬鹿なこと言ってるのさ。
貯金全部下せばそれくらいあったかもしれないけど、僕が汗水垂らして働いて稼いだ金を、あいつらに渡す理由なんて全くないよ。
お金なんか渡さない。
ぶっ殺されるのも御免だ。
ーだからね、僕はあいつらを殺すことにしたんだ。
僕は常々思っていたことがあったんだ。
何で僕は小さいころに飢えに苦しまなくてはいけなかったんだろう?
何で僕は小さいころに寂しさに耐えなくてはいけなかったんだろう?
何で僕は小さいころに愛を感じて育つことが出来なかったんだろう?
その理由は明快だね。
母親がクズだったから。
そのクズに我慢して生活していたから、子供の僕が苦しまなくちゃいけなかった。
じゃあ、あのクズをどうするのが正解だったんだろうか。
正解はさ、殺しとくべきだったんだよ。
小さいころに母親をさ。
そうすれば、年齢によっては少年院や刑務所に行くことになってたかもしれないけど、僕はさっさとあの母親と関わらない生活を手に入れることが出来ていた。
あの母親に飼育されているという汚辱から、逃れることが出来ていたはずなんだ。
クズに我慢してたから、ずっと苦しむことになったんだ。
だからさ、学んだんだ。
クズに我慢する必要なんて全くない。
クズはムカついた時点で、殺せばいいんだって。
僕は先ず雄二君に連絡を取った。
最初は返事を返してくれなかったけど、君もあいつらに苦しめられていたんだねとか、僕が力になるよとか、送ったら返事が来た。
ありがとうって。
馬鹿だよね、僕のことを嵌めておいて、僕がまだ友情を感じてると思っているなんて。
それから、明日連中に会う前に相談したいからと、会う約束をしたんだ。
そして次の日。
僕は仕事を無断欠勤して、朝から雄二君の家に行った。
会社から着信が来そうだったから、携帯電話の電源は切っておいた。
僕の全身はまだ悲鳴を上げていたけど、痛み止めを飲んで何とか凌いだよ。
ヒョロい僕だけど、意外に耐久力はあったのかな。
いや、育ちのせいで心や体の痛みに鈍感なだけかもしれないね。
初めて訪問する雄二君の家は、僕の元自宅も及ばないほどの豪邸だった。
彼が一人息子なのは聞いていたんだけど、両親は共働きで毎日遅くに帰って来るらしい。
でも、リビングには家族の写真なんかもたくさん飾ってあって、どう見ても幸せそうな一家だった。
大きな冷蔵庫には、たっぷり食材が入ってそうだったし、豪邸に一人って言っても、僕とは雲泥の差だ。
そして、僕は雄二君から連中の情報を聞き出した。
彼は連中のパシリをしてたから、彼らの住まいとか、良くいる場所を全部把握していた。
僕がそれを聞きながらメモっていると、何でそんなことをしているんだろうと彼は不思議そうにしていたけど、これから全員片付けるには重要な情報だからね。
それから、彼が前々からヤンキーの必需品と自慢していた護身グッズも見せて貰った。
僕との友情が切れてないと思ったのか、彼は嬉々として見せてくれたよ。
催涙スプレー、ガスマスク、スタンガン、警棒、アーミーナイフ各種、そしてボウガン。
こんだけ武装してるんなら、自分であの連中をどうにかしろよって僕は思っちゃったんだけど、きっと彼には相手を殺すなんて言う選択肢はないんだろうね。
法律で禁止されているから云々ではなく、人間としての倫理観として、人殺しはいけないと親から教えられているんだろう。
それは多分正しいことなんだろうね。
僕にはそれを教えてくれる様な親はいなかったから、良く分からないけどさ。
彼は一つ一つ自慢するように、どれくらいの威力があるとか、どれくらい違法スレスレかとか語ってたよ。
興味がなかったから、ほぼ聞き流してたけど。
僕は雄二君の説明を聞きながらスタンガンを手に取って、暫く空中に向かってバチバチやったりしてたんだけど、そのままその先端を彼の首に当てて、スイッチを入れたんだ。
彼は、ギャンッみたいな大げさな声を上げて床に倒れたよ。
でも、まだ意識はあるみたいで、彼の目が驚愕に見開かれて僕を見つめていた。
彼は身代わりに友人を生贄に差し出しておいて、まさか自分が許されると思っていたのかな?
なんて頭がお花畑なんだ、雄二君。
だから、僕は彼に笑顔を見せながら教えてあげた。
来世では、友人を裏切らないようにねって。
そして、そのままボウガンに矢を番えて、彼の頭を撃ったんだ。
痛みを感じる間もなく、彼は即死した。
なんとまあ、慈悲深いね、僕は。
次はあの5人組だ。
まず一人目は、夕方まで自宅アパートで寝てることが多いとのことだったから、自宅に侵入した。
鍵の隠し場所は雄二君が知っていた。
部屋の掃除をさせられることがあったらしい。
不用心だが、僕にとっては助かる状況だ。
そのままベッドで寝ている男に近付いた僕。
確かに、昨日僕を殴った内の一人だ。
それを確認してから、僕はアーミーナイフを相手の喉に振り下ろした。
二人目と三人目は閉店したカラオケボックス跡にいるとのことだった。
雄二君の振りをして連絡を取って居場所を聞き出したんだ。
わざわざひと気のない防音施設にいてくれるとは、作業が簡単になって助かるよ。
彼らがいるカラオケボックスに着いた僕は、そのまま中へと入る。
僕の顔にはガスマスク、着ている服は雄二君のお気に入りのもの。
二人とも驚いていたけど、雄二君の悪ふざけだと思ったのだろう。
笑いながらもシメるぞとか脅して来てたけど、出来るならどうぞという感じだった。
僕は徐に催涙スプレーを部屋中に噴射する。
それを浴びた二人は目を抑えながら叫んで丸くなった。
あとは簡単だ、僕はそれぞれの心臓にナイフを突き立てた。
四人目はちょっとだけ厄介だった。
珍走団でかつ違法ドラッグディーラーの癖に、昼間は真面目に仕事しているらしく、車で外回りをしているとのことだった。
仕方なく、再度雄二君の振りで連絡を入れた。
内容はこうだ。
昨日ボコボコにした友人(僕のことだ)が100万円用意してきたんですが、どうしましょうか?
相手は嬉々として待ち合わせ場所のカラオケボックスの駐車場に来た。
雄二君を脅して、差額の50万円を自分だけのものにしようとしているんだろう。
駐車場で僕を見つけた男は、ニヤニヤと笑いながら僕に近付いてくる。
雄二はどうしたんだと言いながらも、頭の中はお金で一杯といった顔だ。
僕はバッグから封筒を取り出し、相手に見せる・・・振りをしてそのまま相手の身体に押し付ける。
男はそれに対して不快気に顔を歪めたけど、そのまま僕は封筒を握りしめた。
ガハッっと言った声を上げて倒れる男。
封筒の中のスタンガンのスイッチを入れたんだ。
廃業したカラオケボックスの駐車場は狭く、ひと気もない。
男は倒れた拍子に頭を打ったのか、意識が朦朧とした感じで僕を見上げている。
僕にとっては好都合だ。
そのまま男の頭目掛けて警棒を何度も振り下ろす。
頭が原形を留めなくなってから、僕は手を止めた。
刺すのと違って、こういうのっていまいち力加減が分からないよね。
そして最後の五人目。リーダー格の男だ。
待ち合わせ場所の昨日の喫茶店。
僕が入っていくと、リーダー格の男は訝しげな表情で僕を見てきた。
雄二君が代わりにお金を持って行くとメールしていたから、不思議に思ってるんだろう。
事前に雄二君の携帯から、他の4人が遅れることも伝えてある。
まあ、本当は遅れると言うよりも、先に逝ってるって言った方が正確なんだけどさ。
男は僕が来たことを気にするのをやめたのか、金をよこせと早速手を出してきた。
僕は手に持っていたハンドバッグを渡す。
そのバッグの重さに一瞬男は驚いたけど、馬鹿ゆえに好意的な捉え方をしたんだろうね。
そのまま男は笑顔でそのチャックを開けたんだ。
で、次の瞬間叫び声をあげて、バッグを放り出した。
地面に落ちたバッグから転がり出てきたのは、人間の目玉と耳。
僕が殺した5人分、10個の目玉と10枚の耳だ。
君の大切な仲間たちの目と耳だよ、ワザーップって陽気にご挨拶しなよ。
そう僕が言うと、床に落ちた目と耳を見て少女の様に震えていた男が僕の方を見た。
僕は既に別のバッグから取り出したボウガンを構えている。
ボウガンを見て更に震えあがる男。
相手を殺すって脅しておいて、自分が殺される可能性を考えないとか、かなりの馬鹿なんだなこいつ。
昨日の威勢など見る影もない情けない男に向かって、僕はトリガーを引いた。
男たちを殺してから数時間後、僕は家の前に立っていた。
寮の前じゃない。
元自宅の前だよ。
2階の部屋の明かりが点いていて、誰かがいることが分かる。
そのまま静かに鍵を開けて僕は家に入ったんだ。
出て行くときに鍵は置いて来たんだけど、実は合鍵を作ってずっと取っておいた。
母親に錠前を取り換える様な知恵が無くて良かったよ。
玄関には何度か見たことがある母親の靴と、知らない男物の革靴。
2階からは、男女の睦み合う声。
片方は母親の声だね。
一応親子だ、聞き間違えるわけもない。
ギシギシとベッドが揺れている音も聞こえる。
うちの母親もそれなりにいい年だろうにと思って呆れたけど、良く考えてみれば僕は母親の生年月日を知らない。
あの人いくつなんだ?
親の年齢を知らない自分に気付いてちょっと苦笑しちゃったね。
僕はそのまま家の中に入って、自分が15年過ごしたリビングや台所を見て回る。
僕が暮らしてた時とは比べ物にならないくらい生活用品が揃ってる。
台所には料理をした跡。
あの母親がしたのだろうか?
僕には一切してくれなかったのに?
掃除も行き届いており、リビングにはいくつもの写真立て。
写真の中では見知らぬ男と母親が笑っている。
息子の僕も見たことが無い、優し気な笑顔だ。
写真を手に取ってまじまじと眺めたよ。
人ってホントいろいろな側面を持っているんだなとつくづく思う。
僕にとってはクズな母親だったあの人も、この男性にとっては優しい奥さんなのかもね。
まあ、だから何だって話だけど。
真新しいリビングのソファーに座る僕。
周りの家具なんかもすべて一新されている。
僕が子供のころからベッド代わりに使っていたボロボロのソファーはどこにも置いてない。
壊れかけてた電子レンジやブラウン管のテレビも無い。
カーペットや和室の畳も全て新品に取り換えられている。
僕が出て行ってから、全部新しくしたんだろうね。
僕がいた痕跡を全て消すために。
前にも考えたことがあったけど、やっぱりうちの母親はとっくに再婚してたんだろうね。
僕という息子がいることを隠して。
それで、義務教育が終わる中学卒業まで、我慢して僕を飼育していたんだ。
この家から僕をさっさと追い出さなかったのは、世間体の為なのか、いろいろ手続きしたら子供がいると再婚相手にバレるからか。
母親の考えは分からない。
で、最終的に中学を卒業した僕を追い出して、晴れて豪邸に戻って来れたわけだ。
今、何となく母親の気持ちが分かった様な気がするよ。
僕はこの家に勝手に住み着いた只のゴキブリだったんだ。
しかも、何故か殺しちゃいけないタイプのゴキブリ。
さっさと病死でもしてくれればいいのに、妙に丈夫でなかなか死なないゴキブリ。
見たくも触りたくもないのに、最低限の餌は用意してやらなきゃいけない。
偶に会う母親が、僕を冷たい目で見ていた理由が良く分かったよ。
僕はソファーに座りながら、様変わりしてしまった僕の元自宅の風景を暫く眺めてた。
そんな僕の前には、床に置いた二つのポリタンク。
中には5番目に殺した男の車から抜いて来たガソリンが入っているんだ。
ここまで持ってくるのがひと苦労だったよ。
この家を燃やし尽くすために必要な量を入れて来たからね。
うん。想像通り。
僕はここで死ぬつもりだ。
日本の警察は優秀だし、僕はすぐにでも殺人犯として捕まるだろう。
僕の殺害人数は6人だ。
殺害方法は計画的で、殺意も明確。
僕が暴行を受けて脅されていた事実が酌量されたとしても、死刑は免れないと思う。
まあ、それは良いんだけどね。
別にそのことで日本の司法制度は間違っているとか思わないし、人を殺しておいて自分の命可愛さに、死刑制度には反対だー!とか矛盾すること叫んだりもしないよ。
僕としては6人どころか1人殺しただけでも死刑でいいんじゃない?って思ってるしさ。
僕はそのままポリタンクのフタを開け、玄関から家の中を取り囲む様にガソリンを撒いて行く。
燃え残しは良くないからね。
解体作業が楽になる様に、しっかり燃やし尽くさないと。
後始末をする方々にご苦労をかけちゃいけない。
そう言うところは、何故か几帳面に育ったんだよ。
誰からも教育されて無いのに、不思議だよね。
几帳面と言えばさ、本当は、ここに来る前に寮に寄って会社の皆に最後の挨拶をしたかったんだけど、それは諦めたんだ。
この痣だらけの顔じゃ皆を心配させるだけだしね。
でも、退職届だけは朝こっそり食堂に出しておいた。
現役社員が事件を起こすのと、元社員が事件を起こすのじゃ、会社に与えるインパクトが違うから。
住む家が無くなった僕に同情して、中学卒業後すぐ寮に入れてくれた優しい社長。
恩をあだで返してごめんなさい。
元社員の起こしたことなので知りません、とマスコミの攻撃を躱してくれるといいんだけど。
僕がガソリンをあらかた撒き終わると、2階から人が降りてくる足音がした。
女性特有の軽い足取りの足音。
恐らく母親だ。
途中で、一旦立ち止まって、今度は忍び足のようにそろそろと降りて来た。
何この匂いとか呟きながらリビングに入ってくる。
その瞬間、母親は息をのんだ。
当然だよね、リビングに追い出したはずの息子が座ってるんだから。
母親は顔を真っ赤にしていた。
それは自分がセックスしているのを息子に聞かれたからなのか、僕が勝手に家に入ったからなのか、夫婦の写真立てを僕が手に持って見ていたからなのか。
多分全部だな、僕の予想は。
母親は僕を怒鳴りつけたかったんだろうけど、上には何も知らない旦那が寝てるし、ガソリンの匂いを避けるために、服で鼻と口を押えている。
そう、ガソリンの匂い。
充満してるはずなのに、うちの母親も結構馬鹿だよね。
僕はそんな母親に最後の挨拶をしたんだ。
顔を真っ赤にして怒りに震えている母親に、最高の笑顔でこう言った。
―さようなら、お母さん。僕は貴方が死ぬほど嫌いでしたよ。
そのまま僕は、手に持ったライターを見せつける様に前に出す。
ガソリンの匂いとライターで僕が何をしようとしているのかやっと合点が行ったんだろう。
一気に顔を青ざめさせる母親。
我が母親ながら、頭の回転が悪いよな、ホント。
母親は僕に対して何かを叫ぼうとする、が、僕にこいつの最後の言葉を聞いてやる義理もない。
僕はシュッとフリントホイールを回す。
手元に赤い火花が散ったと同時に、目の前に一気に広がる炎と、鼓膜を突き破る破裂音。
そして僕の意識は、無へと還って行った。
同時に拙作「ゴーレムヒーロー 正義?何それ、美味しいの?」も更新しております。
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