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psycho〜親愛なる君へ〜  作者: 山居中次
9/41

イエスタデイ2

「もしもし?」


受話器の向こうから、美雪先生の声が相手が誰かを確かめるようにそう言った。


「先生、藤村さんが、藤村さんが」


名前も告げずに、用件もはっきりと言うことが出来ずに、実はただ、泣きながらそれだけを連呼していた。それなのに、美雪先生は電話の相手が実だと気付いてくれた。


「みのるちゃん?」


「先生」


「みのるちゃんでしょ?どうしたの?」


「先生。藤村さんが、吉野先生を突き飛ばして、階段から落として、ウチ、逃げようって言ったのに藤村さん逃げなくて、ウチ1人で逃げて」


「みのるちゃん、落ち着いて。今、どこにいるの?」


パニックになる実を、先生が何とかなだめる。


「TOM書店」


「いい、みのるちゃん、先生今から行くから、そこ動かないで」


美雪先生はそう言って電話をきると、30分ぐらいして、来てくれた。


先生が来るまでの間、心細さから、公衆電話の受話器を握ったまま、実は、震えていた。


「みのるちゃん大丈夫?」


約2年ぶりの再会。


駆けつけてくれた先生の優しい声に、実は安心して、一気に泣き出した。そんな実を美雪先生は抱きしめた。


駅前の不二家に2人で入った。


「みのるちゃんは先生の事を守ってくれたんだね」


暖かい紅茶を飲んで、気持ちが落ち着いた実は、塾で起こった事の一部始終を美雪先生に今度はしっかりと話した。


「ありがとう、みのるちゃん。先生嬉しいよ。その人の言った先生の悪口に、みのるちゃんは泣いてくれたんだね。・・・・やっぱり、みのるちゃんは、優しいや」


先生は優しい笑顔で真っ直ぐ実を見てそう言った。


「だって悔しかったから」


「学園受けるんだって?じゃあみのるちゃんは、私の後輩だ」


美雪先生が、そう言って嬉しそうに笑った。それに実も嬉しくなる。嬉しくて、興奮して、自分の夢を、まだ、誰にも言ってないない将来の夢を、実は先生に語った。


「ウチ、美雪先生みたいな先生になる」


美雪先生が目を丸くして、驚いた。


「みのるちゃん、先生になるの?」


「うん。駄目かな?ウチじゃ」


少し、自信なさげにそう言う実に、先生は笑顔で「ううん」と言って首を横に振った。


「みのるちゃんなら、いい先生になれると思う」


「でも、ウチ、勉強苦手だから、本当に先生になれるか自信ないな」


本心だった。夢は夢。どうにもならない事もあると、実は解っていた。夢は儚い。だから、今まで誰にもその心を話さなかった訳で、ようは、半ば諦めていた。それでも、美雪先生に話したのは、憧れの人がやっぱり素敵だと思ったからだ。


「そうだよね。学校の先生ってけっこう大変だから、自信ないよね。私だって未だに自信ないよ」


先生が実の気持ちに同調した。


ここで、変に諦めるなとか、自信を持ってとか言われるより、同じ目線に立ってもらう方が、不思議と心強さを感じる。実はそれを肌で感じて、やっぱり美雪先生は素敵だと思った。


「私だって、そんなにいい先生でもないよ」


「そんなことないです。美雪先生はとてもいい先生ですよ」


実がそう言うと、先生は本当に嬉しそうな顔になって、「ありがとう」と言った。


「ねえ、みのるちゃん。夢って、かなえるのは難しいけど、見れば見ただけ、その意味があるんだと先生は思うな」


「見れば見ただけの意味?」


「うん、だから、夢を諦めてしまうのは仕方ないけど、見る事だけは辞めないで、そして、覚えていて欲しいんだ。こんな夢を見た、あんな夢を見たって」


先生の言葉が胸に響く。夢を見るのは無駄じゃない。


「美雪先生も、先生以外の夢があったんですか?」


実がそう聞くと、美雪先生は頷いてから、少し照れ臭そうに、「小説家になりたかったんだ」と言った。


「でも、無理だった。何度か、出版社に持ち込んだり、賞に応募したりしたけど、全然」


「そうだったんですか」


「でも、小説家になりたくて、学生時代一生懸命国語を勉強したから小学校で国語を教えられる様になったし、みのるちゃんみたいな良い子にも出会えた。だから、夢を見たのは無駄じゃなかった」


先生の昔の話を聞いて、実は自分が先生の特別な存在になれた気がして嬉しかった。憧れていた存在が、今まで自分の知らなかった一面を見せてくれている。それが嬉しかった。


「先生。ウチ、やっぱり先生みたいな人を目指すよ」


そう実は、この時決意した。


その決意に、美雪先生も嬉しそうに応援すると言ってくれた。


「ねえ、話は変わるけど、さっき、みのるちゃんが電話で話してた、藤村さんって、同じ学校の子?」


美雪先生が、突然、藤村彩子の事を聞いて来た。事が事なので、やっぱり気になるらしかった。


「ううん、違うよ。塾が一緒なだけ。でも、凄いんだ。藤村さん、韮にも、日大にも行ける成績なんだ。でも、あんな事したから、どうなっちゃうんだろう?」


本気でそう思った。せっかく頭が良いのに、あんな事をしたのならば、全てが台無しなってもおかしくなかった。それが、もしかしたら、自分のをかばっての行動だとすれば、とてもやるせなかった。


「ねえ、みのるちゃん。藤村さんって、どんな子?」


「大人しくて綺麗な娘。目がキリッとしてて、鼻筋が通ってて」


「みのるちゃん。その、藤村さんって、藤村彩子ちゃんって言わない?」


確か、そんな名前だと思った。あまり親しく無いので、うろ覚えだが。


彩子は他の塾生と何かが違う、他と違って、大人と言うか、独特の雰囲気をいつも醸し出していたから、印象に強く残っていた。


そんな藤村彩子の名前が、先生の口から、出た事に実は正直驚いた。


「うん。確か藤村彩子だと思うよ名前。でも、先生なんで知ってるの?」


実がそう聞くと、美雪先生は真っ直ぐ彼女を見て、「間違いない、あの子だ」と言った。


「みのるちゃん、先生ね、みのるちゃんの学校に来る前、まだ臨時職員だった頃に、前の学校で、1年間、クラス担任をやった事があるの。その時変わった子が居て、それが、藤村彩子ちゃんだったの。本当は彼女の事、もっと見ていたかったけど、臨時から、本職員になる時に、移動しなきゃならなくって、そうはいかなくなったの」


「藤村さん、何か問題があったんですか?」


「じつは、よく解らないんだ。ただ、何か普通じゃない。他と違う。そんな感じ。解る?そう言うの?」


実は黙って頷いた。今の藤村彩子も、何か他と違う。そして、何か気になる存在だった。


「でも、ウチは、藤村さんは悪い娘じゃないと思う。上手く言えないけれど、あんな綺麗な娘はいないよ」


綺麗と言う言葉にすべてが乗っかっていた。ただ単にルックスの良し悪しではなくて、あの、冷たい透き通った瞳と、音もなく心の闇に寄り添う雰囲気が、妙に魅力的に感じた。


「みのるちゃんもそう思うの?」


「うん。先生も?」


美雪先生は頷いた。


藤村彩子は凄く綺麗な黒をその身に纏っていると、先生は言った。美雪先生には、人の雰囲気を色で判断する能力があって、それによると、彩子は黒で、ちなみに、実は黄色だと言う。


あらゆる色の集合体である黒は、全てを引き寄せる闇であり、どんなモノでも飲み込んでしまうのだと言う。それ故に、言葉に出来ない危うさを発する一方で、人を引き付ける魅力も放つのだ。


巫女と言う字に使われているかんなぎという字も、悪しきも良しきも引き寄せると言う意味だと、後に、高山実は中山教授から、教わる事になる。その時、彼女の脳裏に、藤村彩子の顔が浮かんだ。藤村彩子は、ある意味巫女気質なのかも知れない。


「みのるちゃん。彩子ちゃんの事、あなたに頼んでいいかな?」


不意に、先生がそう言った。


「えっ、でも、ウチ、藤村さんと学校違うし」


「無理なら、いいんだ。でも、2人の出会いは先生、運命の様な気がする」


運命と言うのは、実自身も感じていた。吉野が彩子に突き飛ばされた時、いけないと思いながらも、心が晴れた気がした。罰が吉野に当たったんだと思った。自分が正しければ、誰かが見ていて認めてくれる。それがあの時は彩子だったのだ。その彩子が、恩師の元教え子だと知った今、運命を感じた。


「先生の頼みなら、ウチ、出来るだけ藤村さんの事を見守るよ」


実がそう言うと、先生は「みのるちゃんなら安心だ」と言って笑ってくれた。


美雪先生と色々と話した事で、事件の不安や心細さは、いつの間にか消えていた。


「みのるちゃん1人で帰れる?」


店を出たところで、美雪先生にそう言われたが、もう何も怖くなくなっていた。自分には味方がいる。だから、今度は自分が誰かの味方になる。その繰り返し。だから、何も怖くなかった。


「もう、大丈夫。ウチ、もう平気だから。先生、今日はありがとうございました」


実はそう言って美雪先生に一礼すると、店の向かいにある、三島駅へと向かった。


駅のロータリーに向かう横断歩道を渡ったところで振り返ると、先生が店の前で、大きく手を振っているのに気が付いて、彼女もそれに答える様に大きく手を振って、2人は分かれた。


「あの日の後、塾に行ったら、サーちゃんは塾をやめてた」


塾以外でのサイコとの接点が、無かったみのりんは、同じ塾に通う、学校の同級生達に、サイコがその後どうなったのか聞いてまわったが、誰もその事を知っている人間はいなかった。勿論、同じ学校ではない塾生にも聞いたが、駄目だった。そもそも、サイコと仲のいい人間が誰1人としていなかったからだ。


みのりんの、藤村彩子サイコに関する一連の話から、彼女が、やたらと、サイコに入れ込む理由が、全て理解出来た。


「じゃあ、学園に入って、サイコと偶然再会したの?」


俺が、そう聞くと、みのりんは、「偶然って訳でもないんだ」と言った。


「どう言う事?」


「ウチ、どうしてもサーちゃんの事、気になって、諦めきれなくて、『学生の悩み相談室』に電話したんだ」


学生の悩み相談室。


いじめや、不登校など、学生の個人的な悩みなどを聞くホットラインダイヤルだ。その、存在自体はかなりの学生達の間で知られているが、実際に使用したと言う話を聞くのは、初めてだった。そもそも、実際に使用しても、それを誰かに話す奴も居ないのだが。


弥生も、使用した事があったのだろうか?


「それで、何か、解ったの?」


「うん、相談に乗ってくれた人が、実は、若林先生で、色々調べてくれたんだ。そしたら、サーちゃん高校受験の勉強全部投げ出して、引きこもりになってて、それを先生が説得してくれたんだ」


若林先生の、敵意の無い笑顔と声が浮かんだ。やっぱり、いい先生の様だ。


若林先生は、ボランティアで、学生の悩み相談室の相談員をやっていた。


みのりんが、電話相談をすると、若林先生は、「僕、実は高校の教師なんだ。この近隣の中学の先生の知り合いも多いから、調べてあげる」と言って、その後、本当に調べてくれたそうた。


「サイコが言ってたのは、この事だったんだ」


「サーちゃんなんて言ったの?」


みのりんが興味有り気に俺にそう聞いた。


「いや、今朝、若林先生を見た時に、入試の前に、家に来たって言ってたから」


みのりんは、ふーんと言って、「本当に、恵まれてる。ウチも、サーちゃんも」と続けた。


「サーちゃんの事で、色々相談乗ってもらって、そんで、サーちゃんが無事に、高校受験する様に説得してくれて、問題が解決したら、先生ウチの事、友達思いのいい子だねって褒めてくれたんだ。その後、ウチが学園受けるって言ったら、先生も学園の先生だった」


みのりんから、彼女の進路を聞いた若林先生は、気さくに「そうか、じゃあ、春になったら会えるかもね」と言ったそうだ。


そうして、みのりんと、サイコは学園に入学した。


「だから、ウチはまず、人に会うために学校に行く。若林先生や教授。日本史の杉本や、クラスの仲間。そして、サーちゃんと木村君に会うために」


「勉強は?」


「知らない」


みのりんが明るくおどけて、そう言った。


そんな生き方もいいと思った。けれども、俺には苦い過去がある。それを無視して、自分だけ楽しむ気にはなれない。


「俺には、それは出来ないや」


「過去にとらわれているうちは、未来は変えられない。勿論、無かった事には出来ないけれど、いつまでも立ち止まっていたら、君がいじめていた娘も、君の心も、君を許す事は出来ないよ」


「どうして、そう思うの?」


「だって、さっき、サーちゃんの話してる時に、話してくれたじゃん、いじめの事。木村君が学校来たくないのはそれもあるんでしょ?」


俺は彼女に頷いていた。


「俺は最低だよ」


「うん、最低だね、その時の木村君は。でも、ウチは今の木村君しか知らない。ウチが思うに、今の木村君はもう、そんな事はしないと思うよ」


「どうして、そう言い切れる?」


俺がそう聞くと、彼女は得意気な顔になって、こう言った。


「木村君がサーちゃんや、ウチや教授に昔の事を話してくれたって事は、木村君は過去と向き合おうとしているからじゃないかってウチは思うんだ。そうじゃなきゃ、昔の失敗なんて、人になんか話さないよ」


そう言われると、そんな気がした。俺は、誰かに話したかったのかも知れない。誰かに話して、俺が、どんな人間なのかを誰かに教えてもらいたかったのかも知るない。


みのりんは、先生なんだと思った。いつか、本当に、彼女は夢を実現出来るのかも知れない。


「みのりん、俺は許されるのかな?」


「それは解らないよ。ウチは、木村君がいじめた娘じゃないもん。その娘の気持ちしだいだよ」


その通りだ。


俺の事を許すも、許さないも、弥生しだいだ。


「でも、木村君が昔と違う気持ちならば、木村君がいじめた娘も、許しやすくなると思うよ」


みのりんはそう言うと、ニィっと笑った。本当に、みのりんは、よく笑う娘だ。


昨日と同じように、気が付くと、俺は北口のロータリーに着いていた。


「じゃあ、ウチはこれで」


俺が改札を抜けると、みのりんは改札を抜けずに、見送る様な態度で、そう言った。


「あれ、みのりん電車乗らないの?」


「だって、ウチは、沼津だもん。しかも、大岡駅の近く」


大岡駅は、確か、ここから、御殿場線で、北に一駅か二駅先だったはずだ。


「真逆じゃん。じゃあ、なんでここまで来たの?」


「話しに夢中になって、ここまで付いて来ちゃった」


そう言って、笑顔のみのりんはペロッと舌を出した。その仕草と状況が可笑しくて、俺も思わず笑っていた。


「じゃあ、キムまた明日」


「キム?」


「木村君のあだ名。今日から君はキム」


俺はこの時キムになった。


みのりんはもう一度、「キムまた明日ね」と言って、俺に向かって手をふった。


「おう、また明日な」


彼女の別れの挨拶につられて、俺はそう言ってしまって、気が付いた。


また、明日という事は、俺は、明日もみのりんに会わなければならない。学校に行かなければならない。


何か、彼女に一本取られた気がした。


ホームに着くと、もう既に電車が来ていて、それに乗った。


約7分。


三島沼津間の所要時間はそれぐらいだ。


その7分間でも、景色は驚く程によく変わる。沼津では、愛鷹山の影に隠れて、頭しか見えない富士山が、三島へと移動するのに合わせて、その全体像をあらわす。いつも見慣れている筈の富士山が、住む町によって見え方が違うと、何となく面白いと思えた。


三島は小さいと、帰って来る度に思う。メインの南口も、沼津とは違い、駅ビルな無く、近くに映画館も、ボーリングも無い。あるのは、楽寿園という、寂れた遊園地と動物園を常設している私立公園があるぐらいだ。


三島大社を模したと言う、瓦屋根の駅舎を出ると、右手がバス乗り場。左手がタクシー乗り場である。その駅のロータリーの隅では、ギターを持った若者達が、地べたに腰を下ろして、歌を歌っていた。ちょうどこの頃は、ストリートミュージシャンからプロになったグループが音楽シーンを席巻していたため、ストリートミュージックが若者たちの間で流行っていた。それは、ちょうど、フォークソングが流行っていた70年代に似ていると大人達が言っていた。


ギターの周りに人だかりが出来ている。


オリジナルなのか、コピーなのか解らない歌に帰り掛けの足の群れが立ち止まり、人だかりを作っていた。俺も何となしに、その群れに混じって、そのオリジナルなのかコピーなのか解らない歌をを聴いていた。


「ありがとうございました」


ギターの若者がミュージシャン気取りでそう言って、本日のライブに幕を降ろすと、適当な拍手の後で、人だかりが散って行く。


人だかりが散った所で、俺も帰ろうとした時、同じタイミングで帰ろうとする少女と目が合った。


どちらかとも無く「あっ」と声が漏れた。


目が合った少女は藤本理恵菜だった。


彼女も学校帰りなのだろう。セーラー服姿だ。


間柄が間柄なだけに、とても気まずいが、目が合ってしまった以上は、無視もしづらい。


「元気?」


そっけない態度だが、最初に声を掛けたのは理恵菜の方だった。


「ああ、まあ、元気。そっちは?」


「見ての通り」


どう見ての通りなのかよく解らないが、多分元気なんだろと思った。


「学校、ちゃんと行ってるんだ」


理恵菜が真っ直ぐ俺を見ながらそう言った。


「まあ、とりあえずは」


「木村なら、とっくに辞めてるかと思った」


理恵菜がまたそっけない態度でそう言った。


「柴田と森山は、とっくに辞めて、悪い連中とつるんでるから、木村もそうなると思ってた」


意外性と軽蔑の混じった目で、理恵菜は、俺にそう言った。


「シバと、モリか。懐かしいな」


「もう、つるんでないの?」


「ああ、今はもう」


弥生の事件の直後から、俺はあいつらとはつるんでいない。


中学の同級生とは、誰ともつるんでいない。


理恵菜の目から、軽蔑が薄れて、意外性が残った。


「藤本。大石は、今どうしてる?」


理恵菜が俺をにらんだ。


俺も、俺で、これを聞くのに勇気がいたが、どうしても、聞きたかった。聞かずに入れなかった。


「反省とかしてるの?」


「してる。言葉ではいくらでも言えるかもしれないけど、俺は間違った事をしたと、本気で思ってる」


「馬鹿みたい」


理恵菜の冷たい反応に、俺は何も言い返せない。


「今更、何だよって感じだよな」


言い返せない代わりに、そう呟く様に、言葉を漏らしていた。


「あたしは許さないから、木村も、ヤヨを守りきれなかったあたし自身も」


理恵菜はそう言い残すと、そそくさと、俺の前から立ち去った。結局、理恵菜からは、弥生の近況報告を聞く事は出来なかった。


「今日は遅かったね」


家に帰ると、母の有希子ユッコが、くわえ煙草のまま、夕飯の準備をしながらそう言った。


俺の家には古いマンションの1階で、玄関先を入って直ぐにダイニングとキッチン、リビング。その奥が、寝室になっていて、その隣に俺の部屋がある。左手に風呂場がある。よくある造りの小さな部屋だった。


「めしの準備の時ぐらい、煙草やめろよ」


ユッコはかなりのヘビースモーカーだ。親父が死んでから、親父の吸っていた銘柄の赤マルを吸い始めて、もう5年にはなる。寝る時以外はどんな時も吸うのをやめない。


赤マルは親父の匂いだった。それが、今もこの家には残っている。


「何を生意気言ってるのかね。誰の金で食えると思ってるんだい?」


ユッコは、おかずをテーブルに並べながら、そう言った。灰が落ちないか心配になるが、不思議と、灰が落ちた所をまだ見た事がない。


「学校、辞めたかったら別にいいからね。私立は授業料馬鹿にならないし、高校なんて、どうせ義務じゃないんだから。あんたは学校とか合わないの、母さんしってるし。どうせ、今日もサボったんだら」


そう言って、煙草を一時中断して、ユッコがテーブルについた。


俺も、その向かいに座り、そして言った。


「部活に入ったんだ」


「部活?あんた今日学校行ったの?」


ユッコが驚いた顔をした。


「文化部。風土風俗研究部って言って、よく解らないけど、色んなおとぎ話とかを研究するらしいんだ」


「あんた、そんな 難しい事解るの?」


驚いた顔のままそう言うユッコに、俺が「俺もどうなるか解らない」と本音を言うと、「うん、だと思う」と言って頷いた。


「でも、なんで?」


息子の変化にユッコは、興味有り気にそう聞いた。


「友達が出来たんだ」


俺がそう言うと、ユッコは「ともだちー」と納得した様に言った。


「いただきます」


昼間、みのりんにさせられた様に、俺はこの時も、いただきますをした。


「あら、今日は妙に礼儀正しいじゃない」


いつもはしない事をしたせいか、やたらと、ユッコは俺に注目した。


「友達に言われたんだ。ちゃんと感謝しなきゃって」


俺がそう言うと、ユッコは「ふーん」と言ってから、突然にやけて「女だ」と俺を指差した。


「女の子でしょ」


「関係ないだろ」


俺は素っ気ない態度で、そう言うが、彼女は「照れるな、照れるな」と嬉しそうにはしゃぎだし、俺の頭のを両手で包んで、髪をグシャグシャといじりだした。


「そんなんじゃねーよ」


と、いくら俺が叫んでも、ユッコは、はしゃぐのをやめないで、いつまでも俺の頭を嬉しそうにいじっていた。

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