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psycho〜親愛なる君へ〜  作者: 山居中次
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青春の影

「もう少し、一緒にいたい」


 ガロを出た所で、彩子がそう言った。


 いつかのように、向かいのTOM書店の自販機の前で時間を潰した。


 いつかのように、彩子が静かに泣き出して、それを俺が、いつかのように、親指で涙を拭った。少し違ったのは、俺が、彼女の頬に触れた時、彩子が「くすぐったい」と言って可愛らしく微笑んだ事だった。


 サイコが消えていく。


 藤村彩子を見ていて、今、そう感じだ。


 彩子が、サイコのペルソナを付けている時には、時々しか見せなかった笑顔が直ぐ目の前にあった。


 ゆれていた。


 ダークで、どこかつかみ所の無い雰囲気の美しい黒を纏ったサイコが消えていく事に寂しさを覚える俺と、やっと、サイコと言う仮面を脱ぎ捨てて、新しい自分に成りつつある輝きに満ちた笑顔の彩子を愛おしくい思う俺がいた。


「マスター大丈夫かな?」


 消えて行くサイコと、輝きに満ちた彩子の両方にそう聞くと、彼女は「大丈夫だよ。結構嬉しそうだったよ。私が見る限り」と答えてこう続けた。


「誰かに思われるよりも、誰かを思うほうが、案外幸せなのかも知れない」


「そうかもな」


 彩子の言葉に、俺もそう言って納得していた。


 誰かを思う事が幸せ。


 以前のサイコとしての彼女の時は、それをエゴイズムだと言って、冷たくほくそ笑んでいた。


 変わってしまった?


 俺と、俺達と出会って、彼女は変わったのだろうか?ふとそう思った時だった。


「舞さんが、マスターの事を本当の所はどう思っていたのか、今となっては解らない。マスターの一方的な、エゴイズムなのかもしれない」


 サイコの眼で彼女はそう言った。


「冷めるような事言うなよ」


 俺がそう言うと、今度は彩子の笑顔で彼女はこう言った。


「でも、それでもいいと思う。誰かを思う。そんなエゴイズムが無くなってしまったら、それは凄く寂しい。だって、それって、独りでいるのとなんら、変わりないのだから」


 この少女の中には、今、藤村彩子と、サイコが混在している。どちらか一方が消えてしまうのではなくて、1つになって行く。そう思えた。


 俺は、この娘の行く末を見届けたいと思った。


「変わったよね君も」


 不意に、彩子ともサイコとも付かない表情で、彼女がそう言った。


「変わった?俺が?」


「始めて会った時は、悲しそうな眼をしていた。だから、私は、君に興味を持ったのかも知れない。けれども今は輝いている」


「サイコの、彩子のおかげだ。君が側にいてくれたから、俺は多分変われた」


 そう言って、俺は人目も気にせず、彼女を抱きしめた。その時だった。


「声が優しくなったって、弥生が言ってたよ」


 俺の腕の中で、彼女がそう言った。



「やっぱり、会いに行ってたのか?弥生に、大石弥生に」


 彩子は俺の腕の中で「うん」と言うと、「今、彼女はこの町にいる」と発言した。


「この町って、どう言う事だ」


「連れて帰って来た。あの娘が、タダシの声を聞いても大丈夫だったなら、連れて帰るって約束で」


「じゃあ、あの電話は」


「弥生だよ。私の電話から、掛けさせた」


 俺は硬直した。彼女が、弥生がこの町にいる。すぐ近くにいる。今すぐにでも会いたい気持と、逃げ出したい気持ちが混在して、彩子を抱きしめたまま、動けなくなった。


「会いたい?」


 答えられない。どうしていいか解らない。


「私は会ってきたよ。真鍋先生に」


 何かを諭す様に、彼女がそう言った。


 この前、俺とみのりんが、美雪先生に会った事を、彼女は知っていた。


 彼女は、この町に帰還すると直ぐに、美雪先生に会いに行っていた。なんでも、家まで行ったとの事だった。毎年届く年賀状で、住所は暗記していた。


「せっかく会いに来てくれたのに、私はその時いなかった。その穴埋めをしたくてね」


「どんな気分だった?ずっと会わずにいた相手に会うのは」


「正直私も怖かったよ。どんな顔していいの解らなかったから。でもね、あの人は昔と同じで、優しかった。そんな事、あの時も解っていたはずなのに、それを、私は受け入れられなかった。だけど今は・・・だから、タダシも、弥生と・・・あの娘はいい娘だよ。


 俺は、藤村彩子を、更に強く抱きしめた」


 いつまでも抱いていたいが、そうも行かずに、空しく彼女の身体を解き放った時、「文化祭で連れてくる」と彩子が言った。


「あの娘も、まだ、君に会うまでのリハビリが必要だ。君もそうだろう、今すぐに会ったとしても、何をしていいのか良く解らない。だから、もう少し時間が必要だ。今から、文化祭までは、10日近くあるから、日にちとしては適当だと思うし、何より、弥生が高校の文化祭な興味があると言っていたから、そうする。それでいいだろ」


 彼女のそんなに提案に、俺は黙って頷いた。


「彼女は、大石弥生は、今、どうしてる?」


 彼女が連れて帰って来た弥生は、今何をしているのだろう?ふと、そんな疑問が芽生えたので、そう聞いた。


「私の家にいる。私の家で、私と一緒に私の部屋で、寝起きしてる」


 そう言って、彩子は、弥生の今を俺に説明してくれた。


 彩子と共にこの町に帰還した大石弥生は、そのまま彩子の家に転がり込んで、連泊しているのだと言う。彩子が学校に行っている間、家の近所を散歩したり、彩子の部屋に独り籠もって、彩子が小学校時代から撮りためた、映画や、ドラマ、バラエティーなどの6000本近くのビデオ(当時はVHS)を無造作に見ていたり、と、とにかく暇を持て余してると言う事だった。


 そんな事で、リハビリになるのかと思ったが、彩子曰く、どうでもいい時間にどうでもいい事をする事で、何よりも心に余裕が出来ると言う事だった。それに、自分の生まれ育った町、自分が戻りたかった場所と言うのも重要なのだと言う。


「まあ、彼女の事は私に任せて、タダシはタダシで、気持ちの整理をしてくれればいい」


 そう言うと、「じゃあ、そう言う事だから」と言って、彼女は俺と別れて、家路へと消えて行った。


 家に帰ると、俺は早々に、食事も採らずに、部屋にこもった。俺のそんな態度は、サイコ達と出会う以前以来久しぶりだったためか、ユッコがそれなりに心配して、「具合でも悪いの?」と聞いてくれた。


「サイコと食べて来た」


 俺がそう答えると、ユッコは、「あっ、そう。なら平気ね」と言って、それ以上は、追究して来なかった。ユッコはサイコを信用しきっている。だから、何かしら帰りが遅くなっても、彼女の名前を出せば、丸く収まる。(遅くなる理由のほとんどが、風研部関係だら、あながち嘘でもない)それどころか、「どうなの?上手くいってるの?」と2人の仲を期待するそぶりさえ見せる事もあった。


 サイコの名前を盾に、ユッコを適当にあしらうと、俺は、自室のベッドの上で、まだ、腕の中に残る藤村彩子の余韻を抱きしめていた。


 本当に、彩子は、俺の為によく動いてくれる。俺が、大石弥生に少なからず”特別な”感情を抱いているのも承知で。そう思えば思うほど、俺は彼女が愛おしいと思った。


 彩子の余韻と添い寝し眠りに落ちる寸前にワルツが聞こえた。


 その曲は、題名は知らないが、英語の時間に見た洋画、『カッコウの巣の上で』の中で、精神病患者が、決まった時間にビタミン剤を貰うシーンで流れていた曲だ。それを何となく気に入って、中谷に、携帯の着信音として組んでもらったやつだった。(携帯電話文化の黎明期であるこの時期、携帯の着信は、まだ、その機種の備え付けのものか、自分で作るのが主流だった。曲をダウンロードできるのは、もう少し後の話)


 映画『カッコウの巣の上で』は、刑務所の過酷な労働から逃れるために精神病院に患者として潜り込んだ主人公が、監獄以上に人権を無視したショッキングな病院の実態を目の当たりにすると言う内容だった。その主人公も、ラストで、ロボトミーと言う特殊な脳手術を施されて、廃人になってしまう。


「変なタイトルだ。カッコウはすを持たない。托卵と言って、ムクドリなどの巣に卵を産み落として育てさせるんだ」


 とコバが言った。


 それに、サイコが、無機質な声で答える。


「自分を偽り、他人の手に甘えて生きるのが幸せなのか?それとも、自分を偽る事無く、自らの力で人生を切り開くのが幸せなのか?そんな意味があるんじゃないのか?本当の所は知らないけど」


 そんな2人の掛け合いから、俺達風研部は、この映画について、小1時間議論し合った。丁度、映画の感想についてのレポートの提出をしなければならなかったので、その共同作業の意味合いもあった。


 その時に、曲を中谷に組んで貰ったのだった。


 電話は、その曲を組んだ中谷からだった。


「今何してた?」


 電話に出ると唐突にそう言われたので、「寝てた」と返すと、「そう」と言われた。そして、「あのさ」と中谷が本題に入った。


「さやかを、うちの学校の文化祭に連れてこようと思うんだ」


「いいんじゃない?」


 俺は何も考えずに、そう答えた。


 交際している彼女を文化祭に連れてくる。よくある話だが、中谷の声はどこか浮かない。


「コバの事か?」


 彼の声から、そう察して、聞き返すと、中谷は小さく「ああ」と言った。


「さやかの奴が会いたがってるんだ」


「彼女が?」


「うん、あいつ、全部知ってるみたいなんだ。コバが喋れなくなった原因」


「どう言う事?」


「はじめから知ってた訳じゃないんだ。ただ、最近になって、人づてに聞いたらしんいんだ。コバが喋れなくなった原因が、好きな女の子に振られたのが原因だって」


「でも、それだけで、全部解ったって言うのか?」


「ああ、あいつさ、子供の頃、1度だけ、コバとの仲を噂されて、恥ずかしい思いした事がったんだって。それで、コバに対して、冷たく当たった事があったんだって。丁度、コバが喋れなくなった時期と、その事が重なってるから、前々から気になってたらしいんだ。そしたら、最近になって、その噂を聞いて」


 全てが繋がったと言う事だった。


 それで、安藤さやかは、コバに謝りたいと言い出したのだと言う。


 中谷がその経緯を、もっと詳しく話してくれた。


 丁度、俺と彩子が井上さんの所に、ディランのレコードを取りに行っている時、中谷と安藤さやかは、沼津駅の南口でデートをしていた。


「私のせいかも知れない。卓ちゃんが変になったの」


 南口の宝塚座で、映画を観てそのビルの狭い階段を降り切って表に出た所で、彼女が不意にそう言った。


「うん?何?」


 適当に聞き流そうと思っても、さやかの放った言葉の意味が、耳に引っ掛かり、中谷は、結果的に聞き返すハメになっていた。


「多分、私のせいなんだ。卓ちゃんが喋れなくなったの」


「どう言う事?」


 今度は、ちゃんと聞き返した。すると、彼女は思い詰めた様な切実な眼で、「勇太君、私の話聞いてくれない?」と言ってきた。


 今にも泣き出しそうな眼だった。


「うん、解った。とりあえず場所移そうか」


 そう言って、彼は、彼女を、駅ビルのいつものカフェに連れて行った。


 さやかは色々と中谷に話して聞かせた。


 はじめ、私立の小学校に通っていた事。そこでいじめにあっていた事。小6での転校の理由が、家の事情ではなくて、そのいじめが原因だった事。転校後、ものすごく不安だった時に、コバが話し掛けてくれて嬉しかった事。けれども、親しくなっていく内に、みんなから冷やかしをうけて、また、いじめに遭うんじゃないかと不安になった事。その結果、コバの思いを裏切るかのように、彼に冷たくなってしまった事。


 それらを話しながら、彼女は、時々下唇を噛んで涙を滲ませた。


「あいつ、泣いてた。俺さ、頭悪いから、こんな時、なんて言ってやれば良いのか解んなくてさ、とりあえず、謝りたいんねら、謝ればいいて、それしか言えなかった。そしたら、さやかが、学園祭に来たいって言い出したんだ」


 電話の向こうで、中谷も泣きそうな声になっていた。


「なあ、木村。俺、これであってるのかな?コバはいい奴だから、許してくれるかもだけど、そんなかんたんじゃ無いもんな」


 切実に、本気で中谷が俺にそう聞いた。


「どこにも正解なんて多分無いさ。俺でもそうしてる」


 そう言ってやると、中谷は少し安心した声で、「そうだよな」と言ってこう続けた。


「俺は藤村にコバとさやかの件を託されたんだ。今更、後にも引けねえや」


「中谷ありがとな」


「うん?何が?」


「コバの事協力してくれて」


「いいって事よ。でも、もしも、何かあった時は、フォロー頼むぜ。もともと、お前が助けたのが発端たんだからな。それを藤村が、健気にバックアップしてるんだろ。本当にいい女だよ、あいつは」


「ああ、俺もそう思う。実はさ、俺も、文化祭で再開するんだ。昔傷つけた人と。中谷には、そう詳しく話していなかったけど、俺も昔・・・」


「聞いてるよ。藤村から。好きな娘をいじめちゃったんだら」


 中谷が、何食わぬ声で、そう言った。


 またかよと思った。


 サイコは本当に手が早い。


「なあ、木村。藤村の事、絶対に裏切るなよ。あいつさ、本当はお前と、その娘を会わせたくないと思うぞ、だってそうだろ。お前は不器用に、その娘に思いを伝えられなくて、そんな結果になったんだから。それで、2人が仲直りして、そこから、いい感じになってみろ、立場ないぜ。俺も、本当はそんな気持ちなんだよ。だけど、やっぱり好きな人の涙は見たくないしな」


「ああ、解ってる」


 だから、俺は今、藤村彩子が愛おしい。


「あと、高山はどうする?あいつも、もしも、コバとさやかがそうなったら、立場ないしな」


 中谷に言われて、半分忘れていた事を思い出す。みのりんが1番そうなる事を怖がっている。


「まあ、その時は、コバに任せるしかないな」


 本当に、それしかない気がした。どっちに転んでも、最終的には、コバの気持ち次第だ。俺達にできる事は多分、何もない。けれど、何もないなりに、何かしてやるつもりだ。何ができるか、解らないけれど。


「まあ、あれだ。もしもの時は、俺が高山と付き合うのもありだな。あいつ、バカだけと結構可愛いし」


 中谷がふざけてそう言って、俺もふざけて、「バーカ」と言った。


 そうやって、笑い会える仲間がいれば大丈夫。そう思えた夜だった。

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