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psycho〜親愛なる君へ〜  作者: 山居中次
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心の旅

 ガロを出て、三島駅北口までみのりんと美雪先生を送った。


「今日はありがとう。本当に楽しかった。彩子ちゃんの事も色々聞けたし。みのるちゃん、木村君ありがとね」


「いいえ、俺は何も」


「先生。今度はサーちゃんが居る時に来てください。ウチ、ちゃんと教えるから」


「ありがとうみのるちゃん」


「本当、今日は、藤村に会わせられなくて、すみませんでした」


「いいんだよ。タイミングが悪かっただけだから」


「今度は、会ってやってください。あいつも、本当は、先生に会いたがってるはずだから」


「うん、きっとそうする」


 そう言って美雪先生は優しく可愛らしく笑うと「じゃあ、また」と言って改札を抜けた。


「先生また来てくださーい」


 みのりんがそう言って改札の向こう側の先生に手を振った。


 みのりんと2人で先生を見送った。


「ん?みのりん電車乗らないの?」


 ふと、沼津在住のみのりんにそう疑問をぶつけると、みのりんは「あっ、そうだ、ウチも乗んなきゃ。先生待ってーウチも一緒に行く」と言いだして、彼女はようやく改札に向かった。


 そんな彼女を俺は呼びとめた。


「みのりん」


 彼女が立ち止まり、振り向く。


「何?」


「みのりんごめん。俺、嘘ついた。知ってるんだ。中谷、コバの事」


「そう」


 みのりんが力なくそう答える。


「サイコが教えたんだ」


「サーちゃんが?」


「でも心配ない。中谷は、コバを悪いようにしないって約束したし、いざって時は2人の間を取り持ってくれるつもりだ。あっ、でも、変な意味じゃなくて、子供時代の誤解って言うか、気持ちの行き違いを正すって言うか」


「仲直り?」


 みのりんがそう言って、じっと俺を見る。


「そう、仲直り。だから、みのりんが心配する様な事は無いから、大丈夫だよ」


 俺がそう言うと、彼女は笑顔になり「やっぱりサーちゃんは凄いや」と言った。


「キムありがとう。キムが一生懸命コバを守ろうとしてくれるから、サーちゃんも動いてくれたんだよね」


「いや、俺は」


「ありがとうキム。本当にありがとう」


 そう言うと、笑顔のまま、みのりんは改札を抜けて、ホームへと向かって行った。


 彼女達を見送ってしばらくした時、携帯が鳴った。着信は藤村彩子からだった。


「サイコ。お前、今どこで何やってんだよ。真鍋美雪先生が今日学校に来たんだぞ」


 そうまくしたてる様に携帯に向かって言った時だった。


「もしもし?」


 サイコが確かめる様にそう言った。


「サイコ?どうした?」


 その声がサイコだと思った俺は、その声の主にそう聞き返した。


「・・・・・木村君?」


「サイコ・・・じゃないのか?」


「・・・・・・・・」


 声の主は答えない。


「弥生?大石弥生」


 直感。ふとした。本当にふとした無意識に近い直感で、俺は電話の声の主にそう聞いていた。


「はっ・・・・」


 不意を突かれた驚きの小さな声を残して、電話は唐突に切られた。


  *

 少女は驚いた声を上げると受話器から耳を話して携帯の電源を切ってしまった。


「名前を呼ばれるなんて思わなかった」


 少女はそう言って、胸を押えると、ゆっくりと呼吸を整えて行った。


 まだ少し早かったか?


 まだ彼女には刺激が強すぎたのか?


 そんな事を思いつつ、私は少女に聞いた。


「彼、何か言ってた?」


「・・・・もしもしって」


「他には?」


「それだけ」


 そう言うと、大石弥生は何やら嬉しそうに、はにかんで「でも、声が優しかった」と小さな声で言った。

 

「天使ちゃんのおかげだね。木村君は天使ちゃんが側にいるから、あんな優しい声になったんだ」


 弥生は、あの頃と同じように私を天使だと思い込んでるようなそぶりを続けていた。


「天使なんかじゃないよ」


「嘘だね。ほら、羽が髪の毛に付いてたよ」


 そう言って、弥生は小さな羽を私にみせた。それは羽毛布団に仕込まれていた羽毛の1つに他ならない。多分私が昨晩借りていたこの民宿の布団から漏れたのだろう。そんな何の変哲も無い羽毛のひと欠片を、弥生は天使の羽と呼んでいた。


 不思議な娘だと思った。明るくて、無邪気で可愛らしい。それでいてその無垢さにわざとらしさはなく、自然な振る舞いを感じた。そんな彼女を人は純真無垢と言うだろうが、私には、純真さではなく彼女の抱えた苦しみ、悲しみ、劣等感を抱いた影が見えた。心の闇だ。


 闇を抱えて居るからこそ、明るい光を求めて日に向かうひまわりの姿を連想した。


 死を覚悟し、死に飲まれかけた彼女だからこそ放つ生への渇望。困難や絶望に生きて抗う強さを私は彼女に見た。


 君こそ天使だ。


「君に上げるよ。君に持っていて欲しい。多分幸せになれるから。願いとか叶うかもよ」


「えー本当?ありがとう彩子ちゃん」


「天使って呼ばないの?」


 私がイタズラっぽくそう聞くと、「だって、天使って呼ばれるの照れくさいんでしょ?」と彼女もイタズラっぽく答えた。


「好きに呼んでいいよ。弥生ちゃんの好きなように私を呼べばいい」


 私がそう言うと、彼女はしばらく考えて嬉しそうに閃くとこう言った。


「じゃあ、天使のテンコちゃん」


 思わず私は吹き出して、「好きにすれば」と言い返していた。


 弥生がニコニコと微笑む。


「合格。約束通り、明日弥生を連れて帰る」


「えっ、本当?嬉しい。この羽、本当に効き目があるんだ」


 そう言って、弥生は”天使の羽”を部屋の照明にかざすと、嬉しそうに覗き込んだ。


 大石弥生の居場所は、伊豆大島の差木地と言う所だった。島の南端に位置していて、タクシーに乗って、島を半周ぐるりと回ってやっと付いた。熱海から出た船を降りた桟橋からほぼ、真逆の位置である。


「伊豆大島なんて言うから、本土の人はみんな静岡県だと思うみたいだけど、実は東京都何だよね」


 タクシーの運転手が、自慢げにそう言った。


「へー。そうなんですね。私もてっきり静岡だと思ってました」


 ここが東京?


 見渡す限り、右手に海。左手に山。そんな光景は、どう見ても、東京と言う都会の象徴を意味する言葉から逸脱していた。


 左に斜め前方に大きな山が見えた。三原山だ。今も活動している火山だ。


「三原山ですね」


「おっ、勉強してるね。そう、三原山。大島はね、島全体が火山なんだ。海底火山が噴火して、島が1つできたんだって。おじさんは学者じゃないから、あんまり詳しいこと解らないけど、地球って凄いよね」


 三原山。この島を作り、今も息をしているそれは、大きな生き物の様に私には見えた。


 地球は生きている。その生き物の上で、その一部として、私達は生きている。命の平等性の元生かされている。それなのに何故に憎しみ合い争うのか?ふと、そんな思いにしばしふけった。


 目的地の差木地の民宿に付いた。


 大石荘。


 そこが、大石弥生の今の実家だった。


「大石弥生さんの居場所が知りたいんだ。藤本さんお願い教えて」


 私がそう言うと、藤本理恵菜は面食らった顔で私を見ると、一言「なんで?」と言った。


 駿豆線の改札前で、彼女を待ち伏せて、出てきた所で私は近づき、一言「こんにちは」などと挨拶を言ってから、唐突にそう切り出した。


「木村に頼まれたの?だったら、貴女がここまでする必要ないよ。貴女には関係ない事だから」


 彼女のその言葉に、私は「違う」と言って、首を横に振った。


「私が勝手に動いてるだけ。彼の指図とか全くない」


「どうしてそこまでするの?」


 彼女のそんな問いに、私は何も言わずに、ただ、首を横に振った。


 そして、」代わりにこう答えた。


「タダシは、本当は、弥生さんと話がしたかっただけなんだ。だけど、不器用にも上手く伝えられなくて、あんな形でしか彼女と接する出来なかったんだ。だから、それを彼女に伝えたい。彼にはまだ、いや、もしかすると、一生その勇気は訪れそうにもないから」


「木村がヤヨの事を好きだったって事?」


「そこまでの気持ちが彼にあったかどうかは、今の彼にもよく解らないらしい」


「ねえ、本当に何でそこまでするの?藤村さん木村の彼女なんでしょ?そこまで解ってるなら何で?」


 1人の女としての気持ちをなぜ優先しない?そんな気持ちを込めて多分藤本理恵菜はそう言った。。そんな彼女に私はこう言った。


「彼の涙をもう見たくないから。彼女とか恋人とかいう前に、1人の友人として、彼の本当の笑顔が見たいから」


 理恵菜が、おもむろに自分のカバンをあさり、ペンと手帳を取り出して、そこに何かを書き記した。そして、書いた物を私に託した。


「これ、ヤヨの今の住所。大島で、家族で民宿やってるんだって」


 託されたものを確かめると、確かに伊豆大島の差木地の住所が書き記されていた。


「ありがとう藤本さん」


 私がそうお礼を言うと、彼女は笑って、「藤村さん木村とヤヨの事お願いね」と言ってくれた。


 大石荘の前に立ち、「ごめんくださーい」と声を掛けると「はーい」と言う女将さんと思われる聞こえたすぐ後に「あっお母さん私が出る」と若い女の子の声が聞こえた。


 トントントンとリズミカルな足音と共に、私と同じ年くらいの女の子が出迎えてくれた。


 眼のクリっとした子犬の様な顔立ちの可愛らしい女の子で、髪は肩までのセミロングでサラサラとしていた。服装はTシャツにハーフパンツと言った軽装で、体格は小柄でやや細身だが、バランスは取れていて、健康的だった。


「あっ、予約していた藤村彩子です」


 客として私がそう名前を告げると、彼女は「いらっしゃい。大変だった?ここまで来るの」とよく知った仲の様に気さくに話掛けて来た。


「うん、大丈夫。タクシー乗ったらすぐだったから」


 同じ年と言うのもあってか、私まで口調がタメ口になっていた。


「タクシーで来たんだ。領収書ある?うち、タクシーで来たお客さんにはタクシー代を清算して、返す事にしてるんだ。まあ、ささやかなサービス」


 少女がそう言うので、タクシーの領収書を渡すと、彼女はフロントのレジを器用に叩いて、タクシー代をそっくりそのまま私に返してくれた。


「はい、3560円」


 レジを叩く格好と、タクシー代を返す対応が、とても大人びて見えた。


「ありがとう」


「部屋こっちね。付いて来て」


 そう言って、少女が部屋まで案内してくれた。接客の対応は大人びていても、言葉使いは同じ十代の女の子と言った感じだった。


 通された部屋は、十畳ほどの和室だった。床の間と押し入れ、テレビも付いていて、民宿と言うよりは、そこそこいい旅館を思わせた。


「民宿って言うから、もっと小さい部屋かと思ってた」


「うん、多分1番いい部屋」


 少女が悪びれる事も無くさらりとそう言った。


「えっ、いいの?こんないい部屋」


「いいの、いいの。どの部屋も値段同じだし、お客さんの運しだいだから」


 やっぱり悪びれる事無く、少女はそう言って、ヘラヘラと笑っていた。


「あっ。あと、内線押して1番でフロントにつながるから、何かあったら使って。誰かいれば、誰か来るから」


 誰もいなければ、誰も来ないって事?


 心の中で突っ込んだ。


 少女は一通り説明を終えると、「さてと」と言って、仕事に戻るべく私の部屋を出て行こうとした。そんな彼女を私は引き止めて聞いた。


「あの、貴女、大石弥生さんだよね」


「うん」


 何の警戒心も見せずに弥生はそう頷いた。


 私がここへ来た動機を告白しようとした時彼女が笑って「久しぶりだよね」と言った。


「えっ?」


「ずーと会いたかったよ。天使さん」


 大石弥生は、あの、みおに似た少女は、私の事を驚くほどよく覚えていた。


 そして、すぐ仲良くなった。


 色々な事を話した。


 子供の頃の事、学校の事、将来の事、友達の事、そして、木村正の事。私が思い付く限り、色々な事を話して聞かせると、彼女もまた、色々な事を話してくれた。弥生は私が滞在する5日間私の部屋で一緒に寝起きをして、私と行動を共にした。島の色々な所にも案内してくれた。


 三原山の火口を案内してもらい、見下ろした時は足がすくんだ。


「それにしても、よく来てくれたよね。学校は大丈夫なの?」


 最後の夜、夕飯を食べ終えて部屋で一緒にくつろいでいる時に、弥生にそう言われた。


「うん、休学してるから。半月の予定で」


「ふーん」


「弥生の居場所を探すのと、旅費を集めるのにそれだけの時間が必要だった。弥生の居場所は直ぐに解ったよ。藤本さんから聞いた」


「旅費はどうやって集めたの?バイト?」


「うん。本屋のバイト」


「本屋さんか。楽しそう」


「本、好きなの?」


「うん」


 弥生が無邪気に頷く。


「理恵菜ちゃんか、懐かしいな。元気にしてる?」


 彼女のその問いに一瞬答えを探した。タダシ以上に藤本理恵菜は、弥生の事を引きずっている。それお思うと、とても元気にしているとは答えずらかった。


「うん」


 とだけ、私が答えると。「そうだよね」と弥生が言った。


「色んな人に迷惑とか、心配とか、掛けちゃったからな私」


 弥生は、私が口に出来ない事までも聞き取って、答えて来る。まるで、テレパシーの様に私と彼女との間で何かが通じ合っていた。


「本当はもう、木村君の事も許せているんだ。それに、私の中の熱い何かも漏れ出さなくなってるんだ。いや、多分どっか行っちゃった。だから、生きるのも、もう怖くないんだ。だけど、私は怖くなくなったのに、私の周りの人達が私を怖がっているみたいなんだ。特にお父さんとお母さん。私がもう大丈夫だって言っても、『弥生は病気なんだから無理はしなくていい』って言って聞かないんだ。それで、気が付いたら、お父さんの実家の大島なんかに連れてこられちゃった」


 弥生はそうやって半分愚痴る様に言った。


「当たり前だよ。大事なものほど、失いかけた時に必死に守りたいものさ。弥生はちゃんと愛されてるから、大事にされてるんだよ」


 私がそう言うと、彼女は頷いて「解ってる。だけど、このままじゃ行けない気がするんだ」と言った。


「どんな風に行かないって思うの?」


「私の事を思ってくれる事で、思いすぎる事で、私の両親はいつか、自分たちの幸せをつかみ損ねる気がするんだ。弟の和弥にも迷惑かけたし。あの子本当は三島に残りたいはずだったんだけど、私がこんな風になったから、一緒についてこなければならなくなった」


「人1人の起こした事柄が、大勢の事柄を変えてしまう。そんな所だよね」


「ねえ、彩子ちゃん。私も連れてってくれないかな?彩子ちゃんと一緒なら、あの町にまた戻れる気がするんだ。ねえ、ダメかな?ほんの少しの間でいいんだ」


「本当にそんなに戻りたいの?」


「うん。だって、理恵菜ちゃんに会いたいもん。木村君にも。本当はまだ怖いけど私も前に進みたいし、大切な人達の幸せを奪ってまで護られるのはもう嫌なんだ」


 真っ直ぐな瞳で、大石弥生はそう言った。


 彼女は必死で大人になろうとしていた。その決意の強さを私は本物だと感じた。


「じゃ、タダシと話してみる?それで、弥生が大丈夫ならば、私はあんたを連れて帰る」


 そう言って私は、自分の携帯から、タダシに掛けると、呼び出し音の鳴ったままの状態で、弥生に渡した。彼女はそれを受け取ると、静かに耳にあてた。

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