藤村彩子の好きなコーヒー
ボックス席が今日は混んでいたので、三人でカウンターに座った。
「いいのかい?彩子ちゃん以外の娘なんかとデートして。しかも2人もつれて」
みのりんと美雪先生をガロに連れて行くと、マスターがイタズラっぽくそう言った。
「いえ、2人とも藤村の友人です。こっちが、同じ学校の高山実、そしてこっちが、藤村と高山の小学校の時の担任で、真鍋美雪先生です。ここの事話したら、来たいって言うので連れてきました」
俺がそうマスターに2人を紹介すると、マスターは「ほーう」と嬉しそうに見比べて、「そうか、彩子ちゃんの」と言って僕ら3人の前に水を置くと、「そう言われてみれば、2人とも雰囲気があの娘と似ているね」と、笑顔で感想を述べた。
「本当ですか?何だか嬉しい」
みのりんがカウンターから乗り出さんばかりに喜んだ。
「本当だよ。あなたはキラキラした感じがよく似ている。先生の方は知的な感じがよく似てる。あの娘も博識な娘でね、昔の音楽や、映画に詳しくて、こんなオジサンとでも話を合わせてくれるんだよ」
「へ―そうなんですか。あ、でも、解らなくもないですね。彩子ちゃん子供のころから、少し他の子よりも大人びた印象があったから。あと、物語を作るのも好きで、よく1人で、一生懸命書いてましたよ」
美雪先生が嬉しそうに懐かしそうに、そう言うと、みのりんがすかさず「マダラナーダ」と叫んだ。
「みのるちゃんも読んだことあるの?マダラナーダの物語」
「はい。教授。中山先生に見せてもらって、ウチ、あれ読んで、本当にサーちゃん、あっ藤村さんの事、ウチ、サーちゃんて、呼んでるんですけど、天才だと思いました。だって、小3であんなの普通掛けないですよ」
「それは私もそう思った。この子は"普通”じゃないって。だから、大人が守らなきゃって」
「素敵です。こんな素敵な先生と、こんなに可愛い親友がいるから、彩子ちゃんはいい娘なんだ」
マスターが不意にそう言った。
みのりんが、「いやー可愛いなんて」頭を搔きながら照れる。
「いや、私なんてまだまだあまちゃんですよ」
と、美雪先生は自身無さ気にそう言った。
「いや、解りますよ。素敵な先生だって事。始め見た時は随分と若く見えたから、同級生かと思いましたが、お話を聞いていると、子供の事、よく考えてらっしゃるのが解ります」
「いやー若いなんてそんな、私こう見えても三十路越えてますよ」
そう言って、美雪先生は、みのりんと同じように頭を掻いて同じように照れた。
その恰好が、あまりにも似ていたために、俺は思わず吹き出しそうになった。
「あっ、そう言えば注文まだ聞いてなかったね」
マスターが仕事に戻ってそう俺たちに聞いた。
「じゃあ、いつもので」
俺が代表してそう答える。
「彩子ちゃんといつも飲んでるコーヒーでいいの?」
「はい、それを3つ」
「はいよ。そう言えば彼氏さん、今日彩子ちゃんは?」
マスターが俺にそう聞いた。
「今、休学してます。何でも、昔の友達に会いに行くとか言ってましたが、詳しくは僕も解かりません」
「そうか、残念だな」
マスターが小さく残念がった。
みのりんの横から美雪先生が顔を乗り出して、「えっ、木村君って彩子ちゃんの彼氏なの?」と楽しそうに食いついた。
「も~先生。さっきそう、紹介したじゃん」
みのりんが呆れ気味にそう言うと、美雪先生は「そうだっけ?」と言って、眉毛をへの字に曲げて、口を尖らせる、みのりんもよくやっている困った顔を可愛らしく作った。
可愛い人だと思った。
みのりんや、サイコから度々聞いていたイメージから、真面目は先生の鏡の様な人を創造していたが、(少し硬い感じ)実際は近所の年上のお姉さんと言った印象だった。愛嬌があり、話しやすく嫌味やない。場の空気をやわらかく包み込む、そんな雰囲気の人だった。
「なんかいいなあ~そう言うの。好きな人に会いたくて、学校に行くようになるなんて、青春その物じゃない。いいなあ~いいなあ~」
サイコとの出会いから、今に至るまでの腐れ話をかいつまんで説明すると、美雪先生は、そう言って、無邪気にうらやましがった。
「そうだよね。キムがサーちゃんを連れて来たようなもんだもんね」
みのりんが嬉しそうにそう言った。
「そうなるのか?」
「だって、キムもサーちゃんも、入学してから、ちっとも学校来てなかったもん。それが、2人そろって、同じ日に来たじゃん」
「たまたまだよ。あの時はまだ、あいつの事なんか意識してなかったし。ただ、興味はあったけど」
「サーちゃんも、同じ様な事言ってたよ。それに、あの時ウチ初めてサーちゃんに声を掛けたんだけど、あっ、本当はもっと前に会ってたんだけど、ウチから話すのはあの時が初めてで、でも、全然相手にしてもらえなくて、だけど、キムとは、なんか色々話してて、ああ、この娘は、キムには心を開いてるのかなって思って、お昼食べる時もね、最初は1人で食べるって言ってたんだけど、ウチがね「木村君も呼んだら一緒に食べてもいい?」って聞いたら、サーちゃん黙って頷いたんだ。「好きなの?」って聞いたらあの娘、一言、「あいつに興味がある」そう言ってた。異性としての意識はその時のサーちゃんにもキムに対して無かったみたいだけど、やっぱり、その時から、キムの事好きだったんだと思うよ」
みのりんの言葉を介して、サイコの本当の気持ち知ってこの時、俺は胸の内にこそばゆさを感じた。
「安心したよ。彩子ちゃん、ちゃんと幸せになってる。みのるちゃんと同じ学校の同じクラスになってるって、中山先生から聞いた時から、上手くやってるといいなって思ってたけど、私が思ってた以上に楽しく生きてるみたい。こんなにカッコいい彼氏も出来て。でも、会いたかったなー」
「すみません。来るって解かっていれば俺たちで、藤村の事引き止めたのに」
俺がそう言うと、美雪先生は「いいの、いいの」と笑顔で言ってくれた。
「私の方こそ、いきなり押し掛けたのが良くなかったからさ。本当は、文化祭の日に来たかったんだけど、あいにく仕事の都合がつかなくて、今日になっちゃった。でも、よかったのかもしれない。本当の事言うと、私も彩子ちゃんに会うの少し怖かったから」
彼女はそう言って眼を俯かせた。
「どうしてですか?」
みのりんが恐る恐る聞く。
「多分、あの子私の事嫌いだったと思うから」
美雪先生の返答に、俺たちは一度何も答えずに俯いた。
「気付いてたんですか?」
俺がそう聞くと、彼女は寂しげな笑顔で。「うん。何となくだけど」と言った。
「どうして?どうしてサーちゃんは、先生の事嫌いになったんだろう」
みのりんが、呟く様にそう言うと美雪先生はその呟きを拾って、「理由なんて無いんだよ」とみのりんに返した。
「理由なく人を嫌いになるなんて、なんか変です。解らないです」
やや強い口調でそう否定するみのりんに、無幸先生は「そうかな?」とやや低い声と見据えた眼でそう言った。
その言い方と雰囲気が、サイコに似ていて、俺は思わずハッとなった。
美雪先生がみのりんに問いかける。
「みのるちゃん。みのるちゃんは、嫌いな人って1人もいないの?」
彼女の問いに、少し固まってから、小さな声で「います。中学の時、通っていた塾の吉野先生が嫌いだった」と言った。
「その人を嫌いになったのはどうして?」
「うちの事と、美雪先生の事をバカにしたから。先生だって、知ってるじゃん」
サイコが、中学の時に階段から突き飛ばした塾の講師だ。
美雪先生が頷く。
「じゃあ、みのるちゃんは、バカにされるまでは、その吉野先生って人の事好きだったの?」
美雪先生が更に問いかけると、みのりんは難しい顔になって本当に真剣に考え始めた。
そして、答えた。
「いいえ、嫌いでした。なんか、出来る子ばかりエゴ贔屓してる感じが嫌だった」
「そう感じたのは何で?」
「何となく。そう思った」
言い負かされる感じで、みのりんが折れる様にそう言った。
「みのるちゃん。人間ってさ、実はそんなに器用じゃないんだ。だからさ、その人の雰囲気とかで、直感で人の好き嫌いを決める生き物なんだ。その人が何かしたとか、しないとか、そんなの関係なくね。ほら、芸能人とかさ、好きとか嫌いとかって、何と無くでしょ。だって、その人に実際に会う訳じゃないんだから」
美雪先生のその言葉にみのりんが頷いた。
美雪先生の言う事は、俺にも理解できた。
「解ります。俺、そう言うの。藤村と初めて会った時もそんな感じだったし」
「そう、木村君は、彩子ちゃんの事、どんな風に思ったの?」
先生が今度は俺に言葉を振った。
それに俺は素直に答えた。
「始めは、同じ学校の娘だ。ぐらいの印象で、それで、何と無く話し相手が欲しくて声を掛けると、何だか変な奴で、めんどくさいのに係わったと思ったんですけど、一度言葉を交わすと、気が付いたら、情が沸いていて、そっから腐れ縁ですね」
俺の返答に彼女は「そうだよね」と言うと、こう続けた。
「やっぱり、理由なんて無いんだ。もちろん、何かしらの理由があって、人の好き嫌いを持つ事もあるけど、基本んは、人と人が出会った時に生じる場の空気って言うか、雰囲気って言うか、まあ、言葉にする事は難しいけど、そんな地場の様なモノのエネルギーで、引き寄せられたり、反発したりしちゃうんだ。特に子供達を見ていると素直な子ほど、そう言うのを持っているって感じるんだ。彩子ちゃんもそんな素直な子の1人だった」
美雪先生がそこで、いったん言葉を区切ると同時に、マスターが落としたばかりのコーヒーを出してくれた。
「はい、いつもの。先生と、お友達は初めてだよね。気に入ってもらえるかな?」
そう言って、マスターが、可愛らしく笑った。
「うわーいい匂い。ねっ、みのるちゃん」
「はい」
そう言って笑い合うと、2人はコーヒーを一口飲み、同じタイミングで「おいしい」と言ってまた笑い合った。
「マスター。とてもおいしいです」
美雪先生が笑顔でそう言うと、マスターは、「よかった気に入ってもらえて、うちのコーヒー彩子ちゃんのお気に入りだから、本当に良かった」と言った。
「へー。とてもおいしいです」
そう言って先生は優しくはにかんだ。
「あっ、お話続けてください」
マスターが不意にそう言った。
「えっ」
「彩子ちゃんの話。聞き耳を立ててるみたいで失礼だけど、僕ももっと聞きたいから。僕はここでの彼女しか知らないし」
マスターがそう言うと、先生は「はい」と言って仕切り直し話そうとするが、一瞬固まり「あれ、どこまで話したっけ?」と気の抜けた笑顔で、俺たちにそう聞いて来た。
みのりんは、同じ様な顔で首をかしげている。きっと同じように忘れている。
「あの、人の間に出来る地場がどうとか、そんなところです」
俺がそ言うと、先生とみのりんは「そうだそうだ」と同じタイミングで思い出し、先生が続きを語り始めた。
「だから、その、彩子ちゃんはね。そんな地場に敏感だったの。直感で、人の好き嫌いを人一倍持ってしまう女の子だった」
「人見知りですか?」
「まあ、簡単に言えばそうだよね。だけど、彼女自身には人を惹きつける何かがあった。上手く言えないけど、魅力と言うか、とにかく目立つ影の様なモノが彼女にはあった。だけど彩子ちゃんは、その魅力と言うか自身の引力の大きさに対して、人との関わる力が、少し小さいように私には見えたの。だから、いつか、この子は集団の中で浮いた存在になる。そうなった時に、運が悪ければ、集団の悪意に潰されちゃうんじゃないかもって思ったの」
「だから、サイコに、藤村に集団に溶け込む力をつけさせようとした。そうですね」
大石弥生もそうだったのかもしれない。
不意にそう思った。
美雪先生が頷いて続けた。
「あの子のためを思って、私は行動を起こした。だけど、あの子は私に事をそんなに好きじゃないんじゃないかって感じたの。私が何を言っても当たり障りのない返事しか返して来なかった。だけど、ある日突然、あの子は他の子達と遊ぶようになって、私との会話も柔らかくなったの。その時は単純にあの子が変わって来たんだって思ったんだ。けど、違ったみたいなんだ」
「何が違ったんですか?」
みのりんが真剣な眼でそう聞く。
「眼が、眼つきの悪さが変わっていなかった。人を刺すようなあの眼だけは変わらなかった。それを見つけた時、直感だけどね、ああ、この子は私の理想を演じてるんだって思ったの。私は何も出来なかった。あの子に何もしてあげられなかった」
みのりんとの交流を持っている彼女は、藤村彩子の小学校以降の人生について、かいつまむ程度に知っていた。
先生が残ったコーヒーを飲みほした時、「そんな事無いよ」とマスターが言った。
「えっ?」
「先生、さっき、僕がコーヒーを出した時、いい匂いって言ってくれたよね。それ、彩子ちゃんも初めてここでコーヒーを飲んだ時に同じ様に言ったんだ。その言い方が、凄く似てましたよ。飲んだ時のおいしいって顔もそっくりだ。それだけじゃないよ。上手く言えないけど、色々な仕草がやっぱり彩子ちゃんと先生はよく似ている。あの子が先生の事をどんな風に思っていたかなんて僕には本当の事は解らないけど、彩子ちゃんは先生に憧れてたんじゃないかな?って僕は思うよ」
「そうですかね」
美雪先生が自身無さ気に言うと、マスターは笑ってこう言った。
「このコーヒーね、実は、彩子ちゃんの好きなブレンドなんだ。この仕事してて解った事なんだけど、コーヒーの味の好みが似てる人ってとても気が合うんだ」
「へー」
マスターの言葉に美雪先生は安心した顔で、そう言って、コーヒーカップを眺めた。
「俺もそう思います。美雪先生絵本描いて藤村に送りましたよね?」
俺がそう言うと、美雪先生は「うん」と言って何度も頷いた。
「あいつ、あの絵本とても気に入ってるみたいですよ。うちの担任を介してあの絵本を手にした時に大事にするって言ってたし」
「あっ絵本ってこれの事?」
そう言って、マスターがカウンターの下からあの絵本を出して来た。
「マスター何でこれがここにあるんですか?」
俺がそう聞くと、「彩子ちゃん、気に入った本をよくここに置いて行くんだよ。何でもこの店で本読むと集中出来るんだって。ボトルキープならぬブックキープなんてあの子は言ってるけど」と言って、優しくその絵本のページを一枚一枚めくって見せた。
「もう、何度も読み返してるよ。はい」
そう言って、マスターが美雪先生に絵本を差し出した。マスターから絵本を受け取ると、彼女はマスターがしていたのと同じリズムで絵本のページを1枚1枚めくって行った。そして、最後のページをめくった時、美雪先生は小さく泣き出した。
「先生どうしたの?」
泣き出した彼女を心配して、みのりんがそう聞くと、美雪先生は涙目の笑顔で「私は間違ってなかった。私の思い、ちゃんと彩子ちゃんんに届いてた」と言って、俺たちに絵本を差し出した。
美雪先生の見ていた最後のページを俺とみのりんで覗き込むと、サイコの字でこう書き加えられていた。
拝啓親愛なるみーちゃんさま。
見つけてくれてありがとう。
話しかけてくれてありがとう。
あの時みーちゃんに出会えてから、みーちゃんに友達の作り方教えてもらったから、私は今1人じゃないよ。
親愛なる君に幸あれ。
幸せの作り方を教えてくれたあなたに。
「サーちゃんらしいね」
「ああ。みーちゃんは美雪先生の事だったんだ」
そう言って、俺とみのりんは顔を見合わせて、小さく笑い合った。




