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psycho〜親愛なる君へ〜  作者: 山居中次
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藤村彩子の不在

 サイコがいなくなってから、もう、半月近く経っていた。


「ねえ、サーちゃんどこに行ったの?」


 サイコが居なくなってから、みのりんは、そればかり聞いて来た。


「知らない。俺も何も聞いてないから」


「サーちゃんが居ないと、何だかツマンナイ。てか、最近風研部なかなか全員揃わないよね。教授も、この頃、大学の方ばっかだし、コバも、時々中谷君が連れ出して行くし」


 放課後、そんな事を会話しながら、文化祭で発表する活動記録の模造紙を、図書室前の掲示板に2人で張る。


 この日も中谷は「高山、悪いけど、今日もお前の彼氏借りるぞ」と言って、コバを連れ出して、先に帰ってしまった。


 文化祭まで、まだ数週間ほどの余裕があったが、思いのほか早く仕上がったので、早めに張り出す事にした。文化祭の開催までに、イタズラをされる恐れもあったが、他の文化部も、出来上がり次第、作品の展示を始めていたため、俺たちも早めに張り出す事に決めた。美術部なんかは、もう、部室とその前の廊下に作品を並べている。


 早めに展示をする事によって当日での客足を増やすための宣伝効果もあった。


 その間、剣道部と柔道部が、文化祭当日まで、パトロールをしてくれる。


「ねえ、コバ大丈夫かな」


 作業の手を止めて、みのりんが不意にそう言った。


「大丈夫って何が?」


「だって、中谷君の彼女って、安藤さやかちゃんでしょ」


 みのりんが心配そうな眼で、俺にそう言った。


「中谷は知らないんだろう。コバと、その、安藤さやかって娘の昔の事。だから、大丈夫だろう。それに、中谷は良い奴だし」


 そう言って、俺はみのりんに少し嘘をついた。


 中谷は知っている。サイコが教えたのだ。


「さやかとコバの事、この間、藤村から聞いたよ」


 この日の昼休み、弁当を食べ終えて、ふらふらと、意味も無く新館と体育館の間にある富士山を模した噴水の前を徘徊していると、いつの間にか中谷が付いて来ていて、俺に声を掛けると、かしこまった顔で、そう言った。


 やっぱり動いていたのか。


 そう思った。


 サイコはこういう時、誰よりも早く行動を起こす。人の心の問題。普通はそっとしておこうと誰もが空気を読んで、踏み込まずにやり過ごす事にも率先して踏み込んでいく。だからと言って、興味本位や、悪意を持って無計画に引っ掻き回す事はしない。ある程度踏み込んだ後、彼女は、問題を踏み込まれた本人や、その周囲の人間に託すのだ。託された人間は、嫌でもその問題と自力で向き合う結果になる。そうやって、本人が避けている問題と向き合うきっかけを与えるのだ。サイコはそのバランスを天才的に本能的に知っている。中谷もそんな藤村彩子の術中にはまっていた。


 とりあえず、噴水の前のベンチに中谷と座る。


「サイコからどんな風に聞いたんだ?」


「あらかた全部」


 中谷は、そう言うと、1つため息をついて、「水臭いじゃん、俺1人蚊帳の外なんて」と言って笑った。秋の寂しげな風が、俺たちの間を通り過ぎていく。


「別に中谷を除け者にしたつもりはないさ」


 通り過ぎた寂しげな秋風に言い訳をするように、俺は中谷にそう言った。


「でも、解るぜ、コバの気持ち。好きな子に気に入られたいのに、煙たがられるのは、へこむもんな」


 中谷がいつも通り調子のいいテンションでそう言った。


「サイコに協力しろとか言われたのか?」


「まあな。でも、少し違う。あいつ、俺に任せるって言ってた」


「あいつらしいな」


「任せるって言われてもよ、具体的にどうすれば正解か、わっかんねーんだよなー」


「だから、最近、俺たちや、主にコバに絡んでるのか?」


「そうだよ。だって、とりあえずそうやって、見るしかないら。仲良くなってよ、あいつがどんな奴か知らねーと何にも出来ねーよ」


「中谷から見て、コバってどう思う?」


 そう質問を、彼にぶつけてみる。夏休みが明けて、新学期が始まりコバがうちのクラスに合流して半月、中谷の中で、コバがどんな存在として認識されているのか知りたかった。すると、中谷は即答で、「とにかくいい奴」と答えておきながら、「それしか解んねー」と言葉を放り投げた。


「ごめんな、こんな風にしか言えない」


 中谷が申し訳なさそうにそう言う。


「いや、いいと思うよ。みのりんも、サイコに対して、同じ様な事言ってた気がする」


 いつか、教授にサイコをどう思うか?と聞かれた時に、みのりんは「難しい事は解らない。だから考えない。ウチがサーちゃんを好きだから問題ない」と答えた。そう中谷に言うと、彼は笑って、「高山らしいな」と小さく答えた。


「でも、それで正解なのかもな。よく、友達の作り方が解らないとか抜かす奴いるけど、友達の作り方なんて、俺も知らないよ。俺はさ、何と無く居心地のいい奴が友達だと思って生きて来たからさ。高山もそうなんじゃないかな」


 そう言って、中谷は、また笑って「お前はどうなんだと」と俺に話題を振った。


「俺は、お前は、そんな風に考えられ無かった。ただ、みんなに合わせて、同じ様にバカやってた。その他大勢の1人でいられるか、その中心のどちらかでいられるかじゃなければ意味がないって思ってた」


 中谷が真剣な眼で、俺を見つめて、俺の話を聞いていた。そんな彼に俺は続けた。


  「だけど、ふと、気が付くと、俺は1人ボッチだった。誰も俺の本当の姿なんか知らなかった」


 そこまで言ってみて、気が付く。サイコの言っていた事、感じていた事とそっくりそのままの感情が、俺の口から吐き出されていた。


 思わず笑みがこぼれる。


「どうした?」


 中谷が、不思議そうに、俺の顔を覗き込んだ。


「いや、別に」


 中谷にそう短く答えてから、俺は続けた。


「でも今は、前よりも楽に生きられる。自分が何なのか、この仲間の中で、どんなポジションなのかあんまり考えずにいられる。いや、考えるの止めたのか?まあとにかく、俺も、今は居心地の良さでみんなと居られる」


 俺がそう締めくくると、「みんないい奴だもんな」と中谷は賛同してから、急に思いもよらぬ事を言った。


「コバの事、さやかにも聞いたんだ実は」


「えっ、どういう事だ?」


 俺が驚いてそう聞き返すと、彼は「だから、さやかに小林卓也って知ってる?って、聞いたんだ」と何食わぬ顔で平然と答えた。


「聞いたって、お前、まさか、彼女に君のせいでコバが、吃音になったなんて言ってないよな?」


 俺がそう問い詰めると、彼は、「まさか、俺だってそこまでバカじゃないよ。てか、言える訳ねえだろ?そんな事」と呆れた声を出して、そう言った。


「だよな」


 俺は安心する。


 中谷が続けた。


「藤村から聞いた時にさ、丁度、コバが俺たちと合流したばかりの頃か、言われたんだ。『君がどんな相手と恋愛しようと自由だ。だけど、この事は、一友人として、心にとどめてほしい』ってな」


 そう言って、中谷はその時の彼とサイコとのやり取りを語り始めた。


「中谷。君に話がある」


 2学期が始まったばかりの頃、中谷は昼休みに、サイコに呼び出されてそう言われた。


「なんだよ話って?」


 今と同じ、噴水前のベンチで呼び出された理由を中谷が、そうぶきっきらぼうに聞くと、サイコは無表情に少し怒った様に「小林の事だよ」と言って、コバの事をかいつまんで、中谷に話した。


「でも、俺にどうすればいいってんだ?俺はコバとはあんまり絡みはないぞ」


 彼がそう言うと、サイコは無機質な瞳でこう言った。


「でも、木村とは、タダシとはよく話すだろ?タダシは小林と仲がいい。そうなれば、小林と君との絡みも少なからず発生するはずだ。それに、君だって、小林の事、知らない訳でもないだろう?時々、私たちの部活を冷やかしに来るんだから」


「まっ、まあ、そうだな」


 サイコにそう言われた中谷は間抜けそうに、そう納得してみる。


「じゃあ、あれか、俺にさやかと別れるか、あんまり、お前ら風研部に関わるなって事?」


 彼がそう言うと、サイコは不敵な笑みを浮かべて、「何もそんなに結論を急がなくったっていいさ」と言ってこう続けた。


「君がどんな相手と恋愛をしようとも自由だ。だけど、この事は、一友人として心にとどめてほしい」


 不敵な笑みから、真っ直ぐな瞳に切り替えて、そう言うサイコに中谷はこう答える。


「一友人か。嫌いじゃないぜそう言うの。解ったよ。協力する」


 そう言って、中谷はこう付け加えた。


「藤村。俺、さやかにも聞いてみるわ」


「聞くって?」


 サイコが切れ長の眼を見開いて、険しい表情になる。それを見た中谷は「誤解するなよ。興味本位で引っ掻き回したりしないさ。ましてや、今聞いたコバの障害の事なんて言わないさ。ちょっと探りを入れる程度に聞いてみるだけだから」と弁解し、こう続けた。


「よく解らねーけどよ、今の話聞いてると、誰が悪いって感じじゃない気がするんだわ。さやかだって、そん時悪気があって、コバにきつく言った訳じゃないと思うんだ。俺が言うのもなんだけど、あいつメチャクチャいい女なんだ。もしかしたら、ちょっちした気持ちの行き違いなのかもって、今思ったんだ」


 彼がそこまで言うと、サイコは険しい顔を引っ込めて、「私もそう思った」と呟くように言った。


「そうだら?」


 中谷のそうだら?にサイコが頷く。


「私も、安藤さやかに悪意があったとは思えない。やはり、君の言った通り、気持ちの行き違いだと思った。中谷、君にこの件を託す。君は信用できる」


 真っ直ぐな眼でサイコがそう言うと、中谷はいつもの明るいテンションで「任しとけ」と調子よく言った。その彼の「任せとけ」に藤村彩子は「ありがとう」と言って小さくさりげなく微笑んだ。


「藤村、お前笑った方が可愛いぞ」


 中谷がイタズラっぽくそう言うと、そんな彼を小馬鹿にする口調で、彩子は「知っているさ」と答えて、また可愛く笑った。


 サイコとのやり取りを語り終えて、中谷が一息つく。


「それで早速、俺、さやかにコバの事それとなく聞いたんだ」


 中谷がまた話し出した。


「卓ちゃんか、懐かしいな。元気にしてる?」


 沼津の駅ビルの喫茶店で、学校帰りに2人でお茶をした時に中谷が小林卓也についてそれとなく聞くと、何も知らない安藤さやかは、中谷の問いに何の抵抗も無くそう返した。


「勇太君、卓ちゃんと同じ学校なんだ」


「ああ、二学期から同じクラスになったんだ」


「同じクラス?学園って学期ごとにクラス替えがあるの?」


「いや、1学期だけで、ずいぶんやめたから、クラスが動いたんだ」


「へー。学園って本当にそんな事あるんだね」


 さやかは物珍しそうにそう言った。そして、「結構あれてる?」と中谷に聞いた。


「まあ、体力のあり余ったバカと、体育進学で来てる奴がほとんどだし、女子も少ないから、ちょっと荒っぽいかな」


 中谷が冗談ぽくそう言うと、さやかは小さく「そう」と言って少し俯いた。


「どうしたの?」


 小さく頷く彼女に、中谷がそう聞くと、「ねえ」と言ってさやかは向き直り、「卓ちゃんって学校ではどうなの?」と言った。


「まあ、普通だよ。いい奴だし、それに彼女も出来そうなんだ。あいつが好きな娘が結構まんざらでもなくて、付き合うのも時間の問題なんだ」


 実際にコバとみのりんは良い感じになっている。


 中谷がそうコバの近況報告をさやかに言うと、彼女は安心した顔で、「へー」と声を発した。


「卓ちゃん、上手くやってるんだ。良かった」


 ほっとしたため息を吐く様にそう言うと、さやかは続けた。


「卓ちゃん、中学に上がるかその前ぐらいに、原因は解らないんだけど、精神的に病気みたいになって、中学に上がった後もあまり学校に来れなかった事があったから、その後どうなったんだろうって気になってたんだ。でも、本当に良かった。立ち直ってるみたいで」


 何も知らないさやかは、何も知らないが故の優しい顔でそう言った。その何も知らないやさしさに、中谷は、本当の事を言えないと感じた。


「ねえ、勇太君。卓ちゃんの事さ、これからも、もっと私に教えてくれない?卓ちゃんは、私が小6の時に転校して来た時に最初に話しかけてくれた大事な友達だから」


 大事な友達。


 やっぱり、気持ちの行き違いだったのだ。


 中谷は、さやかの言葉から、そう確信付いた。


「いいよ。コバの事、いや、俺たち小林卓也の事コバって呼んでるんだけど、さやかが知りたいなら、これからも教えるよ。って言うか合わせてやろうか?今度」


 彼がそう言うと、さやかは首を横に振って、「いいよ、なんだか照れくさいから」と言った。


「そうか」


 彼女の反応を見て、中谷はそれ以上何も言うのを辞めた。


「あいつ、本当は解ってるんじゃないかって、そん時思ったんんだ。聞けなかったし、これからも多分聞けないけど」


 淋しげな秋風が、どこからか戻り、再び俺たちの間を通りすぎて行った。


「人生って、難しいよな」


 中谷の話を聞いて、素直に思った言葉が勝手にそう漏れていた。


「ああ、そうだな。って、高1の俺らが言うような台詞じゃないよな」


 中谷もそう言って小さく笑った。


 秋風が今度は優しく吹いた。


「キム、どうしたの?ボーとして」


 みのりんに言われて、我に返った。中谷との会話を思い出しているうちに、そこに入り込んでしまっていた。


「ああ、コバなら大丈夫だよ。中谷いい奴だし」


「それ、さっき言った」


 みのりんは俺の顔を覗き込んでそう言うと、「もう、しっかりしなよ」と言った。


「あのさ、みのりん。コバと中谷の事なんだけど実は・・・・」


 そう言いかけた時だった。みのりんの後ろに見慣れない女性が立っていた。綺麗な人だった。髪はセミロングで、肌の色は白く、目鼻立ちのはっきりとした女性だった。服装は、赤いフードの付いたトレーナーに、デニムと言ったラフな格好で、OBの大学生がふらりと遊びに来た。そんな印象を覚えた。彼女は俺に気付くと、眼で軽く会釈をしてから、人差し指を自分の口の前に持ってきて、「シー」のジェスチャーをすると、みのりんの肩をトントンと叩いた。


「えっ?」


 と、言ってみのりんが振り返ると、その人は人差し指を伸ばして、そのまま、みのりんのほっぺたに食い込ませた。


「久しぶり、みのるちゃん」


 子供っぽい笑顔と、子供っぽい声を咲かせて、その女性はそう言った。


 振り向きざまにほっぺたに人差し指を喰らいながらも、その女性との対面を果たしたみのりんは、一瞬驚いた顔をしてから一気に満面の笑顔を咲かせて叫んだ。


「あー。美雪先生」


「来ちゃった。今日あたりから、作品の展示が始まるからって中山先生が教えてくれたから」


 高山実と真鍋美雪先生の約1年ぶりの再会だった。


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