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psycho〜親愛なる君へ〜  作者: 山居中次
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愛し君へ

「さっき俺死んでた。死んだと思った」


 彼女をバス停まで送る道すがら、俺はふと、さっきの暗がりの部屋で感じたことを、そうサイコに話していた。


 徳倉地区の住宅街を突っ切って、日大通りから、裾野市へと上る道に出る。バス停は、その道の途中のコンビニの前にある。


「だろうな。私もそのつもりで、君を”刺した”のだから。私も、君の心を失う覚悟だった。けれども、君は死ななかった。君は、私を受け止めてくれた。信じていた。君なら、私を受け入れてくれると信じていた。もちろん、今、私の周りにいる、みのりんや、コバ、中谷のバカや、中山先生に、若林先生。みんな、こんな私を受け入れてくれている。だから、私は、みんなを信じている。だけど、どうしても君がよかった。みんなの中で、君が一番よかった。君が私を見つけてくれたから、君がよかった。君と出会ったから、みんなに出会えた。君を失うと言う事は、みんなとのつながりを断つ事になる訳で、今の私の幸福な世界を消し去る事、今の私を殺す事になる。だから、君を今日、私は刺した」


「俺も同じ様な事考えてた。俺が死ぬって事は、俺に接している全ての人を俺が失うって事だって」


 俺がそう返すと、サイコは、嬉しそうに、はにかんだ。


「俺を刺してみて、何か変わった?」



 俺がそう聞くと、サイコは、はにかんだまま、首を横に振って、「解らない。何も変わってない気もする」と言ってから、「ただ、今は、世界が、私の生きているこの世界が、前よりも遥かに愛おしい」と言った。


「俺も同じだ。俺も、サイコと今いるこの時間がとても、愛おしい」


「嬉しい。こうやって、共に生きてくれる仲間と出会える事ほど、人生においての幸福は無いと思う」


 サイコは、藤村彩子は本当に嬉しそうにそう言った。


 バス停に着くと、丁度、バスが来ていた。


 彼女は迷わずにそれに乗り込むと、振り返り、俺に向かってこう言った。


「親愛なる君に幸あれ」


「お前もな、サイコ。いや、藤村彩子」


 条件反射の様に藤村彩子の言葉に対して、俺はそう返していた。すると、彼女は、少し驚いた顔になってこう言った。


「昔、同じ様な事を言われたよ。古い友人に」


「そうか」


「君に幸あれ」


 彼女がもう一度、同じ言葉を繰り返すと同時に、バスは扉を閉めて、彼女を連れ去って行く。動き始めたバスの中で、藤村彩子が、いつか、準喫茶ガロで見せたのと同じか、それ以上の無邪気で無垢な笑顔で、俺に向かって手を振っていた。


 藤村彩子はその翌日から突如休学をした。


「古い友人に会いに行く」


 彩子は、俺と、彼女の両親にそう言い残して、バックパック一つをもって、旅立っていった。

            ※

 バスに揺られながら暖かい気持ちが広がっているのを私は感じていた。


 正確には、彼を刺して、刺された彼が、私を受け入れる様に抱きしめた時から、暖かい気持ちが私の中に芽生えていた。


「大丈夫だよ。もう、大丈夫だから、俺が付いてるから。今度はちゃんと受け止めるから」


 そう言われて、「好きだよ彩子」と言われて、キスされた。


 その時から、私の中で氷付いていた何かがほどけて行くを感じた。


 彼は、ベッドの上で私を抱いた時間違いなく欲情していた。触れ合う身体の変化で、それは間違いなく解った。


「シテもいいよ」


 と私は誘ってみたが、彼は、その誘いに乗らずに、自らの欲望にあらがい、私を守ってくれた。


 本当に愛おしく思われていると言う安らぎが心地よく嬉しかった。


 キスをした後、「あっ、ごめん。嫌だった」と言う少し申し訳なさそうな、自信無さげな彼の顔が可愛らしく、おかしかった。


「私も好きだよ」


 本当は、そう言いたかったが、照れくさくて、飲み込んで、クスリと、笑う事しか出来なかった。


 ふと、バスの窓を見る。


 暗がりの風景に、バスの中の自分の顔が反射している。


 幸福に満ちた幸せな顔をしていた。


 一瞬その顔は、あの時病院の少女の顔に見えた。


 大石弥生。


 不意に悔しくなるし、愛おしくなった。


 好きな人の好きだった人、そして、消えない傷。私とどこか似ていて同じように何らかの救いを求めて今も生きている少女。そんな彼女に無性に会いたくなった。


 胸が苦しい。満ち足りていて苦しかった。


 私は恋を手に入れた。


 私はその事を誰にも悟られる事無く、黙ってバスに揺られていた。

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