祝福
小林卓也はヒーローになった。
サイコとの議論試合の後、授業が終わった後から、彼の周りには人だかりができていた。その何割かは女子が多く、「小林君て博識だね」とか、「才女の藤村さんとあれだけ言い合えるなんてすごすぎる」とか、しまいには、「小林君て、彼女とかいるの?」などと言う娘まで現れ始めた。
そんなコバの事を、俺と中谷は遠目で見ていた。みのりんも、俺たちとは離れた場所で、コバの事を見ていたが、なにやら不機嫌な態度でつまらなそうにしている。
「コバのヤツ人気だな。何か、ちょっとムカつく」
中谷が嬉しそうにそう毒づいた。
「ああ、コバもサイコと同じくらい頭は良いはずだから、本気を出せばいくらでも人気者になれるんだよ」
「でも、あいつ、前のクラスでいじめられてたんだろ。そう思うと、えらい変わりようだよな」
「まあ、嫌な奴はみんな退学したからな」
「ああ、バカが、1クラス分辞めたもんな。ハハ」
「部分吃音が無ければ、本来、小林は人に好かれるキャラクターだからな。顔だって悪いわけではないし」
いつの間にか、俺と中谷の横にサイコがいて、そう言葉を放った。彼女の声をこんなに間近で聞いたのは久しぶりだった。
「サイコ」
俺は、思わず彼女の名前を呟く。
そんな俺をサイコは横目で睨む様に一瞬見ると、放った言葉を、スルスルと吐き出した。
「人に好かれたり、いじられたり、とにかく目立つ奴は、周囲からの興味の対象になる。その時に興味を持った奴らに対して、どんな印象を与えるかによって、受け入れられもするし、叩かれたりもする。小林の場合は、部分吃音のせいで周囲から、いらぬ誤解や偏見を受けた。けれども、今は、その障害も緩和に向かっているし、小林自身も自分に自信を持ち始めているから、彼の周りはこれからいい方に変化して行くはずだ」
コバの輝かしい未来を、彼女がそう予言した時だった。コバを取り囲んでいた女の子達が、一斉に「えー」と声を荒げた。
「か、彼女はいないけど。好きな人はいます」
女の子達の誰かが言った「小林君て、彼女とかいるの?」の質問に、コバがそう答えて、女の子達が声を荒げたのだ。
「だれだれ?このクラスに居るの?」
女の子の1人がそう聞いた。
「申し訳ないけど、それは簡単に答えられない」
「えー。なんでー?恥ずかしいから?」
その子が無責任に悪意無くそう聞いた。
その質問にコバは紳士に答えた。
「そ、それもあるけど、そう言うのは、む、むやみやたらに言いたくないんだ。そ、そ、そんな簡単な気持ちで、ぼ、僕はその人を好きになったわけではないから。じ、自分の気持ちは、す、好きな人にだけちゃんと言いたい」
コバのその言葉に女の子達は静まりかえった。
「何かごめん。私たち、ちょっとデリカシーが無かったね」
「いや、いいんだ。そう言う話って、み、み、みんな興味持つのが自然だから」
コバが、そう言うと、彼女たちは黙って、頷くと、「私たち小林君の邪魔はしないから」と言った。
昼休み。
いつも通り、机をくっ付けて、いつものメンバーで弁当を食べたのだが、(いつの間にか、中谷も、そのメンバーの中に加わっていた)いつもお喋りなみのりんが、今日は仏頂面で、何も話さずに箸を動かしている。みのりんが黙っていると、自然と、みんな黙ってしまう。彼女の馬鹿が才能にまで昇華した輝きの大きさにこの時俺は改めて気が付いた。
コバが行動を起こした。
食べ終わり、机を元に戻した時コバが、みのりんに「高山さんちょっといいかな?」と彼女に言った。
「なに?
「ち、ち、ちょっと話があるんだ」
「今じゃなきゃダメ?」
みのりんが、無愛想にそう言うと、コバは少し考えて、「だ、だ、ダメとか、いいとかじゃなくて、い、今言いたいんだ」と言うと、みのりんをどこかへ連れ出した。
しばらくして、コバが1人で戻って来た。
彼は何も言わずに、自分の席に着くと、疲れた様に、ため息をついた。
ダメだったか?
コバの様子から、俺はそんな展開を思ってしまった。やっぱり、現実はそんなに甘くない。だけど、コバにとってこの恋は、大きな一歩になったはずだ。そう思った。
「コバ、どうだった?」
一応聞いてみた。
「すっごく緊張した」
コバが、どもらずに、笑顔を咲かせてそう答えた。
「ちゃんと、自分の気持ち、伝えられた?」
「うん、伝えた」
「高山はなんだって?」
中谷がそう聞くと、コバは落ち着いた表情で、「返事はまだなんだ。少し考えさせてって」とみのりんに言われた事をそのまま答えた。
「何だか、微妙な展開だな。振られたような、そうじゃないような」
中谷が難しい顔でそう言うのに反して、コバは吹っ切れた顔で答えた。
「でも、もう、ど、ど、どうでもいいんだ。何だかすっきりした」
「よかったなコバ」
俺がそう言うと、コバは涼しい顔で、「ありがとう」と返してくれた。
「でもあれだぞコバ。一回で諦めねーでよ、相手が折れるまで行くのもありだぜ。ちゃんと誠意を見せれば女だって、「この人ならいい」って思うかも知れないしよ」
中谷がそうコバにアドバイスを送った。
「な、中谷君は本当に、ぽ、ぽ、ポジティブだ」
コバがそう言った。
「まあ、当たって砕け散るのも悪くはないかな」
中谷の思想に俺も乗っかってそう言った。
男三人で盛り上がっていたのを、サイコが音も無く近寄って、「あまりしつこいと、逆に気持ちがられるよ」と嫌な笑みを浮かべながらそう言って水をさした。
「何だよ藤村ぁ、せっかく盛り上がってたのに」
中谷がぶーたれる。そんな彼に、サイコは「私は一女子として、意見を述べただけだよ」と返した。
「はいはい。女子の意見はよく聞かないとですね」
中谷がそう折れると、サイコが不敵に、得意げにはにかむ。
相変わらず、嫌な笑いだなって俺が思うと、中谷が意外な事を口にした。
「藤村って笑うとやっぱりかわいいよなぁ」
中谷のその一言に、「馬鹿」と小さく呟き、怒るとも、照れるとも何とも言えない表情で、サイコ中谷を見た。
「おっなんだ?かわいいって言われて、俺に気持ちが動いたか?いつでも歓迎するぜ」
中谷が、ヘラヘラした顔で、サイコにそう吹っ掛ける、そんな中谷に彼女は鼻で笑いながら、「それは無いな」と適当にあしらった。
「それに、私にはタダシがいる」
そう言うと、彼女はいきなり俺の腕にすがり付いて来た。
「なんだよー、お前らやっぱり出来てんじゃん」
中谷が、俺たちを指差して、嬉しそうにふてくされた声でそう叫んだ。
「まあ、そう言う事だ」
指差す中谷に俺はそう答えるが、内心は動揺していた。彼女がこんな風にすがりついて来たのが初めてで、予想外だった。それに、サイコの本音が読めなかった。彼女の行動の意味が見出せず、俺は小さなパニックを起こしていた。
そんなやり取りを俺たちがしていると、コバに遅れる事数分して、みのりんが、ニヤニヤしながら教室に戻って来た。
「コバ、高山、嬉しそうだぞ。行けたんじゃね?」
みのりんの様子からそう察した中谷が、コバにそう言って、コバも「う、うん」と調子ヌケした返事をした。
「コバ、確かめて来いよ」
俺と中谷はそう言って、コバの背中を押した。
コバがみのりんの所に行く。
その様子を、俺たちと、暇なクラスメイト達が見守っていた。
「あのね、コバの気持ちはすごく嬉しかったよ。でもね、ウチもコバの事好きでね、だけど、ウチは、コバみたいに賢くないし、バカだし、吊り合わないって、どっかで諦めてた。それに、コバ、最近女子の間で人気出て来たし、だから、本当にコバに好きだって言われて嬉しいんだけど、何だか、現実感なくって、これ、夢?って感じで、だから、ウチ、今、どうしていいのか解らなくて、だから、まずは、友達からって関係じゃダメかな?いや、コバはもう友達なんだけど、何て言うのか、付き合う予定の関係って言うのか、・・・・・・って言うか!とにかく!ウチもコバの事好きな訳で、ああ、、もう、よろしくお願いします!」
ニヤニヤソワソワとしながら、みのりんは結論として、上手くまとめられていないが、とにかく、今、自分の中にある返事をそうやって、長々とコバに話した。
「よ、要するに、ま、前向きに考えてく、く、くれたって事なの?」
みのりん自身が上手く一言にまとめられなかった事を、コバは器用に汲み取って理解して見せた。
「えっ、コバ、解ってくれたの?」
みのりんが感激し、涙目になった。
「高山さんは、素直だから、す、少し言葉足らずでも、多すぎても、僕には、り、理解出来るんだ」
コバが、笑顔でそう言うと、みのりんは息を大きく吸って、大声で言った。
「コバ、いや、小林卓也君。改めて、友達からでよかったら、私に方から、是非ともよろしくお願いします」
みのりんがそう言って、コバに手を差し伸べると、その手を、コバが強く握った。
「うおおおおお、やったあああああ」
そしてコバが、柄にもなくそう叫んだ時、どこからともなく、拍手と、「コバ、みのりんおめでとう」と祝福の声が沸き上がった。
2人はそうやって、みんなに祝福さてた。そして、この日を境に、コバの部分吃音が消えた。




