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psycho〜親愛なる君へ〜  作者: 山居中次
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神話

 二学期が始まって数日がたった。


「おい、木村。お前ら喧嘩でもしたのか?」


 二学期が始まって以来、風研部に入る気も無いのに、入りびたり、俺たちにやたらと絡むようになった中谷がそう言ってきた。


 彼の言う通り、俺とサイコは、二学期が始まって以来一言も口をきいていない。いや、正確にはあの日、祭りのあの日、俺が彼女にキスをした後からだろうか、あの日から、夏休みが終わるまで、気まずさもあってか、これと言って連絡も取らず、顔も合わせる事もなかった。


 今朝も、三島駅の改札で顔を合わせたが、目も合わさず、声も掛けてこなかった。それでも、沼津の北口で、みのりん達と会った時は、いつも通りだった。部活、学校の生き返り、第三者、四者が加わると、普通に会話の輪に俺もサイコも加わるが、2人っきりになると、やっぱり、何の絡みが発生しなかった。


「メガネも辞めちまったな」


 中谷がそう言う。


 休み時間の教室。


 みのりんと一緒に他の女子とお喋りをしているサイコを見ると、なるほど、確かに彼の言う通りメガネをしていない。藤村彩子は二学期が始まって以来、一度もメガネを掛けて登校していなかった。


「まあ、藤村は気難しいから仕方ないかもだけど、お前はいいのか?このまま分かれても」


 中谷が本当に残念そうに、そう言った。そうだ、俺はこいつら(サイコに振られた奴ら)の英雄だった。


「キスした」


「ん?今、なんつった」


 中谷が素早く反応してそう聞き返した。


「サイコとキスした。祭りの日、知り合いの車の中で」


「えっ、それって、お前ら出来てるって事か?じゃあ、何で、口きかないんだよ」


「嫌だったんじゃないのか?」


 きっとそうなのだ。俺が衝動的にした行為が、彼女にとって不快だった。だから、サイコは、藤村彩子は俺を避けている。そう思った。


 あれは、立派なセクハラだ。


「どんな感じだった?」


「えっ?」


「藤村、どんな反応してた?」


「引っ叩かれた」


 そして、恥ずかしいと言った。


「あちゃ~。やらかしちゃったな。・・・ドンマイ」


 中谷とそんな会話をしている途中で、不意に、みのりん達と雑談をしているサイコがこちらを見て、そして、俺と眼が合った。


 切れ長の眼を一瞬見開いて、少し驚いた様な表情をすると、すぐに気まずそうに、眼をそらした。


「いや、違うな」


 サイコの反応を中谷も見ていて、彼は、彼女のそんな反応から、不意ににやけてそう言った。


「違う?」


「見ただろ、今の。藤村お前をみて、照れてたじゃん」


「照れてる?」


「そう、照れてる。考えてみろ、いつも一緒にいる男子にキスされたんだぞ。それも、仲のいい男子に、ときめくにきまってるだろ?こうなったら、とにかく押してやらないと。いいか、今、藤村の気持ちは、木村の事でいっぱいだ。だけど、その気持ちをあいつ自身でコントロール出来ないんだ。だから、お前に対して、逆に素っ気ない態度になってるんだよ。だから、お前が可愛いって言ったメガネも外した。今、あいつは心の安定を取ろうとして、リセットを掛けようとしてるんだ。お前に出会う前の自分に戻ろうとしてる」


 中谷は恋愛のプロの如く、熱くそう語る。そんな彼に、俺も「じゃあ、どうすればいい」と質問をした。彼がどんなアドバイスをするのかが気になった。


 中谷が中谷が真顔になって、俺の眼を見てこう言った。


「リセットを止めろ。リセットを阻止すれば、あいつの心はお前に向く。それで、確実に藤村は堕ちる」


「リセットを止めるって?」


 俺がそう聞き返すと、中谷はため息をついて、「お前結構鈍感だな。恋人宣言すればいいんだよ。好きだとか、お前は俺の女だとか、なんでもいいから、言っちまえばいいんだよ」とにやけながら言った。


「それが出来たら苦労はしない」


「男は勇気だ。とにかく行動しろ」


 そうは言われてみるが、やっぱり気まずかった。


 女子の輪の中にいるサイコと再び眼が合った


 彼女はまたしても、照れたように眼をそらした。


 キリストは、全ての人類の罪を肩代わりして、その命をなげうった。


 倫理の授業で、中山優作先生(教授)はそう説明し、独自の解釈をこう述べた。


「僕はこう思うんだ。誰かの思いを受け止めるには、自らが傷つく事も覚悟しなければならない。キリストは罪深き人々を愛した。そのために、自ら傷つく事を選んだ。仏陀の思想にもすべてを許す慈悲の心があるように、何の見返りを求めない無償の愛を表してると思うんだ。今、仏陀の話が出て来たけど、国や、時代、宗教は違っても僕たち人間が求めるものは何も変わらない。誰かを愛し、愛おしく思う心は常にみんなが持っている。いいかい?君たちは、みんな見返りのない愛によってこの世に生まれて生かされているんだ。最近は、君たちと同じ年頃の子供達が、悲しい事件を起こすけれど、もしも、君たちが、そんなかなしい事件を起こしたくなったら、まず、一番好きな人の事を思い出してごらん。その人は、いつでも君達に向かって微笑んでいるから」


 教授の言葉にみんなが聞き入っていた。中には、涙を流す娘もいた。


 教授の授業は意外と人気がある。倫理と聞くと、何だか小難しく眠くなりそうだが、人の生き方、歴史上の偉人達の思想を学ぶ学問であり、つまり小学校の道徳と似たようなものである。そんな道徳が、今の時代を生きる俺たちにどう役立つかを、教授は解りやすく、時にユーモアを交えながら、かみ砕いて説明してくれる。


 何を思い、今をどう生きるのか?そんな哲学に、十代とは、とても敏感な世代なのだと今、俺は思う。松山千春、尾崎豊など、各世代の十代のカリスマの歌もどこか哲学的で、その熱狂はある種の宗教の様だった。俺たちの時代だと、”ゆず”や、”19”あたりがそうだろうか?とにかく、十代はいつの時代も何かしらの道しるべを探している。


「ロンギヌスの槍」


 サイコが突然低くも通る声でそう呟いた。


「藤村さんなんか、思い付いたのかい」


 サイコの呟きに、何かを期待する様に教授はそう言った。そんな教授の期待を感じつつも彼女は「いえ、何でもないです」と小さく答えたが、その眼は何かを見据えていた。


 教授もその瞳に気が付いて頷くと、「そうか。でも、藤村さん、よくロンギヌスの槍なんて知ってたね」と言って彼女に笑いかけた。


「つまらない雑学を知っていただけですよ」


 サイコはそう言って、小さく笑うとそこで話を切ったが、「先生。ロンギヌスの槍って何ですか?」と、女子の誰かが質問をした。


「バカだなーほら、エブァに出て来たじゃん。使途アダムに刺さってたやつじゃん」


 と、男子の誰かが言って。


「いや、アダムじゃない。リリスだ」


 と、また別の男子の誰かが言った。


 そして、その流れから、エブァ談義が始まりかけた時だった。


「き、キリスト刺した処刑人のな、な、名前が、ロンギヌスだったんだ。だ、だから、キリストを刺したその槍を、ろ、ロンギヌスの槍って言うんだ」


 コバが、立ち上がり、みんなに少しどもりながら、そう説明をした。


 すると、みんながエブァ談義を辞めて、いっせいにコバの方を見た。


「おっ、コバ、スゲー」


 中谷が、いきなりそう叫ぶと、「おい、コバ、もっと他に知ってる事ないのか?」とコバにさらに質問をした。


「い、いや、都市伝説並みの事なんだけど、その、ロンギヌスの槍を手に入れた者は、世界の覇者になるって、い、言われているんだ。確か、ひ、ひ、ヒトラーも、その槍を探していたとか」


 コバの説明に、みんなが「おー」と歓声を上げた。


 その歓声の止み際で、教授が補足を言う。


「今、小林君が言った様に、ロンギヌスの槍は、キリストを刺した処刑人の名前なんだ。ロンギヌスが使った槍だから、ロンギヌスの槍と言うんだ。そして、このロンギヌスの槍には、こんなエピソードもあるんだ。ロンギヌスによって刺されたキリストの身体から出た鮮血が、ロンギヌスの眼を治したって言う話がね。ロンギヌスは、盲目の処刑人だったんだけど、キリストの鮮血が眼にかかった途端に、眼が見える様になったんだ。もちろん、それは伝説だから、人の血液で、盲目が治るなんて事は無いんだけどね」


「けれども、そんな伝説があったからこそ、ロンギヌスの槍には、世界を制する力があるなんて話が出来上がった。神を殺したその槍だからこそ、それを手にすれば、神を越えられる。そう信じられてきた。人間なんて、以外にも、つまらない迷信に左右されるんだ。歴史もそんな迷信によって動かされているのも否定できない」


 サイコが、教授の補足に乗っかるように、そう言った。いつもの風研部でのサイコになっていた。


 今度は、彼女がスポットライトを浴びていた。みんなの視線がコバから、サイコに移る。


 みのりんがサイコに質問をする。


「でも、サーちゃん。キリストって、3日後に生き返ってるよね?生き返っちゃったら、槍の効き目なくない?」


 その質問にコバが答えた。


「高山さん、ロンギヌスは、眼が見えなかった。だから、キリストの急所を外してしまった。そのせいで、キリストはショック状態から、仮死状態になって、3日後に蘇生した。そんな説もあるんだ」


 コバが、どもらないで、そう言う。みんなの視線が、またコバに向いた。


 それに負けじと、(サイコにそんな競争心は無く、ただ単にコバとの議論を楽しんでいるようにも俺には見えた)サイコがまた、論じた。


「何も、本当に生き返ったわけではないさ。肉体が滅んでも、その魂と聖霊は常にそこにある。イエスの教えは永遠に不滅である。そんな考えが、キリストの変容、つまり人間から神になった。と言う思想になり、キリストの蘇生と言う神話を生んだ。そんなところさ」


 サイコの議論にみのりんが、とりあえず納得すると、コバがさらに論じた。


「そう言えばキリストの着ていた布や、身体の一部に触れるだけで、病気が治ったなんて伝説もあるから、キリストの身体を貫いたと言うだけで、ロンギヌスも槍には、霊的な力が宿ったとされたのかも知れないよね」


 コバの放った論に、サイコは頷くと、それ以上は論を返さなかった。


 勝ち負けではないが、サイコとコバの議論のバトルは、コバの論議でピリオドが打たれた。


 2人の論議の終了と共に、どこからか拍手が沸き起こっていた。2人の論議試合にクラス中が魅せられて、熱狂していた。


 最後に教授が二人の議論をこう締めた。


「キリストの伝説は諸説あって、どれが正解で、どれが間違いかなんて、解らないんだ。だからこそ、色々な解釈があって、それぞれの答えがあるんだと思う。これは、そのほかの色々な思想や、物語にも言える事で、その一つひとつに、いくつもの答えがあるんだ。だから、君たちがこれから、色々な思想や、物語に出会った時に、君達なりの答えを、好きなように、自由に見つけてほしい」


 教授がそう言い終わると同時に、授業終了のチャイムが鳴った。


「定刻だ。今日の授業はこれまで」


 そう言って、教授は授業を締めた。




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