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psycho〜親愛なる君へ〜  作者: 山居中次
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キスとタバコ

 俺はふと、サイコの顔を見ていた。


 こいつもいつか、居なくなるのだ。


 いつもそばに居るのが当たり前だと無意識に思っている俺には、明日も明後日もサイコがこの世界に生きていると言う未来が来る事を疑う余裕は無かったが、いつかは彼女のいない未来がやって来る。その未来は、きっと、俺がそれまで生きてきた時間とは全く違ったモノになるだろう。誰かが、生きて死んでいく。それだけの違いで、未来は大きく変わっているのだ。


「サイコ」


 俺は思わず、彼女の名を呼んだ。イザナキが、イザナミの墓を開けたと言う仮説を披露したサイコの顔つきが物悲しそうだった事が気になった。(いつもなら、そんな話をする時、サイコはゲテモノを見せびらかす悪ガキの様な顔つきになる)そして、不意にサイコの存在感が、薄くなった気がした。


「何?」


「死ぬなよ」


 俺がそう言うと、彼女は小さく微笑んで、「無理だ。生きてる以上私もいつか死ぬ」と言ってからこう続けた。


「だけど、今は、まだここに居られる。私には、自らの意志で”ここから立ち去る”勇気はない」


「そうか、なら、そうしてくれ」


 いつかやって来るかもしれない未来が、なるべく遠いものである事を、俺は願わずにいられなかった。それは、みのりんは、コバや、口うるさい母親のユッコに対しても、同じであった。


 岡田さんが車を出してくれた。


  みんながそろそろ帰るとなった時、ユッコが「みんなもう遅いから車呼んであげる」と言って岡田さんに電話をした。


 ユッコの電話から、15分ぐらいで岡田さんは到着すると、みんなを車に乗せて「タダシ、お前も付き合えよ」と、いつもの様に、俺も車に乗せた。


「おい、2人とも可愛いじゃん。どっちだよ、お前の本命は」


 俺が助手席に座ると、岡田さんはそう絡んできた。


 後部座席には、コバ、みのりん、サイコの順番で、詰めて座っている。


「一番端の、黒い浴衣の娘」


 後ろの3人に気付かれない様に、小声で答える。


 岡田さんはさりげなくサイコを見ると、「悪くないじゃん」と言って気持ちよく下品に笑って、車を発進させた。


「みのりんの本名が、高山実(たかやまみのる)ちゃんで、小林君のあだ名がコバで、本名が、小林卓也君ね。そして、サイコちゃんの本名が、藤村彩子ちゃん。これであってる?」


 岡田さんが、車を出してくれるまでの間、ユッコはそう言って、みんなのあだ名と、名前を確認した。


「みのりんとコバは、名前からそのままって感じだよね。でも、サイコちゃんは不思議だよね。彩子から、なんでサイコになったの?


 ユッコの質問に、サイコは俺にしたのとは違ったこんな説明をした。


「亡くなった祖母が付けてくれたんです」


「お祖母ちゃんが?」


「はい。私のあやこって名前は、彩りの子って書いて、彩子なんです。祖母は富士五湖の西湖が好きで、それと、絵を描く事も好きだったから、人生を彩る色彩の子って意味で、彩子って書いてサイコって読ませたかったそうです。でも、サイコって、ヒッチコックのサスペンス映画見たいでしょ、だから、父が、役所に届ける時に、あやこに変えたんです。でも、祖母は、亡くなるまで、私の事をサイコって呼んでました」


「素敵なお祖母ちゃんね」


「私も祖母の事が大好きでした」


 亡き祖母を偲び、懐かしそうにはにかむ、サイコの表情は、本物の様に思えた。


 みのりんとコバを先に駅まで送り、サイコは、同じ市内と言う事もあって自宅まで送る事になった。


 サイコの家に行く途中で、岡田さんの煙草を買うために、コンビニへよった。ついでに俺たちも、コーヒーをおごってもらった。


 岡田さんが、「ちょっと煙草吸ってから行くわ」と言うので、俺とサイコが、先に車に乗り込んだ。


 岡田さんは、煙草を吸う時は、必ず車の外に出る。本人曰く、車内に匂いを付けたくないらしい。


 俺は今度は後部座席に乗り込んで、サイコの隣に座った。


「さっきの話、本当か?」


「さっきの話って?」


「お祖母ちゃんにサイコって呼ばれていたって話」


「嘘だ」


 俺の質問に、サイコはあっさりと、そう答えた。


「だろうな」 


 そう返しつつも、俺は少しがっかりしていた。サイコの語った嘘のエピソードが、本当であってほしいと、何故だかこの時思っていたからである。この少女が間違えなく愛されていて、彼女自身もその愛を十分に感じていた。


 そう思いたかった。


「だけど、私が祖母の事を大好きだったのは本当だ。祖母が絵を描くのが好きで、彩の子って意味で彩子(あやこ)と名付けてくれた事も」


 サイコがそう言って、優しく微笑んだ。


「えっ」


 俺が小さくそう反応すると、彼女は続けてこう言った。


「多分願望なのかも知れない。今のサイコと言う歪んだ私でも、祖母が愛してくれるといいと思う、私の願望なのかも知れない」


 サイコも俺と同じ気持ちだった。それを感じた時、熱い何かが込み上げて来た。


「多分本当だと思うよ」


「えっ」


 今度はサイコが小さく反応して、俺の方を見た。その眼は無垢な子供の様な輝きを放っていた。


「多分、サイコのお祖母ちゃんは、サイコに今でも人生を彩って欲しいって思ってるって俺は思うよ」


「君がそう思ってくれるなら、そうかも知れないって気になって来た」


 子供の様な無垢な瞳で、サイコは俺を見つめて、そう言った。


 そんな無垢な瞳に俺は吸い寄せられる気がした。いや、吸い寄せられていた。気が付くと、俺は、サイコにキスをしていた。


 どれぐらいの長さだったのか思い出せない。随分と長く唇を重ねていた気もするし、一瞬の出来事だった気もする。


 サイコの、藤村彩子の息は初めて会った時と同じように、何かの花の様な甘く切ない香りだった。


 キスをして、その後冷静になり、「ごめん!なんか、俺、どうかして、あれ?」としどろもどろになり、謝罪にならない謝罪をしていた。


 そんな俺にサイコは微笑みながら、「タダシ、ありがとう。歯、食いしばって」と言い、いきなり平手打ちを食らわせて来た。


 頬に衝撃が走る。


「すごく・・・恥ずかしい」


 平手打ちをかまして、サイコは耳を赤くしながら、俯いてそう言った。


「あっああ。本当にごめん」


 平手打ちを食らう事で、やっと謝罪が出来た。


「謝んなくていいよ。ただ、私が恥ずかしかっただけだから」


 そこで、会話が途切れて、そこから夏休み明けまで、会話が途切れたままだった。


 ユッコが煙草を辞めた。


 みんなを送って家に戻ると、ダイニングテーブルの角の所に置いてある灰皿が消えていて、ふと何気なしに台所のゴミ箱を見ると、まだ、半分近く入ったままの煙草のパックが握りつぶされて、捨ててあった。


「煙草辞めるの?」


「うん」


 ユッコが寂しそうにそう答えた。


「どうして?」


「今日、楽しかった?」


 俺の質問に、ユッコはそう、見当違いな返答をした。


「うん、楽しかった」


 俺が、そう答えると、ユッコはこう言った。


「それならよかった。今日タダシが楽しそうだったから、私も寂しくなかった。もう、ヨッシーの匂いが無くても寂しくないそんな気がしたから、私は、煙草を今日で辞めます」


 この日から、我が家から、親父の匂いが消えた。



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