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psycho〜親愛なる君へ〜  作者: 山居中次
33/45

生と死の物語を。

  とりあえず、俺は、サイコを再び石段に座らせて休ませた。


「ねえ、お嬢ちゃん大丈夫?」


 たまたま居合わせた知らないおばさんが、サイコにそう声を掛けてくれた。


「大丈夫です。軽い貧血ですから」


 淑女な態度で、ニコリと笑顔を作って答えるサイコに、おばさんは「そう?気をつけなきゃダメよ」と優しく言った。


「すみませんご心配かけまして」


 俺が、そのおばさんにそう言うと、おばさんは「あなたが、彼氏さん?」と言って、俺に小銭を渡すと、「ちょっとこれで、何か冷たいものでも買ってきてあげなさい。この娘はおばさんが見ててあげるから」っと優しく言ってくれた。


「あ、じゃあ、何か、ジュースでも買って来ます。すみませんが、彼女の事お願いします」


 知らない人に心配を掛けさせたのを、申し訳ないと思いつつ、俺は彼女に言われるがまま、ジュースを買いに売店へと走った。


 ジュースを買って戻って来ると、みのりんとコバが合流していた。


「もー。キム酷いじゃん。サーちゃんと2人っきりになりたいからって、ウチらの事置いてくなんて」


 みのりんが、困った顔でそう文句を言った。


「ごめん。何だか、人混みに2人して流されて。サイコは、大丈夫?」


「うん、サーちゃんなら、このおばさんが濡れタオルで、顔拭いてくれたりして、見ててくれたから大丈夫」


 見ると、さっきのおばさんが、サイコの傍らに腰掛けて、彼女の身体をさすっていた。


「すみません。本当にお世話かけまして」


 俺がそう言うと、おばさんは、「いいのよ」と言って立ち上がると、「お友達がみんな揃ったからもう大丈夫ね」と、言って、最後に「今度から気を付けてね」と、サイコに言い残して、その場を後にした。


「ありがとうございました」


 サイコがおばさんにそう言うと、おばさんはサイコにも「いいのよ」と言った。


「サイコ、ほら」


 買って来たジュースの栓を開けて、俺は彼女に渡した。


「ありがとう。タダシ」


 そう言って、ジュースを受け取ると、サイコは、それを少しずつ飲んだ。


「サイコ、そろそろ帰ろうか。お前も疲れてるみたいだし」


 サイコはジュースを飲みながら一度頷いて言った。


「うん、そうしよう。だけど、君の家には行きたい。君ん家の焼きそばを食べたい」


 風研部一同を家に招き入れると、ユッコが「本当に来てくれたんだ。みんなには、会いたかったんだ」と言って、さっそく張り切って、焼きそばを大量に炒め、それを大皿に盛りつけた。俺たちはそれを、各自各々に、自分の取り皿に取り分ける形となった。


「みんないっぱい食べてね」


 ユッコの嬉しそうな声に答えるように、みんなで、「いただきます」と言った。


 コバの横に座ったみのりんが、「コバ、取ってあげる」と言って、コバの為に焼きそばを取り分ける。そのさりげない気遣いから、彼女が本当に、コバの事が好きだというのかうかがえた。


「あ、あ、ありがとう。た、高山さん」


 コバも照れくさそうに、それを素直に受け取った。そんな微笑ましくも、センチメンタルな風景を見ていると、サイコがスッと、自分の皿(何も乗っていない空の皿)を、俺の方に差し出した。


「レディーファースト」


 少し小馬鹿にしたような眼で、サイコは俺にそう言った。こいつには目の前の光景は見えていないのか?ふと、そんな風に思っていると、「よそってあげなさいよ」とユッコに怒られた。


「ごめんねサイコちゃん。このバカ、気が利かなくて」


 ユッコが俺の頭を引っ叩いて、そう言うと、サイコはニコリと笑ってこう言った。


「いえ、レディーファーストなんて軽い冗談ですから。それに私はみのりんの様に、男性に気遣いの出来る女性の方が思想的な姿だと思います。」


 サイコは、眼の前の光景を引っ叩いてっかりと見ていやがった。


 サイコの模範的とも言える淑女な返答に、ユッコはすっかり心をつかまれて、「いやーサイコちゃん涙が出るくらい、いい娘。もう、お嫁さんに欲しいよ。このバカにはもったいないけど」と言ってまた、俺の頭を引っ叩いた。


「みのりんも偉いね。おばさんね、みのりんのファンなのよ。タダシからいつも話し聞いててさ、思った通りのいい娘だよね」


 ユッコはみのりんにもそう絡んだ。


「いやー。ウチは、そこまで考えて無いし」


 そう言って、みのりんは赤くなる。


「自然に出来るのがいいのよ」


 ユッコにそう褒められると、みのりんは、調子良く「いやーそれほどでも」と言っている頭を掻いた。


「小林君、いっぱい食べてね」


 ユッコは今度はコバに絡んだ。


「あ、はい」


「タダシはさ、今までろくな友達としかつるんだ事なくてさ、小林君みたいな真面目なタイプは多分初めてだと思うから、これからもこいつの事お願いね」


 ろくな言いぐさだなと思いつつも、それはどこか当たっていた。俺は黙って、サイコの皿に焼きそばをよそった。


「いえ、僕の方こそ、き、木村君には、よ、よ、良くしてもらってます」


 コバが、真剣な顔で、ユッコにそう訴えると、ユッコは「本当にありがとね」とコバに感謝した。


「ほら、サイコ」


 そう言って、俺がサイコに焼きそばを盛りつけた皿を差し出すと、彼女も同じタイミングで、俺に焼きそばを差し出した。


「よそってくれたのか」


 俺がそう言うと、「私は女子だから」と言って、ニヤリと笑った。


「あなたは?」


 続けざまに、サイコがイタズラっぽくそう聞いてくる。


「レディーファースト」


 そうして、俺たちは、焼きそばを”交換”した。


 サイコとみのりんが、ユッコを手伝って、後片付けをした。一方、俺とコバは、お盆の時期恒例の、インチキ臭い心霊特番をボンヤリと、買って来たたこ焼きを、つまみながら見ていた。


 心霊写真やら、心霊ビデオ、幽霊の声などが、ダラダラと流れて、アイドルやお笑い芸人がその度に悲鳴を上げていた。


 インチキと解っていても気持ちが悪い。裏のお笑い番組の方が面白そうだと思い、チャンネルを変えようとしたら、サイコが台所から「最後まで見なよ」と言ってきた。


 サイコの方を振り返り俺がそう聞くと、彼女は、洗い物をしながら、振り返らずに俺に問いかけた。


「お化け、幽霊、妖怪、物の怪。それらはいったいなんだと思う?」


「はあ?みんな一緒だろ」


「その一緒なモノはなんだ?」


「だから、みんな作り物だろ」


「惜しいな}


 サイコが残念そうにそう言うと、コバが「思念ですかね」と呟いた。その呟きをサイコは素早く受け止めて、「そう、思念。もしくは思いかな」っと言った。


「思い?」「思い?」


 俺とコバは、2人して、サイコにそう聞き返す。


「そう、思い。もっと言うなら、人の心を具現化したものかな」


「心の具現化?」


「そう、具現化。例えば、幽霊は、死への恐怖と、故人への思いの具現化。死ぬ事で、二度と会えないと言う現実から、故人は、別の世界つまり、冥界の住人になったと解釈するが、その故人を追って、現世の人間は、その世界には決して行くことは出来ない。なぜならば、そこに行くには死という壁を越えなければならないからだ。その壁は、動物の本能において、絶対的な恐怖に他ならない。そんな死への恐怖から、人々は冥界を作り上げたのだが、幽霊とは、民俗学、風俗学において、生前の思いを断ち切れず、現世を彷徨う幽か《かすか》に漂う霊魂と言う位置づけになる。それは、現世の人間が、故人に対して、生前に行った扱いの反省系として、その故人の怨念の姿を具現化したものを指すからだと思う。現世に思いを残し、冥界に行けない霊魂は、その思いを成し遂げるためならば、現世の住人を、冥界へと引きずり込む事だってある。つまり、単純な死への恐怖に、他人や、肉親を貶めた事への罪悪感が肉付けされて、今日の幽霊像が、出来上がったと、私は言えると思う。ちなみに妖怪や、物の怪も似たようなものだが、こっちは人ではなくて、自然への恐れや、日常の暮らしの中でのダークな部分。例えば、障害者への差別や、他人への嫉妬から来る怪行動と言った理解できないモノをそう呼んだと言うのが世間の定説だ。お化けは、そんな幽霊や妖怪、物の怪をひっくるめた、総合的な表現だと思えばいい。今語ったお化けと言われる不確かなモノは、その土地や時代の文化に影響されて変化していく。口裂け女なんかいい例で、彼女は、噂が広がっていく内に、ただ、マスクを外すと口が裂けていたと言う話から、鎌を持って走って来るとか、赤いスポーツカーに乗っているとか、べっこう飴が好きだとかバリエーションが変わって行った。それも時代や土地の変化に影響された結果だ。だから、今、テレビで流れているような下らない心霊番組でも、そんな文化的な面白さを見いだせる可能性は無いとも言えない。地域の文化や風習を探求する私たち風土風俗研究部にとっていい研究資料になる可能性だってあるはずだ。以上。サイコこと、藤村彩子の心霊とは?の考察でした」


 サイコのこんな長い演説に、免疫を持たないユッコは、洗い物の手を止めて、ポカンと口を開けて一時固まった。サイコの演説にどう言葉を返していいのか、脳が処理できないでいる。


「いやー。サーちゃん今日も絶好調だね」


 サイコの演説にそれなりに免疫を付けたみのりんが、何とかそう感想をひねり出す。(演説の内容は全く理解していないため、そう言うのが精一杯なのだ)


「サイコちゃんて賢いのね」


 みのりんに遅れを少し取ってから、ユッコがようやく、そう台詞を吐いた。


「えっ、て、言うか、あなた達、こんな難しい事いつも考えてるの?」


 驚いた顔で、俺たちを見回して、ユッコはそう質問した。


「まあ、活動のテーマとして、こんな話をよくします」


 と、答える風研部部長、高山実みのりん


「へー凄いじゃない。じゃあ、このバカは別として、みのりんは、今、サイコちゃんが言った事理解出来

「え、あ、う、うーん」


 ユッコに、部長として調子よく答えてしまったみのりんは、何とか頑張って答えようとするが、そう唸るだけで、何の言えず、困った顔で、俺とコバを見た。


 俺は素早く、みのりんから眼をそらすが、コバは、彼女の視線を素直に受け取り、知識を総動員して、みのりんの代わりに、サイコの演説の返答を答えた。


「藤村さんの幽霊の話は、日本人の死生観の話だよね。古い所だと、古事記のイザナキノミコトと、イザナミノミコトがそうじゃないかな?」


 コバが噛まずに答えるが、


「い、いざ、いざなき?なみ?」


 みのりんは言いなれない言葉の羅列に苦戦して、舌を噛んだ。


「こ、古事記の登場する。し、し、神話の神だよ」


 コバが優しくみのりんに説明する。


「あー神様か」


 とりあえずそれで納得するみのりんに、ユッコが「普通わかんないよね」と優しく言った。


 みのりんは、素直に頷いた。


 洗い物が終わると、サイコがイザナキとイザナミの話を語り出した。


 リビングのテーブルを囲み、桜棒をみんなで切り分けて食べ投げら、風研部のミニ部活動が始まった。


「イザナキとイザナミは、日本列島とそのほかの神々を生んだ男女ペアの神だ。彼らは、天の沼矛で海をかき回して日本列島を作り、その島々を収める神々を生んで来たのだけれど、ある日、イザナミは、火の神カグツチを産み落とした時に、カグツチの纏っていた炎によって、下腹部に大火傷を負って死んでしまう。イザナミの事を忘れられないイザナキは黄泉の国へと彼女を訪ねるんだけど、イザナミは、「黄泉の国の物を食べてしまったから、現世へは帰れない」と言うんだ。それでも連れて帰りたいイザナキは、「どうしても連れて行く」黄泉の国の門の前で泣き叫び、引き下がらない。するとイザナミは、「黄泉の国の神々と相談してくるから待っているように。その間、決して黄泉の国の門を開けてはならない」と、イザナキに言うんだ。けれども、イザナミは待てど暮らせど、いっこうに門の外には出てこない。しびれを切らしたイザナキは、イザナミの忠告を無視して、黄泉の国の門を開けてしまうんだ」


 サイコがそこで、一度話を区切り、麦茶を一口飲んだ。


「サーちゃんその後はどうなるの?」


 みのりんがそう聞いて、話の続きをサイコにせがんだ。


 俺も聞きたかった。


 イザナキとイザナミの話は、小学校の時に図書館で、古典を漫画化したシリーズの第一巻で読んだ記憶があったが、その後のエピソードがどうにも思い出せなかった。


「黄泉の国の門を開けてしまったイザナキはイザナミと対面を果たすが、そこにいたイザナミは、身体中から蛆が沸き、全身から死臭を放っていて、変わり果てた姿になっていた。それを見たイザナキは逃げ出し、見られたイザナミは恥ずかしさから、怒り狂い、イザナキに襲い掛かる。イザナキは、黄泉の国の入り口を大岩で塞ぎ、イザナミを黄泉の世界に封印する。その後、イザナミは黄泉の国の神となり、イザナキは、黄泉の国から帰還し、汚れた身体を海で清める。その時洗った身体の垢の中から、アマテラス、ツクヨミ、スサノヲの3人の神が生まれる。そこから、古事記の話は、長々と繋がっていくんだ」


「なんだか切ない話しだね。それに、イザナミさん可愛そう、やっと会いに来てくれたと思ったのに、逃げられるなんて、女としては悲しすぎる」


 みのりんがそう感想を述べると、「うーん確かに私でも怒るわ。男って結局女の見た目しか見てないもんね」と、ユッコまで、口を挟んで、活動に参加していた。


「藤村さん。い、イザナキとイザナミの話には、せ、性病説や、重病説もあるよね」


 コバが、自らの知識の1つをまた解き放った。


 コバのそんな知識に、俺は聞き返す。


「なんだそれ」


「イザナミが、性病は重病にかかって死んだって言う、は、話があるんだ。淋病や、梅毒は末期になると、身体はやつれ、髪が抜け落ちるなど、見るもむ、無残な姿になるって聞いたことがある」


 コバの言う仮説にふと、こんな疑問が浮かんだ。


 人間にとって絶対的な存在である神に、誕生や死と言う人間的な一生が存在するものなのだろうか?


「神なのに、病気になるのか?と、言うより、神って死ぬのか?」


 俺の疑問にサイコが答えた。


「古事記は神話だが、日本書紀は、比較的史実的だと言われている。日本書紀では、アマテラス、ツクヨミ、スサノヲは、イザナキとイザナミの子供とされている。そして、古事記の神話の物語は、天皇家ないし、古墳時代の豪族の歴史へと繋がっていく。つまり、古事記は天皇家、ないし豪族の歴史を脚色して記録している事になるんだ」


「と言うことは、病気の妻を夫が見捨てた話って事になるのか?」


 話をまとめると、そう言う事になる。俺の解釈に「そういう解釈もある」と言ってサイコが頷くと「それってもっとひどいじゃん」と、みのりんが叫び「男ってやっぱりダメね」とユッコがイザナキの神を皮肉った。


 そんな2人と、俺とコバをサイコが、鋭い視線で見据えて、「でも、私はこんな解釈をしている」と言った。


 俺たちは皆、彼女に注目した。


「墓を開けたんだ。イザナキは、妻イザナミの墓を開けたんだ」


「何の為に?」


 コバがそう聞くと、サイコは少し目を伏せて答えた。


「妻の死を受け入れられなかったからだよ」


 妻の死を受け入れられなかったイザナキは、その墓を開けて、もう一度、亡き妻を連れ帰ろうとした。当時は火葬ではなく古墳の様な施設に棺を納める。そんな、埋葬方法だったらしい。


「墓の中で、棺を開けたイザナキは、腐りきって蛆の湧いていた変わり果てた妻の姿を目の当たりにして、そして、愛おしい妻が、もうこの世のものではないと言うのを悟った。私はそう解釈している。どんなに愛し恋焦がれても、死と言う壁だけは越えられない。そんな人として生きる無情な現実の例えなんじゃないか?とね」


「忘れちゃいけないんだよね。死んじゃったら、もう会えない。その人が生きている事が大事だって事、常に感じていなきゃいけないんだよね」


 サイコの仮説に、みのりんが感想を述べて、そうまとめた。


 そうなのだ。


 俺たちは、死を意識することを忘れていた。生に溢れたこの社会には、ある日突然命を落とすなんて事は、大抵忘れがちが。今も内戦や紛争、疫病の流行が進んでいる日本ではない何処か遠くの国では、逆に死がすぐ隣にあるのかも知れないが、それは、やはり、俺たちからしてみたら、遠い世界の出来事なのかも知れない。けれども、そんな遠い世界の人々と俺たちには、平等に命が与えられていて、平等に死がある。生きている限り死んでいく。その現実をもっと見なければならないのだ。

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