恋の歓びは、愛の厳しさへの架け橋
「泣いてるの?」
そう言って、彼は私の頬にそっと触れた。
「泣いている?私が?」
何が起こってるのか、自分でも解らなかった。気が付くと、涙が勝手に頬を伝い、それをタダシが、そっと親指で拭っていた。その、指の感触が心地よくて、私はされるがままになっていた。いつか、アンナさんに頭を撫でてもらった時と同じ気持ちになった。
「解らないのか?」
「泣くなんて、何年ぶりだろう?」
しかも、誰かを思って泣くなんて、それ自体初めての様に思えた。
私も孤独だった。だから、この男を知りたくなった。大石弥生の事は、タダシと唯一同じ中学の出身だと言う、商業科の津村博史から聞いた。津村は大石弥生については、あまり絡みがなかったからよくは知らないと言っていたが、弥生の事件については、覚えていた。(木村正を、切り付けた少女の名前が、藤本理恵菜と言うのも、この時知った)
「あの日、自宅のベランダから落ちたんだ。噂だと、自殺しようとしたとか」
そう言って、津村は自分の知っている大石弥生の噂を語ると、卒業写真を見せてくれた。その際に「僕は、昔から、自分と関わりの無いと思った事には無頓着なんだ」と言った。
殆どの人間がそうだ。自分と無関係の事には無頓着だ。津村博史も、そんな殆どの人間の1人に過ぎない。
「確か、この娘だよ」
彼が、卒業写真の中から、1人の少女を、指差した。
みおだった。
大石弥生は、あの、みおに似た、私を天使と口走ったあの少女だった。あの時の白い病室の風景が蘇る。アンナさんの予言が当たったかの様に思えた。
私は、その瞬間、生まれて初めて運命と言うものを感じた。
「藤村さん、少し、大石に似てる気がする」
津村が、卒業写真を私に見せた時、不意にそう口走った。
「そうかな?」
私と違い、みおに似た少女は、目のクリッとした子犬の様な愛嬌のある顔立ちをしている。写真の印象は暗めだが、笑えば多分、結構な美少女だ。
「顔は似てないけど、立ち振る舞いと言うか、雰囲気かな、大人しそうな」
津村にそう言われた時、私は居ても立っても居られなくなった。
私は、木村正の過去を彼と共に向き合いたいと思った。
木村正は私の涙を全て拭い去る様に頬を撫で続けている。
私は相変わらず、されるがままになっていた。




