愛をしり、涙こぼれて、君の瞳濡れる時。
読み終えて、顔を上げると、サイコが頬杖をついて、俺を見ていた。俺がしていたのと同じ様に、サイコもまた、絵本を読む俺の反応を観察していた様だ。
「いい話じゃないか」
素直な感想を、そう言ってみる。
「そうかい」
サイコが、素っ気ないまま、そう言う。
「これって、まるで、サイコと、みのりんみたいだ」
ひとりぼっちのあやちゃんは、サイコで、いつもニコニコのみーちゃんは、みのりん。俺にはそう思えた。
「そうだといいよね」
サイコが柔らかく微笑んでそう言った。
それから、間も無く、ガロをでると、外は、もう、少し暗くなっていた。町の明かりが、1つ、また1つと、灯り始め、それにあわせて、裾野市へと上る車のヘッドライトも付き始める。
何となく、明かりを求めて、2人で、道路を挟んだ向かいのTOM書店に寄った。寄ると言っても、店の中には入らずに、入り口の自販機の前で、意味もなくたむろする。そんなところだ。
「ありがとうな、今日付き合ってもらって」
「いや、俺も楽しかったよ。サイコとこうして話すなんて初めてだったから」
「ありがとうな、あの時、ひとりぼっちの“あやちゃん”に声を掛けてくれて」
「え?あやちゃん?」
一瞬何のことか、解らずにそう反応すると、サイコが、メガネ越しに、鋭く俺を射抜いていた。
「私には、みーちゃんは、みのりんの事でもあるけど、タダシの事でもある。そして、木村正。君にとっては、あやちゃんは、私の事であり、大石弥生の事でもある。小林卓也にとっては、安藤彩と言ったところか」
「なにが言いたい?」
サイコが、粘っこくニヤリとした。
「寂しそうだったから。弥生の時も本当はそうだったんだろう?」
粘ついたニヤリから、再び、鋭い眼に。
サイコは俺をじっと見つめて、俺から答えを引き出そうとしていた。
「関係ないだろう?サイコには」
もういい加減ほじくり出してはもらいたくなかった。俺は、あの時、ほんのちょっかいで、弥生に声を掛けた。その結果、無意味ないじめを誘発してしまった。それでいいじゃないか。そう心で呟くと、それを読んだ様に、サイコが言った。
「言っただろ。私はロドレスには、ならないって」
「俺が、お前に、弥生を見ている。そう、思ってるのか?」
サイコが、また、ニヤリとする。
「木村正。君は誰よりも孤独が苦手な男だ。だから、誰かと行動を共にしたい。だから、同じように、孤独な存在を見つけると、それを共有したくなるんだ。大石弥生に対しても、彼女が孤独だったから、共有したかったんだろう?それを、彼女の方から、拒絶されたから、君の気持ちは、敵意を抱いた。違うかい?」
サイコの言葉に ハッとなった。
あの時は、ただのちょっかい半分で、女の子に声を掛けては、断られる事はよくあった。普段なら、それで終わりのはずだった。だけど、弥生の時は、自分でも驚くほどに癇に障った。
サイコの言う事が、全て、当たっている。そんな気がした。それが、無性に悔しくて。
「解った様な事言うなよ!お前は弥生じゃないし、あの時はの俺の気持ちなんて、今の俺には、もう解らないよ!」
そう、俺はサイコに向かって、大声を張り上げていた。
そんな俺に、サイコはまったく動じず、鋭い視線を射し続けた。
「今更、どうしたらいいんだよ」
サイコの視線にめった刺しにされて、力なく項垂れて、そう言うと、サイコが、「愛して欲しい」と言った。
顔を上げると、メガネの奥で、あの、切れ長の眼が充血しているのが解った。
「今、君の目の前にある、過去も、未来も、全て愛して欲しい。優しい、今のタダシなら、きっと出来るから」
そう、サイコが口にした途端、彼女の眼から、涙が、頬を滑って行くのが見えた。
「泣いてるの?」
彼女の白くやわらかい頬に思わず俺はてを伸ばして、その、伝う涙を、すくい上げていた。
「泣いてるいる?私が?」
「解らないのか?」
「泣くなんて、何年ぶりだろう?」
その一言に、彼女の言いたい事が、全て理解出来た気がした。
大人になって行くにつれて、感情を内に秘める様になる。涙も内側に仕舞い込んで、その行き場を失う。
今、彼女の頬を流れる涙は、そんな涙が、ようやく出口を見つけて溢れ出た、澄んだ湧き水の様に見えた。
その涙を、俺は美しいと思った。
サイコは、藤村彩子は、瞳を閉じて、俺にされるがままジッとしていた。




