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psycho〜親愛なる君へ〜  作者: 山居中次
21/45

僕達の反省

「よ、良かった。今日、風研部に来てほんとに良かった」


 沼津駅の北口まで、みのりんと一緒に俺とサイコを見送りに来たコバがそう言った。


「でしょっ。みんなで、なんするのって、楽しいんだよ」


 みのりんが嬉しそうに(今日一日嬉しそうが、ほぼ継続している)こう語る。


「き、き、木村く、く、君ありがとう。き、君が誘ってくれたから、僕の居場所が出来た。に、2学期から、同じクラスにもな、な、なれるし」


「いや、俺は何も」


「でも、き、き、木村くんとあ、あ、会ってから、色んな事が、良い方向に進んでいる気がする」


 コバが、本当に感謝の瞳で、俺を見つめてそう言った。


「神様が見てくれてるんだよ。コバが幸せになれるように、ウチらが笑えるように、出会わせてくれたんだよ」


 屈託のないみのりんの言葉に、コバも笑い、サイコも小さく微笑んで、頷いていた。


「もうすぐ夏休みだね」


 みのりんが、不意に話題を変えた。


「沼津の花火大会は、7月中だったっけ」


 俺が、みのりんにそう聞くと、「うん、末の方」と、彼女は答えた。


 沼津の花火大会は、7月の末である。隣町に住んでいながら、まだ、一度も行った事が無かったが、狩野川沿いで打ち上げられる花火は、三島からでも、高台の芙蓉台や、見晴台などから、拝む事が出来る。俺は昔、一度だけ夏休みに、やはり、高台にある当時通っていた中学校に悪友と忍び込んで、その屋上から、沼津の花火を拝んだ事があった。


 あの頃は、もう、弥生は不登校になっていただろう

 か?


「三島はいつやるの?」


 今度は、みのりんが、聞く。


「8月の中旬。お盆の頃、15、16、17日」


 サイコが俺より先に答えた。


「沼津の花火は、三島からでも、高台に登れば見える」


 サイコが淡々とそう言うと、みのりんが、「それもいいなぁ」と言った。


「ねえ、夏休みさ、みんなで、三島の夏祭り行こうよ。そんで、キムのウチにみんなで押し掛ける。どうかな?」


「えっ!うち?でも、狭いぜ」


 みのりんの提案に、そう抵抗の意思を込めて答える。正直、人を招き入れる程の家でもないし、それに、女子が2人来ると言うのが、なんだか照れ臭かった。


「いいかも知れない」


 サイコが俺に無断でそう答えた。


 眼が悪意を帯びて笑っている。俺の気持ちを察しながら、わざと、みのりんの側についたのだ。


「じゃあ、それで決定だ。キム、そん時は頼んだよ」


 「あ、う、うん」


 みのりんが案を出し、サイコが乗っかると、決定。何時しか、そんな構図が出来上がり、俺はそれに逆らうスベを知らなかった。


 みのりんとコバの2人と別れると、また、いつも通りサイコと2人っきりになる。東海道線に乗り、2人ならんでつり革に掴まり、外の富士山と愛鷹山を眺めていると、サイコが俺宛でもなく、不意に呟いた。


「神様か。そんなものを信じる事で生きて行けるのなら、それもいいのかも知れない」


 サイコの放った呟きを拾って俺がそう聞き返すと、彼女は、鼻で笑った。


「そんなもの、この文明社会では不確か過ぎる。物資的な豊かさに溺れたこの国では、何の意味も持たないよ」


「じゃあ、マダラナーダは?あれだって、神様を信じる話じゃないか。サイコは神様を信じていたから、あれを書いたんだろ?」


 俺の質問にサイコはまた、鼻で笑うと、「あの頃は子供だったから」と言った。


「タダシ、君は神様や、宗教と言うキーワードから、何を思う?」


 神様だけなら、どうとも思わないが、宗教まで出てくると、なんとも答えられない。やっぱり、どこか、気違いな集団のイメージが拭えない。


「反社会的な印象だろう?」


 サイコは俺の心を読む様に言い当てた。


「やっぱりそうなるねかな?」


「神は死んだからね」


 サイコがそう言い切った。


「神が死んだって?」


「アームの地下鉄テロ事件。あれ以来、日本人の宗教、特に新興宗教に関する価値観は明らかに変わってしまった」


「変わった?どんな風に?」


「宗教とは、ヒトがどう生きるかを模索する場だ。そのために、神や仏を信仰し、その生き方をモデルとして、各々が解釈をする。つまり、心の拠り所なんだよ」


 サイコの説明に俺は黙って頷く。よくは解らないが、自分でも見えない心と言う奴を理解するには、神仏などの不確かな存在を信じる事で太刀打ちしないと、やってられない。何と無く、そんな気がした。


 サイコが続ける。


「アームだって、生き方を模索した結果が、たまたま、反社会的行為に行き着いただけの事なんだ。そして、彼らのおろかな行為は、この国に宗教に対する、不信感を与えた」


「その結果、社会は、心の探求を辞めてしまった。宗教と言う場を失って。そう言いたいのか?」


 俺が、そう言うと、サイコはあの、ニタニタとした粘っこい笑みをうかべて、「そう、だから、今、この国は神を失っている」と言った。


「神様が死んだなら、この国は、これから先どうなるのだろう?」


 今度は俺が、サイコに宛てるでもなく、そう呟きを放つと、今度はサイコがそれを拾って、「それは解らない」と答えた。


「物質的な豊かさに、更に溺れていくのか?それとも、心の拠り所を模索して、死んだはずの神の姿を追い求めるのか?」


 サイコの言葉を聴いて、俺もそれなりに、考えた。神様を信じる事の出来なくてなった人々は、この先どうなって行くのか?そもそも、神様は死ぬのか?


「キリストは、磔刑に掛けられた3日後に復活を果たした。だから、日曜日は休みなんだ」


 サイコが呟く。その呟きにサイコなりの答えがあった。彼女もまた、考えを模索していた。


「やっぱり神様は死なないんじゃないか?」


 俺が、そう乗っかる様に言うと、サイコは、その切れ長の眼を見開いて、俺の方を見ると、「そうか」て吐いた。


 その瞳に、閃きを宿している。


「望みある所にそれは現れる。神は死なない」


 閃きを宿した瞳の彼女は、そう言うと「君はどう思う?」と俺に返答をうながした。


「サイコの言ってるのは、人が、心の拠り所を必要とした時、自然と、神様の存在を作り出すと言うことなのか?」


 サイコに促された返答は、逆に彼女に質問する形となっていたが、彼女は満足したように、「それが答えなのかも知れない」と言った。


 これは、多分サイコの予言だった。


 その数年後、俺や、サイコの子供時代の反復の様に、スピリチュアルブームがやって来る。それは、いかがわしい、霊能者や、占い師が、人の心の探求を唄う時代の一瞬の到来だった。彼らは、一瞬にして、マスコミのバッシングから、逃れる様に、テレビから姿消すが、彼らのいた一瞬は間違いなく、若者達に神を与えた。


「物質的豊かさの探求から、心の豊かさを探求する時代が来る」


 アーム教の開祖グル、天原晃妙は、まだ、アーム教がテロ活動で世間を賑わす少し前に、ある大者映画監督との、雑誌の対談で、そう語っていた。


 物質的豊かさに溺れた社会を武力で破壊して、そこに、新たに、精神探求の社会を作る。


 そんな危険思想から、暴走したアームは、今では、歴史上の悪として語り継がれているが、開祖天原の語った言葉は、あたかも予言が当たったかの様に、2000年代の若者の思想とリンクして行く。


 今が幸せならそれでいい。大した贅沢は要らない。


 消費を快楽としていたバブル世代とは対照的に、この世代は、日常のささやかな幸せを求めた。


 サイコの予言通り、神は死ななかった。


 バーン。


 三島駅に着いた途端、凄まじい音と光が空を駆け巡り、間髪を入れずに、土砂降りの雨が落ちて来た。


 稲光のち、雨。


 夏の夕立である。


「火雷の神」


 土砂降りの雨に足止めを喰らい、駅舎の中で2人立ち尽くした時、サイコが小さくそう呟いた。


「なんだそれ?」


「古事記に出てくる日本神話の神さ。稲妻を司っている」


「マニアックだなぁ」


 サイコの言葉に俺は、笑いながら、そう突っ込んだ。


 神様とやらが、俺たちに、「ここに居るぞ」と言っている様に思えた。

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