僕達の罪
いじめられる方にも問題がある。それは加害者側の言い訳だった。
中学1年の頃だった。
とにかくあの頃はふざけていたかった。
ふざけていれば、注目された。悪乗りすれば、みんなが真似した。
そんな俺たちを大人(学校の先生は)は注意するが、俺は口達者に、奴らを言いくるめた。言いくるめて、大人たちが言い返せなくなると、勝った気がして、俺は、俺たちは、そうして暴走して行った。今思えば、学級崩壊である。
どんな奴も上手く言いくるめれば、意のままにできる。全ては言った者勝ちで、発言能力の乏しい奴は、何を言われても文句は言えない。そう思っていた。
大石弥生に対してのいじめもそんな思いの暴走だった。
「私、木村君の事好きじゃない」
軽い気持ちで、声を掛けた答えがそれだった。
おどおどとした態度で、大石弥生は俺の事を怯えながら席に座ったまま見上げていた。
「俺の何がイヤなの」
恋愛感情は無かったが、嫌われる事に腹が立たないはずが無かった。だから、そう聴いてみるが、彼女の態度は優柔不断で、はっきりせず、ただ、俺の事を黙って見上げているだけだった。それが俺には、バカにされている様に思えて、俺は彼女への報復を決めた。
優柔不断が、彼女がいじめにあった原因だった。
色々と嫌がらせをした。ヤバくなったら止めればいいと思っていたが、弥生が教師や友人に相談する気配は全く無かった。そして、止めどころを失って、気が付くと、俺以外の人間も彼女をいじめの標的にしていた。
みんながやっているから怖くない。これはおふざけだ。多分、あの頃のいじめの参加者はみんなそう思っていた。そして、俺もみんなも、罪悪感が麻痺して行った。
そして、大石弥生は1学期の半ばで、不登校になり、2年生に進級して間もなく自宅のアパートの窓からから飛び降りた。
その原因も俺だった。
2年生になり、彼女が少しずつ学校へ来るようになったのを機に、俺は謝ろうと思った。やはり、不登校にまで追いやったのは、やりすぎだったと思ったからだ。
放課後の教室。忘れ物を取りに行くと、弥生がそこにいた。当時交流のあった藤本理恵菜を待っていた。
教室に弥生を見つけて、俺が彼女に近づいて、声をかけようとした時、弥生は耳をふさいで机に突然うずくまった。
そんな彼女を見て一瞬驚いた。今思えば、当時、弥生はまだ、不安定な状態で、俺に対してもまだ、トラウマが残っていたために、パニックを起こしたのだろう。そして、俺も俺で、まだ、不良をやっていたから、彼女にして見れば、相当俺の存在が強かったのかも知れない。
「あの、大石。お前に謝りたいんだけど」
思い切ってそう言ってみたのだけれど、彼女は怯えたままうずくまり、そして、泣きながら、自分の手を噛み始めた。
「うううううううう」
血がでる位の勢いで手を噛み唸る彼女を見て、どうしていいかわからず、しばらくその場に立ち尽くしていると、誰かが来る気配がした。
怖くなった。なぜだか、怖くなった。この状況を誰かに見られたくなかった。責められる気がして、俺は逃げ出していた。
俺は、彼女を置いて、教室から逃げた。俺は、弥生から、逃げた。
そして、弥生は、飛び降りた。
学校は、彼女の飛び降りを、転落事故だと俺たちに説明した。
でも、すぐに、自殺だと気付いた。弥生のあんな反応を見ていた俺は、あの時、彼女がいよいよ壊れたのだと、事故の事を聞いた時から直感で解った。
それは、みんなも同じだったか、あいつらは、むしろ、その事実をワイドショーでも観るかのように、面白がっていた。
俺には罪悪感があった。もしも、あの時、放課後の教室で会わなければ、彼女は、パニックを起こさなかったんではないのか?あの時、パニックを起こした彼女を置いて逃げずに、落ち着くのを待ってから、ゆっくり話していれば、その後飛び降りる事も無かったのではないか?そもそも、俺がいじめなければ。その一方で、いじめの連鎖は、もう、俺の手を離れていたから、俺は悪く無い。そんな甘えもあった。
葬式ごっこをやろうと、誰かが言った。
彼女が飛んでから数日後、不謹慎にも誰かが面白半分で、そう言った。
もちろん、その誰か達は、俺の事も、そのふざけた遊びの輪に加えようとした。俺はあまり乗り気ではなかったが、「何だかノリ悪くね?」と誰かの1人に言われると、参加を断れなかった。彼らの眼が怖かった。仲間と、仲間以外を区別し、後者には牙をむく。そんな色をした、眼がとても怖かった。俺には、そんな、彼らと1人戦う勇気がなかった。
嫌々ながら、奴らと一緒になってふざけているところに、藤本理恵菜がやって来た。
こいつ、大石と仲が良かったよな。
そう思って彼女を見た時、不意に理恵菜が右手を高く上げて、それを一気に振り下ろした。何か光る筋が見えたと思った時、左手に激痛が走った。
切られた。そう思って左手を押えた時、俺は理恵菜に押し倒された。
「お前なんか死ねばいいんだ!お前なんか!」
理恵菜は俺に馬乗りになり、ナイフを逆手に握りしめ、俺の顔面めがけて振りかざした。
そこで目が覚めた。
あの頃の夢を見るのは初めてだった。
まだ、心臓がバクバクと唸っていて、体中汗をかいていた。昼間サイコと出会って、あの頃の事をほじくり返されたからだろうか?
俺はあの後から、みんなから、はぶかれた。皮肉にも、被害者側に付けなかった俺が、孤立したのだった。
悪夢の興奮がまだ、抜けていなかった。その興奮を落ち着かせたくて、サイコを想像しながら、マスターベーションをした。
彼女に魅力を感じたというより、そのキャラクターの印象が、悪夢の興奮に打ち勝つ力があるように俺には思えた。
妄想の中で、サイコは無表情に、時に不敵な笑みを浮かべなから、俺に犯されていた。