理由
小林卓也は、元々、おしゃべりだった。冗談も言うし、話のネタを拾うアンテナの感度も良好で、常に話題を発信出来る知識と能力を持った少年だった。それが覆されたのは、失恋が原因だった。いや、それだけではない。彼は、善意の行動を全否定された事により、“悪者”にされてしまったのだ。そして、自分に自信を失い、一時的に言葉を失ったのだ。なんとか取り戻した声も、サイズが合わないのか、口の中で引っかかる様になって、現在に至っている。
安藤さやか
小林卓也がその少女と出会ったのは、小学6年の時だった。余談だが、あの、西の大震災と、東京霞が関の地下鉄テロも同じ年の出来事である。
戦後、50年と言う節目のとしでもあってか、何かにつけて、あの年は、人々の心に強い印象と、暗い影を落とした特別な年だったと思う。
だから、小林卓也にとっても、その年は、特別な年だった。
小5から、小6へはクラス替えは無く、変わるのは、小学校の最高学年と言う、プレッシャーの様な、責任感の様な、眼には見えない何かが付きまとうと言う点だった。
6年生が終われば、中学生。
中学生は、もう大人。
つまり、子供でいられる最後の年。
変わるものと、変わらないものとが、混ざり合った様な、そんな雰囲気の中で、卓也は、ゆっくりと上がろうと思った。
大人への階段と言う、それは、駆け上がるには、とてつもなく険しくて、でも、その場に座り込むには、とてつもなく、さびしい場所だった。
だから、変わらないものが、大切だった。
1年生から、5年生の間で作り上げた友達や、先生達との信頼関係。そこから派生する、何気ない日常。そう言った、不変的なものをしっかりと掴んでいれば、どんなに険しくさびしい階段でも立ち止まらずに、自分のペースで登って行ける。そう信じて、卓也は、6年生の新学期を向かえた。
去年と同じクラスメイト。去年と同じ担任の先生でのスタートは、不変的なものをしっかりと掴んでいられる事を約束されたスタートのはずだった。
転校生がいた。
女の子だった。
真新しい教室。真新しい空気の中で、いつもの仲間と戯れている所に、真新しい彼女が入って来た。
一目見たときに、卓也は、何か心に引っかかるものを感じた。
特に、可愛いと言うわけでは無かったが、間違いなく、一目惚れだった。
担任が、彼女の簡単な紹介をした。
「えー、安藤さんは、本当は、前の学校で、6年間過ごすはずだったんだけど、お家の都合で、今年から、この学校で、みんなと勉強することになりました。みんな仲良くするように」
「安藤さやかです」
さやかが、そう言って、小さくお辞儀をした。
かわいそうだな。
そう思った。
小学校6年間のクライマックスで、他の学校に転校するのはつまり、今までの生活が一変してしまう事だと、卓也は理解した。
案の定、さやかは、しばらく1人だっだ。
転校生だから、疎外されるとかではないのだけれど、やはり、まだ、新しい環境に慣れていないと言った感じだった。クラスのみんなも、それを何となく察して、彩をどう受け入れるかを模索していた。そんな中で、卓也は、いち早く、さやかに近付いた。
近付いたと言っても、朝、あいさつをしたり、声を掛けたり、休み時間に、「昨日のテレビ見た?」など、他愛の無い話題を振ったりと、そんな所だ。とにかく、彼は、一生懸命、彼女を“励ました”。
そんな卓也を真似るように、他のクラスメイトも、彩に声を掛ける様になって行った。そうして、安藤さやかは少しづつ、クラスに馴染んでいった。
それなのに、今度は、卓也がクラスから、はじかれる結果となった。いや、みんなは、卓也をはじいたと言う意識はない。正確には、彼の方から、周りと壁を作ってしまった。作らざるおえなかったと、言う方が正しい。
その原因は、あろうことに、さやかの一言だった。
「小林君ウザイ」
いつもの様に、さやかに話しかけた時に、いきなりそう言われて、卓也は困惑した。
僕は、何か、嫌がられる事をしたのだろうか?
「毎日、毎日。話しかけて来るけど、何なの?」
君が好きだから。
言葉に出来ず、心の中で、小さく呟く。勿論、その声は、彩には届かなかった。そんな彼に、追い討ちを掛ける様に、何も知らない彼女の言葉のナイフが飛んで来た。
「小林君て、幼稚だよね。何?カイトレンジャーって、6年生にもなって、そんなの観てるの誰もいないよ。ねえ、知ってる?みんな、かなたに話合わせるのに苦労してるの。みんなは優しいから、あなたのレベルに合わせてるけど、みんな本当は、もっと大人なんだよ。あなただけだよ、いつまでも子供なの。少しはさぁ、大人になろうとか、思わない?」
馬鹿にした様な、見下した様な視線で、そう言われて、卓也、何も言えずに、その場に立ち尽くしていた。
ショックだった。
さやかのためにと思って今までして来た事を全て否定されただけでは無く、卓也の人格そのものを否定されたのだ。
うすうす感づいていた。自分が、少し、他よりも幼稚な所があると解っていた。友達が、自分よりも、少し、前の方を歩いてるのも、解っていた。
みんなが、自分に合わせているのも。
解っていた。
みんなと同じ歩幅で、歩いて行ければ、どれだけいいだろう。けれども、それでは、自分らしさが失われてしまう。だから、どこかで、卓也は事実を見ない様にしていたのだと思う。
さやかの言葉は、この時、卓也が見ない様に、聞かない様にして来た、“みんなの声”の様に感じられた。
「何とか、言ったら?」
立ち尽くす卓也を、さやかが、そう促す。
「・・・・・・」
何も言えない。
言うべき言葉が浮かばない。
ずれていてもいい、反論して見たかった。
「・・・・・・」
声が、出なかった。
声が、出なくてなっていた。




