風土風俗研究部
放課後、コバを連れて、 風研部に顔を出すと、サイコとみのりんが、トランプでババ抜きをしていた。
「何、サボってんだよ」
俺が、そう毒づくと、みのりんが、「ああ、今日教授が大学行ってていないから休部なんだ」と、サイコの手元かから、カードを抜きながら、声だけをこっちに向けて答えた。
「大学?」
「うん。教授、月に2回、母校の大学で、非常勤講師っての?してるんだって」
「あの人、本当に教授なんだ」
俺が、思わずそう呟くと、みのりんは、見事、サイコから、ババを引き当て、惨敗した。
「あー、もう、サーちゃん強すぎ」
「みのりん、顔見てると、何を取るかわかる」
サイコが淡々と、みのりんにそう答える。
「なんだよ。せっかくコバ連れて来たのに」
2人のやりとりに、割り込む様に、俺がそう言うと、サイコがこう答えた。
「正確には、自主活動だ。顧問が不在の時に、部長が、その日の活動内容を決めるんだ。研究途中の議題があれば、それの継続。無ければ、各々次の課題の探求。もちろん、今日の様に休部でもいい」
「そう、今は、議題が無いから、今日はコバと、ウチらとの、顔合わせ」
みのりんは続け様にそう答えると、コバに向かって、「よく来たね。ここ、座って」と言って、コバに席を勧めた。
「す、すみません。せ、せ、せっかくの休部なのに」
コバにが遠慮がちにそう言うと、みのりんはニコニコの笑顔で、「いいの、いいの。ウチは、ずっとコバの事待ってたんだから」と言った。
「ようこそ。風土風俗研究部へ」
サイコも淡々とした声で、そう言って、コバをむかえいれた。
コバが席につくと、みのりんが、部長として自己紹介と、簡単な部活の説明をした。(簡単と言うより、ざっくりしすぎていて、説明になっているのかどうか、怪しかったのを、サイコと俺で、フォローした。)
「つ、つまり、み、み、民俗学なんだね。ふ、風俗なんて、い、言うから、怪しい部活かと、さ、さ、最初思ってた」
「よく、言われる。教授も見た目があんなんだから、余計に」
俺も、正直、始めはそう思っていた。だが、来てみると、真面目で、お堅い部活だった。
「誤解されるよな。今でもさ、時々、変な事聞かれる」
「変な事?」
みのりんが、そう言って、俺を覗き込んだが、俺は「いや〜、それは、ちょっと言えない」とごまかした。言えるわけがない。サイコとみのりんのどちらかと、セックスしたかと、ちょくちょく聞かれるなんて、言えるわけがなかった。
そんな俺を、サイコが、小馬鹿にする眼つきで見た。彼女は当然、気付いている。それが、その眼つきで俺には解った。
「風俗とは、その土地や時代の文化や風習、流行などを指す言葉だ。また、大衆の娯楽文化もこの中に属される。だから、パチンコや、スロット、ゲームセンターや、雀荘。キャバレーも、法律では、風俗店なんだ。ソープランドや、イメクラは性的娯楽を提供するから、本来は、性風俗店と呼ぶべきなんだが、それが今じゃ、略されて、性的の方のみが、風俗と言われている。その事から、風俗と言う言葉の本当の意味が現在では、伝わりにくくなっているんだ。中山先生は、風俗学の本来の意味を私達若い世代に伝えたくて、あえて、民俗学ではなく、風俗と言う言葉を、この部活に当てはめたんだ」
サイコはそう、スルスルと風俗の意味に付いて、説明をした。
「サーちゃん、やっぱり凄いや、ウチも、初めて聞いたよそんな事」
みのりんが腕を組んで、感心なポーズでそう言った。
「部長のくせに、知らなかったのかよ」
俺が、そう突っ込むと、みのりんは、悪びれる事なく、「うん」と頷いた。
「だって、部活の名前なんて、なんでもよかったし、この部活に入ったのも、教授の事、美雪先生から聞いてたからだもん。面白い先生がいるって」
「そして、中山先生と親しくなって、先生が、私に興味を持ってる事を知った。そうでしょ」
サイコが、確認する様に、みのりんに聞くと、彼女は頷いて、「本当にビックリした。教授から、サーちゃんの事聞かれるなんて、その時思わなかったから」と言って、その時の事を話した。
かなり、個性的で、面白い先生がいると、真鍋美雪先生から、教授の事を聞いていたみのりんは、学園に入学すると、まず、中山先生《教授》に挨拶をしに行った。
「ほーう、あの、真鍋さんの教え子か」
挨拶に行くと、教授は気さくに、そう対応してくれた。白髪のおかっぱ頭に、トンボの様な眼鏡、その奥に光る瞳の強さにインパクトがあった。
「はい。ウチ、いや、私、真鍋先生を尊敬していて、その、真鍋先生が尊敬している中山優作先生にまず、挨拶しようと思って」
みのりんがそう、堅苦しく挨拶すると、教授は嬉しそうに、笑顔で手を差し出した。
「自分の教え子の、そのまた、教え子にこうして会えるなんて、なんだか嬉しいよ。よろしく、高山実さん」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
2人はそうして、握手を交わした。
「あっ、高山さん。君のクラスに、藤村彩子って子いるよね?」
教授が思い出した様に、そう、みのりんに聞いた。
「あっ、はい。同じクラスです。でも、入学してから、まだ、1度も学校来てなくて」
「君も、真鍋さんの教え子なら、彼女とは親しいのかい?」
「いえ、昔、ちょっとだけ会っただけなんで、そんなに知らないんです。でも、藤村さんの事、美雪先生から聞いてたから、仲良くなりたいんだけど」
みのりんがそう言うと、教授は「ほーう」と言って、こう続けた。
「僕も、真鍋さんから、藤村彩子さんの事を昔聞いていてね、彼女に興味があるんだ」
そう言うと、教授はあの、『マダラナーダの物語』が載っているサイコの小学校の文集を、かばんの中から取り出すと、みのりんに見せた。
「藤村彩子が書いた物語が載ってる。時間があったらでいいから、読んでみてほしい」
みのりんはそれを素直に受け取ると、「藤村さんって人気者ですね」と言って、笑った。
「その時に、ウチは、マダラナーダを読んだんだ。あ、マダラナーダってのは、サーちゃんが子供の時に書いた話なんだけどね。教授、それを凄く気に入ってるんだ。それから、教授が部活を作るって言うから、ウチは入った」
そして、みのりんは、サイコと俺を、この部活に引き込んだ。そうして、風研部の今の体制が出来上がった。
「まあ、これが、この部活の歴史がな」
教授との出会いを、部活の歴史として、みのりんはそうまとめた。
「僕も読んで、み、み、たい、な、マ、マダラ、ナーダ」
コバが、マダラナーダに食いついた。
「あ、うん。コバが読みたいなら、教授が持ってるから、今度貸してもらうけど、サーちゃんいい?コバに読んでもらっても?」
みのりんがサイコにそう許可を求めると、サイコは「ああ、いいよ」とみのりんに向かって二つ返事をすると、今度は、コバの方を見て、「ただ、条件がある」と言った。
「じょ、条件?」
コバが聞き返す。
「小林。君の事を、今ここで話してくれないか?君が、そんな喋り方になった理由を、今、ここで。私たちのために」
偽善の無い冷めた瞳で、サイコはコバにそう言った。
「サーちゃん、それって、コバに対する嫌がらせじゃないの?コバ、話したくなかったら、話さなくていいから、辛い事蒸し返す必要ないよ」
みのりんが、そう、コバをかばうが、サイコは首を横に振って、「それではフェアじゃない。マダラナーダには、私の子供時代の心理状態が投影されてる。だから、フェアじゃない」と言った。「だけど」とみのりんも言い返そうとするが、サイコの正論に負けて、口をつぐんだ。
「俺も聞きたい。コバ、俺たち知ってるんだ。コバが、上手く喋れなくなった理由」
コバが、「えっ」と言う顔で俺を見た。俺は、その顔に説明した。
「サイコご全部聞いてたんだ。コバが、さっき昼休みに、無意識に呟いていた事。だから、今度はコバの口から直接聞きたい」
「ひ、独り言は、き、聞こえないように、つ、つ、呟いているつもりだ、だ、だったんだけどな」
コバは、そう言って、気まずそうな、照れ臭そうな顔を作った。
「小林。君の過去など、どうでもいい。だから、君がどんな理由で、今の自分を作ったのか、否定も肯定もしない。ただ、私は、私たちは、君を知り、受け入れたいだけだ」
サイコは、それだけ言うと、コバの眼をじっと見つめた。
威圧感。サイコの放ったそれが、蛇の様に、コバを縛り上げて行く。
縛り上げられて、身動きが取れなくなったコバは、観念した。
「わかった。全部、話すよ」
どもらずに、コバはそう言うと、彼がどうして、“今のコバ”になったのかを、話し始めた。