僕の味方2
コバが、今日風研部に来る意志を見せたと、みのりんに話すと、彼女は「でかした、キム」と言って、大変喜んだ。それに付け加える様に、コバのクラスで、彼の身に起こっている事を話すと、みのりんは腕を組んで、考える仕草をした。
「それはよくないな。よくないよ!うん」
「俺もそう思うんだ。だから、風研部に招きいれるなら、そのあたりも考慮して、部活以外でも、あいつの助けになってやりたいし、みのりんや、サイコにも協力してほしいんだ」
俺がそう言うと、みのりんは「もちろん」と言って、親指を立てた。
一方サイコは黙って頷いた。
みのりんの行動は早かった。
昼休みの開始と共に、「あっ、いい事思いついた」と叫んで、教室を飛び出すと、隣の、コバのクラスに乗り込んで、コバの机を強奪し、コバを強制連行して来た。
みのりんが嬉しそうな顔で、コバの机を、隣のクラスから持ってくる。その後ろを、コバが、どうしていいのか解らない、という顔でついてくる。
「た、た、た、たか、高山さん。こ、困ります」
「何で?お昼は大勢の方が楽しいじゃん」
「で、でも、ぼ、ぼ、僕隣のクラスだし」
「昼休みなんて、みんな適当に好きな所で食べてるよ」
「で、で、でも、僕が、高山さん達と、い、い、一緒に食べる理由が、な、な、無いし」
「友達じゃん。小林君がキムと友達。キムは、ウチの友達。だから、コバ、あっ、ウチも小林君の事コバって呼ぶね。コバもウチの友達。それでいいじゃん」
みのりんが、半ば強引に、そう理由を押し付けると、コバは、半分納得、半分『?』と言う顔で頷いた。
「どいて、どいてー。机通るよー」
コバの机を抱えたみのりんは、そう叫ぶと、クラスメイト達をかき分けて、俺たちの待つ、ランチテーブルまでやって来た。
「合体!」
みのりんがそう叫んで、コバの机をくっつけた。
ランチテーブルが、また1つ大きくなった。
「び、びっくりした。いきなり、た、た、高山さんが来て、『小林君いる?』って言って、ぼ、ぼ、僕の机を運びはじめたから」
それは、びっくりしたはずである。
昼休みのチャイムが鳴ると同時に、コバは、教室の入り口から、大きな声で、みのりんに、名前を呼ばれた。
「小林君いる!?」
みんながいっせいに、教室の出入り口を見ると、それと見比べる様にコバを見た。
「は、はい。ぼ、僕が小林です」
反射的に、コバが手を上げて名乗ると、みのりんは「そっか、君が小林君ね」と言いながら、ニコニコしながら近づくと、いきなりコバの机を持ち上げて、一言、「行こう」と言って、机を運びはじめた。その行動に、コバは本当に驚いたのだと言った。
「みのりんはいつもそうだよ。こう、って決めたら、即行動だよ」
俺とサイコが初めて、みのりんと会った時もそうだった。彼女は強引に俺たちの心に入って来た。俺がサイコと仲がいいと判断すると、即、接触を試みた。サイコを風研部に誘う時も、サイコの腕をいきなりつかんで、引きずりながら、「2人は一緒の方がいい」と理由を押し付けて、俺まで、巻き込んだ。
「何?キム。それじゃ、ウチが、まるでコバを無理やり連れて来たみたいじゃん」
みのりんが得意の困った顔で、そう反論した。
「その通りだよ」
サイコがポーカーフェイスでさらりと言うと、みのりんは、「もう、サーちゃんまで」と、さらにふてくされた声を出した。
「で、で、でも、う、う、うれ、嬉しかった。こんなぼ、ぼ、僕を誘ってくれて」
コバが、しみじみとそう言うと、みのりんは笑顔を咲かせて、「いやーそれほどでも。卵焼き食べる?」と言いながら、コバの弁当に卵焼きを押し込んだ。
「もう、いいですよ。み、み、みんなから、じゅ、じゅ、十分もらったから」
みのりんの指示で、コバの弁当箱に1人一品ずつ、おかずが入れられた。俺の弁当からは、竹輪とコンニャクの煮物が、サイコからは、マックのポテト数本が、みのりんは、ご飯を半分、コバの弁当に詰め込んだ。
「人の食べ物を取るなんて最低のする事だよ。食べる事は生きる事でしょ?それを邪魔するのは、殺人と一緒」
みのりんは興奮してそう言った。
「そ、そ、そ、そんな大げさな」
「コバ、何も、あんな奴らかばう事無いよ。コバは何にも悪い事してないんだから」
「ほ、ほ、本当にあ、あ、あ、あ、ありがとう。なんだか、べ、べ、弁当と一緒に心も満たされた気がする」
コバが、そう言うと、みのりんはまた、笑顔を咲かせて、「でしょ」っと言うと、「ところでさ」と話題を変えた。
「コバ、もしかして緊張してる?」
嫌な予感がした。みのりんが、コバの吃音を気にし始めたのが解ったからだ。
みのりんにそう聞かれて、「す、少し」と答えるコバの表情が、不安に満ちていくのが解った。
やっぱり、初めに言っておいた方がよかったかも知れないと後悔した。
その空気をサイコも察したようで、鋭い眼つきで、みのりんを見るが、みのりんはまったく動じず、(と言うより、サイコの視線にまったく気付かず。)自ら、コバ地雷を踏みに行った。
笑顔で。
「喋り方変だよ」
と言いやがった。
コバが泣きそうな顔になった。
そして、うつむきながら、何かをぶつぶつと、呟き始めた。
その時だった。
「まあ、いいや、そんな事」
みのりんは、そう言って、コバの吃音の件を、あっさりとどこかに放り投げた。
コバが、驚いて顔を上げると、彼女はその顔を、笑顔で覗き込んで、また言った。
「明日も、明後日も一緒に食べようね」
その瞬間、コバもはにかんだ様に微笑んだ。
危なっかしい綱渡りの昼休みだった。
コバが、自分のクラスに帰った後、俺はみのりんに、コバの吃音の件に触れた事に対して、注意をした。すると、彼女は本気で落ち込んだ。
「何か、大変な事しちゃった。こういうの、よくないのに」
「みのりんが全部悪い訳じゃないよ。俺も始めに言っておくべきだったから、責任はこっちにもあるし」
「どうしよう、ウチ、コバに嫌われたかな?どうしようキム、サーちゃん」
泣きそうな顔で、オロオロし始めるみのりんに、サイコは淡々とした口調で、こう諭した。
「確かにフライングだった。だけど、私たちが、小林と係わる以上いずれは、向き合わなくてはならない問題だ。だから、かえって良かったのかも知れない」
「本当?」
みのりんが、そう言って、すがるようにサイコを見た。サイコは小さく頷いて、「何事もウヤムヤなまま、表面だけを整えても意味がない」と言った。
「だけど、少し気になる事がある」
「サイコ、なんだ?気になる事って」
「彼の中に、私を見た」
「何、サーちゃんコバの事好きなの?」
みのりんが、のんきな勘違いをする。
「そういう意味じゃない」
サイコの眼付が鋭くなる。
彼女はコバの心の闇に気が付いた。自分と同等の、心の闇をサイコはコバの中に見出したのだ。
「彼は、小林卓也は私と同類だ」
「同類?」
「正確には解らないが」
そう言うと、サイコは、一度眼を閉じて、何かを憑依させる様に息を吸うと、また眼を開いた。その眼は、さっきの鋭さを引っ込めて、無機質な輝きを帯びていた。そして、「これが、さっき小林が呟いていた内容だ」と言って、その内容を、ボイスレコーダーの様に、再生し始めた。声が、自然と、コバの声に聞こえて来た。
「いつもそうだ。いつも、僕はこうして馬鹿にされるんだ。僕だって好きでこうなった訳じゃないんだ。だけど、そんな事、誰に言っても解ってもらえない。誰も僕を理解しない。あの時だって、僕は、あの子と仲良くなりたくて、話しかけただけなのに、あの子は僕を邪魔だって言った。僕は、その時から声が出なくなった。始めは何でか解らなかった。それでも、何とか声を出そうとして、声は出るようになったけど、今度は言葉がつっかえる様になった。みんな僕を馬鹿にした。みんなが僕を笑った。僕は解った。僕は必要とされないんだ。僕はいらないんだ。あの子だってそう言ったんだ。だから僕は」
「もうやめて!聞きたくない」
みのりんが耳をふさいで、そう叫んだ。
眼に涙が滲んでいる。
みのりんの叫びで、サイコも、コバの呟きの再生をやめた。
「時間が全てを解決するとか、よく言うが、人の心はそんなに都合よくは出来ていない。嫌な事はたいてい覚えているものさ。人間は忘れる事の出来る生き物だなんて言っているのは、不運の当事者じゃない奴らだけだ」
サイコはそう言って「そうだろ、タダシ。君も、自分の過ちを引きずって生きてる」と俺に話を振った。
「そうだ、忘れられない。例え、あの娘がこの場にいて、許してくれたとしても、俺は一生あの時の事を思って生きると思う」
俺は、サイコとみのりんにそう答えを示した。すると、みのりんは真剣な顔で頷いて、「ウチ、コバに謝ってくる」と言って、教室を飛び出して行った。
「た、た、た、たか、高山さんは、本当に、せ、せ、せわしないね」
みのりんが謝りに来ると、コバは、はにかんだ笑みでそう言った。
「本当にごめん。ウチ、コバのどもりの事何も知らなくて」
「いいよ、な、なれてるから」
「よくないよ。悪いのはウチだもん」
「だ、だ、だから、い、い、い、いいって」
コバが、みのりんを、なだめるために、そう言うと、みのりんは、突然涙交じりの声になりながら、「コバは悪くないよ。コバは、どもってるけど、変じゃないよ。いらなくないよ。@@@@:::******????!!!!!??;;::***・・・???」と、後半はグジュグジュで聞き取れないが、一生懸命自分の気持ちを彼女なりにぶつけた(ジタバタと、せわしなく地団太を踏みながら。)
そんな2人のやり取りを、クラスメイト達が注目する。それに気付いたコバは、恥ずかしさから、「た、高山さん。い、い、い、いったん、そ、そ、外に出ようか」と言って、彼女を教室の外に連れ出した。
とりあえず、廊下に出て、みのりんが落ち着くのを待ってから、コバは言った。
「た、た、高山さんって、空気読めない、ね」
「本当にごめん。ウチも、時々そう思うんだ。だから、人の気持ちとか、いつも考えてるつもりなんだけど、なんかずれちゃって。あああああ、ウチはダメだ。ダメ人間だ」
そう言って、みのりんは頭を抱えて、今度はしゃがみ込んだ。感情の起伏がそのまま体の動きとなって表れている。そんな彼女をコバはつくづくせわしないと思いながらも、とても可愛らしいと思った。
「で、で、でも、す、す、す、素直でいいよ」
そう言って、コバは、廊下にしゃがみ込む、みのりんの肩にそっと手を添えて、優しく続けて言った。
「高山さん。き、き、き、君は、ちゃんと、僕と同じ目線のところまで、お、お、降りてくれた。だ、だから、僕は嬉しい」
「本当?」
みのりんが顔を上げた。
不意に目が合って、コバはドキドキした。無垢な子供の様な瞳を本気で可愛いと思った。
「そ、そ、それに、君は、ぼ、ぼ、ぼ、僕のき、き、吃音を、どうでもいいって、どこかに、ほ、放り投げた。そ、そ、それ見ていたら、僕も、ど、どうでもよくなった」
コバの言葉に、みのりんは、ニィっと笑った。
コバの中でみのりんへの愛おしさがまた膨らんだ。
「見えたんだろう。小林の見ていた光景が」
みのりんが、教室を飛び出して行くのと同時に、サイコがいきなり俺にそう話掛けた。
「コバの見ていた光景?」
「同じ顔。同じ声。誰が味方で、誰がそうでないか、まったく解らない。そんな光景」
さっき俺が感じた、みんな鈴木祐介に見えた、あれか。俺はサイコの言葉に頷いて、「ああ、見えたよ」と答えた。
「大石弥生も同じ光景を見ていた。同じ顔、同じ超え。誰を信じて、誰を恨んでいいのか解らない。そんな光景」
「そうか、弥生もか」
サイコが俺を見て頷いた。
「彼女の見ていた風景が見えた君はもう、大丈夫だ。本格的に過去と向き合える。彼女のいた所にお前は降りることが出来たのだから」
「サイコ、なんで、そこまでしてくれるんだ?」
「ロドレスは、逃げ出す事で、ハンバートを否定した。彼の過去を受け入れなかった。だから、彼は孤独になった。だけど、私はロドレスではない。だから、私は君の過去を共に見つめる。ロドレス・ヘイズにはならない」
サイコは真っ直ぐな視線でそう言った。




