僕の味方
「ふ、ふ、不思議な人だね。ふ、ふ、ふ、藤村さんって」
サイコ達と、「ロリータ」について議論をした休み時間から、現代文の授業を挟んで、二番目の休み時間に、俺はコバを連れションに誘った。2人で並んで、用を足しながら、俺はコバに藤村彩子の事をそれとなく話した。
コバに会う時は、サイコや、みのりんの話をして、風研部に興味を持ってもらえる様に心掛けている。コバも少しずつ興味を持ち始めているが、中々放課後、俺たちの前に、姿を現さない。
「無理やりにでも連れてくればいいじゃん」
と、みのりんはいつも言っている。彼女は、中々現れない、新しい仲間に痺れを切らし始めているが、俺が、「あんまり無理強いはしたくないんだ。最後は本人の意志に任せたい」と言うと、口を尖らせて、ふてくされる表情を作りながらも、「まあ、キムがそう言うなら仕方ないや」と言って我慢してくれている。
「コバ、いい加減風研部見に来いよ」
お決まりの様に俺がコバにそう言うと、コバもお決まりの様に「考えとく」と言う。
いつもはそこで、会話が途切れるのだが、コバは思いついた様に言葉を放った。
「お、お、同じ事な、何度ろうな。ふ、ふ、藤村さんの言う話は」
「同じ事って」
「だ、だ、誰かの、た、た、た、為にと思ったこ、こ、事が、け、け、結局は、自分の満足でしかないって事」
愛情とは、ある意味欲望の1つにすぎない。
言葉は違うが、サイコの放った言葉と同じニュアンスをコバも、放った。
「ロドレス・ヘイズが、ハンバート・ハンバートの思いに答えられなたったのに対し、モクレンソンジャは、母親の思いに答えるべく、祈りを捧げた。ようは、受け止める側の判断次第で、その感情は、狂気にも、愛情にもなる。そう言う事なのか?」
「そう言う事かもね。ぼ、僕にも経験あるから」
「経験って?」
俺がそう聞くと、コバは、半笑いで、首を横に振った。話したくないと言う合図だ。それを見て、俺もそれ以上は聞くのをやめた。
「それにしても、すごいや。き、き、木村君。2つの話の相違点を、そんな風に言葉に出来るなんて」
コバに褒められた。
風研部に入ってから、色々な事柄の相違点を見つけて考える癖が付いた気がする。
「コバだって十分分析出来てるじゃないか。サイコの言う事を理解するには、頭使えないと無理だぜ」
「で、でも、ぼ、ぼ、ぼ、僕にはそこまで、こ、こ、言葉を、広げられない」
そんな事は無いと思った。
サイコの話を一言でまとめられる彼の方が、分析能力は、はるかに高い。
俺が、答えを出すのに、サイコとの議論の末でないと、答えがまとまらないのに対し、コバは、俺の話した”今日のサイコ”の情報だけで、一気に答えを出した。小林卓也には、藤村彩子と、同等の力があると、俺はこの時確信した。
「コバ、やっぱり、今日来いよ。コバだったら、サイコに対抗出来るよ。俺とみのりんの頭じゃ、サイコのレベルに合わせるの大変なんだ」
「藤村さん、ゆ、ゆ、ゆ、優等生だもんね」
コバは笑ってそう言うと、「でも、藤村さん少し怖いし」ともらした。
サイコは確かに怖い。あの、切れ長の威圧感のある瞳でにらまれると、なれないと、一緒にいて変な緊張感と閉塞感を抱いてしまう。
「ああ、確かに、でも、雰囲気は独特だけど、悪いやつじゃないよ。サイコは」
俺は、そう言ってフォローした。いざとなれば、みのりんだっている。彼女なら、間違いなくコバを悪いようにはしない。それに、あの、馬鹿が才能にまで昇華した彼女の天真爛漫な雰囲気があれば、サイコの放つ、黒い雰囲気を、上手く中和してくれる。げんに、俺も、それに助けられている部分もあった。
「高山実さんも、いるんだよね?風研部」
コバが、みのりんについて聞いてきた。
「ああ、みのりんが部長で、俺がいつの間にか副部長」
「か、か、彼女、な、な、何かいいよね。明るくて、元気で」
「コバ、もしかして、みのりんの事好きなのか?」
コバが、照れくさそうに頷いた。
どうやら、物事はいい方向に進んでいる様だった。
「でも、ぼ、ぼ、僕な、な、なんか、相手にされないよ」
でも、そうでも無かった。コバは、弱気な態度で、そう言ってうなだれると、「どうせ、き、き、き、キモイとか、言われるの、わ、わ、解ってるから」と呟いた。
自らの抱える障害。そいつが目の前にある限り、その大きさに比例して、人は、心の壁を作ってしまう。コバを見て、俺は、今そう思った。
「みのりんは、そんな娘じゃないよ」
八割がた本当の事を言ってみる。たぶん、みのりんは、コバの吃音なんか気にしない。気にする程のデリカシーをそもそも持っていないだろう。そして、そこに悪意や邪念を持たない。ありのままを受け入れる。そんな純粋な心の持ち主だ。後は、実際に会わせてみないと解らないが。
「楽しみにしてるよ。みのりんはコバが来るの」
これは本当である。
無理やりにでも連れて来いと、高山実部長様は言っておられるのだから。
コバが、えっ、という顔でこっちを見る。
「た、た、高山さんがそうい、い、言ってるの?」
「ああ、コバの事話したら、ぜひにって、この前のガリバーの話がよかったから、会ってみたいって」
コバの吃音の事は話していないが、みのりんは、本当に楽しみにしている。
「余計なおせっかいかも知れないけど、俺は、コバの居場所を作りたいんだ。俺も、サイコや、みのりんと出会って、風研部を居場所に出来たから」
「行こうかな」
コバが呟いた。
「き、き、き、今日、放課後行こうかな」
「お、来る気になった?」
俺が、そう聞くと、コバは小さく頷いて、言った。
「でも、1つだけ教えて。ど、ど、どうして、君は、ぼ、ぼ、僕に良くしてくれるの?」
「コバの事、俺は友達だと思ってるから」
簡単な答えだ。我ながらそう思った。簡単でいい、理由なんかいらない。色々と条件を付けるから、人間関係は難しくなる。
「ぼ、ぼ、僕は、き、き、き、決めかねてる」
「決めかねてる?」
コバの言葉に、俺がそう聞き返すと、彼は真面目な顔で、こう言った。
「は、は、初めて会った時、君は、ぼ、ぼ、ぼ、僕に任せるって言った」
「何を?」
「友達になるのを、ま、ま、任せるって言った」
確かにそんな事を俺は言った。今でも、少し、そう思っている。でも、俺は、今、そんな気持ちを無視して、前に進みたいと思っていた。
「確かに、言ったかもな、そんな事」
「そう、君はそう言った。だから、僕も、考えたんだ。なんで、君は、僕にそう言ったのか?って」
コバが、どもらずに、そう言った。彼は、本当に、相手に言いたい大事な事は、頭の中で、文章に置き換え、何度も練習してから話す。その時はどもらない。リラックスしている時も、彼は吃音が少なくなるが、それに比べると、今は、言葉の一つひとつが、硬かった。
「考えたって、どんな風に?」
「君も、ひ、ひ、人とのか、か、関わり方に自信が、無いんじゃないかって」
「解ってのか」
コバが頷く。
「僕も、そうだから。ち、ち、ち、近付くのが、怖い。だ、だ、だ、だから、適度な距離を置いて、き、君と接していた」
「その方が楽だからな」
お互いの必要最低限の距離を置く事で、傷つくのを避ける。ある意味賢い生き方なのだが、どこか、寂しい生き方だった。
「うん。でも、僕は、もう少し、近付いてもいいかなって、さ、さ、最近思うんだ。僕が、う、動かないと、僕の世界は、動かないから」
自分が動かないと、世界も動かない。コバは、ちゃんと、生きようとしていた。
用を足し終えて、2人で手を洗う。
「藤村さんから聞いたよ。木村君が、ち、ち、ち、中学の時に、い、い、いじ、いじめをしてた事」
若林先生だけでなく、コバにも知られてしまった。勿論知られたくなかった。
「あいつ、また、余計な事を」
俺が思わず、そうぼやくと、コバが、真直ぐな声で言った。
「藤村さんを悪く思わないで」
解っている。たぶん、若林先生の時と同じ動機で、サイコは動いている。
「ああ、どんなつもりか知らないけど、あいつなりに、考えてくれている。俺を困らせるつもりは無いって知ってる」
俺がそう言うと、コバは、「よかった」と言って、安心すると、「藤村さんは、本当に木村君の事が、好きみたいだから」と言った。
「それは無いな」
「なんで?」
「あいつはそういう娘じゃないから」
サイコはそういう娘じゃない。ごく普通に誰かを好きになるような当たり前の娘じゃない。どこか、ツカミ所のない、謎めいた存在。そういう偏見を、俺はサイコに持っていた。いや、その偏見は、願望だった。そうあってほしい。サイコには、サイコでいてほしい。
「ふ、ふ、藤村さんのそういう所が、君は好きなんだね」
コバが、見透かした様にそう言って笑った。
そうかも知れないと思いつつ、それをごまかす様に、俺は、話を戻した。
「軽蔑したか?俺の過去を知って」
「うん」
コバが、素直に頷く。
「だけど、ぼ、ぼ、ぼ、僕は逃げないから。藤村さんにい、い、言われたんだ。い、一緒に向き合って欲しいって」
コバが、俺から逃げ出したら、俺は過去と向き合えなくなってしまう。そうしたら、自分自身とも向き合えなくなって、前に進めなくなってしまう。サイコはコバにそう言ったらしい。
「いいのか?俺は、そういう人間だったんだぞ」
「大丈夫。君は、も、も、も、もう、あの時の君じゃないから。僕にはわかるから」
いつか、みのりんにも言われた事だった。
「本当にそう思うのか?俺は、未だに、同じ事をするんじゃないかって、自分で思う時があって」
俺が、そう本音をコバに暴露すると、コバが頷いて、「大丈夫だよ。僕が、君を友達って思えるなら、大丈夫だから」と言った。すると、突然彼女が現れた。
コバの姿に重なる様に、大石弥生の幻影がそこに立っていた。
「大丈夫。君が、本当の意味で、心を開けば、僕も心を開けるから」
「本当の意味?」
俺は、弥生にそう聞き返した。
「あの時も、君は心を閉ざしてしまったから、僕を傷つける事しか出来なかった」
弥生は、そう言って消えると、コバに戻った。
「木村くん?」
コバが、俺を覗き込む。
「あっ、今、俺どうなってた?」
「な、何か放心してたよ」
「そうか、今な、俺が昔いじめてた娘の幻が見えてたんだ」
俺がそう言うと、「君も大変だな」とコバが言った。
2人で、教室に戻る。
自分の教室に戻る前に、コバを彼の教室に送る感じで、何気なしに付いていくと、彼の机の周りに数人の男子がたむろしていた。
よく見ると、彼らは、コバのカバンをあさり、弁当箱を取り出すと、その包と蓋を、慣れた手つきで開けて、勝手に中身を食べ始めた。
「今日、何入ってる?」
「エビフライ」
そう言って、彼らは、コバの弁当を、当たり前の様に喰い散らかしていく。
それを見て、俺は、頭にきた。
「おい!何やってるんだ!?」
そう言って、俺は彼らに突進するぐらいの勢いで、怒鳴りながら詰め寄った。
たむろしていた奴らの1人が「なんだ?お前」と俺をにらむ。その瞬間俺は驚いた。それは、辞めたはずの鈴木裕介だった。いや、よく見ると、全くの別人だった。けれども、その眼は裕介そのものだった。自分よりも弱い者を軽く陥れる事に何の疑問も持たない愚かな瞳。その瞳は、他の奴も同じだった。かつては自分も同じ眼をしていたのかと思うと眩暈がした。
「それは、小林君の弁当だろ?返せよ」
俺が、そう注意すると彼は、「ウゼー」と俺に向かってぼやくと、コバの弁当を俺に突き付けて、その場を離れた。
取り返したコバの弁当は、もう、半分近く喰われていて、無残な有様だった。
そんな無残な弁当をコバに渡した。
「いつも、こうなのか?」
弁当を受け取ると、コバが頷いた。
「なんで、言わないんだ?」
「め、め、迷惑か、か、掛けたく無かったから。そ、そ、それ、に、購買で足りない分、か、買うからって、家から、お金もらってるし」
コバの台詞から、色々な思いがこみ上げてきた。コバのお母さんは、どんな思いで、この弁当を息子に持たせているのだろうか。息子が、学校でこんな思いをしているのを知っているのだろうか。コバは、1人で、今も戦っている。誰かに助けを求めようと思わなかったのだろうか。
ふと、俺は周りを見た。
そして絶望した。
みんな、同じ眼だった。
みんな、同じ顔だった。
みんな、鈴木祐介であり、かつての俺だった。
「こば、俺は、コバの事、友達だと思って全力で守るから」
コバに任せるのではなく、自分から、俺はコバの友達になった。




