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psycho〜親愛なる君へ〜  作者: 山居中次
15/45

モクレンとハンバート

「君に幸あれ」


 沼津までの約7分間の電車の中で、俺の隣で、つり革につかまってサイコが、いきなりぼそりと、そう呟いた。


「どうした、いきなり?」


 思わず、俺はサイコの呟きに乗っかるように、そう聞いていた。


「なんでもない。ちょっと昔の事を思い出しただけさ」


 サイコはそう無機質な声でそう答えると、無表情に車窓の外に視線を放った。


「誰かの幸せを願う事が、自分の幸せになる。見返りなんか求めない無償の愛か」


 サイコが受け取るのを期待せず、俺もただ、そう呟いてみた。


 すると、意外にも、サイコは俺の呟きを受け取って、投げ返してきた。


「幸せになんかならないよ」


 無表情に車窓の外に、視線を放ちながら、サイコはそう言った。


「なんで、そう言い切る?」


「モクレンソンジャの母親は、彼に無償の愛を注ぎ続けたために地獄に落ちたんだ」


「モクレンソンジャ?」


「阿弥陀如来の一番弟子だ」


 この娘は本当になんでもよく知っているとつくづく思った。


「無償の愛で、なんで地獄に落ちるんだよ」 


 俺でなくても、そう思うであろう疑問を彼女にぶつけると、サイコはまったく視線を変える事なく、俺を見ずにこう返してきた。


「人間の幸福は、誰かの犠牲の上に成り立つ。自らの幸福をつかむには、他人を犠牲にしなくてはならないし、誰かを幸福にするには、自らを犠牲にしなくてはならない。モクレンソンジャの母親は、その犠牲になったんだ」


「でも、それじゃ、人間は誰一人報われない。幸福をつかむための犠牲を考えていたら、だれも信じられない」


 俺がそう、反論すると、サイコは、あの、不敵な笑みを浮かべて、嬉しそうに言った。


「私たちの生きているこの現世も、人間道地獄と言う仏教の六道地獄の1つだそうだ。欲望、衝動、嫉妬に悪意に、恨みに、嘆き。人間はどんなに賢くなっても、いや、賢くなるからこそ、低級な願望に振り回される。無意識に作り上げた神なる、絶対的な善意には決してなりえない」


「絶対的な善意にならなくても、いいんじゃないか?」


「だから、お前も、私も、誰かの犠牲の上に生かされている。大石弥生にした事を、お前は忘れている訳ではないだろう?


 サイコがそう言って、じっと俺の目を見た。


 久しぶりに、初めて会った時と同様に、ゾクッとなった。


「大石弥生をおとしめた俺は、それを代価に何を得た?」


「それは、お前が考える事だ」


 サイコはそう言うと、再び車窓の外に視線を放って、それ以上は、何も言わなかった。


「ずいぶんと難しい事を、彼女は知っているんだね」


 若林先生は、笑顔で腕を組みながら、そう言った。朝一の出席を取り終えた先生は、毎朝、それとなく、サイコに話掛けるが、サイコが気配を消して、どこかにふらふらと出歩く様な日は、俺か、みのりんに、彼女の様子を聞くのだった。


「サイコは、自分が生きている事が間違いだとでも思っているんでしょうか?」


「うん。まあ、彼女が、そう思っているんだったら、何とかしてやりたいけど、モクレンソンジャか、木村君、ウランバナって解るかな?」


 俺は首を横に振った。


「夏のお盆の事なんだけどね」


「お盆ですか?」


 先生が頷いた。


「まあ、これは、中山先生の方が、専門だから、僕はあんまり上手くは、話せないけど」


 そう言うと、若林先生は、簡単に説明をしてくれた。ウランバナとは、サンスクリット語で、逆さまと言う意味なのだと言う。


 お盆という言葉は、この、ウランバナが、訛って、盂蘭盆うらぼんとなり、それがいつしか、お盆と言われる様になったのだという。


 阿弥陀如来の下で、修行をしていたモクレンソンジャはふと、思い立って、自分の死んだ母親の魂が、極楽浄土でどのように暮らしているのかを、神通力を使って確認する。すると、極楽浄土には母の魂はいなかった。もしやと思った彼は、今度は地獄の世界をのぞいてみる。すると、そこに母の魂はいた。なぜと言う疑問にさいなまれた彼は、その事を、師匠である阿弥陀如来に問いただす。すると、阿弥陀如来はこう答えた。


「お前の母親は、お前に愛情を注ぎすぎた。愛情も、すぎれば煩悩となるのだ。だから祈りなさい。お前を育てた母に、そして、地獄の亡者のために祈りなさい。今のお前がここにこうして生きているのは、そういった者たちの苦悩があるからだ」


 それから、モクレンソンジャは地獄に向って、祈りを捧げる毎日を送った。すると、彼の祈りは通じて、彼の母の魂は、無事、極楽浄土へと迎え入れられた。


「サイコは何が言いたかったんだろう?あいつなら、今、先生が説明してくれた様な結末を知っていそうな気がする。途中までしか知らないとは思えない」


 モクレンソンジャの母親は、結局は、地獄から救われている。少なくとも、無償の愛が空しい。そんな結論にはならない。


「木村君。もしも、モクレンソンジャが祈らなかったら、その母親は、ずっと、地獄にいなくてはならないよね。つまり、人を救うのも、蹴落とすのも、人の心なんじゃないかな?」


 俺の疑問に答えるように、若林先生がそう言った。


「君は、その、言いにくいけど、中学時代、いじめの加害者だったんだって?」


 攻めるでもなく、遠慮がちに若林先生は俺にそう聞いた。正直、この先生には知られたくなかった。


「・・・はい。俺は、加害者でした。でも、誰に聞いたんですか?」


「藤村さんが、僕に教えてくれたんだ」


 余計な事を言いやがってと思ったが、それでも、不思議と、サイコに対しての怒りは覚えなかった。


 彼女と係わると、どうしてか、大石弥生との経緯いきさつを蒸し返す結果になる。たぶん、サイコと出会っていなければ、教授や、みのりんに出会う事も無かったし、仮に出会ったとしても、2人には話さなかったと思う。


 初めて、風研部を訪れた時に、教授に、サイコについて色々と聞かれた際に、彼女に昔の事を、ほじくり返された事を話したのも、サイコの何かしらの意志が働いていたかのように思う。


「木村君、君は、その、いじめた相手に対して、今は、どう思ってるの?」


 若林先生は優しくそう言って、俺を見た。


「酷い事をしたと、思ってます。取返しのつかない事をしたと思ってます。あいつ、噂だと、高校にも行けてなくて、今も引きこもってるみたいだし」


 先生は真剣な目付きで、俺の話を聞いていた。


「僕も気になって、調べたんだけど、君の言う通り、高校には通ってないみたいだね。高校受験もしなかったみたいだし」


「調べたんですか、わざわざ」


 先生が頷く。


「藤村さんに頼まれてね。でも、それ以上は解らなかった」


 大石弥生は、噂では、中学卒業と同時に、三島の町を家族と共に出ている。それはどうやら本当らしい。


「サイコには関係のない事なのに、何で、あいつ、そんな事先生に頼んだんですか?」


「うん、それは解らないな。ただ、彼女は君の事を知りたいって言ってたよ。君を友人として、認めた以上知る権利があるんだって。君を救いたいんだって」


 サイコが俺を救う?


 にわかに信じられなかった。


「木村君、藤村さんが言っていたよ。君は、いじめの加害者になった事で、自分を責めている。それは当たり前の事なのだろうけれど、そのままでは、いけないって」


「サイコがそんな事を?」


 先生が頷いて続ける。


「君は、大石弥生さんが、今も不幸だと思っているのかい?」


 そうに決まっている。俺の与えた心の傷のせいで、あの娘は高校受験も投げ出した。たぶん学校という空間が嫌になってしまったのだろう。高校就学の断念は人生において、大きな痛手になりうる。


 俺はただ、頷いた。


「だとしたら、彼女は不幸だ」


「どういう事です?」


「だって、彼女は今、新しい環境でたぶん頑張ってるはずだろう。もしかしたら、1年遅れで、高校受験の勉強に勤しんでいるかもしれないし、ひょっとしたら、恋人だって出来ているかも知れない。そう思うのも、いいんじゃないかな」


「でも、それって都合良すぎるんじゃないですか?なんだか、自分のした事を棚に上げている気がする」


 俺がそう言うと、先生は、「君は十分反省しているじゃないか」と言ってこう続けた。


「誰かの幸せを願う事は、優しさだと思わないかい?何も出来なくても、ただ、その人の幸せを願う事は、最高の祈りだと僕は思うな」


「祈り?でも、実際違ったら?いくら俺が、弥生の、あの娘の幸せを祈っても、無駄じゃないですか?」


「違うな」


 若林先生はそう言って、首を横に振った。


「いいかい。君が、彼女の幸せを願っていたが、当の本人は、実際は不幸だったとする。それを君が知ったら、何とかしたいと思うよね」


 俺は言葉を失った。


 まさにその通りだ。もしも、あの娘が不幸であったなら、俺は一生分の償いと、来世の分の奉仕をするだろう。


「小林君の事、気にしてくれてるんだって?」


 若林先生が不意に、話題を変えたように思えた。


「え、まあ」


「ありがとうね。すごく助かるよ。軽蔑されるかも知れないけど、正直、彼の様に、クラスで浮きやすい体質の子の事は、それなりに把握してるんだけど、中々手が回らないのが現状なんだ」


 俺は、首を横に振った。


 この先生が、誰かを突き放すような人ではないと言うのが解ったからだ。突き放すような人が、自分の力及ばずの話はしない。突き放すような人間はむしろ、人のせいにして、逃げるからだ。


「君のように、仲間を気に掛けてくれる人がいると、僕たち教師もサポートしやすいんだ」


「いや、俺は、小林卓也の事は、何とかしたいとは、本気で思ってます。けれど、どちらかと言えば、罪滅ぼしですかね?」


「罪滅ぼし?」


「大石弥生の様なやつに手を差し伸べる事で、あの時の過ちを清算出来るかなって。見方を変えると、自己満足なのかもしれません」


「木村君、それでもいいんじゃないかな」


 先生はそういうと、「君は優しさを、手に入れたんだ」と言って、俺の頭を撫で始めた。


「君は、人を傷つけた。そして、その反動で、自分も傷ついた。その痛みから、人の痛みを知って、優しさを手に入れた。だから、君は今、君がすべきことをすればいい」


 先生が笑顔でそう言い終えると同時に、1時限目開始のチャイムが鳴った。


「おっと、もうこんな時間か。木村君、ありがとうね。また、藤村さんの事、色々聞くけど、その時は頼むね」


「いえ、こっちこそ、ありがとうごさいました。色々言ってもらって、気持ちが楽になりました」


 若林先生は頷くと、慌てて、教室から出て行く。それと入れ替えに、数学の田中が入って来た。


 堀の深い顔に鼻の下の髭面は、昔の洋楽のバンドボーカルを思い出させた。


「フレディー」


 トイレから戻って、田中と同じタイミングで、教室に入って来たみのりんが、そう叫ぶ。


 クスクスとクラス中にささやかな笑いが起こった。


「何がおかしい」


 田中フレディーがそう言って、クラスをにらみつけた。


 人の容姿をとやかく言って面白がるのはよくないとの講義を田中フレディーは数学の授業をほっぽり出して小一時間喋った。まあ、確かにその通りの話を聞き流し、授業が終わると同時に、俺はサイコに声を掛けた。


「サイコ、ありがとうな。色々、俺の事気にしてくれてるみたいで」


 サイコは無視する様に、無言で文庫本を読んでいる。本の表紙を見ると、アルファベットの表記で、題名が書いてあった。(少女のスカートから伸びる華奢な足の写真が印象的なカバーだった)どうやら、海外文学みたいだった。


 みのりんが、サイコの横から、本を覗き込んでは、「うーん」と唸っている。


「ロリータ」


 サイコが放り投げる様に、そう言葉を放つ。


「ロリータ?」


「ウラジーミル・ナボコフ作」


「本の題名。サーちゃん中学の時からずっと繰り返し読んでるんだって。ウチもこの間借りて読んだけど、難しくって、途中で挫折しちゃった」


 みのりんがサイコの代わりにそう答える。


「ロリータって、ロリコンの?」


 サイコが本を閉じて、俺とみのりんの方を見た。


「そう、ロリータコンプレクスという言葉は、この本から来ている。主人公のハンバート・ハンバートが、ロドレス・ヘイズ、通称ロ・リータという12歳の少女に性愛の感情を持つことから、彼の様に、未成年の女性に性愛を抱くことを、ロリコンと、現在では言っているが」


「えっ、でも、ウチは、この話、そんな感じは受けなかったよ。内容が難しくて、途中で挫折したけど、ハンバートの初恋の話だと思ったよ」


「初恋?」


  俺が、そう聞くと、みのりんは簡単に、こう説明した。


「うん、初恋の女の子が死んじゃって、大人になってから、その女の子によく似たロドレスって子を好きになる。そんな話だったと思う」


「あってるよ、それで。みのりん、ちゃんと読んでるじゃん」

 

  サイコが平坦な声でそう言うと、みのりんは、「いやーそれほどでも」と言って頭をかきながら照れていた。


  サイコが平坦な声で説明を始めた。


「ハンバートが中年で、ロドレスが少女だった事と、そして、ハンバートのロドレスへの思いが、失った初恋の代用だった事などから、ハンバートの精神異常の部分ばかりクローズアッれているが、本質は、みのりんの言った様に、初恋の話なんだ」


「結末は、どうなるんだ?」

 

  物語の内容に興味を持った俺は、サイコにそう聞いていた。


  サイコが説明をする。


「この物語は、ハンバートの獄中での回想録という形を取っている。ハンバートは、未亡人のロドレスの母親と出会い、そこで、ロドレスとも出会う。ロドレスは、ハンバートがかつて、思いを寄せていた少女、ナアベルに瓜二つだった。そこで、ハンバートの中で、ロドレスを自分のモノにしたいという思いをが芽生え、彼の精神が、少しずつ歪んでいく。ハンバートはロドレスの母親に取り入って、母親と結婚。晴れて、ロドレスと親子の関係になる。その後、何の因果か、ロドレスの母親は、不慮の事故で死んでしまう。2人っきりになったハンバートとロドレスは、アメリカ中を旅に出る。ハンバートは、ロドレスとの旅の中で、失われた恋を取り戻すかの様にロドレスにアナベルを求めるが、少しずつ成長するロドレスにアナベルの面影を見出せなくなって行く。そんなある日、ロドレスは、彼女と同じ年の少年と駆け落ちをして、ハンバートの前から姿を消しとしまう。ハンバートは必死で、2人を探し、数年後やっとの思いで見つけ出すと、ロドレスを連れ去った男を殺して、警察に捕まる。その時に、ハンバートは、ロドレスとも再会するが、そこにいたのは、すっかり大人の女性になったロドレスで、ハンバートの求めていたアナベルの面影は何処にも無かった。その途端に、ハンバートのロドレスへの思いは消滅し、数年後、彼は獄中で病死。ロドレスも彼が殺したパートナーの子供を妊娠していたが、出産の際に、命をおとす。そこで、物語は終わる。そんな話だ」


  淡々としたサイコの説明で、物語の内容が、大まか理解出来た。ふと、みのりんを見ると、彼女は泣いていた。


「なんだかかわいそう」


「ああ、かわいそうだ」


 俺はみのりんに同調する。


 かわいそうだ。


 そう思った。


「誰が、かわいそう?」


 サイコが、平坦な感情を映した瞳で、俺を見てそう言った。


 サイコの言葉で、ふと、気が付く。具体的に誰がかわいそうなのか?物語全体が暗くて、誰一人、救われた人間がいない。それはよく解るのだが。


 サイコの質問に、答えられずに固まっている俺よりも先に、みのりんが答えた。


「ハンバートが、なんだか、かわいそう」


「ハンバートが?俺は、ロドレスの方がかわいそうだと思ったけどな。変な男に連れまわされて、人生を狂わされたんだから」


 みのりんの答えに、俺は、自然とそう反論していた。彼女が、1つの答えを出した事によって、モヤモヤとしていた物語の感想にある程度の形が付いた。


 サイコの眼が光る。


 みのりんが俺の反論に答える。


「キムは、ちゃんと読んでないから解らないかもだけど。確かにロドレスもかわいそうだよ。だけど、ハンバートはさ、ずっと初恋の人を忘れられなかった訳で、ただ、本当は純粋に、その人を思い続けていただけなんだと、ウチは思ったよ。でも、その思いが上手く実らなくて。不器用だったんだよ、たぶんハンバートって」


 確かに、そう言う解釈もある。ハンバートは決して叶わぬ恋を追い求めたがために、破滅したのだから、哀れ極まりない。


「愛情とは、ある意味欲望に1つに過ぎない。だから、それに思いが固執しまえば、相手や自分自身を不幸にしてしまう。ましてや、一方通行な思いだったならば、なおさらだ。それは、相手に対する欲求でしかない」


 サイコが、相変わらずの淡々とした声でそう、自分の解釈を述べた。


「サイコ、どうしたら、ハンバートも、ロドレスも、不幸にならずにすんだと思う?やっぱり、出会わなければよかったのか?」


 不幸な物語。その世界で生きる主人公達にもしも、幸福な結末を作ってやれるとしたら。そう思った俺は、サイコにそう、意見を求めていた。


 サイコの切れ長の眼がニヤリとさらに細くなり、口元が吊り上がる。


 不敵な笑みである。


 不敵な笑みで、サイコが答えた。


「ハンバートの思いを受け止めるには、ロドレスは幼すぎた。彼女がもう少し大人であったならば、ハンバートを救えたのかも知れない」


「彼女が大人だったなら、2人は結ばれていたのかも知れないのか?」


「それは解らない。始めは彼女もハンバートを慕っていたから、彼が、自分の向こうに別の誰かを求めているのに気が付いていたはずだ。彼の思いに対して、ハンバートの求めるアナベルに近付くのか、それとも、アナベルではない、ロドレスという自分を見てもらえる様に努力をしたのかは解らない。ただ、この物語では、彼女は幼く、彼の思いを受け止めるだけの器を持ち合わせていなかった。それに、幼い分、成長もする。成長すれば、興味もコロコロと変わっていく」


「ハンバートの手の中の世界よりも、もっと広い世界を見たいと思った。だから、彼女は彼の元から逃げ出した。そう言いたいのか?」


「その通りだ」


 サイコは不敵な笑みのままそう言うとさらに続けて、「あとは、ハンバートが、過去との決別を果たして、常に前を向いている男で会ってなら、こんな悲劇にはならなかった」と言った。


「そんなの無理だよ」


 みのりんが突然むきになってそう言った。


 俺とサイコは、思わず同時に彼女の方を見た。


「だって、好きな人が死んじゃったんだよ。もう、二度と会えないんだよ」


 サイコの顔から、不敵な笑みが引いた。


「みのりんは、なんで、そんなにハンバートにこだわるの?」


 サイコが優しい口調で、みのりんにそう聞いた。サイコはみのりんには、時々優しい口調になる。


「わかんない。だけど、大好きな人がいなくなる事を考えると、とても怖いから」


 好きな人がいなくなるのが怖い。当たり前の事だけど、とても重要な事をみのりんは口にした。


 みのりんの、当たり前だけどとても重要な意見に、サイコは静かにうなずくと、「タダシはどう思う?」と今度は俺に意見を振って来た。


「タダシ、君は、ハンバートの気持ちが解るかい?」


「ハンバートの気持ちか。俺もみのりんと同意見かな?」


「そうか」


 サイコは、そう言って、無機質な眼で俺を見つめると、「君は、ハンバートに似ていると私はそう思っていた」と言った。


「どう言う意味だ」


 俺がそう聞くと、サイコは「別に深い意味は無いさ」と言って、それ以上は何も言わなかった。

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