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psycho〜親愛なる君へ〜  作者: 山居中次
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月光浴

 夢を見た。


 みんなが私を見ている。


 みんなが私を指さして笑っている。信頼していた先生も、仲良しだったあの娘も、私の事を笑っている。

 

 みんな同じ顔だ。


 みんな同じ声だ。


 区別がつかない。


「ワハハハハハ」


 みんなのそんな笑い声が冷たく私に吹き付ける。寒い。とてつもなく寒い。心が凍えそうになって、私は悲鳴に近い声で叫んだ。


「みんな嫌いだ。みんな消えちゃえ!」


 その瞬間、突然、同じ顔、同じ声が消えて、すべてが暗闇に包まれた。


 真っ暗だ。真っ暗で、とても静かだ。


 何もない暗闇で、私は穏やかに佇んでいた。誰もいない。私以外誰もいないその場所で、私は、そこにいた。いや、本当にそこにいるのか?何もない誰もいないこの場所に、私は本当に存在するのだろうか?


「どう思う?あなたはどう思う?」


 私に疑問に感化する様に、声が聞こえた。


 どこから聞こえるのか解らないその声の主を探すと、闇の中から、1人の少女が現れた。その少女は、薄ら笑いを浮かべながら、私にこう言った。


「もしも、この世界に自分しか存在しなかったとしたら、その存在をどうやって証明できる?」


「私の存在?」


「そう、あなたの存在」 


 解らない。何も無い所で、1人でいたら、私は私であると言う証明を誰かにゆだねる事は出来ない。


「消えるのはお前だ」


 少女が突然、私を指さしてそう言うと、私の体も、あの、同じ声、同じ顔と同様に、闇に溶け始めた。

 

「嫌だ、消えたくない。死にたくない」


 闇が私を食べていく。体が闇に消えるのと同時に、心も闇に食べられる。そんな感じがした。私が私でない無になって行く。そんな感じがした。

  

 ただ怖い。

 

 怖い。怖い。怖い。


 そこで目が覚めた。

 

 ああ、あれは、あの娘の記憶だ。あの、私と同じ日に、自ら、命を絶とうとして、同じように、今もどこかで生きている。みおに似た、あの娘の記憶だ。はっきりとではないが、私には解る。


 ふと、私ではない誰かとつながっている様な奇妙な感覚に時々襲われる事がある。


 今夜もそうだ。


 私は電気も点けずに、毛布から這い出すと、そのまま、ベッドの上であぐらをかいて窓を開けた。やわらかい夜風と、やわらかい月明かりが、そっと部屋に入ってくる。私は、しばし、月光浴に浸った。


 月明かりの中で、私は目を閉じて、感覚を研ぎ澄ます。私の中。いや、今、私とつながっている誰かの存在に語り掛ける。


 何も聞こえない。


 月明かりと、やわらかい夜風だけが、私の肌をそっと撫でていく。


 何も聞こえない。


 だけど、感じる。


 私は、ただ、黙って、月明かりと夜風を体中に吸い込んだ。彼女もきっと、このやわらかな夜風と、月明かりの中にいる。


 満月。


 満月は、私に向って、彼女に向って、この夜に沈んだ世界に向かって、サラサラと光を解き放っている。


 心地よい静寂。


 夜に沈んだ世界の中で、私の存在が月明かりによって溶かされていく。そんな気がした。夢の続き?けれども、その夢と違って、今は心地よい。溶ければ溶けるほど、溶けていくごとに、私は私を開放していく。誰かに作られたのでもない。自分で着飾ったものでもない。ただ、ここにいる私になって行く。無になることで、私は私であり続ける。


「怖かった。今、みんなが消えればいい。そんな風に思ったら、私自身が消える。そんな夢見てた」


 真っ白な病室。


 柔らかな日差しの中で、私がそっと、その額に手を当てると、少女はそっと目を覚ましてそう言った。


「私もそう思った。私も、みんな消えてしまえと思った」


 少女に答える様に、私もそう言った。


「あなたは天使?」


 少女は私を見ながら、穏やかにそう聞いた。


「いや、たぶん悪魔。私はあなたと違って、みんなが消えれば、自分が生まれ変われると思った。今の私が消えて無くなる事に恐怖は覚えない」


 彼女がじっと、私を見つめる。


「今まで、私の中にいた人だ。さっき夢で会った人だ」


 閃く様に、彼女は、私に向ってそう言った。


「ヒトを、無性に、傷付けたいと思った事ある?」


 私がそう聞くと、彼女は小さく頷いた。


「あなたはあるんでしょ?だって、私の中にいた人だから」


 どうやら、彼女はまだ、夢とうつつの境目いる様で、私の事も幻想か何かに見えている様だった。私は、そんな彼女の夢と現の狭間に佇んだ。彼女に見えている”この今”は、私の中に流れる”この今”と共鳴しているからである。


「聞かせてもらおうか?あなたの事」


 私がそう言うと、彼女が一度目を閉じた。私は相変わらず、彼女の額に手を添えている。彼女がそっと語り始めた。


 子供の頃から、感じていた事。


 心の内に秘めた、動物的ともいえる衝動。


 幼い頃は、それをいくらでも開放できるが、大人になるにつれて、それが出来なくなって行く、彼女もまた、私と同じように、子供の止め方が解らずに迷い道に入ってしまっている様だった。


「熱い何かが、私の中にあるんだ。それが破裂して、漏れ出すと、自分で歯止めが利かなくなるんだ。それを押さえ込もうとすると、人と係わるのが怖くなって、解る?そう言うの?」


「解るよ。ヒトと係わっている内に、何かのきっかけで、心のガタが外れるのが怖いんでしょ」


 少女は頷いた。


「私、いじめにあってたんだ」


「いじめた奴を恨んだ?」


「うん、でも、それよりも、自分の中の熱いものが破裂して、どうにもならなくなる方が怖かった。そう思ったら、無性に死にたくなった」


「ブチギレルのが怖くて、それを阻止したかったんだ」


「その方がよっぽど怖いから」


 少女は穏やかにそう言った。


 この娘は本当に私に似ている。そう思った。


「ねえ、私は生きていていいのかな?」


 今、私が思っている事と、同じ疑問をこの少女が口にした。


「私も生きていていいのかよく解らない。私は、怪物だから、生きていてはいけない。だけど、私は死ぬのが怖かった。だから、生きる。すると、それでもいいと、ある人は私にそう言った」


 私はついさっき、生きている事を許された。だから、この少女も許されるべきだと思った。


 少女は私の言葉を聞いて、少し考える様な表情を作ると、じっと私の目を見てこう言った。


「あなたが、生きるなら、私も生きてみる。今、決めた。なんだか、出来る気がする。色々話したら、楽になれたし。いいよね」


 少女がそっと笑顔になった。


「親愛なる君に幸あれ」


 私はそう呟く様に彼女に言葉を贈ると、彼女の額に添えた手をそっと放した。


「あなたもね。天使さん」


 彼女はそう言い残して、再び眠りに落ちて行った。


 朝の気配に揺り動かされて、私は、再び目を覚ました。夜の静寂に酔いしれているうちに、いつの間にか窓に突っ伏して眠っていた。


 髪が朝露に湿っている。少し、身体が冷えている気もしたが、どうやら、風邪は引いていない様だ。


 あの時の夢。みおに似たあの少女と出会った時の事を夢に見ていた。


 私はベッドの上で、仰向けになると、ボンヤリと天井を意味もなく眺めた。


「彩ちゃん朝よー。起きてー」


 下から、母の声がする。


「朝」


 確認する様に、私はそう呟いた。

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