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psycho〜親愛なる君へ〜  作者: 山居中次
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ペルソナ

3人での帰り道、学校の隣のコンビニに寄ると、みのりんは、サイコの要望通り、ゼリーを彼女におごった。


「サーちゃんごめんね。フルーツゼリー無かったから、みかんゼリーで我慢して」


そう言うと、袋から、みかんゼリーを取り出して、「はい」と差し出した。


笑うでもなく、ガッカリするでもなく、平坦な態度で、サイコはそれを受け取ると、「みかんもフルーツの部類」と呟いた。


「やっぱり、頭を使った後は甘いものがいいよね」


誰に聞かせるでもなく、そんな独り言を呟いて、みのりんは、その場でプリンの封を開けて、嬉しそうに食べると、「美味し〜」とこれまた嬉しそうに、叫んだ。


「サーちゃんのゼリーも美味しそう。ちょとちょうだい」


そう言って、彼女は、サイコのゼリーを一口スプーンで奪うと、「サーちゃんもプリン食べるら、はい」と言って、今度は自分のプリンをスプーンですくうと、サイコの口に押し込んだ。


「美味しい?」


サイコは、黙って頷いた。


俺は、そんな2人の横で、黙って、アンパンをかじっていた。


みのりんと一緒にいる時のサイコは、はたから見れば、普通の女の子だと思った。


「最近、現実こっちの世界も悪くないと思うんだ。高山実たかやまみのる。彼女が無理やり、私を呼び戻すのもあるけど、あの娘といると、力が抜けるんだ。感覚時間の中に深く入り込みすぎると、抜けられなくなりそうになるんだ。それで、死んで行くのが運命なら、それでも構わないと今まで思っていたが、それと同時に、誰かの助けを私は求めていた気がする」


いつか、サイコはそんな風に言っていた。


さっき、教授に言われた事を俺は思い出していた。


「この前、高山さんにも言った事なんだけど、僕の直感で言うと、藤村さんは完璧すぎるんだ、彼女は、平然と色々な自分を大人たちの前で演じている。空気を読んでいると考えれば、藤村彩子はサイコパスなんかではないのかも知れない。サイコパスは独創的な面を持っているからね。けれども、平然と嘘を付くと言う特性を考えれば、彼女は、やはり、サイコパスなのかも」


確かに、サイコは、場面によって態度が変わる。若林先生の前では、優等生。みのりんの前では、仲のいい友達、俺の前では、精神異常者(今で言うメンヘラ)教授の前では、優等生を少し崩した毒舌家。そんな所だ。


「それは、俺も、何と無く解ります。それで、何を言いたいんです?」


「君の前では、藤村彩子はどんな女の子?」


教授がそう言って、鋭い瞳で、俺の事を見つめた。


「不気味。ですかね?」


「不気味?」


初めて会った時から、彼女は脳内殺人の話しやら、人間なんて下らないと言った。ダークな話しを俺の前で、ニヤニヤと薄気味悪く語りながら、喜んでいた。だから、俺の見たサイコ、藤村彩子は不気味な女と言う印象が強い。


俺の放った不気味と言う言葉から、教授は、何かの答えを出そうと、腕を組みながら考えるポーズを取った。


「それは、僕も、少なからず感じる。さっきのオシラ様の解釈も、人間の心の闇を意識しないと、中々思いつかない話しだしね。けれども、君が、藤村彩子を不気味と思うった事は、彼女は君の前ではでは、それを演じていると言うかとなのかな」


「演技って事ですか?」


「そうじゃない。どの、藤村彩子も彼女の人間、キャラクターなんだよ」

話の筋が少し解りにくくなる。

そんな俺を見て、教授は「演じるって言いかたが悪かったかな。ちょっと難しい話しになるけど、いいかな」と言って、説明を始めた。


「人間は、特に大人は、社会という社会と言う枠の中で生きるために、自分を使い分ける事があるんだ。それは解るかな」


 俺は小さく頷いて、「何と無く」と答えた。


「君たちもいつか、社会に出れば解ると思うけれど、色んな人、世界と出会う度にそれに適応しようとして、無意識に人は自我の仮面を作ってしまうんだ。それをペルソナなんて言うんだけれど、そのペルソナも完璧に作れる人間はほとんどいないんだ。必ず、何処かにムラがある。中には全く作れない人間もいる。け・れ・ど・も」


「サイコは、そのペルソナが完璧すぎる。そう言うことですか?」


 教授がそう言うよりも先に、俺がそう答えると、教授は、「そう、その通り」と目を丸くして「やっぱり君も中々頭がいい」と言った。


「ペルソナが完璧だと、よくないんですか?上手く自分を使い分けられるって事は、上手く社会に適応出来てる言えませんか?」


「そう言う見方も確かにある。いくつもの顔を持っていれば、人間関係は楽にこなせる。でも、いいかい。もしも、その仮面を全く付けなくていい瞬間が何処にも無かったとしたら、人間の精神は常に緊張していると思わないかい?」


 確かにそうだ。集団と個性のバランスを上手く保てず、藤村彩子は壊れ、サイコになった。サイコになった今でも、彼女は不器用にそれを続けているのだ。


「サイコ、藤村彩子は、本当は怖がっているのか?サイコとしての自分を誰かに見られるのを」


「多分、そうだと思う。藤村さんは、君に自分がサイコパスだと言ったんだろう、そして、高山さんとも仲良くやっているようだし、高山さんが彼女に向って言う”サーちゃん”というあだ名も、君が藤村さんを呼ぶ時に使う”サイコ”から派生してるんだよね。それを藤村さんは嫌がる様子もなく受け入れている。だから、君たち2人の前では、素顔を見せているんじゃないかって僕は思ったんだ。だから、今日君に、藤村さんの印象を聞いたんだ。君たちの担任の若林君も、そこを凄く気にしているし。彼女をこの学校に呼んだのも彼だしね。そう思うと、不思議な縁を感じる」


 ペルソナが完璧なほど、自分の本当の姿を見せる余裕が無くなる。完璧と言う不器用が、今のサイコの姿なのだ。もしかしたら、サイコと言うのも、藤村彩子の仮面の1つに過ぎないのかも知れない。


「教授、みのりんは、なんて言ったんです?みのりんにも同じ話しをしたんでしょ」


「関係ないって言ってたよ。どんなサーちゃんでも、友達だから関係ないって」


 教授の話を聞いても、みのりんは、「難しい事は解んない。だから、考えない。ウチがサーちゃんを好きなら問題ない」と言ってニコニコと笑っていたと言う。


 実に、みのりんらしい答えだと思った。


 誰がなんであるか考える必要は、本当はない。僕が味方であるかぎり、君がそばにいてくれる。そう疑わずに信じることがみのりんには本能的に出来ている。


 もっと、人として、単純になればいい。人を信じる素直さは、いつまでも子供のままでいい。


「教授、俺もみのりんの様になれますか?」


 俺がそう言うと、教授は、「なりたいと思う事が大切だ。そう、思うからこそ、人間は行動を起こせる」と言って俺の肩を抱いた。


「キム、そう言えばさっき、教授に呼ばれてたけど、何だって?」


 プリンを食べ終えて、満足そうに、ゲップを一つかましたみのりん(口にちょっと食べかすが付いている)が、俺にそう聞いた。


「友達みんな仲良くだってさ」


 俺が、簡単にそう言うと、みのりんは屈託のない笑顔で、ニィっと笑った。


 沼津駅で、みのりんと別れた後は、サイコと2人っきりになる。その間、いつもは、だいたい、俺からは、これと言って話す事は無い。たまに、サイコの方から、陰気な話を持ち出して、俺の反応を見て喜んでいる事はあるのだが、それのない時は、本当に俺たちは、一言も喋らずに、三島駅南口ロータリーに出たところで、「じゃあ、また」と一言いって別れるそんな流れだった。


「サイコ」


 そんな流れを崩す様に、駅のロータリーに出たところで、俺が彼女の名を呼んで、声を掛けると、サイコは、「珍しい事もあるもんだ」と言って、振り返り俺を見た。


「何?」


「藤村彩子。君にとって、サイコである意味は何なんだ?なんで、君は、自分を、怪物だと言い切る?」


 俺がそう切り出すと、サイコは無表情のまま、「それを聞いて、どうする」と俺の事をじっと見つめて言った。


「いや、だだの興味さ」


「ヒトの無理解」


「無理解?」


「私を他者が理解できない部分。それに自分で付けた記号」


 人は、理解される事で、人であることが出来る。やっぱり、サイコは、藤村彩子は怯えている。


「人間は、異質なモノを嫌う。だから、人間は、異質なモノにならない様に、普通と言う概念に染まろうとする」


 サイコの言葉に、俺は黙って頷いた。


「だが、私は、異質すぎた。だから何色にも染まれなかった。覚えれいるかい?あの、覚めない夢の住人だった男や、透明な存在としての少年を、彼らは、異質とさげすまされている。彼らが犯した罪のためもあるのかも知れないが、ひょっとしたら、彼らの持って生まれた異質性が彼らにそうさせたのかも知れない。そんな彼らを私は感じる事が出来る。彼らの中に私を見ることが出来る」


そう言って、サイコは、ニヤリと笑った。


「人殺しの気持ちが解るから、君は怪物なのか?」


「お前はどう思う。こんな私をどう思う」


 不敵な笑みから、真直ぐな視線に切り替えて、サイコが俺にそう聞いた。


「俺は、お前の事人間だと思う」


「なんで?」


「俺がサイコを理解してるから」


「嘘だね。お前に私は理解できない」


「バレたか。だけど、理解したい」


 サイコの感性は独特だ。理解に苦しむ。だけど、向き合わなければ、彼女は本当に怪物になってしまう。俺たちの手の届かない遠い世界に行ってしまう。そんな気がした。


「サイコ、お前はヤバいやつの気持ちが解ると言った。なら、それを、俺たちに教えてくれないか?よく解んないけど、それが、君の役目の様な気がするし、俺たちには、サイコが必要なんだと思う」


 サイコが、空を見上げ、そして目を閉じた。


「それが私のさだめか」


 サイコ、藤村彩子がそう小さく呟いた時、風が優しく吹き抜けた。

 

 その翌年、切れる17歳という言葉が流行語になった。

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