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psycho〜親愛なる君へ〜  作者: 山居中次
11/41

リング

気が付くと、サイコが弥生の座っていた俺の席で、頬杖をついて、俺の事を見ていた。


「今、何を見た?私の向こうに、木村正、お前は何を見た?」


サイコが、淡々とした口調でそう言う。


「サイコ、お前、いつからそこにいた?」


「ずっといたさ。お前が突然、私に向かって何やら独り言を言い始めたのだ」


サイコはそう主張すると、不敵な笑みを浮かべて、「まあ、君が何を見たかは、私には関係のない事だ」とつぶやいた。


「サイコ、お前、俺に何かしたのか?」


何となく、そんな気がした。サイコといると、その世界に引き込まれる。


「なんの事だ?私はお前に何もしない。お前が勝手に弥生の幻影を見ただけだろう?」


彼女はそう言うと、ニヤリとして、「心配するな、大石弥生は生きている。タダシが見たのは彼女の幽霊とかじゃないよ」と言った。


この娘は人の心を見る事ができるとでも言うのだろうか?


弥生とのいきさつは、サイコと初めて会った時に触り程度に話していたが、詳しい詳細は、彼女には話していない。だから、サイコが大石弥生のフルネームを知るはずがない。


「何で、お前が大石弥生の事を知っているんだ?」


俺がそう聞くと、彼女は、薄ら笑いを浮かべて、「さあ、なんでだろうね」と一言だけ言うと、それ以上は何も言わなかった。


放課後風研部で、俺は早速コバからもらったネタを披露した。


「スイフトのガリバーか。確かに似ているね」


俺の持って来たネタに教授はそう言って興味を示すと、それをノートに書き留めた。風研部では、1つの議題とに対して一人ひとりが持ち寄った解釈ネタを、教授がノートに書き留めて、後に一年間の活動記録として、冊子にまとめて部員に配る予定なのだと言う。


「ガリバーは、旅に出る事で、非日常な世界を体験した。そして、帰国すると、その経験を人々に語りまわるが、誰1人として、彼の話を信じる事はなかった。最後には詐欺罪で裁判に掛けられて、精神に異常をきたしてしまうんだ」


教授はそう、補足をした。


「人間のおろかさ。非日常を否定する大衆の偏見が、1人の男を追い詰めた」


教授の補足にサイコがさらに、そう付け加えた。


「今、藤村さんが言った様に、そう言った解釈もガリバー旅行記にはあるんだ。何事にも、足並みを揃える社会と言う枠にとらわれた人間と言う生き物が、家畜以下に見えた為に、ガリバーは、人間不信になったってね」


そう言って教授が、サイコの補足もノートに書き留めた。


「高山さんは、何かある?」


教授がみのりんにも意見を求めた。


「いやーウチは、ガリバーが巨人だと思ってたから」


みのりんも、俺と同じ思い込みをしていた。そして、教授に、「多分絵本の挿絵を見て勘違いしたんだね」と、俺がコバに言われたのと同じ指摘を受けた。


「でも、それも素直な意見だよね。1つの物語でも、様々な見方で、違った解釈、違った物語になるんだ。それはそれで、面白いんだよ」


教授はそう言って、みのりんの勘違い(俺のでもある)もノートに書き留めた。教授は間違いを指摘はするが、決して否定はしない。むしろ、それを独創的な解釈として、まとめてくれる。


みのりんは、「それは載せないでほしいな」と言って、恥ずかしそうに、頭を掻いている。


「中山先生。話が脱線しています」


サイコがそう言って、教授に話題をオシラ様に戻す様にうながした。


「サイコ、やる気あるじゃん」


俺がそう言うと、彼女は眼で頷いた。


「そうだね。確かに脱線し掛かっている。でもね、藤村さん。1つの物語を検証する上で、他の物語との共通点や、相違点を見つけて、関係性を考えるのも面白いとは思わないかな?」


教授はそう言って、サイコに意見を求めた。するとサイコは、小さく「確かに」と呟いてから「私の結論とも共通するかも知れない」と言った。


「じゃあ、君のオシラ様に対する結論と言うか、解釈を聞こうか」


教授はそう言って、期待のこもった眼でサイコを見た。彼にとっての今日の本命は、サイコの出した答えである。その思いは、俺とみのりんにも伝染していて、3人は同じ眼で、サイコの事を見ていた。


こいつ、いったいどんな事を言うのだろう。


多分、とんでも無い事をサイコは言うだろう。


「オシラ様は、馬ではなく人間だったのではないか?と、私は思いました」


期待通り、サイコはとんでもない事を言い出した。


「馬ではなく人間?」


教授が興奮した眼で、そうサイコに聞き返しながら、ノートにそれを書き取った。


「どう言う事?サーちゃん」


みのりんも驚いた表情で、そう言った。


サイコは鼻で笑うと、頬を引きつらせて、「人間はどの時代、どの場所にいても、差別と偏見を捨てられない、おろかな生き物だ」と前置きを言ってから、オシラ様の謎解きを始めた。


「士、農、工、商、エタ、ヒニン。明治以前の日本には、そう言った身分制度がありました。特に、エタやヒニンと呼ばれたヒトたちは、家畜同然の扱いを受けていて、ヒトとしてみなされなかったと言います。多分、オシラ様は、本当は、そんな人間で、名家の娘はそんなエタ、もしくはヒニンである彼に恋をした。それを知った名家の主人は世間体を気にして、娘と彼を引き離そうとするが、それも上手く行かなかった。そして、身勝手にも、エタ、ヒニンの彼を始末したとたん、今度は、娘が後追い自殺をしてしまった。だから、名家の主人は、娘の死を悔やんで、ほこらを建てた。それが、この物語の真相だと、私は思います」


「酷い、何だか、かわいそう」


みのりんが、泣きそうな顔になる。彼女は本当に素直な娘だと思う。


「エタやヒニン。よく、思いついたね」


そう言って、教授は嬉しそうな顔で、サイコの解釈をノートに書き取り続けながら、更に疑問を彼女に投げ掛けた。


「じゃあ、何で、名家の主人は、オシラ様の祠を建てたのだと思う?娘の魂を供養するのであれば、娘の分の祠だけで十分のはずだ。むしろ、娘を異界へ連れ去った魔物として、忌み嫌うと思うけど」


「人間だから。どんなにエタやヒニンとさげすんでいても、殺した相手が人間である以上、罪悪感は拭えない」


サイコの返答に、教授は腕を組んで、「うーん」と唸りながら、考えるポーズを取った。


「じゃあ、オシラ様が、本当に馬や、家畜だったならば、その罪悪感は生まれないのかな?」


「私はその時代の人間では無いので解りませんが、当時は、家畜を物であるという考えを持ったヒトが大半だったのではと思います」


教授の返しの質問に、サイコはサラサラとまるではじめから答えを用意していたかの様に、答えて行く。彼女の頭の回転が速いのがよく解る。


「嫌だ。ウチは嫌だ。生き物を物と同じなんて言うのは嫌だ」


みのりんが横槍よこやりを入れる。そんなみのりんをサイコが無機質な眼で見つめる。


「みのりん。あなたは本当に素直だ」


サイコが、低い声で、そう言った。


「サーちゃんがなんて言おうとも、ウチは嫌だから」


「でもさ、みのりん。俺たちも、当たり前の様に、肉や魚を食べてる。俺たちは間接的に生き物を自分達の都合で、殺してる事にならないか?」


本気で意見を言うみのりんに、水をさすように、俺がそう言うと、「だから、いただきます。をするんでしょ」と彼女が言った。


それを待っていたかの様に、サイコがニヤリとして言った。


「そうさ。この世界で、人間が食物連鎖の頂点である事は変わり無いけれど、それと同時に、人間も動物の1つに過ぎない。だから、そこに、この世界の住人であると言う平等性が生まれ、私達はその平等性に逆らえない」


サイコの言葉に、みのりんが「何か、やっぱり、サーちゃん、凄いや」と言って、口をポカンと開けて、ほうけた顔になった。


サイコが続ける。


「その平等性は人間同士でも、いや、人間同士だからこそ、強くなる。例え、身分や、個性の違いの強い社会の枠の中にいても、その平等性は、私達の無意識の中で息を潜めている」


サイコがそこまで、語ったところで、教授がノートに走るペンを止めて言った。


「矛盾してない?」


「矛盾?」


「だってそうじゃないか。君は、始め、人間はどの時代、どの場所にいても、差別と偏見を捨てられない愚かな生き物だ。と言った。けれども、今は、平等性の話をしている。僕らの中に平等性に逆らえない心があるのならば、差別も偏見も起こらないはずじゃないかな?」


確かに教授の言うとおりだった。全てを平等だと思う心があれば、差別も偏見も生まれない。戦争も、紛争も、犯罪も起こらないかも知れない。世界は平和であり続ける。


「平等を突き詰めるからこそ、不平等が生まれるんですよ」


俺たちがその矛盾に翻弄されてるのをあざ笑う様に、サイコは不敵な笑みを浮かべてそう言った。


「社会、国家。人間として集団で生きるためには、その枠にしたがったルールがいります。そのルールは、大衆の平均的な思想の元に構築されます。つまり、多数派の意見が法を決め、それを平等だと、社会は認めますが、それについて行けない少数派には、それは錯覚にしか見えません」


「つまり、普通と言う概念が、所詮多数派の共有概念に過ぎなくて、見方を変えれば、それが異常がも知れない。そう言いたいのかい?」


教授が答え合わせをする様に、サイコにそう聞いた。


「そう言う事になりますね」


彼女は素直に認めてそう言った。


「ねえ、それって、いつも教授が言ってる事じゃない。ウチは、差別や偏見に対して反対する考えだと思ってたよ」


「それで合ってるよ」


みのりんの意見に、サイコは、そう言った。


「えっ、でも、平等を突き詰めると、不平等になって、不平等だと、あれ、あれ?」


みのりんが混乱して、視線を宙に泳がせる。


そんなみのりんに教授が助け舟を出した。


「高山さん。例えば、空は青いと、殆どの人がそう言うよね。けれども、誰か、1人が赤いと言う。現に、夕焼けは赤いけれども、空の色と言えば、青を正しいと思うでしょ。でも、夕焼けこそが、本当の空の色だと思う人も少なからずいるよね」


教授がそこまで言うと、みのりんさ小さく頷いた。


「それって、不平等だよね。空が赤いと言う人にとっては。だけど、その、赤いと言う感性が、大衆の感性と結びついて、それが平均になれば、今度は赤い空が、当たり前になってしまうよね」


「う、うーんそうだよね?」


八割理解出来たが、残り二割がすっきりしない顔で、みのりんはそう言って少し唸った。


「差別、偏見、平等は、大衆の意見で簡単に変わってしまう、そんな不確かなもの。と言う事ですか?」


唸るみのりんに変わって俺がそう答えると、教授は、「そう、そのとうり。木村君、君はいいセンスしてる」と初めて風研部に来た時と同じ様に、俺をほめてくれた。


「時代、世代によって、考え方は変化して行く。だから、何が正しくて、何が間違いなのかなんて、私たちには、永遠に解らない」


サイコがそう言って、話をまとめた。そんなサイコに俺は、一つ、質問を投げかけた。


「サイコ」


「何?」


「お前、さっき、この世界の住人であると言う平等性が存在するって言ったよな。それって、どんなに時代や世代が変わっても変わらない絶対的なものなのか?


「そうだよ」


「それは具体的になんなんだ?」


「命。太古の海の中で起きた化学変化の延長にある私達の存在そのもの」


サイコがそう答えた時、一瞬時が止まった。


何処からか、彼女の言う、太古の海の潮騒が聞こえた気がした。その、潮騒の中で、生きとし生ける全ての生き物の元素が合成する姿が脳裏に浮かんだ。


「そろそろ定刻だ。今日はここまで」


教授の声で、俺は現実に戻る。


いつもの、図書室に戻って来た。


みのりんが俺の顔を覗き込んでいる。


「キム、今、サーちゃんみたいに半死にして、意識飛んでたよ」


「あ、ああ。ちょっと、ボーっとしてた」


俺はみのりんにそう答えた。それと同時に、サイコの視線を感じて、それと眼が合った。


「見えたのかい?」


サイコはそう言うと、不敵な笑みを浮かべた。


「見えたよ」


俺は、ただ、そう答えた。


それを聞いていたみのりんは、「2人は仲良しだ」と嬉しそうに言った。


「いやー今日も、白熱したいい議論がでたね。藤村さんの解釈も面白かったけど、木村君のガリバーの線も素晴らしかった。よく、気が付いたね」


帰り支度をしながら、教授が俺にそう言った。


「実は、あのネタ、知り合いか、もらったんです」


「えっ、ズルい。人に聞くなんて」


俺の告白にみのりんがそう抗議するが、「みのりんだって、私に、朝、しつこく聞いたでしょう」とサイコが冷静になだめる。


「いや、人に聞くのも、資料集めの手段としては正解だよ」


教授もそう言って、俺を弁護した。


「でも、サーちゃんはウチに教えてくれなかった」


みのりんが、あの、困った顔を作って、甘える様な態度で、ふてくされた。


「聞くタイミングが悪い」


サイコがピシャリとそう言い切った。


「みのりん。実はさ、俺にネタをくれたやつ、小林卓也って言うんだけど、そいつもこの部活に誘いたいんだ。いいかな?」


サイコにピシャリと言われて、うなだれていた、みのりんは、それを聞いたら、とたんに立ち直って、「いいよ」と笑顔で言った。


「来る者は拒まずだもん。それに、1人でも多い方が楽しいし」


教授も「そうだゃ。来る者は拒まないから」と言ってくれた。


「だけど、上手くやれるか解らないんだ。あいつ、ちょっと人付き合いが苦手だから。クラスでも、孤立しているみたいで。でも、このままじゃいけないと俺は思うんだ」


コバの吃音の事は話さなかった。


少し悩んだが、余計な先入観を与えない方がいい様な気がした。


「何とかなるよ」


みのりんは相変わらずの屈託のない笑顔でそう言った。


「大丈夫」と声がした。


振り返ると、弥生の幻影が、ニコニコと笑って、こっちを見ながら、消えて行った。

尊敬する作家、鈴木光司先生曰く、「リング」と言う言葉には、知らせると言う意味があるそうです。

弥生が、タダシに何かを知らせる?

サブタイトルに、「リング」と付けた理由。

こんな、後付けでよろしいかな?


鈴木光司先生の「リング」は、僕に小説の面白さを教えてくれた、大事な一冊です。

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