表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
psycho〜親愛なる君へ〜  作者: 山居中次
1/41

サイコ

Mと呼ばれた孤独なあの日の青年。

そして、

醒めない夢のなかを彷徨い続ける。

彼の子供たちへ。

「サイコ」


  名前を聞くと、藤村彩子ふじむらあやこは、俺にそう言った。


「サイコ?」


「サイコパス。反社会性人格障害。私は多分人間では無いから」


 この時、俺には人間というものが、なんであるかなど、わからなかった。

そして今もわからない。

 ただ、俺にはサイコが、彼女が人間にしか、見えなかった。


  特に理由は無かった。


 高校がっこうをサボろうと思ったのは、その日も何となくだった。


 もう、俺はかれこれ3ヶ月、高校がっこうをサボっている。4月の初めには、一応はせっかく入ったのだからと真面目に通っていたのだが、ふと、ある時面倒臭くなって、軽い気持ちで「別にいいか。」と一度サボってから、それが当たり前になり、いつしか日課になっていた。もう、罪悪感はとっくに空の彼方に飛んで行った。多分このまま行けば、夏休みを終えた当たりで、退学するハメになりそうだ。俺の通う学園は、1学期の出席日数が足りない場合、夏休みの初日に補習をすることで、単位が取れるが、(2学期の場合は冬休みの初日)そんな事をする気など、俺にはまったくない。


 この頃の沼津は三島とちがい、そこそこ都会だった。


 俺の通う学園のある、通称学園通りにはコンビニや、本屋、CDショップ、ファミレスなどが立ちならび、その反対の沼津駅の南口には映画館やら、商店街など、遊ぶ所はいくらでもある。市街地を突っ切ると、沼津港や、千本浜だ。学校帰りの寄り道、サボりの1日の暇つぶしには何の不自由もない。


 誘惑はクサるほどあった。俺はその誘惑に素直にはまって、学校をサボるようになった。


 それでも気まぐれで、たまには登校でもしようか?という気になる事もあるので、俺は毎朝、一応は制服のブレザーを着て家をでるが、その日もやっぱりサボる事にして、学校には行かずに、マックに入った。モーニングセットを買って、席を探すと、先客がいた。

 

  女の子だった。


 知らない顔だったが、俺の通う高校の制服(うちの高校は、女子も、セーラー服ではなく、紺のブレザーとグレーのスカート)を着ていて、同じ学年色のネクタイを締めている事から同級生なのがわかった。


 俺と同じサボりか?


  朝の10時、始業時間はとっくに過ぎている。こんな時間に、こんな所にいるだけで、そうとしか思えないが、彼女の身なりは、髪は黒髪の艶やかなショートで清潔感があり、制服も学校案内のパンフレットの写真の様に正規の着方でまったく乱れの無いが事から、見た目だけでは優等生の雰囲気を醸し出していた。そして無表情で文庫本を読んでいる。


「ここ、いいかな?」


  何と無く彼女に興味を持った俺は、その向かいの席に座った。


  一瞬彼女は俺の事をみたが、眼中にないとばかりに、また、文庫本に眼を落とした。


「君、学園だよね?俺もなんだ」


 軽い気持ちで、声を掛けてみるが、彼女は、何の反応も見せない。


「名前は、木村。木村正きむらただし


「・・・・・」


  自己紹介をしてみても、やはり、彼女は無反応だった。


  無視された。無視と言えば、俺は、あの時以来まともに、人と喋っていない。中学の頃、俺は、からかい半分でナンパした結果、あからさまに、嫌がった同級生の娘に対して、いじめを決行した。何と無く自分を否定されたのが、気に入らなかった。ただ、それだけのつまらない理由で始まったいじめは、いつしか、クラス中に広がり、歯止めがきかなくなって、その娘は自殺を図った。幸い命に別状は無かったが、彼女はそのまま学校に来なく無かった。(彼女は、3年になっても学校に来ないまま中学を卒業した。卒業式も1人校長室でひっそりとやったらしい。)


 俺は、彼女が自殺を図った数日後、彼女の親友である藤本理恵菜ふじもとりえなに、ナイフで左手を斬りつけられた。


「お前なんか死ねばいいんだ!お前なんか!」


  死ねばいい。この言葉の力に俺は怯えた。


  自分が、他人に気にくわないという理由で、何度も放ったかも知れない言葉を、自分が言われてみて、初めてその意味が理解できた。生きている事、存在する事の否定は、何よりも残酷な行為だ。自分が何の為に生きているのか、わからなくなってしまう。それと同時に、自分のした事の重大さを知った。


 それに気付くと同時に、俺は孤立した。


 それまで一緒になって、いじめに参加していた連中が、俺がいじめた大石弥生おおいしやよいに同情し、理恵菜の言葉に、賛同したのだ。


「木村って最低だよな」「自殺未遂にまで追い込むなんてやり過ぎだよね」


 そんな陰口が、ちらほら聞こえ始めたのと同時にみんなは、俺を避け始め、俺もみんなを避け始めた。そして、俺は1人になった。


  そんな、ホン少し前の出来事。そして、今も続いている現実に、物想いに浸っていた。


  この日、この少女に声を掛けたのは、そんな孤独を卒業できるかも知れないと淡い期待を持ったためだったが、それも、叶わないと俺は、この時悟った。


「無視か・・・」


  思わず、そう呟く。


 俺は、傷の残る左手を黙って眺めていた。


 しばらくして。


「サイコ」


  突然、呟きにも似たそんな声が聞こえた。その声に反応して顔を上げると、目の前の少女が、文庫本越しに、にらむ様な、獣が餌を狙う様な、鋭い眼つきで、射抜いてきた。その眼に俺は一瞬ゾクッとなった。


 やたらと眼力があった。


 切れ長一重の三白眼で、鼻筋が通っている。見方によっては、美人だが、何となく人相が悪いと俺はこの時感じた。


 それが、サイコに対しての俺の第一印象だった。


「サイコ?」


  そんな彼女に、俺は、そう聞きかえす。


「サイコ、名前。いま、君が聞いたんだよ。名前、サイコ」


 言霊と言って、言葉には魂や念、つまり感情が乗っかると言うが、サイコのその返答には、感情というものが感じられなかった。どこか、機械的で無機質な響きが感じられたからだ。


「あっそうなんだ」


  直感的に、なんだか厄介な奴にかかわってしまったなと思った。


 これ以上かまわない様にしようと思った時、サイコが何かを低い声でブツブツと呟やいてあるのに俺は気が付いた。


「木村正、木村正、木村正、木村正、木村正、木村正、木村正、木村正、木村正、木村正、木村正、木村正、木村正・・・・・・」


 俺の名前だった。


 なんだか怖い。


 そう思った時、サイコが文庫本を閉じて、俺を見ると、ニヤリと、薄気味悪く笑った。


「木村正。ヒト、殺した事ある?」


  ニヤリ顏で、そう言うサイコ。


 俺は、思わず、自分の左手を隠していた。左手の過去、それを見抜かれた様な気がして、俺は気味が悪くなった。ある意味、俺は人を殺している。


「なんで、そんな事を聴くんだ?」


「聴きたかったから」


 サイコはそう答えると、こう続けた。


「どうして、ヒトを殺してはいけないのか?それは、法律で決められているから。じゃあ、法律で決まっていない、もしくは、認められていれば良いのかな?」


「ダメに決まっているだろう」


「何で?」


「何でって」


 何でと言われてもこまる。ただ、あの時の理恵菜は、確かに俺を殺そうとした。


 あの時の彼女にとっては、俺は殺すに値する人間だったのだろう。そして、それは彼女に賛同した連中にとっても同じ事だったから、俺は仲間からはじかれたのだ。


「俺は、殺されそうになった」


  俺の発言にサイコが興味ありげに、身を乗り出した。


  切れ長の眼が見開かれる。


「どうして?」


「ひどい事をしたから、同級生をいじめたんだ。そしたら、彼女自殺未遂を」


「殺したかったんだ」


「違う!少し、からかったら、あいつが」


「ふーん」


  サイコは頰杖をついて、俺をまじまじと見る。


「木村正は悪い奴になんだ。そんな悪い奴は殺されて当然だね。木村正を殺そうとしたのはその子?」


「違う、その友達」


「なるほど」


  サイコの口元が、嫌味に右に釣り上がる。


  気が付くと、俺はサイコに色々と聞き出されている格好になっていた。この女は俺の過去を、はからずとも、ほじくり返して喜んでいる。


  もうやめてくれ。そう思うと同時に、サイコは、また、文庫本を開いて読み始めた。こっちの思いが通じたというよりは、突然俺の話しに興味を失ったといった態度だ。


  散々、ほじくり返されて不快な思いをしたのに、突然置いて行かれると、俺は、手持ち無沙汰から、不安になった。する事がない。


 とりあえず、ポテトを食べながら、俺は時間を潰した。目の前のサイコに、何か話題をふる勇気も無く、かと言って、このまま、何の興味も抱かれないまま、同じ空間にいるのは耐え難い、それなのに、俺はどうしてか、この場を離れられないでいた。何か強力な力でここに縛られていた。


「学校もう終わった」


  突然サイコは、そう言って席を立った。


「えっ?」


 それにつられて、俺は携帯の時計を見た。すると、午後6時という表示が出ていた。


 かじりかけの、ハンバーガーは、もう、とっくに冷めていて、パンの部分は、カサカサになっていた。


  記憶が無い。俺は、ほぼ1日中ここでじっとしていた事になる。が、その感覚がまったく無い。まるで、時間だけが、俺を忘れて、高速で進んでいった。そんな感じだった。


「嘘だ」


  思わずそう、叫んだ。


「嘘なもんか。お前は、ここで、私と何時間も座っていたのだ」


 サイコは、淡々とそう、語ると、俺の顔を今度はまじまじと覗き込んだ。


「どうやら、お前には、私と同じ能力がある様だが、力が発動したのは初めての様だね」


  力?能力?何の事だか、さっぱり解らない。


  サイコは彼女の観ている世界の常識で、今、語っているのだろうが、残念ながら、その常識は、俺の世界には噛み合わず、俺はただ、彼女の言葉に、唖然とするだけだった。


「一緒に帰らないか、木村正。同じ力を持った者同士、色々と話しをしよう」


 切れ長の眼が、更にグッと息がかかるほどに近づいた。


 サイコの息は、何かの花の様な甘く切ない匂いがしたが、それとは裏腹に、鷹の様なその鋭い眼が、俺を捕らえて離さない。もう、逃げられない、狩られる。と、俺の本能はそう悟っていた。


「感覚を外すんだ、人間の感覚時間は、実は世界時間に感応して動いているけど、感応の度合いはヒトそれぞれ違う。また、その時々の精神状態でも変わる。楽しい時は、あっという間だし、退屈だと長く感じるだろ。寝ている時なんかは、同じ1時間でも一瞬に感じる。私は子供の頃から何故かそれを知っていた。自分の中の時間と外の時間は、違うって。だから、つまらない時は、感覚を外して、楽しい時は、入れる様にしたんだ。そういやぁアインシュタインもそんな事を思って、相対性理論を思いついたらしい。万物の持つ時間は、平等じゃなく、誤差があるってね」


「アインシュタインか。ずいぶんと難しい話しだな。俺にはよく解らないや」


「私にも勿論、彼の事は解らないさ。彼は、ずっと先の人だから」


 駅までの帰り道。サイコは、感覚時間と世界時間の話しを熱を入れて、俺に夢中で話した。どうやら、彼女は、自分の興味や、得意分野の話したになると、イキイキとなるらしい。サイコの話しは要するに、同じ1時間でも、好きなテレビを見ている時と嫌いな勉強をしている時の1時間はまったく別物と感じる。その誤差を、自分の意思で、彼女はコントロール出来るという話しだ。


「多分、お前はさっき、無意識に私と同じ力を発動したんだ。訓練すればいつでも使える様になるよ」


「訓練?どうやるんだ」


  彼女の世界に話しを合わせるために、そう、聞き返していた。特に意味は無かったが、今、否定すれば彼女は多分不機嫌になる。それが今の俺には面倒臭かった。


「さっきの感覚を忘れずにいればいい」


「まあ、そうだな」


 さっきの感覚?あの、サイコな独特の雰囲気に縛られて、身動きが出来ない感覚。そして、今も続いているこの感覚、変な女と思いつつ、何故かその世界に引き込まれつつあるこの感覚か。となれば、俺はこのサイコが側にいなければ、力を発動出来ないという事になる。


「俺の力というよりは、サイコの時間に引き込まれたって感じがする」


  思わず口をついて出た言葉だった。それをサイコは聞き落とす事なく、瞬時に捕らえて、俺にまた、せまって来た。


「それ、本当か?木村正」


 切れ長の眼が、これでもか、というほどに見開かれる。意外と眼が大きい。よく見ると、サイコは一重ではなく、奥二重なのにこの時気が付いた。そんな瞳に、子供ぽい無邪気さを俺は少し感じた。


  かわいい・・・ほんの少しだけ、そう思った。


 無機質な印象のサイコは、表面のそれとは裏腹に、普通の女の子らしい一面(どこがというより、肌で感じた雰囲気)を隠し持っている気がした。


「だってサイコのキャラは独特だよ。まだ会ってそんなにたってないけど、一緒にいると引き込まれる気がする」


  気が付くと、そう言っていた。始めは厄介な相手に関わったと思ったのに、俺は、この娘に情がわいていた。誰かと話すのが久しぶりだったからかも知れない。


 サイコも何だか嬉しそうにしていた。


 そして、何かを考えるそぶりを見せながら、何やらブツブツとつぶやき始めた。


  そうこうしている内に、沼津駅北口に着いていた。メインが南口のせいか、北口は閑散としていた。小さな改札と小さなロータリー。唯一都会らしく見えるのは、すぐ目の前に、イベント会場が、隣接しているぐらいだ。それでも、数年後には、映画館を常設したショッピングモールが出来るのだが、それは、まだ、先の話しである。


「今日はありがとう、木村正。久しぶりに人間と話しが出来て楽しかった」


そう言って、サイコが、手を差し伸べてきた。


「握手だ」


「おっおう」


  握手をした。女の子らしい、小さくて、柔らかい手だった。


「じゃあさよなら」


 それを合図に握手が解かれ、サイコが改札を抜けるために定期入れをカバンからあさって出そうとした時、それが落ちた。


 サイコの定期を俺は拾うと、そこに書かれていた藤村彩子という名前を無意識に読み上げていた。


「ふじむらあやこ」


  彩子と書かれてサイコと読むのだろうか?そんな気もしたが、どうもしっくり来ない。


「サイコってあだ名?」


 拾った定期を手渡しながら、俺がそう聞くと、彼女は不敵な笑みを浮かべて、言った。


「サイコパス。反社会性人格障害。私は多分人間ではないから」


「サイコパス?」


  聞き慣れない言葉を俺は反復する。


  一瞬、時が止まった気がした。


 止まった時の中で、彼女だけがくるりと身をひるがえして、改札を抜けて、ホームへと向かう階段を上り、俺の前から消えて行った。彼女が歩いて立ち去るのをこの目は見ていたはずなのに、感覚ではサイコが煙の様に消えた様に思えた。

彼らとの付き合いは、かれこれ、3年間のそこそこ長い付き合いだった。今回、この物語を投稿に踏み切る事になり、また、長い付き合いに、なりそうだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ