⑨とある迷子の遭難旅行Ⅲ(ノーカウント)
ルーンが少女と見間違えられ、無事馬車に乗ることに成功した時、第一王子であり『奇跡の子』とも揶揄されるクラウン・ディスカフラは心の中で叫んでいた。
長く美しい金色の髪と同じ、金色の瞳を極限まで開いて、まさに目で伝えるために必死で訴えていた。
(ダメだから!乗っちゃダメだから!あぁ!ダメだって!あ、あぁ〜)
クラウンの祈りもむなしく、ルーンは馬車の中に足を踏み入れた。
クラウンの目には何も知らない少女が自ら狼の群れの中に裸でやって来たようにしか映らなかった。
少女はそんなクラウンの気も知らず、盗賊達に案内されるがままにクラウンの右隣に座った。
少女は同い年くらいのクラウンに話しかけてきた。
「どのくらいでゼリアンに着くの?」
クラウンは、一生着かないよ、と言ってあげたかった。しかし妙な真似をすれば、この少女まで拘束されてしまうかもしれない。それは少女が逃げ出せるという僅かな希望すらも消してしまう行為だと考え、おかしくないような返答をする。
「ここからだと5日くらいじゃないかなぁ……うん」
この馬車にはクラウンとルーン以外に4人の盗賊が乗っているが、今の返答に何か言われることは無かった。
しかし時間の問題だ。
だからその前に、どうにかこの少女だけでも救わなければ。
時期国王として育てられたクラウンは、国民を守るためにそう思った。
クラウンの魔法は『光属性・治癒魔法』だ。
攻撃性は一切なく、応用すれば一瞬の目くらましくらいにはなるが、その程度の魔法。
しかも今、布の下の腕に嵌められている手錠は、本来犯罪者などに用いられる『絶魔石』と呼ばれる材質で出来ており、装着されれば魔法は一切使えない。
クラウンは何も出来ない自分を恨んだ。
けれど、何もしないわけにはいかない。
せめて、少女を不安にさせないようにしよう。
ただの引き伸ばしにしかならないかもしれないけれど、少しでも怖い思いをさせないようにしよう。
それは王としてではなく、男として。
女の子を守るのが、男の子の役目なのだからと。
ここで女の子一人安心させることも出来ないのなら、何のために自分は男として十五年間も生きてきたのだろうか、と。
(……よし)
「キミの名前はなんて言うの?ボクの名前はクラウン。クラウン・ディスカフラだよ」
「……な、名前?うっぷ……ルーンいや、フリア……やっぱルーンで……」
「だ、大丈夫?えっと、ルーン?」
男みたいな名前だとクラウンは思った。
盛大に乗り物酔いを起こしているルーンの背中をさすろうとしたが、手錠が嵌められていることを思い出して止める。
と、慌てて周りを見渡す。
バカ正直に本名を名乗ってしまったためだ。
ルーンに王族だとバレてしまえば、この状況のおかしさに気が付かれる可能性がある。
盗賊達がそんなことを許すはずがない。
しかし心配は杞憂に終わった。
クラウン達を監視している者はいるが、会話までは聞いていないようだ。
盗賊は盗賊同士で適当に話していた。
クラウンも、顔を知られていないのだから、名前も知られてないのかな、と思った。
「うぅん……」
ルーンが気持ち悪さに耐えかねたのか、クラウンの肩に寄りかかってきた。
黒髪が首に当たってくすぐったかったが、身体を動かしたらルーンの身体が床に落ちそうだったので我慢した。
「うぅ……あれ……?」
ルーンは何かに気がついたように言った。
「……この匂い……クラウン、女の子?」
「違うけどぉ!?」
「うたぁっ」
クラウンは驚きルーンから距離を取り、肩に寄りかかっていたルーンは勢いよく頭を打ち付けた。
盗賊達は何事かと注目したが、幸い特に何もされることは無かった。
クラウンは盗賊に元の位置に戻れと言われ、すごすご戻った。
ルーンは倒れたままだったので、クラウンは起き上がって、と言おうとした時、ルーンの左手の甲の紋様に気が付く。
(契術師……っ!)
盗賊達にバレないように、急いでルーンの左手を隠す。とは言っても両手は拘束されているため、とりあえずルーンの手の上に座った。
契術師であるのならば、見た目で強さは測れない。
もしバレてしまえば、盗賊達はルーンに直接的な行為に出られる可能性があった。
「痛重い……」
「お、重くないからっ……ちょ、あまり動かさないで」
クラウンはかなり声量を落として盗賊達に聞かれないようにする。
ルーンが起きあがる際に腰を浮かせて、ルーンの手を解放した。
「な、何を根拠にボクが女の子だと思ったのかな?いやボクは男だけどさ?」
「んー、匂い?フーみたいな匂いがしたんだ。マフのおかげか嗅覚も強化されたっぽくて」
「フーもマフも知らないけど、匂いかぁ。……気にしたことなかったな……」
「で、女の子?」
「男の子!」
ぼそぼそと会話する二人に、盗賊団のリーダーである男が言った。
クラウンがルーンに何かを吹き込んでいるように見えたからだ。
「おい、あまり余計なことを喋るなよ、なあ?」
「分かってるよ……」
言外に殺すぞと言われているような気がして、クラウンは頷いた。
「で、嬢ちゃん。こいつに何言われてた?」
「えっとクラウンが女の……」
「女の子を抱きしめたい!ルーンだぁい好きぃぃぃぃぃ!」
クラウンはルーンの言おうとしたことをかき消すために自棄糞気味に叫んだ。
ガバッとクラウンはルーンを抱きしめようと立ち上がり、掛けられていた布が落ちる。手錠が嵌められているため、鎖が張っても腕は数センチしか開かなかった。しかし前に傾いた重心はどうやっても止まらずに、ルーンを押し倒すような形になる。
「うぇぅ……」
手錠の鎖部分がルーンの首にめり込んだ。息ができなくなったルーンは苦しそうに呻く。
「ご、ごめっ……」
「何してんだテメェ!」
「ひゃあ!」
盗賊達から見れば、クラウンが逃げるために暴れた様に見えていた。
慌てて余裕のなかったクラウンは、今にも気絶しそうなルーンから一刻も早く離れようと立ち上がろうとしたが、盗賊の怒り声に驚き足がすくんだ。
中途半端に浮いていた膝が滑るように崩れた。馬乗りになっていたルーンの身体の上に重なるように倒れ込む。
「ーーーーー」
クラウンとルーンの唇が重なった。
クラウンの頭の中は真っ白になっていた。
何も聞こえない。何も考えられない。
何が起こっているのかも分からなかった。
目の前がぐるぐる回っていた。
次第に音が戻ってくる。
状況も理解出来てくる。
「!?、る!。、!!」
「…………」
立ち上がろうとしても、手錠のせいで上手くいかない。
むしろ少し浮いて、また落ちてを繰り返して何度もキスをしている状況に、クラウンの頭は爆発しそうだった。
相手は女の子相手は女の子相手は女の子……と考えて落ち着こうとしていると、いやむしろアウトじゃない?むしろセーフ?なんて思うようになっていた。
逆に考えてルーンに動いてもらおうと、初めてルーンの顔を見ると……。
そこには、手錠で首を締められていた状況で、かろうじて呼吸していた口を塞がれて気絶しているルーンがいた。
あ、まつげ長いなぁと現実逃避していると、後頭部に強い衝撃が走る。
力が抜けて、世界が灰色になる。
クラウンは意識を失った。